「だって1人で寂しそうだったんだもの」
首を傾げ、裕也専務に訴える沙希さん。
…あざとく見られがちな仕草だけど、沙希さんにそんな思惑はないと思う。
空気が読めないところはあるけど、無邪気で正直で素直な人だってことは、長居されただけにわかる。
「それに雪菜、離婚したんだって!」
結婚したんだって!…と同じテンションで言う沙希さんに、もちろん悪気はない。
「うん…まぁ。だから、裕也に会いたくて…」
雪菜さんは沙希さんの言葉を受け、そっとうなずく。
そしてサイドのおくれ毛を指に巻きつけながら、上目遣いで目の前の人を見上げた。
これは沙希さんとは違って、明らかに計算された「男子がドキっとする目線」をしてみせたとわかる…
「昔、髪をアップにしたら、可愛いって言ってくれたでしょ?それを思い出して…今日もまとめてみたの。どうかな…?」
見ると、裕也専務はじっと雪菜さんを見てる…
その表情は冷たく、視線に熱がないのはわかるけど、似合う…なんて、言わないで欲しい。
「…いやいや雪菜、急に来てなに?もう少し…」
「可愛い…」
星野さんがうまくはぐらかそうとしてくれたのに、一番言ってほしくないことを平然と言った裕也専務。
…信じられない。
そこへ、料理が運ばれてきた。
大げさなほど大きなお皿にひとくちサイズの料理が盛られてる。
大好きなサーモンを使った料理だけど…今のひとことで食欲を無くした。
「美味しそう!…さすが日本のJualnan.robinson.は繊細な料理を出すわね!」
沙希さんは目を輝かせてフォークとナイフを手にして、慣れた手つきで切り分けて口に入れ、顔をほころばせた。
それを見ていた星野さんも料理に手を付け、裕也専務もナイフとフォークを手にしながら…
「…とでも言うと思ったのか?」
「…え?」
裕也専務の話は続いていたらしい。
さっき、てっきり褒められたと思った雪菜さん、バラ色の頬は一瞬にして蒼白になる。
「一般的には中の上という容姿だろうが、俺にはまったく響かない」
切って捨てるようにそう言って、裕也専務は美しい所作で料理を口に入れた。
…食べてないのは、私と雪菜さん。
この後も料理は続くはずだ。
同じタイミングで食べないと、早く食べ終わった人を待たせてしまう…
チラっと星野さんを見ると、使うべきナイフとフォークをさりげなく教えてくれた。
…ありがたい…!
「うふふ…裕也らしい言い方、変わってないわね」
復活した雪菜さん。
ワインをグイッと飲み、料理に手を付けた。
「…俄然やる気が出ちゃう!」
1人意味深に笑いながら、明らかに早いペースで白ワインを飲む。
「…あ!言い忘れたけど、裕也ならもうダメよ?心に決め…」
「俺をまた落としたいとでも?」
沙希さんの言葉を遮ってやや不穏なことを口走る裕也専務。
落とすって…?
落とし穴に?
…って、そんなわけあるかい。
皆ワインを飲むので、私も口をつけた。
「…あっ?!」
「なに、どうした?」
思わず声を出してしまった。
反応したのは星野さんだけでホッとする。
「すごく…美味しいです!」
星野さんにだけ聞こえるように小さな声で言ったのに、視線の先の裕也専務に睨まれた…
また料理が運ばれてきた。
今度は四角い細長いお皿に、ちっちゃな料理がいくつか盛ってあるやつ。
写真を撮りたくなったけど、裕也専務と雪菜さんが不穏な雰囲気なのでやめておく。
「なに?今は簡単じゃないって言うの?」
「…雪菜、昔の話はそれくらいにしてさ…」
星野さんがそれとなく止めたけど、雪菜さんのお口は止まらない。
「遊びでいいって言ったら、簡単に抱いてくれたくせに」
そのフレーズに、さすがの私も固まる。
星野さんは観念したように椅子に寄りかかり、裕也専務は顔色ひとつ変えない。
「確かに抱いたが、だからどうした?…過去のことだ」
「可愛いとか色っぽいとか言って…散々私に無理させたくせに」
「あまり覚えていないが、俺の要求に応じたのは自分の判断だろう?」
なんの話をしているのかは私にだってわかる。
散々無理させたんだ…あの人にも、なんて思っちゃう自分が不愉快。
「舞楽ちゃん、違うのよ…これはね、これは…」
沙希さん、この段階になって、厄介な人を連れてきてしまったと気付いたみたいに慌ててる。
「そういえば今日は、秘書を連れてきてるのね」
雪菜さんが今初めて私の方に顔を向けた。
やっと気付いたというか認識したというか…沙希さんもそうだったけど、上流階級の方にとって私は、透明人間のようなものらしい。
「…はじめまして。裕也専務の専属秘書の…」
「婚約者の片瀬舞楽だ」
私の言葉を遮った裕也専務に笑顔を向け、雪菜さんは「なんの冗談?」と…声を出して笑った。
笑われて初めて、今日の自分の服装をそっと見下ろす。
裕也専務に買ってもらったものだから質はいいけど…華やかさの「は」の字もない、黒のスーツ。
しかもブラウスじゃなくてカッターシャツなのが、より女性らしさを無くしてる…
こんな100%ビジネススーツを着てるんだから、婚約者なんて言っても冗談としか受け取れないの…わかるっ!
でも…ちょっと悲しいなぁ…
私も沙希さんや雪菜さんみたいなドレスを着て、こんな素敵なレストランに来てみたかった…
シュン…として下を向く私にいち早く気付いた星野さんが、そっと背中を撫でてくれた。
泣きそうな涙がせき止められて助かる。
ちょうどいいタイミングで料理が運ばれ、複雑な思いを抱えながらも、食べすすめた。
ワインは、肉料理の前に赤ワインに代わり…これまた美味しくて飲み過ぎ注意だと思う。
「じゃあ裕也、今日セックスは我慢するからぁ…キスだけちょうだい!あの…甘くてエッチなやつ…」
雪菜さんは誰よりもワインを堪能して、裕也専務にこれでもかと絡んでいた。
私は…聞き捨てならない言葉の連続に、地蔵になるしかなくて…
「だから…もう飲み過ぎだって!」
星野さんがグラスを取り上げようとしてるのに、裕也専務は雪菜さんに応戦するかのように答え続ける。
「今はもうやらない」
…でも前はやってたのね。
際どいトークに眉ひとつ動かさず、婚約者だと紹介した私が聞いているのも意に介さない様子。
ワインの酔いは、私の脳内にもうまいこと広がってくれた。
「…ヤッちゃえばいいじゃないっすか…昔のよしみで何回も」
突然喋り出した私に、皆の注目が集まった…