俺が夜通し走ってキャンプ場に戻ると、すでにぼたんとモンスターの姿は消えていた。
「いないんですけど」
俺はしばらく探したが、結局見つからず腕組み思案する羽目になった。
戦いの跡は、中々派手なことになっていた。誰の物とも知れない謎の血だまりが、そこかしこにこびりついている。
「ぼたん一人の血……じゃないな。明らかに人間の体積越えてるし」
スマホで連絡もつかないので、俺が吹っ飛ばされた後の戦闘で、壊れてしまったのかもしれない。
「……心配だけど、気配のけの字もないとなぁ……」
あのクソデカモンスとの戦いの気配を見る感じ、多分死んでいないと思う。
倒せないにしろ、追い払える、あるいは逃げ出せるくらいの雰囲気が、ぼたんにはあった。
ということで、俺はぼたんのことを再評価する。
「……ぼたん、普通のモンスターと戦えるくらいには、強かったんだな……」
あの、憎きクソデカモンスター。
恐らくだが、あれが、スレ民たちが言うような、『ザコじゃないちゃんとしたモンスター』なのだろう。
そりゃあ、あんなクソデカモンスターがうろついているのなら、『バールかぁ……』とみんなして渋い顔をするわけだ。
だってあのデカさじゃどうにもならないもん。無理無理。
アレを倒すには、火力の出るちゃんとした攻撃手段が必要だ。
そんな訳で、俺は今後の指針を決めた。
「お腹が空いたら帰ってくるだろ」
帰宅である。
連絡もつかない、恐らく無事、見つかる算段がないとなれば、ぼたんも常識ある女子高生。一人で帰ってこられるはずだ。
という事で俺は、何かその辺で無事に転がっていた自転車を回収し下山した。
家、着。
「鍵は渡してあるしな。あ、でも鍵もスマホみたいに壊されてる可能性あるか……?」
色々考え、玄関とちゃぶ台二つに『お帰り、ぼたん。すぐ帰るからくつろいでて byタク』と張り紙をして、俺は普段通りに日々を過ごした。
起床し、飯を食べ、ぼたんを探すがてら散歩をし、飯を食べ、呆け、飯を食べ、寝る。
で、三日経った。
「一向に帰ってこないんだけど!」
寂しくて泣いちゃう27歳ヒキニートである。
俺側も、すっかりぼたんがいる生活に慣れきっていたみたいだ。
こうなると、発想がネガティブな方に切り替わってくる。
「うぅ……俺の、俺の不甲斐ない姿に幻滅し過ぎて、愛想尽かしちゃったか……? 吹っ飛ばされる時も何か言ってたし」
何か必死に叫んでいたが、風でうるさくて聞こえなかったのだ。
何を言っていたのだろう。逃げるなー! 卑怯者ー! とか言われていたのだろうか。
「そうかなぁ……そうかもなぁ……あっちからしたら、ピンチで一人だけ逃げたようなもんだしなぁ~……」
戻りはしたが、すでに戦いは終わっていた。つまり役立たずに終わったということだ。
泣けてくる。ぼたんだけは大事にしようと思ってたのになぁ……。
「はは……俺の癒しはダンジョン配信だけだ……」
十一歳も下の女の子に逃げられてさめざめ泣く、極めてヤバい精神状態でベッドに寝転んで、俺はスマホでダンジョン配信を眺めていた。
『ということで~、今日も隔離地域からお届けしてま~す♡』
俺が眺めていたそれは、とあるダンジョン配信者の配信だった。
ぼたんロスがキツ過ぎて、その寂しさを埋めるものがないかと探し、見つけたのだ。
『あ、自己紹介がまだだった? じゃあ……ごほんっ☆』
わざとらしく咳払いをしたそのダンジョン配信者は、カメラの前でくるりと回って名を名乗る。
『こんザコ~! あたしはダンジョンにもぐる度胸のないザコのみんな(笑)に、夢と希望を与えるメスガキ系ダンジョン配信者、座古宮エンジェだよ~♡』
「エンジェたーん……」
自尊心が色々と底を叩いている俺は、推しになったダンジョン配信、エンジェの名乗りに、半泣きで声を返した。
座古宮エンジェ。チャンネル登録者数十万を誇る、中堅ダンジョン配信者だ。
つい最近配信を開始して、瞬く間に登録者数が十万を突破した、期待の新鋭。
コラボなどの他人との絡みが全くなく、ひたすらダンジョンに臨むストイックな配信スタイル。
一方で視聴者とのやり取りは活発で、お互いに煽り煽られという、プロレスのできる配信が有名だ。
その外見は、はた目から見てもかなりのもの。
ピンクと青の交じり合うツインテールに、巨乳、低身長、八重歯と、一部の性癖をぶん殴る属性もりもり美少女。
そんな少女が、ギャル系のおしゃれをして、背中に盾を背負っている。
『今回も~♡ ザコザコのザコブタ(ファンネーム)たちに~♡ 危険でこわぁ~い隔離地域の現状を教えちゃうよ~♡』
