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4-3. 出前の注文



 翌日。

 結局すぐに良い案が思いつくはずもなく、私は再び暇を持て余していた。

 とはいえ、今日は再び花の妖精たちが来店してくれたので、誰も来なかった昨日に比べたらまだマシである。


『レティー、ちょっと採寸させてー』

『すぐ終わるー、手ーあげてー』


 花の妖精たちは一日か二日おきぐらいに突然ふらっとやって来ては、お菓子と紅茶を注文し、きゃいきゃいと話に興じる。そして何故か、帰る前に、こんな調子で私の身体を採寸し始めるのだ。


『レティの紅茶、好きー。また来るー』

『ごちそうさまー』


 花の妖精たちは、毎回律儀に美しい糸束と、花で染めた様々な色の布をテーブルに置いていってくれる。最初に来店した子たち以外の花の妖精も来てくれて、お礼にもらった糸や布の色のバリエーションもかなり増えた。



 ほぼ唯一といえるお客様たちを見送ると、その後はもう店じまいしても差し支えない。

 ドラコは空いた時間でレストランの手伝いをしてくれるが、いつも先に部屋へ戻る。「寝るドラコは育つのですー」なんて言っていたから、今頃はお昼寝をしているだろう。


 だが、私は何となく、アデルが帰ってくるまでここで待ってしまう習慣ができていた。


 私は、アデルから分けてもらった紙とペンを持ってきて、テーブルに広げた。メニューブックを作ってみようと思ったのである。

 手元にある材料を使えばある程度柔軟にリクエストに応えられるし、料理の対価も適当なので、決められたメニューを作る必要もないかと思い、先延ばしにしていたのだ。

 それに何より、妖精たちは人間の文字を読めないため、メニュー名をうまく伝えることができない。料理の完成形だけでなく、使っている食材も含めて大量のイラストを描く必要がある。


「……はぁ。とりあえず、少しずつでもやってみるしかないわよね」


 そうして私はメニューブック作りに取りかかり始めた。



「ただいま、レティ」

「あっ、おかえり、アデル」


 メニューのレイアウトを考えていると、待ち人の声が頭上から降ってきた。まだどこに何のメニューを配置するか考え、メモに起こした程度で、ほとんど進んでいない。私は急いでペンと紙を片付ける。


「キリが悪かったか?」

「ううん、平気よ。すぐ片付けるね」

「手伝おう」

「いつもありがとう」


 アデルは当たり前のように、片付けを手伝ってくれる。申し訳ないからと最初は断っていたが、「片付けを手伝えば、レティと一緒に戻れるだろう?」と甘い笑顔で言われてからは、素直に手伝ってもらうようにしていた。


「布と糸があるな。今日は花の妖精たちが来たのか」

「うん。また違う色の素材をもらったよ。嬉しいよね」

「ああ。レティが色々なものを繕ってくれるおかげで、家の中が華やかになった」


 アデルはテーブルの上の小物類をまとめ終えると、そう言って私の頭を優しく撫でてくれた。それが心地良くて、私は目を細める。


「俺もドラコも、必要最低限の物を揃えるだけで、家の中を装飾しようなんて思い至らなかったからな」


 この家は、木製であたたかみのある家なのに、何故か少し暗くて固い雰囲気に感じていたのだ。

 それは、装飾も何もなく、ただ木目の壁があるだけだったから。カーテンも単色だし、タペストリーや絵画、花瓶なども飾っていなかった。


 だから、私はちょっとした装飾を各所に施したのだ。

 アデルに許可を取って、最初はダイニングから。簡単な刺繍を施した端布はぎれをカーテンに縫い付けたり、棚の上や壁に飾り布を用意したり。

 それだけで、ダイニングが見違えるように明るくなった。アデルもドラコも気に入ってくれて、他の部屋の装飾も任せてくれている。


「家が明るいと、気持ちも明るくなるんだな。ありがとう」

「ふふ、少しでもお役に立てたなら、嬉しいわ」


 アデルは、私の髪を指で梳きながら、美しく微笑む。いつの間にか先ほどよりも距離が近くなっていて、私の顔に少しずつ熱が集まってくる。


「ところでレティ。二週間後なんだが、どこかで一日、店を休みにしてもらって、出前……というか、出張レストランを頼みたいんだが」

「出張レストラン? まぁ、アデル、注文を取ってきてくれたのね! ありがとう」


 私は嬉しくなって、思いっきり頬がゆるんだ。アデルの空いている方の手を両手で取り、きゅっと握る。アデルは柔らかく目を細めて、私の手を握り返した。


「それで、何を作ればいいの?」

「酒のつまみになるような味の濃い料理を数品。量は、約十五人……いや、二十人前だ」

「わぁ、宴会用のメニューね!」


 二十人前ともなれば、相当賑やかな席になるだろう。初めての大口注文、腕が鳴るというものだ。


「できそうか?」

「量が多いけど、時間の猶予もあるし、平気よ。会場はどこなの?」

「ドワーフの地下坑道だ。少し遠いから、持ち運びしやすい料理を頼む」

「お客様はドワーフさんたちなのね! 初めて会うわ、楽しみ」


 ドワーフは、森の端っこ、小さな崖に空いている横穴から繋がる、地下坑道に住んでいるらしい。お酒と鍛冶が大好きな種族だと聞いている。


「えっと、それで、持ち運びしやすいおつまみね。冷たいものや、冷めても美味しいものを中心にメニューを組めばいいわね」

「ああ。だが、一つだけでいいから、その場で火を使って調理するものを用意してほしいんだ」

「その場で、調理?」


 私は意外なリクエストに、目を瞬かせながら、問い返した。アデルは頷いている。


「俺も一緒に行くから、火の心配は不要だ。鍋だけ持って行けばいい」

「そっか。わかった、考えてみるね」


 そうして、私はアデルと相談しながら、出前の宴会メニューを考え始めたのだった。



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