俺はエンジェを荷台に乗せて、風に従いチャリを走らせていた。
下山して少しした、住宅街の片隅。荒れ果てた道を、マイペースに進んでいる。
後ろでは、手筈通りに準備を整えたエンジェが、追尾してくる配信ドローンに向かっていた。
「『お?』『また配信始まった』『日用品マスターさんどうなったん?』」
配信ドローンのコメ欄読み上げ。それにエンジェが、いつものように、声を張った。
「こんザコ~! あたしはダンジョンにもぐる度胸のないザコのみんな(笑)に、夢と希望を与えるメスガキ系ダンジョン配信者、座古宮エンジェだよ~♡」
「『ケッ』『出たわね』『何をしに来た!』」
「ここはあたしのチャンネルでしょうが! まぁでも言いたいことは分かるわ。急に配信切られて、ザコブタたちもびっくりしちゃったのよね~♡」
「『画面ぶん殴られたので通報しました』『負けてないが!?』」
ザコブタ(ファンネーム)とスムーズにプロレスを始めるエンジェ。
一方俺は、明らかに軟化しているザコブタたちの態度に目を瞠る。本当に、『仲間ハブ』の効果が表れている。
「『結局あの後どうなったん?』『座古宮自転車乗ってる?』『後ろに人いない?』」
「お、勘の良いザコブタたちは気付いてるようね。では~、じゃじゃん!」
エンジェは少し体を反らして、俺を画角に映るようにした。
「さっきのトラブルの後にめちゃくちゃ平謝りしたついでに、今回密着取材を受け入れてくれた隔離地域現地民こと、日用品マスターさんです~~~! 拍手~!」
「『平謝りしてて草』『もしやと思ったけど、マジか!』『日用品マスターさんきちゃ!』」
コメ欄の大盛り上がりっぷりに、俺は恐縮しつつ、「ど、ども……」と軽く挨拶する。
「ということで、これからしばらくは、『密着! 日用品マスターの一日!』という企画でやっていくわよ、ザコブタたち! いいわね~!?」
「『これは期待』『とうとう現れた日本のマスタースキルだからな』『ワクワク!』」
「はは……」
何で俺なんかにこんな期待が寄せられてんだ、と思うが、とりあえずうまくいっているからには、文句もないというところ。
何故こんなことになったのか。
それは、少しばかり時間をさかのぼる。
―――俺の考えはこうだった。
ぼたんが俺の下から去っていったのは、あのデカイ普通モンスとの戦いで、俺が不甲斐なかったから。
でも、俺はそれが嫌だ。未練がましいけど、ぼたんにもう一度会いたい。
だから、エンジェと共に活動して、俺が頑張っている姿がぼたんに届けば、また一目でも会えるんじゃないか。
そう簡単に伝えると、エンジェは深く頷いた。
「分かったわ! つまり、あたしのチャンネルがより有名になればなるほど、タク自身の目的にも近づくってことね?」
「うん、そうだ」
俺は頷く。それから「それでその、質問なんだけど」と尋ねた。
「俺はその、こ、こういうチャレンジングなこと、ぜ、全然経験がないっていうか、い、いいいい、今から緊張がすごいんだけど、な、なななな、何すれば、いい!?」
「震えすご」
「正直目的がなかったら、メチャクチャやりたくない」
「えぇ~タクって思ったよりビビりなんだぁ~♡ ふぅ~ん♡」
ニタァと笑って、エンジェは何故か軽く体当たりしてくる。くっ……!
