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第22話 山王

 ぼたんのスキル【吸血鬼】には、特殊能力の一つとして、暗視能力がある。


 夜の眷属たる吸血鬼には、暗闇はホームフィールド。視界を遮られるものではない、ということだ。


 だから、焚き木の光を頼りに隣を見るタクよりも、より精彩に、現れたSSS級モンスター―――山王オオヤマノアラミタマの姿を知ることができた。


「……大猿」


 それは、まるで、山一つもある猿の様だった。


 かつて古い映画で見たような、ビルによじ登る巨大な猿。少なくとも、アレよりは大きい。巨大なビルがあったとして、その倍のサイズはある。


 それだけ巨大ならば、とぼたんは思う。サイズ比を考えるなら、山王から見たぼたんたちは、それこそ蟻のようなもの。気付かずにスルーしてくれれば、そう願う。


 だが、そうはならなかった。山王の目は、明らかにぼたんたちを―――特にタクを注視している。


「なぁ、ぼたん。あいつさ、明らかに俺たちを狙ってる、よな」


「うん……! モンスターは、人間の生気を求めるって、言われてるから。そして、高tierであるほど、生気の量は増えるって」


 だから、タクが一番に狙われているのだろう。次点で、ぼたん。


 サイズ比はとんでもないが、山王からは二人が、小さくとも濃密なごちそうに映っているに違いない。


 山王が、拳を振り上げる。


「タクッ、来るよ!」


「おうッ!」


 巨大な猿の拳が、ゆっくりとこちらに迫った。遠近感が狂うような攻撃。いつどのタイミングで良ければいいかも分からない。


 そして、気付くのだ。


 振り上げた瞬間から、全力で逃げるべきだったと。


「―――おいこれっ、手だけで家一つ分くらいあるぞ、あの化け物!」


 タクが叫ぶ。同時に、ぼたんはタクを抱きしめて跳躍した。


 それで数メートル。だが、回避しきるのにわずかに足りない。


 ぼたんは多少死んでもいい。ぼたんには、高い不死性がある。だが、タクには? タクはマスタースキルの保持者だが、不死性はないはず。


 なら、とぼたんは、タクだけでも生かすために、タクを突き飛ば―――


「ぼたん、要らねぇ心配すんな」


【開傘】


 タクがビニール傘を開く。そこに山王の拳が当たる。ギィイインッ! と激しい音を立てて、タクはぼたんごと、山王の攻撃に弾かれ吹っ飛んだ。


 それを、すぐにタクが着地する。地面を靴が激しく擦る。タクに疲労は見られない。注意深く、山王を睨みつけている。


 ぼたんは、目を丸くしてタクを見た。


「……マスタースキルは、ここまで……」


 無傷。ぼたん一人では、少なくとも一回は死んでいたような攻撃を、タクは無傷で済ませた。


 桁が違う。teirが一つ違うだけでも、レベルとして桁が違うとは知っていたが。


 ―――これは、これほどの防御性能は、戦闘経験の豊富なぼたんでも、見たことがない。


「ぼたん、大丈夫か!」


「う、うん」


「一旦逃げるぞ! とりあえず、俺にあいつは倒せない! そのための!」


 タクがぼたんの手を引いて、息せき切って走り出す。


 ぼたんは、タクの動きに注視した。


 タクの走り方は、素人そのものだ。肉体として逞しくなったわけではない。恐らくすぐに息切れする。


 つまり、日用品を使っている時、そしてその効果が発動する領域においてのみ、タクはマスタースキル保持者としての実力を発揮する。


 逆に言えば、それ以外のシーンにおいては、タクの実力は見た目通り、ということになる。


「……!」


 限られた状況下においてのみ、全能に近い力を振るう。それがマスタースキル保持者の特徴だ。


 だからビニール傘の防御だけでも、山王の攻撃を防ぎきる。一方で、傘がなければ、容易くタクは死んでいた。


