ピコン、と音がしてスマホを確認すれば、こう表示されていた。
『おめでとうございます! あなたのスキル
日用品マスター
が、Lv.2→Lv.3にレベルアップしました!』
「おー! 久々にレベルアップ!」
いつぞやの鹿以来か、と俺は感慨深くなる。全然レベルアップしなかったもんな。
ザコスキルの癖にレベルアップが難しすぎる。俺はぐぬぬと唸る。
そう思うと、エンジェのレベルのすさまじさに驚かされる次第だ。何あのレベル数。インフレってレベルじゃない。
と、そこで俺は我に返った。
鷹狩りはすでに終えている。俺は急いで自転車に乗った。
「エンジェ! 早く乗れ! 鷹は処分したし、グリフォンキングに襲われる前に逃げるぞ!」
「このマスタースキルくんはも~……」
「え?」
「『流石に同情する』『wwwwww』『お前が狩ったのがそれです』『バールニキいいわぁ……』」
キョトンとする俺にそうツッコミが来るが、いつもの通り冗談なので気にしない。
俺は荷台を叩く。
「はよ乗れ。逃げるから」
「……グリフォンキングならね、何かさっき、他のS級冒険者が討伐したって」
「あ、そうなの? じゃあ一安心だな」
「『一安心だね()』『これが方便ですか』」
コメ欄が何か言ってるが、俺は聞き流して腕まくりをする。
「じゃあこの鷹の血抜きしようぜ。今日は焼き鳥だ」
「『食うんか』『モンスター食自体する人はするし』『興味ある』『グリフォンキング美味いんかなぁ』」
俺は自転車から降りて、スマホで手順を確認しながら処理を進める。でっけぇ鷹だなぁ、と思いながら俺は作業する。
そうしていると、エンジェが言った。
「ねぇタク。食べるのは食べるでいいんだけどさ、せっかくだし納品しない?」
「納品?」
「うん。近くに避難区域あるし、そこなら冒険者ギルドの出張所もあるから。これだけの大物なら、喜んでもらえると思うわよ」
処理を済ませてから、エンジェの言う通り鷹を自転車に括って移動すると、壁に囲まれた一帯が見えてきた。
「身分証を」
「はい。後ろの人はあたしの連れね」
「拝見しました、どうぞ」
銃を構えた門番さんの横を通りつつ(リアル銃なんか初めて見た)、俺たちは門を通過する。
すると、壁の中には、これがこの数年見なかった光景が広がっていた。
「? タク、どうしたのよ。そんな驚いちゃって」
「い、いや。こんなたくさんの人、久々に見たからさ」
そこにあったのは、日本風の商店街を、中世ヨーロッパ風の装備で固めた人々が行きかう、奇妙な光景だった。
活気。壁の外ではろくに見もしなかった人間が、当たり前に往来している。ガヤガヤと騒ぎながら移動し、時たまに装備を固めた人が門へと向かう。
「もしかして、避難区域、初めて?」
「……初めてです」
「うわ、すご。マジで一人で生きてきたんだタク。じゃあ、歩きながら軽く説明してあげる」
得意になりながら、エンジェは先導して歩く。
「ここは、『朝陽通り商店街』。この辺りの避難区域で一番大きい、避難民の居住区よ」
俺は周囲を見回しながら、「ほー……」と呟きつつ進む。
「避難って、隔離地域外への避難じゃないんだな」
「まぁ失敗続きだしね。個人レベルの脱出はたまに成功してるけど、基本はこうやって、壁のある場所に集まって暮らしてるの」
歩き出すと、俺たちが載せている鷹に気付いて、周囲の人々がギョッとする。
「この辺りで人が住めるのは、基本的にここだけ。まぁまぁ大きな避難区域だから、インフラは一通り整ってるわ」
「へー……すげー。建物と人の格好がちぐはぐだ……」
「避難区域の中でも冒険者が多いのよ、ここ。戦う人間で普通の格好してるのなんか、タクくらいのものよ?」
確かに言われてみれば、店の人は、現代人らしい服装をしている。