「ビビリですいません……」
「えぇ、そこで負けないでよ、も~。で、話戻すけど、『何すればいい?』だっけ」
俺は頷く。エンジェは、あっけらかんとして言った。
「何してもいいと思うわよ」
「……えぇ?」
「いや、マジよマジ。タクはマスタースキル保持者っていう時点でコンテンツ力最高だし、しかも隔離地域で生活してるから、これだけでまぁまぁ面白くなるはず」
「話が半分も入ってこなかったんだが」
「あ、シャットアウトワードで説明したらダメね……となると、うん」
自信満々に、エンジェは言った。
「タクは自由にいつも通りに生活してて! あたしがそれを勝手に面白くするから!」
……そんな訳で、俺は配信周りのことをエンジェに任せつつ、半分くらいいつも通り、もう半分はちょっと派手めなことをしようと考え、自転車に乗っていた。
「じゃあ改めて、タク! ザコブタたちに、自己紹介してあげて~!」
「あ、えっと、タクです。よろしくお願いします」
「『よろしくニキ~!』『礼儀正しくていいね』『マスタースキル史上一番まともでは』『まだ信じてないけど、座古宮よりは好感持てる』」
概ね反応は良好のようだ。日頃見る、普通の配信程度の温度感に感じる。
俺はほっと胸をなでおろす。エンジェは「コメ欄あたたか……」と怪訝な顔をしている。
俺は少し首を傾げて、エンジェに尋ねた。
「……こういうのってあだ名とかあった方がいいのかな?」
「あー、まぁ勝手につけられたのが定着するとか、色々あるけどね。あたしなんか、何故か名字でしか呼ばれないし」
「『座古宮は座古宮だろ』『確かに、日用品マスターさん、は長いな』『バール使ってるしバールニキとかどうよ』『バールニキ草』」
「ほら、ザコブタたちでわちゃわちゃやってるでしょ? あんまり気にしないでいいのよ、こういうのは」
「そういうもんか……」
勝手は分からないが、問題がないのならスルーで良いだろう。
エンジェが再びドローンに向かって話し始める。
「ということで、今回の企画について説明するわね~! 今回は文字通りの密着取材! 隔離地域で生活する日用品マスターさんの生活に密着して行くわよ~!」
「『期待』『マスタースキルの私生活が知れるとか唯一無二のコンテンツだろ』『武器がまずバールだもんな』」
「では日用品マスターさんこと、タク! 今日は何するの?」
エアマイクを向けられ、俺は考えを口にする。
「前に狩った野生の鹿の肉がダメになってきたから、新しく狩ろうかと思ってんだよ」
「『野生動物?』『猟師みたいな感じで生きてるのか』」
「へー! 狩りなんてするのね、タク。なぁ~んだ~! 結構男らしいところあるじゃな~い♡」
「あんまからかうなって」
コメ欄の妙な態度に対して、エンジェは素でからかってくる。
「『何だこいつらイチャつきやがって』『おい座古宮! そこ代われ!』『バールニキと何盛り上がってんだ燃やすぞ』」
「ねぇおかしくない!? 何であたしにみんな嫉妬してるのよ! 普通タクでしょ! タクに『エンジェたんに近づくな!』ってなるところでしょ!」
「『思い上がるな』『悪いけど……』『ゴブリンと結婚するのはいつですか』『冗談は胸だけにしろ』」
「あたしのおっぱいは自前じゃバカタレぇ!」
茶々を入れるザコブタに、エンジェはドローンを殴って黙らせている。
「でも、野生動物狩りで助かったわ」
かと思えば、エンジェは言った。
「いくらマスタースキルだからって、A級以上のモンスターとの戦いを密着取材とか、あたしが死んじゃうもの」
「ははは、そんなことしないっての。俺なんか、普通の鹿相手でもひーひー言って倒したくらいだぞ?」
「ホントにぃ~? そんなこと言って、ゴブリンみたいに楽勝だったんじゃないの~?」
「いやいや、本当に。つーか、野生の鹿ってデカイし強いんだぞ。ほら、これ」
俺はスマホを操作して、鹿を倒した時の写真を表示して渡した。
「またまた~、そんなこと言って――――」
エンジェは俺のスマホを受け取り、ドローンにも見えるような画角で確認し、
「うわぁぁああああ!?」
