ならず者は、俺にこう言った。
「よう、ヒョロガリ。お前がどういうつもりでその『怪物』を庇ったのか知らねぇが、今すぐそいつをこっちに寄越せ。さもなきゃ八つ裂きだ」
ブンッ! と敵は大剣を振るう。おお、あれがスレで言われる『ちゃんとした武器』か……。
「何かあれだな。現実で大の男が大剣振り回してても、コスプレにしか見えんな」
「テメェふざけてんじゃねぇぞゴラァっ!」
「ほら、ツッコミからして小庶民じゃん。無理すんなって」
「いやマジでふざけんなよ!? ぶっ殺すぞおい!」
さきほど、一瞬とは言えビビったのが恥ずかしいくらいに、俺はこいつらから脅威を感じない。
不思議だ……。やばいときは絶対に、背筋にゾクゾクしたものが走るのに。
とするなら、と思う。
「ぼたん、多分こいつら、俺でも勝てるから、ちょっと隠れててくれ」
「っ!? タクッ? その判断はおかしい。ここはあなたが下がって、私が前で戦うべき場面」
「いや……だから何度も言ってんじゃんか。確かに俺はヒョロガリで、ぼたんよりも力がないさ。けどな」
俺は微笑んで、自分の胸を叩く。
「例え普通になれないニートでも、十歳も下の女の子の背中に隠れたら終わりだっての」
俺はぼたんの頭をなで、それからビニ傘を畳みながら前に出る。
「タクっ! やめて! だから私、何度も言ってるでしょ! 私のスキルは『吸血鬼』で、強いんだって!」
「あーあー、中二の妄想ならあとでいくらでも付き合うから」
「妄想じゃない! 何度言ったら分かるの! 私は『怪物』で、あいつらは私を狩りに来た、最低でもA級冒険者! 日用品スキルで敵う相手じゃ―――」
「グダグダ言ってんじゃねぇぞカスどもがぁ!」
言い合う俺たちに向けて、ならず者の一人が猛獣を差し向けてきた。
以前ならば、そのままやられるしかなかったような猛獣だ。だが、俺は知っている。
「生憎、野生動物相手なら、ザコスキルでも負けないんだよ」
【合わせ】
バールが猛獣の首に突き刺さる。途端、猛獣の動きが鈍化する。俺はぐいと引き寄せて、そこにビニ傘の先端を突きつけた。
【開傘】
傘の開く衝撃で、猛獣は爆ぜた。まるで絵の具で汚れたぼろ雑巾みたいになって、猛獣は息絶える。
「……ッ!?」
驚くのはぼたんだ。目を剥いて、「え、タク、え?」と、俺と猛獣とで視線を行ったり来たりさせている。
俺は傘を閉じながら、ぼたんを叱った。
「ぼたん、分かったか? これがガチの戦闘なんだ。お前みたいなか弱い女の子がやるようなものじゃないんだよ」
「え、いや、ちが。え? に、日用品スキル、でしょ? こ、こんな火力の出る日用品スキルなんて、ある、の?」
「今度は俺を巻き込んで中二病か……。ぼたんもしぶといな……」
「だ、だから、中二病じゃないっ」
俺は否定するぼたんを置いて、更に前に出た。ならず者たちは、警戒の目で俺を睨んでいる。
「……相棒、奴、どう思う」
「『怪物』が用意した露払い、にしては妙な野郎だ。いかにもザコって風貌で、俺のテイムしたA級モンスターを一蹴しやがった」
俺はその会話を聞いて、肩を竦めて嘲笑う。
「おうおう何だぁ? お前らも中二病かぁ!? 実力以上のホラを吹いてビビらせようったって、そうはいかないんだよバーカ!」
「……ッ! おい、ここは俺にやらせろ! あのヒョロガリ、俺のモンスターたちの餌にしてやる!」
猛獣使いが息を巻く。だから俺は、更に挑発した。
「モンスター? 野生動物の間違いだろ? つーか何だこの虎みたいなの。密輸でもしたのかお前」
「―――ッ! こいつらは鬼虎獣ってんだよ! 冥途の土産に覚えておくんだなッ! ヒョロガリぃ!」
猛獣使いが腕を振り下ろす。同時に、三匹の猛獣が一度に俺に襲い来た。
「タクッ! 私も加勢」
「しなくていい。言ったろ?」
俺はぼたんに笑いかける。
