ドワーフたちの住処に料理をデリバリーしてから、数週間の時が経った。
恵みの森の妖精たちに向けて開いたレストランは、徐々にお客さんを増やしている。
ドワーフの
アデルとの関係も良好だ。
アデルは、
毎日惜しみなく愛情表現を贈ってくれるアデルに、私も徐々に絆されつつある。何かきっかけがあれば、彼との関係ももう一歩進むのかもしれない……そう思ってはいるのだが、ここまで来てしまうと、肝心のきっかけが掴めずにいた。
もちろん、ドラゴンの妖精ドラコも、毎日大活躍だ。
食材集めから移動販売のお手伝いまで、しっかりこなしてくれる。
本来ドラコはアデルの使い魔であって、私のレストランを手伝う義務などない。だが、本人は「家事と美味しいごはんのお礼ですー。それに、レストランのお仕事もとっても楽しいのですー!」と言ってくれているので、その言葉に甘えることにした。
ついこの間、私はドラコへの感謝をこめて、ウェイター風の服を繕ってプレゼントした。
ドラコは、「執事服は憧れだったのです! これでドラコも立派な執事ですー!」と大喜びして、それから毎日その服を着用している。
*
そんなある日のこと。
ランチタイムの少し前、レストランを開店しようとした矢先に、何の前触れもなく大雨が降り出した。
突然の雨に、私とドラコは大急ぎで片付けをする。雨が止むまでは、営業を始められそうにない。
ずぶ濡れになったアデルも、その後すぐに家に戻ってきた。
「ただいま。ひどい雨だな」
「おかえりなさい」
私はぱたぱたと小走りで玄関へ向かい、アデルにタオルを差し出す。
濡れて寒くなってしまったのだろう、ただでさえ色白なのに、いつにも増して血色が悪くなっていた。
「アデル、寒かったでしょう。お風呂で温まった方がいいよ」
「ああ、そうさせてもらうよ」
アデルは素直に頷いて、お風呂に向かう。
ドワーフたちのおかげで、この家では上下水道のシステムができている。外のタンクから湯船に水を送り、アデルの火の魔法で温めて湯浴みをすることができるのだ。
怪我が治って、初めてお風呂に案内してもらったときにはすごく驚いたものだ。
ゆっくり足を伸ばせる湯殿は、日本で慣れ親しんだ四角い湯船とは異なり、円形になっている。古代ローマのテルマエを彷彿とさせるような、石造りの立派な湯殿だ。
転生前の記憶を思い出してから初めて入った湯船は最高に心地よくて、私もすっかり虜になった。
私とドラコは、雨が止むまで、リビングでひと息つくことにした。
魔鉱石のコンロでお湯を沸かし、お気に入りのティーセットを引っ張り出して、お茶の用意をする。
「それにしても、びっくりしたです。急に前触れもなく、雨が降るなんて」
「そうよね。降り出したのが営業中じゃなくて良かったかも」
あたたかいお茶を差し出すと、ドラコはふうふうと湯気を散らしてから口をつけた。
ここ恵みの森は、基本的には穏やかな気候だ。嵐でもないのに、突然豪雨に見舞われるというのは初めての経験である。
*
アデルがお風呂から上がって、彼のために淹れ直したお茶が半分ぐらいにまで減っても、雨は一向に止む気配がない。ついには雷まで鳴り始める始末だ。
「雷、鳴ってるね……雨も止まないし」
「ああ……そうだな」
「こんなにひどい雨は、本当に珍しいです。雷なんて、これまでほとんど――ひぃっ! ゴロゴロいってるですぅ!?」
ゴロゴロゴロ、と大きな音が鳴り、ドラコは怯えて縮こまった。
「雷雲、近づいてきたみたいだね……」
「ド、ドラコは雷なんて怖くない、怖くない……ヒィーッ!?」
ピシャァァン!
どこかに雷が落ちて大きな音が鳴るたびに、ドラコは丸まってガタガタ震えている。
「まあ、ドラコ。大丈夫よ、おいで」
私は怖がっているドラコに手を伸ばして、膝の上に抱っこする。
ぽんぽんと背中を叩くと、少しだけ落ち着いたようだ。
「ドラコ、いいご身分だな。そんなに雷が怖いのか?」
「かかか雷なんて、怖くな――」
ズガァァァン!!
突如、すぐ近くで轟音が響く。
「ヒィィィイーっ!!」
すぐ近くに雷が落ちたようだ。
衝撃で、窓がビリビリと揺れている。
ドラコも腕の中でジタバタして、落ち着かない。
「これは……普通の雷じゃないな」
「え?」
「おそらく精霊の仕業だ。火の精霊に呼びかけておいたから、火事にはならないと思うが……流石に気になるな。少し、様子を見てくる」
「待って」
アデルは秀麗なかんばせを僅かにしかめて、立ち上がった。
私はドラコをぽんぽんするのをやめて、アデルを引きとめる。
「アデル、折角お風呂に入ったのに、湯冷めしちゃうよ。精霊さんが近くに来てるかどうか、私が見てこようか」
「そういうわけにもいかない。俺なら相手が敵意を向けてきても、ある程度対処できるからな」
「敵意って……それならなおさら、一人じゃだめよ。やっぱり、私もついていくわ」
私は立ち上がって、ドラコを下ろそうとする。しかしドラコは私にしがみついて、離れようとしなかった。
「ぴえぇぇぇ、ドラコを置いてかないでほしいのですー! ひとりにしないでー!」
「わ、わかったから、泣かないで。よしよし」
幼子のように泣きながらべったり私にくっついているドラコを抱え直して、苦笑しているアデルの後を歩いて行った。