俺は新たな日用品を探して、雑貨を適当に手に取っては軽く遊んでいた。
例えばろうそく。簡単に持って意識すると、火をつけてもいないのに、ぽっと燃え出した。
【着火】
俺は、ふっと息を吹きかけて火を消しつつ、ろうそくを元の場所に戻す。
「思ったより日用品の範囲広いな」
「いつも持ってるバールも範疇なの?」
「ん? うん。野生動物に刺すと、自由に振り回せて便利だぞ」
「自由に振り回せる……?」
ぼたんはキョトンとしている。こればかりは実際に見せねば分かるまい。
俺は次の日用品を手に取る。これは、ノートか。
「……」
反応なし。ただ、スキルの対象、と言う感覚はある。
スキルレベルの問題か、あるいは使い方がはっきりしていないだけか。
バールも魚釣りまでは、スキルの発現までは行かなかった。
「色々試さないと、できることもあんまり分かんないっぽいな」
「そうみたいだね。特に範囲が広いスキルみたいだし、日ごろから色々試しておくのがよさそう」
「な」
相槌を打ちながら、俺は考える。
思うのは、『スキルステータス』の追加技能表示。その内、状態の欄。
見たところ、『解析終了』と表示されていたのはクーラーボックスだけだった。
つまり、包丁にもバールにも、まだスキルが隠されている可能性がある、ということだ。
俺はノートを見つつ首を捻る。
「思うんだけどさ、多分ある程度方針が見えてないと、スキルは発動しない気がするんだよな」
「というと?」
「これ」
俺はバールを持ち上げる。
「バールはさ、釣りをしてる最中に、『あ、釣り針に似てる気がする』って思った時にスキルが発動したんだよ。釣り針みたいに敵に刺さる形で」
「タクの中にイメージがないと、スキルにはならないってこと?」
「っていう考えもあるかなってさ。ろうそくはほら、種火がなくても火がついたら便利だな、って誰でも思うじゃん。でもノートは、今はちょっと思いつかなかったからさ」
「自動筆記とか? ペン、あるよ」
「あ、それ便利だな。試してみよう」
俺はぼたんからペンを受け取って、ノートに当てる。すると、俺の中にスキルが走った感覚が広がった。
【自動筆記】
ペンが自動でノートにザラザラと文字を記していく。それがとまると、ぼたんが読み上げた。
「『腕が楽ぅ~!』……?」
「俺の考えてることがつまびらかに」
「タクの頭の中ってシンプルそうでいいね」
「バカにしてる?」
「してないよ」
「ぼたん、目を合わせろ」
ぼたんが意地でも目を合わせてくれない。頭を掴んで力づくで向かせようとしても微動だにしない。くっ、こいつ……!
俺は諦めてノートとペンを置く。
「ちなみに、自動筆記のスキルはペン側のスキルだな、これ。ノート側じゃなかった」
「あ、そっか……。となると、ノートで発現するスキルって、他にあるなら……ページが無限になるとか? クーラーボックスの容量が増えたみたいに」
「あー、そうだな。多分その方向性か? ……あ、でもアレだな。できる気はするけど、そもそもノートいっぱいに書かないと発動しないわそれ」
ともかく、俺の仮説は正しそうだ、と判断する。
つまり、『日用品マスター』は、俺が「この日用品ではこういうことができる」と思いついたことを、実現させられるスキルのようだ。
発想力勝負かもなぁ、と言うのがワンポイント。
合わせも思いつくまでは使えなかった。だから、思い付きがあれば、他にも色々できる気がする。
「ってことは、タクが思いついたこと全部できるってこと……? それ、下位スキルにしては強すぎるんじゃ……」
俺が肩を竦めてノートを置くと、ぼたんが訝しむ目で俺を見ている。
「ん、どしたぼたん」
「……タク、もしかして、日用品スキルでもかなり上位のスキルじゃない?」
「え? いやザコスキルだと思うけど、何で?」
「日用品を持って『これはまだ使えない』とか『これはダメだ』みたいな言葉を聞いてない。下位スキルならそういうレベル不足が起こるけど、タクには起こってないから」
「またまた~」
「ホントなのに……。タクはいっつも信じない」
むくれるぼたんに、俺はカラカラ笑って頭をなでる。
それはそれとして、思ったより奥が深いぞ日用品スキル。となると……。