「普通になれない俺でも、この程度のザコなら余裕だ」
【開傘】
同時に来た三匹の内二匹の攻撃を、俺はビニ傘で打ち払う。
「ギャウッ!」「ガァァア!」
しかし、その二匹は俺の『開傘』を見切ったようで、跳ね返される程度で距離を取った。
そして、残る一匹が、傘の防御を掻い潜って、俺に爪を振るい来る。
「ハッ! ヒョロガリ! これで終い」
俺はその前足に、バールを振るう。
【合わせ】
「だ……?」
勝ち誇った猛獣使いに俺は笑いかけながら、猛獣をバールで引き寄せ、肩に傘を掛けながら包丁を抜き放つ。
狙うは首筋。猛獣は防御も回避もできないまま、俺の攻撃を見上げていた。
【包丁致命】
包丁が猛獣の毛皮を破り、そのさらに奥、頸動脈に届く。
そこで俺は、不意に、新しいスキルが思いついた。
「ぼたん」
俺は後ろを見て、ぼたんに告げる。
「服汚れるから、もちっと下がってくれ」
言いながら、俺は、頸動脈をさらに傷つける形で包丁を一捻りしてから、傷口を広げるべく掻き切った。
【ブラッディ・レイン】
スキルが発動する。猛獣の頸動脈から、噴水のように血が噴き出た。
それが天井にぶつかり、打って変わって雨のように降り注ぐ。
「なっ、て、てめ」
「く」
ならず者二人が、汚れを嫌って下がる。だが、俺のメイン目的はそこじゃない。
「ガゥ……?」「ギャゥアッ」
猛獣たちが、血の雨に包まれ、視界と嗅覚を潰される。血の雨の中で五感が健在なのは、傘で雨を防ぐ俺だけだ。
だから俺は、悠々と傘を差して近づき、バールを振るった。
【合わせ】【包丁致命】
バールで引き寄せて、頸動脈を裂いて、打ち払う。
【合わせ】【包丁致命】
バールで引き寄せて、頸動脈を裂いて、打ち払う。
雨が終わる。そこには、血だまりに伏す計五匹の猛獣と、傘を差して立つ俺ばかりが残される。
「なっ、ぁっ、お、俺の、俺のA級モンスターたちが、この一瞬で、全滅……ッ!?」
猛獣使いが動揺していたので、俺は包丁を軽く宙に投げ出した。
その柄を、俺はバールで鋭く打ち抜く。
【釘打ち】
包丁が、隙だらけだった猛獣使いの喉を貫く。血を吹いて猛獣使いが倒れるのを、大剣使いが目を剥いて見つめている。
俺は、一歩を踏み出した。
血の海で、ちゃぽ、と音がする。
「さて、お前が最後だ」
「て、てめ、テメェ……ッ」
「何だ? やる気か? か弱い女の子を狙ってすいませんでした~! って言って逃げだせば、許してやるぜ?」
「ふざけろッ、イカレ野郎がぁぁああ!」
大剣を掲げる。一刀両断にするつもりだ、と俺は睨む。
「喰らえッ! 【大太刀斬り】ッ!」
大剣が俺の頭上に振り下ろされる。俺は肩を竦め、傘を少し傾けた。
ギャリィィイインッ! と硬質な音が響く。
視線を下ろせば、敵の大剣が、深く地面に突き刺さっていた。
力を籠め過ぎたな。これでは抜けまい。
自爆を察して、大剣使いは顔を青ざめさせて大剣を見つめている。
「……な、なん、で……」
「ビニ傘、いいな。俺のザコスキルでもさ、この傘、その剣を受け流せるくらいには強いみたいだ」
大剣使いは、怯えた目で俺を見上げた。俺は傘を閉じ、その額に先端を突きつける。
大剣使いは、言った。
「わ、悪かった。もう『怪物』には手を出さない。だ、だから……ッ」
「はぁ……あのさぁ。俺さっき言ったろ? あの時に逃げだせば良かったのに。つーかさ」
俺は、敵を一睨みして、こう続けた。
「ウチの可愛いぼたんのこと、『怪物』とか呼ぶんじゃねぇよ。中二病が悪化すんだろ、バカヤロウ」
【開傘】
弾けるようにして、大剣使いは遠くまで吹っ飛ぶ。地面を何バウンドもしながら、壁までごろごろ転がった。
「勝負ありってな」
俺は血に汚れたバールを振るう。【血払い】のスキル名が脳裏によぎる。
ぱたたっ、と血汚れが地面に飛び、バールが瞬時にキレイになった。