この日の授業が終わって屋敷へ帰宅する。私たちは迎えの馬車が待機している正門に向かうと、ミネバが馬車の外で私を待っていた。手を振りながら歩み寄っていくと、女性の声で呼び止められる。
「アリス、少し時間をいただけないかしら?」
私が声のする方へ顔を向けると、クラスメイトのマリアンヌが駆け寄ってきた。学園内だから問題はないと思ったけど、ゼシカは右手を前に出してマリアンヌを静止させた。
「そこで止まりなさい。アリス様に気安く近寄ることは、この私が許しません」
ゼシカが声をかけたあとは、私の隣にアナとリューネが立ってガッチリとガードをする。そして、ミネバも慌てて私の元へやって来た。
マリアンヌは私を囲む従者たちに対して、両手を上げながら敵はないと伝えるのだった。
「急に声をかけたことで、驚かせたことをお詫びします。アリスにお願いしたいことがあるから、少しだけ時間をもらえない?」
「貴族が平民になにを願うのですか? 無理強いをするようなら、ゼシカたちが黙っていませんよ?」
秘書官であるミネバが願いを確認するが、無理なことを言ってこないか牽制をすると、マリアンヌは『ブンブン』と首を横に振って返事をする。
「無理強いをするつもりはないの。私はグリエル英傑学園を卒業したあとは、宮廷魔術師団の職に就きたいと思っているの」
「あなたの将来のことと、アリス様にどんな関係があるのですか?」
卒業後の進路について話してきたけど、ミネバが答えたように私には関係がない気がした。マリアンヌはそのあとも説明を続ける。
「授業でアリスの行った魔力操作が、あまりにも見事だったものだから、私にコツを教えてもらえないかと思って……」
「それは、学園の教師から習えばよろしいのでは? どうしてアリス様なのですか?」
「授業のあとにウィンディ先生にお願いしたのですが、ご自身の時間を割きたくないと断られました」
「それで、平民のアリス様なら暇だろと思い、魔力操作を教えろと言うのですか?」
「いえ、決してそういう訳ではないの。もしアリスに空いてる時間があるのなら、我が家に招待をするから来てもらえないかと」
「アリス様のご予定は、帰宅後にすぐに湯浴みをされて少し休憩したあとは、ペイトン商会の会長と夕食を取りながら商談をされます。なので無理ですね」
「今日じゃなくても良いの。アリスの都合がつく時で構わないの。ダメかしら?」
マリアンヌは必死に訴えるけど、私は学園の授業を終えて帰宅してからは、何もしていない訳ではない。ミネバはため息つきながら応えた。
「アリス様は平日の予定が埋まってるの。週末であれば、あなたがこちらへ来るのなら、空いてる時間にお相手することは可能かも知れませんね」
「私が伺うのですか……」
ミネバの言葉を聞いたマリアンヌは眉間にシワを寄せた。貴族が下の階級の元へ出向くのは、余程のことがない限りしないからだ。言葉を詰まらすマリアンヌに私は声をかける。
「やっぱり、貴族だから平民の家になんか来れないよね? それなのに平民にコツを教えてとか本末顛倒じゃない?」
「そういう訳では……」
何かを言おうとしたけど、私の言ったことが全てだと理解したようで、言葉を詰まらせたあとは下を向くことしかできなかったようだ。あまり時間がないので、最後に一言だけ伝えることにした。
「私は王侯貴族なんて者に気を使わないよ。対等な立場で付き合えないのなら、あなたに教えることはできないよ」
「アリス様、このあとの予定がありますので、そろそろ帰宅致しましょう」
ミネバはこのあとの予定があると声をかけてきたので、私は促されるまま馬車に乗り込むと、ゼシカがマリアンヌに声をかけている姿が見えたのだった。