「はは……言ってくれるぜ……」
不甲斐ない俺は、不甲斐ないと言ってくれる声を求めていたのか、そういう煽り型の配信が心地よかった。
バカにされることで楽になる、という事はある。
少なくとも、何も言われずに離れられていくよりは、気が楽だ。
だから、ケラケラ笑いながら視聴者を煽りつつダンジョン配信をするのだから、それはもう人気だと思っていたのだが……。
『連れてかれろ連れてかれろ連れてかれろ』
『ゴブリーン! ここだー! このメスガキを連れていけー!』
『隔離地域の人に失礼とか思わないんですか?』
「相変わらずすっげぇ民度」
アンチしかいない、と半分くらい引きつつ、俺は画面に視線を戻す。
『あっれ~? 今日もザコがよく鳴いてるね~!(笑) その元気、社会で発揮した方がいいんじゃな~い?』
「ははは、すげーメンタルだ」
憧れる。ここまでの罵詈雑言、自分に向いたら、俺は即死してしまうだろう。ショックで。
『何故低評価は一度しか押せないのだろう』
『今日こそゴブリンに連れてかれるように祈ってる』
『座古宮がゴブリンに連れてかれるところを生で見るためにチャンネル登録しました』
「そしてアンチはゴブリン推しがすごいな……」
まぁ死ねとか直球で書いたら、コメントに流れないからこうしているのだろうが。
にしても、と俺は首を捻る。
「被災地への差し入れ企画とか、権利関係を気にするとか、年齢不相応にちゃんとしたいい子だと思うんだけどな……」
メスガキ、というのはキャラだけで、中身はかなりしっかり系というイメージがあるのだが、不思議なくらいアンチが活発な配信者なのだ。
『今日は~、数日前にSSS級モンスターが暴れたって言われる、このキャンプ跡地にやってきました~!』
そんな風に言って、エンジェが横に退く。すると、背景の景色が映し出される。
そこで、俺は気づいた。
「……ん? ここ、三日前に俺がモンスに襲われた場所じゃん」
俺たちがクソデカ普通モンスに襲われた後、さらにSSS級モンスターとやらが通過したのか。
こわ。間一髪だったんだな。そう思いながら、俺は配信を眺め続ける。
『見てよこのすっごい戦闘の跡~! やっばくなぁ~い!? 何でも何でも、噂じゃ都市を占拠してた「山王」ってSSS級モンスターと、危険S級冒険者「怪物」が激突したとか~!』
うわ、また出たよ『怪物』。この辺で暴れまわってるのか、と俺は引く。
……にしても、山王? 何か聞いたことある名前だな。どこで聞いたっけ。俺は首を傾げる。
『それ以来~、山王は都市に戻っちゃうし~、「怪物」は何かを探して、色んなところで暴れまわってるらしいよ~!? きゃ~! 超怖いね~!』
こわ~、と俺は顔をしかめる。全然気づかなかったが。危険すぎて俺のビビリセンサーも壊れるほどのモンスだったのかもしれない。
そこでエンジェはカメラを見て、ぷぷ、と笑う。
『怖すぎて~、ザコのみんなは~、今頃おしっこ漏らしちゃったかな~?(笑)』
『ぶっ〇』
『座古宮が怪物に出会いますように』
『隔離地域ってやっぱやべぇのな』
エンジェは煽り、アンチは血管ビキビキだ。俺はほけーっと眺める。
にしても、会える距離だなぁ……。
いや、会いに行くつもりはないけど。推しが近くにいるのは、何かこう、新鮮な気持ちというだけ。
そんな風に思っていたら、俺は画面奥に妙なのを見つけて眉をひそめた。
「……ゴブリンが集まってるな」
俺は一応書き込んでおく。
『ゴブリン来てね?』
『えっ? ゴブリン? うわぁっ!? ほっ、ホントだ! やばいやばいやばい! 逃げなきゃ! ギャー!』
『キタキタキタァ!』
『メインコンテンツ』
『今日こそ連れてかれる座古宮が見れるのか!』
まだ距離があったので、エンジェは全力ダッシュで走り出した。それを、カメラが自動で追う。これドローンの飛行音かな。
「え、大丈夫かなエンジェたん」
俺は思わず起き上がる。
追ってくるゴブリンが、思ったよりだいぶ多い。十匹くらい居る。
「……」
ゴブリン。見た感じ、映っているのはバールでも勝てそうなザコばかりだが、エンジェが持ってるの、盾だけだったよな。
「マズイか? 放置は。良くないか?」
視聴者が出しゃばるのは良くない。良くないが、と思いつつ、俺は唸る。
唸って、唸って、唸って……決めた。
「た、待機だけしとくか。やばそうになったら突撃、みたいな」
俺はいつもの装備を固めて家を出て、自転車で駆け出した。