 手にした日用品がすべて最強の武器になる、極めて貧弱な青年。


 タクの戦闘能力を表すのならば、そういった評価を下さざるを得ない。


「……私が、守らなきゃ」


「ぜぇっ、ぼ、ぼた、ん……っ!? な、なんか、言った、かぁ……!?」


「……ううん、何も言ってないよ、タク」


 ぼたんは走る足を加速させ、タクを引っ張るようにして走り出す。


「タク、疲れたらいつでも言って。私が抱っこしてあげる」


「はぁっ、はぁっ、だ、だから、ぼたんにそんな、こと、させる、わけ」


「うん。そうだよね。タクにもプライドがあるから。でも、覚えておいて」


 たった数十メートルの全力疾走で、汗だらだらの瀕死状態になりながらも、強がるタク。


 それに愛おしさすら覚えながら、ぼたんは告げた。


「タクのお願いなら、私、全部叶えてあげるから。本当にまずい状態になったら、すぐに言って」


「ぜぇっ、わ、わかっ、ぉぇっ……!」


 今すぐ問答無用で抱えた方がいいかな、と思いつつ、ひとまずぼたんは先導して走る。


 後ろを見る。山王は、自分の一撃が防がれたことが不思議なのか、じっと自分の拳を見つめていた。


 そこには、傷らしい傷はない。しかし、液体が滴っている。ぼたんは鼻を鳴らし匂いを確かめる。


 血の、匂い。


 タクの反撃は、山王に血を流させた。


「タク、さっき『火力がない』って言ってたよね」


「あ、げほっ、ああ! ゲホゲホゲホッ!」


「それは、どういうこと? タクの傘、山王にダメージ入れてるけど」


「ちょっ……ま、すこ、きゅうけ……」


「抱っこするね」


「うぐぇっ」


 問答無用でタクをお姫様抱っこして、ぼたんはさらに加速して山道を駆け降りる。


 タクはぼたんの腕の中で、両手で顔を覆っている。


「恥ずかしい……女の子にお姫様抱っこされるのは、流石に超はずい……」


「恥ずかしがるのは後。早く教えて」


「……あのデカブツの厄介の点は、二つだ。一つは、デカいこと。もう一つは、回復能力が高いこと」


 ぼたんは思い浮かべる。血が滴ってはいたものの、すでに治癒していた山王の拳を。


「デカイことの何が厄介って、攻撃力以上に、こっちの攻撃が弱点に通らないことだ。しかもあの治癒能力。致命傷以外はすぐ治されちまう」


「何か策はない?」


「今のところ、自分から食われて内臓の中で滅茶苦茶暴れる案しか出てこない」


「一寸法師?」


「それそれ。でも現実的じゃないから、火力がないって判断した」


 確かに、とぼたんは思う。顔によじ登って目を重点的に……と次善策を思い付きはするものの、そこに確実性があるか微妙なところになる。


「じゃあ、どうするのがいいと思う?」


「この場は逃げるしかない。倒す準備がない。あいつを殺すには、とんでもない大火力ありきで考えるべきだ。つまり」


 タクが、真剣な顔で言う。


冒険者の力が、な」


「……」


「ぼたん、無言でジト目になるのはやめろ」


「なってない」


「なってる」


 タクの認識が壊れてる部分は、今はどうしようもないから一旦置いておこう。


 そうぼたんは、あきらめと共に息を吐く。


「分かった。じゃあ、全力で逃げ―――」


「ぼたんッ! 来たぞ!」


 背後から迫る圧迫感。見れば、一足で距離を縮めた山王の拳が、再びぼたんを捉えている。


【開傘】


 タクの傘が開かれる。防御だけは間に合うが、それでも衝撃は殺しきれない。


「あっ」


「うぉっ?」


 二人は大きく弾かれ、空中に打ち上げられる。


 ぼたんはその衝撃に、思わずタクを手放してしまう。


 血の気が引く。マズイ。これはダメだ。だってタクは、日用品がなければひどくか弱いただの青年でしかない。


「タクッ!」


 ぼたんは必死で手を伸ばす。タクも慌ててこちらに手を伸ばす。