「これ……俺の方で当たりを付けて動いた方がよさそうだな」
「そうだね。スキルの幅が広すぎて、目の前の物にかかずらうのは悪手かも」
となると、とぼたんが俺に向かう。
「タクは、スキルで何がしたいの? それに合わせてものを考えた方がいい気がする」
「俺のしたいこと、か……」
少し考え、答える。
「防御手段が欲しいんだよな」
「防御?」
「うん。ほら、今のところ俺の武器って、バールに包丁と、弱いくせに攻撃偏重なんだよ。だから防御が固いと、こう……強いモンスターが出た時に逃げやすいかなって」
「強いモンスターが来ても、私がタクを守るよ」
「おう中二娘、身の程わきまえて一緒に逃げろ」
「……勝てるのに」
ぷく、と頬を膨らませるも、少しぼたんに照れが見える。顔を見るに、『一緒に』というワードが嬉しかったようだ。チョロいなこいつ。
「でも、確かに防御手段は必要だね。私がいたら、どうしても狙われるし」
「狙われる?」
「うん。懸賞金掛かってるから。バウンティーハンターが常に私を追ってるの。タクを巻き込んだら嫌だから、防御手段は持っててほしい」
また中二病を発症してんな、と俺は微妙な顔。
ぼたんは言った。
「タクが使える防御手段、か……。盾は扱えないもんね」
「ああ。いや分かんないけど。武器に触れたことがない」
「ちょっと待ってね」
ぼたんが服の裾から、深く内側に腕を突っ込む。チラ、とぼたんの素肌が見える。
俺は紳士の気遣いで目を逸らした。照れたわけではない。
「い、いきなりぼたん、どうしたんだよ」
「……アレ? タク、照れてるの? 私の体勝手に洗ってたのに」
「いや、あの時は非常時だし、例外と言うか」
「ふーん……? タク、私みたいな子供には興味ないと思ってたけど、違うんだ」
「いや、そういうわけでは……ぼたんはガリガリなの除けば十分大人だと思うし」
「そう? 嬉しい」
そこで、ごと……っ、と重いものを置いた音がした。俺は奇妙に思って振り返ると、ぼたんが身長ほどもある盾を持っている。
俺は困惑して、尋ねた。
「……手品……?」
「アイテムボックスだよ。付与師がいて、お金を払うと作ってもらえるの。私はお金少ないから、奥の手の武器しか入れられないけど」
言いながら、ぼたんが盾をこちらに渡してくる。俺は受け取ろうとして、重さに押し倒された。
「ぐわぁぁああああ!」
「んー、やっぱり厳しいか。一億円くらいする良い盾らしいんだけど、使いどころがなくって……。ごめんね、大丈夫?」
ぼたんに盾ごと支えられる。俺は荒い息で言う。
「ぼ、ぼたん、俺よりも力あるな……。俺の飯には、滋養強壮の力が……」
「あ、うん。タクのご飯、力の戻りがいいよ。美味しいし好き」
「何よりの褒め言葉だよ……」
ぼたんが盾をしまう。俺は腕を組み、結論付ける。
「日用品以外はダメだな。武器なんか持てんわ」
「そうだね。じゃあ日用品で盾っぽい機能が期待できそうなものを探そう」
「ああいや、それだけなら当たりは付いてるんだ。ちょうどほら、そこに……」
俺がそれに手を伸ばそうとしたとき、俺は、激しい恐怖に襲われた。
俺は
【開傘】
俺は
「ぐぎゃっ!」
「っ!? 何!?」
ぼたんが俺の腕の中で目を剥く。俺はビニ傘越しに、敵の姿を確認した。
それは、二人のならず者だった。一人は大剣を担ぎ、もう一人は背後に数匹の猛獣を連れている。
「おうおう、『怪物』狩りのつもりで来たら、何だそのヒョロガリはよぉ。『怪物』ぅ、お前はどこに行っても一人ぼっちの、寂しい奴だと思ってたぜ」
「かっ、て、テメェっ! 俺の可愛いテイムモンスターをぶっ飛ばしやがって、ふざけんじゃねぇぞ!」
一人は挑発し、一人は俺が吹っ飛ばした獣を見て激怒している。
うわ、ビニ傘の『開傘』で吹っ飛んだ動物、壁に激突して潰れてんじゃん。
キモ。っていうかビニ傘つよ。
そんな状況で、ぼたんが呟く。
「……運が悪い。こんなところで、バウンティハンターに見つかるなんて」
忌々しそうにならず者二人を見つめるぼたん。
それに俺は、こう言った。
「えっ、この期に及んで中二病を……?」
「こっちのセリフ。いい加減現実を見て」
ぼたんがとても呆れた顔で俺を見ていた。いやでも流石に信じられんて……。