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第76話

はぁぁぁぉぉ………疲れた…  


性も根も尽き果てるとは、こんな状態のことを言うんだと思う。


許可なく自分の膝に座ったことが許せなかったのか、裕也専務はより遠慮なく、沙希さんと言い合うようになり…


あっけらかんとした沙希さんは、そんな裕也専務にまったく怯まなくて、逆に楽しんでいるように応戦してる…


2人の声はどんどん大きくなって、

聞いてる私のほうがヒヤヒヤした。



ケンカのようなおしゃべりを繰り広げるうちに夕飯の時間となり、プリンだのシュークリームだの、散々食べたものはいったいどこへ入ったのやら…



「…裕也と喋ってるとお腹減る!」


…と言い出した沙希さんを外へ食事に連れ出そうとした。



「なんだ?今度は焼き肉か?それとも寿司?だったら銀座の「さるわた」でも行くか」


つい秘書業務のクセが出てしまい、携帯で「さるわた」を検索する。


するとなんと…星5つ、ミシュランランガイド10年連続1位を誇る、超有名店だった…!


「『さるわた』なんて、誰かに会いそうだからヤダ」


「余裕で個室取れるが?」


超有名高級寿司店で、知り合いに会うかもしれないと気にする沙希さんもすごいけど、今から個室を取れるという裕也専務もすごい。しかも余裕で。


普通、予約で一杯よ?

こんな有名店の週末の夜なんて。


結局、「さるわた」ではないという沙希さん。



「お魚食べたい!和食が食べたい!舞楽ちゃんのご飯がいい!」


沙希さんのリクエストで私の手料理を振る舞うことになった。

作ったのはお口合うか不安ながら…和食を作りましたとも…!

カレイの煮付けと白和え、きのことたけのこの炊き込みご飯、そして…


「海老の鬼車カサゴ焼きのアーモンド揚げです」


偽装婚約者の話をするために連れて行ってくれた店で食べた一品料理。

…再現してみたのだ。



「なにこれ…かたっ!」


口に入れたとたん、驚いた声をあげる沙希さん。



「…あ、でも海老にたどりつくと、美味しい!」


3人でガリガリ音を立てて食べる…!




満腹になってご満悦の沙希さん。

…ラグの上にひっくり返ってゴロゴロして、たいそうリラックスした様子…


後片付けを始めようと立ち上がった私に、沙希さんはどちらがお客さんなのかわからない提案をしてきた。



「お皿は食洗機に任せるから、舞楽ちゃん先にお風呂に入ったら?」


沙希さんがニコッと笑いながら、こてんと首を傾げて言う。

悪気はないと思う。

なんのやっかみも、嫉妬も、何も。



「…裕也も一緒に入ってきていいよ〜!」


ニヤニヤしながら裕也専務の腕を指先でグリグリしながら言うんだから、本当に他意はないと思う。





「…そうか、じゃあ…」


チラっと私を見て、腕を引いてバスルームへ連れて行く裕也専務。


沙希さん、結局泊まるの黙認…?





「…無理なのはわかってますよ。君はまだ若葉マークですから」


お風呂に一緒に入ることを言ってるらしい。



「…わか…若葉マークって…」


「初心者、ということです」


洗面室に続く脱衣室で、仁王立ちで言う裕也専務。


…言い方が気に入らない。


メガネを外して、新しいハンドタオルでレンズを拭き始め、輝きを確かめるようにライトに照らしてる。



「…すぐ初心者とか言いますけど、男性とお風呂に入ったことくらいありますよ?私だって…」


「あん…?」


お父さんと子供の頃…という話は呑み込んでおく。


…疲れていたんだと思う。

言わなくてもいいことを言ったかもしれない…


着ていたブラウスのボタンを外しながら、裕也専務を見上げる。


「ちょ…と、君…」


「…沙希さんとは、本当に親しいんですね。初めて、素の裕也専務を見た気がしました」


ブラウスの下には、白いキャミソールを着ている。


ジロジロと、遠慮のない目が、私の上半身を滑っていく…



「私には見せない表情を、沙希さんには見せる…」


後ろを向いてそれを脱ぎ捨て、続けた。



「一緒にお風呂に入るのは、沙希さんの方が、リラックスできていいんじゃないですか?」


「…何を言って…」


「出てってください!」


ハッキリした声に、裕也専務が黙る。

そして少し間を開けてから、ため息と共に洗面室を出ていった。


沙希さんに対する態度も表情も、私には見せてくれない…初めてばかりだった。


私にはいつまでも固い敬語を崩さないのに、沙希さんには使われることのないそれ。


私との違いは…いったいなんなの…




全て服を脱ぎ捨てて、モヤモヤを弾き飛ばすように勢いよくドアを開け…お湯の温度も確かめずにシャワーを頭からかぶる。


そしてバスタブにダイブした。


…洗面室に、大中小のアヒル3匹を忘れてきたな…と思いながら。




お風呂から出ると、裕也専務が食洗機のお皿を食器棚にしまっていた。


なんだか珍しい光景…



「今日はもう、寝かせておけばいいから」


「…はい」


沙希さんはすでにラグの上でスヤスヤ眠っていた。


私も、もうまぶたが落ちそうだ…

いい意味でも悪い意味でも、沙希さんはとてもエネルギッシュで、初めて会ってそれに触れ、本当に疲れた…


裕也専務がお風呂に入ってしまうと、沙希さんにそっと上掛けをかけ、ベッドに横になった。


思った通り…秒で眠気が襲ってくる…



抱きしめられる感触で目を覚ました。


「舞楽…」と、低く切なく鼓膜に届く声…


裕也専務…と言おうとして、専務まで言えなかったみたい。


我慢できないように…

唇が落ちて来る。


柔い唇は少し冷たくて…私を起こしたいのかと思う。


でも、まぶたを上げられない…


心地いい…キスの感触だけ。

ぴったり密着して、重なって…舐められてまた…ぴったり合わさる。


あぁ…気持ちいい。

裕也専務…気持ちいい…


「…バカ…そんなこと言うな…」


声に出てたみたい…

焦ったように、困ったように言いながら、私の耳たぶを食む。…唇が触れる。


Tシャツの背中を撫でる手は、素肌をなぞっているのがわかる。


時折腰のあたりをぐいっと強く引き寄せて、裕也専務は自分の体と、密着させた。


背中を這う手が腰に下りてきて、ハーフパンツの裾に手が入ってくる。


鼓膜に届く、艶めく吐息…

裕也専務はこんなとき、すごく色っぽくて、素敵…






「あーんっ!!体が痛いぃっ!」



寝室のドアが勢いよく開くのと、大きな声はほぼ同時。


ハッとした裕也専務が、とっさに私の体に毛布をかけて、少し離れた瞬間…




私たちの真ん中に、沙希さんが倒れてきた…


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