叫んだ。うわうるさ。
「『ファッ!?』『野生の鹿じゃねぇ!』『ムリガンタラくんやんけ!』」
「え? なんでみんな騒いでんの?」
コメ欄すら騒いでいて、俺はキョトンとするばかり。
そこで、エンジェが問うてくる。
「え、待って。タク、これが普通の鹿なら、今日の狩りって何を―――」
「ああ、それな。今日はほら、あの空を飛んでる影あるじゃん」
俺は空を仰ぐ。エンジェとドローンも同じように空を見る。
「あいつ狙ってんだよ。最近鳥肉食べてないから、焼き鳥が食いたくてさ」
「『デカくね?』『この距離であのサイズ?』『あれグリフォンキングじゃね』」
ザコブタたちがざわついている。俺が首を傾げると、エンジェが口を開く。
「……ねぇ、タク。知ってる?」
「何が?」
「こ、この辺はね、危険モンスだらけのヤバい地域なんだけど……一番強いのはね、S級モンスターのグリフォンキングって言うのよ」
「へー、そうなんだ」
俺はチャリを漕ぎながら、話を聞く。
「特徴はね、鷹の頭と翼にライオンの体、そして王冠型のタテガミ。大抵の攻撃は弾くし、急襲はすべてを砕く。そもそも空を飛んでて攻撃が届かないの」
「え~、超怖いなそのモンス。そんなのに出会わない内に、あの鷹狩って帰るか」
「―――話の流れで分かりなさいよぉ! 今追ってるのがグリフォンキングだってぇ!」
叫びながら、エンジェは半泣きでハンドルに掴みかかる。
「うぉっ? ちょっ、エンジェ!?」
「Uターン! 気付かれる前にUターンして! 死にたくなぁい!」
何という強硬策。俺は「気のせいだって!」と抵抗しようとして、ハッとした。
ひっ、卑怯な! 背中にものすごくおっぱいが押し付けられて、集中できない! 卑怯だぞエンジェ! 性欲で生存本能をかき乱すな!
そう、緊張感なく騒いでる、その瞬間だった。
「あ、まずい」
「え?」
俺はエンジェの妨害を強引に取り払い、自転車をぐいと切りながら、強くペダルを踏みこんだ。
キィイイッ! と俺は自転車を急カーブ、急停止する。無理な体勢だったエンジェはぐらついて、自転車から転げ落ちる。
「きゃぁああっ! たっ、タク! 流石にこれは乱暴す、ぎ……?」
「エンジェ、下がってくれ」
「うっ、うん……!」
俺は自転車から降りて、素早く武装を固める。エンジェは背中の盾を構えて、自転車を引き取って後ろに下がった。
そして俺は、対峙する。
「ピーヒョロロロロロ……ピーヒョロロロロロ……」
それは、バカでかい鷹だった。
猛禽の頭に翼。胴体には羽がなく、ライオンのようにしなやかで逞しい胴体がある。頭には王冠めいたタテガミが。
デカイ、と思う。以前の鹿よりも一回りデカイ。
この鷹の強襲があって、俺は咄嗟にハンドルを切ったのだ。
結果、鷹のカギ爪は地面に深くめり込み、ヒビを走らせている。
「ひ……」
「『やばい』『うわ』『これまずいだろ』『え、これと戦うってマジ?』」
エンジェも、コメ欄も、それに絶句していた。隔離地域の野生動物の恐ろしさを目の当たりにして、動揺しているのだろう。
俺は元気づけるように、告げる。
「大丈夫だ、みんな。俺はそんな強くないけど、デカイだけの野生動物相手なら問題ないからさ」
「こっ、この、マスタースキルくんは、もぉぉおおお!」
「『バールニキやっべぇwwwwww』『それが野生動物は無理がある』『座古宮がすっかり振り回されポジに』」
何か後ろでワーワー言っているが、俺は気にしない。
だって、どう見たってこいつはモンスターじゃないからだ。
俺は本当のモンスターを知っている。山と見間違えるほどの巨躯。血をいくら流させても立ち上がるような存在感。
それに比べて、こいつはどうだ。確かに家ほどのデカさはあるが、それだけ。隔離地域特有の、妙にデカくなった野生動物にすぎない。
なら、俺の結論はこうだ。
「象サイズまでなら全部野生動物だって、いつかの鹿で学んだんでね。」
「『その学び間違ってますよ』『S級モンスターVSマスタースキル……ファイッ!』『この常識のなさ、癖になってきたな』」
俺は、野生の鷹と対峙する。