 だが、山王はもう、手加減をしなかった。


「ヴゴォォォオオオオオオオオオ!」


 咆哮。再び振るわれる、家ほどもある拳。


 それはまっすぐにタクを狙って振るわれた。


「―――あ」


 タクが拳を受ける。凄まじい速度で、さらなる高高度まで飛ばされる。


 そんなの、そんなの、常人が耐えられる訳がない。


「あ、やだ、やめてっ、タクっ、タクッッッッッ!!!!」


 ぼたんは絶叫を上げる。だが空を掻く手は届かない。拳の勢いをそのままに、タクはどんどんと空高く舞い上がっていく。


 ぼたんの脳裏に、様々な最悪がよぎる。


「タク、タク、どうしよう、どうしようどうしようどうしよう」


 うまく着地できずに、タクはきっと落下死する。


 死んだだけなら死体を回収して蘇生すればいい。だが、下手な相手に見つかってしまえば、その限りではない。


 ぼたんは、数々の最悪の目の当たりにしてきた。


 蘇生魔法を悪用した内臓ブローカー。洗脳され人生を破壊された哀れな人々。そもそも、蘇生されずにモンスターに食い荒らされるかもしれない。


 そんな目に、タクを遭わせるわけには行かない。ぼたんを地獄の淵から救い出してくれたタクを、決してのそんな目に遭わせない。


「タクッッッッッ!!!!!!」


 ぼたんは、空に向かって名を呼ぶ。


「絶対! 絶対あなたを見つけ出すから! 今度は私が、あなたを絶対に救いだして見せるから!!!」


 ぼたんは、泣きながら叫ぶ。


 だって、まだ、答えを貰えてない。『私と一緒に生きて欲しい』という、お願い。不器用なぼたんなりのプロポーズ。


 タクの答えを聞くまでは、ぼたんは絶対に諦められない。そう、固く覚悟を決め――


 直後、ぼたんを横殴りの衝撃が襲った。


 山王の拳。家をそのままぶつけられたような威力。


 ぼたんは潰され、死んだ。


 そして吸血鬼の不死性により、復活する。


 全身血まみれで立ち上がり、そして巨大な猿を―――山王を、睨みつける。


「……邪魔、しないで」


 山王は、ニタニタと気味の悪い笑みでぼたんを見下ろしている。


 獲物としか思っていない目だ。こちらを侮っている目だ。


 だから、まずは、この山王とか言うデカいだけのモンスターを、分からせる必要がある。


「あなたは、大きい。……確かにこの場で殺すことは、出来ないかもしれない。でも、今のところ、それだけでしょう?」


 ぼたんは、一歩前に踏み出す。タクがいないのならば、被害など恐れずに戦える。


「私は、小さい。けれど、数多くの人から恐れられ、常軌を逸した数のモンスターを殺してきた」


 ぼたんは、手近にあった道路標識を抜く。


 そしてやり投げの要領で投擲し、再び振るわれようとしていた山王の拳に当てた。


 道路標識が、山王の拳を貫く。山王が、痛みに悲鳴を上げる。


「ギャォォォオオオオオオオオオ!?」


「山王、オオヤマノアラミタマ」


 ぼたんはゆらりとその場に立つ。


「タクを探すのに邪魔だから、まずはあなたに、『怪物』の恐ろしさを教えてあげる」


 そしてぼたんはゆらめき―――


 その場から瞬時に消えた直後、再び山王が、悲鳴を上げた。











 一方その頃、とんでもない距離をぶっ飛ばされたタクは――――


「どわぁぁああああああ! 死ぬっ! このままだと死、あ、いや待てよ?」


【開傘】


 傘を開く。するとアニメやゲームみたいにふわふわと傘が風に乗り、そのまま緩やかに地面に着地した。


「うぉぉお~……あっぶねぇ~。っていうか、ヤバ。ぼたんあの場に取り残してるわ」


 相変わらず無傷のまま、「遠いよ~チャリもないのに~」ものすごい渋い顔で、ぼたんを迎えに山に戻るのだった。

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