とするなら、中世ヨーロッパ風ファッションの鎧の人たちは、全員冒険者なのか。
「あ、見つけた。ここがいわゆる冒険者ギルドよ! さ、納品納品!」
両開きの扉をくぐって、俺たちは冒険者ギルドに入る。
そして俺は、更に面食らった。
「うぉおお……。ゲームじゃんこんなの」
西洋風の建物の造り。
中にいるのは全員、中世ヨーロッパ風の装備を纏った冒険者だ。
「ん? 何だあのオッサン」
「入る建物間違えたんじゃね?」
「つーか横にいる女の子おっぱいデカ! ナンパしちゃおっかな」
「横にいるオッサンどかして、女の子連れ帰っちゃう? ハハハ!」
周囲の声に肩身が狭い。エンジェは格好が派手だから馴染んでいる一方、普段着の俺ばかりが浮いている。
何とも物騒な発言が聞こえたが、ここなりの冗談の可能性もある。俺は放置して、振り返った。
俺は自転車を持ち込んでいいのか悩むが、どうにもならないのでそのまま進む。
すると、周囲の目の色が変わった。
「は?」「え、ヤバ」「あ、アレって、え?」
俺は針の筵だぁ~……と思いながら、エンジェに続いて奥まで進む。カウンターの受付嬢が、目を丸くして鷹に見入っている。
エンジェが、元気に声を上げた。
「こんにちは~! すいません、納品したいんですけど~」
「はっ、はい! 納品ですね!?」
エンジェの猫を被った声に、受付嬢が慌てて対応を始める。
すぐに奥からスタッフさんがぞろぞろ出てきて、自転車から鷹を下ろす。
そこで俺は、ハッとするのだ。
「え、エンジェ。こ、これ、俺やらかしたか? こんな大物、事前に電話の一報くらい入れておくべきだったんじゃ」
「モンスター関連と一般常識の知識差はなに?」
何かエンジェが嫌そうな顔をしている。俺は首を傾げる。
すると、エンジェは一つため息を吐いてから、肩を竦めた。
「っていうか、こんなの気にしなくていいわよ。一報入れても信じてもらえたか分からないし。っていうか、今でも疑われてるでしょ」
「うん?」
俺はエンジェの視線の動きに従って目を動かすと、スタッフさんたちが口々に「ほ、本当なのか……?」「この数年ずっとこの一帯の王だったモンスターが……」と言っている。
「……え? 鷹でしょ? デカイ」
「タクが一番信じてないんだから世話ないわよねハハハ」
「エンジェが渇いた笑いを」
「タクの所為でしょうがぁ!」
とかやり取りをしていたら、受付嬢が近づいてきて、脂汗を流しながらこう言った。
「そ、その。この場での査定が困難ですので、一日ほどお時間をいただいても構いませんでしょうか? その、状態が良すぎて、換金額が正確に測定できないと言いますか」
「あー……どうする? タク」
エンジェが俺に答えを促してくる。
俺は少し考えて、こう言った。
「肉一キロ分だけ持ち帰らせてもらっていいですか? 夕飯に食べたいんで」
「タク、違うわ。そこじゃない」
エンジェは激しく首を横に振り、スタッフさんは総出で俺を見て絶句していた。
ひとまず査定が明日までかかる旨と、肉一キロ分だけ切り取ってお持ち帰りの手筈で進めていると、不意に俺の耳が、こんな言葉を捉えた。
「マジかよ。本物のグリフォンキングだぜ……」
「どうするよ……あのヒョロガリ、どう見る……」
「今のところ情報は掴んでねぇ……挑発がてら……」
「いいな……腰抜けなら、横の女も……」
俺はそれを横目で見る。厳つい男。二人組。
思い出すのは、ぼたんと一緒に過ごしていた時、俺たちに襲い掛かってきた連中のこと。
俺はその男二人を目視で観察し、ぽつりと呟いた。
「悪人って、ザコが多いよな。何でだろ」
「タク~? 隣のお店で、お肉調理してくれるって! 早く行きましょ~!」
「おっ! 助かる~!」
エンジェに促され、俺は軽い足取りでギルドを離れる。