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第31話 密着取材成功祝い

 その夜、俺たちは祝杯を挙げていた。


「じゃあ、組んで初めての配信と依頼の成功を祝して~、カンパーイ!」


「ああ、乾杯!」


 カツーン! と俺とエンジェのジョッキがぶつかり合った。


 ごきゅごきゅとエンジェがビールジョッキを飲み干していく。俺も久々の酒の味に上機嫌になりながら、酒に口を付けた。


「ぷっはー! あー、働いた後のお酒、おいし~!」


「はー……何年以来だ、こんなうまい酒……。ん、酒? エンジェ、年いくつだっけ?」


「……ハタチデスヨ?」


「残り全部俺が貰うわ」


「やー! あたしもお酒飲むのぉ~!」


 ビールを回収して、エンジェ用に「すいませーん、ジュースお願いします」と店員さんに声をかける。


 夜、ギルド横の酒場でのことだった。


 あれから宿を取ったり、少し商店街を見て回ったり、色々所用を済ませてから、二人酒場で祝杯を交わしていた。


「飲めるのに……! あたしはもう大人なのに……!」


「ダメ。あんま早いときから酒なんか飲むな」


「小さい頃から飲んでるのにぃ……! 飲みなれてるのにぃ……!」


「それが一番まずいだろ」


 とか言いつつ、俺は酒をぐびり。


 うまい。うまいが、これ飲み切れるかな、と不安になる。そんな酒に強くないのだ。


「……んふふ」


 とか思ってたら、エンジェが酒を取り上げられたのにご満悦。


「ん、どした」


「ん~? だってさ~、今日はあたしの人生がガラッと変わっちゃった日だから、何かじわじわ嬉しくなっちゃって」


「……そうなの?」


「そうでしょ! タクとの出会いは宝くじに当たったようなもんなんだから! 自覚ナシか!」


 俺は首を傾げる。すると、エンジェはスマホを取り出す。


「ならとくとご覧なさい! このグラフを!」


 見せられるのは、今日になってグンと跳ねるグラフ。チャンネル登録者推移、と書かれている。


「今日だけで、あたしのチャンネル登録者、何と二十万人も増えたのよ! SNSのトレンドにも入りまくり! 急上昇ランキング、ダンジョン部門堂々の一位!」


 ガタッ、とエンジェは立ち上がり、豊満な胸を張る。


「超! 大快挙! これが嬉しくない訳がないでしょ!」


 ふふーん、とドヤっているので、俺は素直に拍手した。


「おー! すっげー」


 するとエンジェが、何故かムッとする。


「すっげー、じゃないわよ! これ! タクの功績! タクのバズ!」


「またまた~」


「伝家の宝刀やめろ! 現実を受け止めなさい!」


「ちょっと何言ってるか分からない」


「何で分かんないのよ!」


 とか言い合っていたら、頼んでいた焼き鳥が来た。二人して、「「お~」」と声を上げる。


「これがグリフォンキングの焼き鳥……!」


「ん? だから鷹だって」


「はいはいそーね。じゃ、さっそく~いただきまーす!」


「俺もいただきます」


 二人揃って焼き鳥に食らいつく。これは……!


「うっま」


「え~! 超美味しい~! ヤバ。これちょっと投稿しなきゃ。『グリフォンキングの焼き鳥、神!』投稿!」


 素早くスマホを操作して、再びエンジェは焼き鳥に食らいつく。「ん~♡」と頬を膨らませて堪能している。


「でもこれ、マジでうまいな……。肉は歯ごたえ系だけど、噛めば噛むほどうまみが出てくる」


「あー……隔離地域入ってから、初めてこんなおいしいの食べた……。これをビールで流して、くぅ~!」


「あ! だから飲むなって! 没収!」


「あ~! 愛しのビールがぁ~!」


 俺はエンジェが奪ったビールを奪い返す。まったく、油断も隙もない。


 と、そこでエンジェが、「んふふ」とまたも笑う。


「嬉しそうだな」


「嬉しいもーん。やっとやりたいことがぴったりハマって。しかもその相方が、世界最高レベルで。人生いきなりアガリ~! って気分。控えめに言って、最高」


「俺の評価不当に高すぎだろ」


「人生って、もーっと理不尽で酷いものだと思ったのに。こんないきなり、いい方向に変わるのね。あたし、驚いちゃった」


 俺のツッコミはガン無視しつつ、酒を飲んだ赤ら顔で、エンジェは俺を見つめている。


 どこかうっとりした様子のエンジェに毒気を抜かれ、俺も賛同した。


「でも、そうかもな。俺も、推しの配信者と仲良く飲んでるって意味では、確かに大きな変化だな」


「え!? タクもあたしと組めてそんなに嬉しく思ってくれてるの!? や~だ~♡ う~れ~し~い~♡」


「……」


「いや無言やめてよ」


「あ、ごめん。今配信してないもんな。コメ欄のツッコミを待ってた」


「ザコブタにこんな媚びた姿見られたら死ねるわ」


 ケッ、とエンジェは吐き捨てる。おもろいなぁと思いながら、俺は酒を一口。


「でも、ここからだから」


 エンジェは、強い意志で言う。


「『挑発』で注目を集めて、タクを通じて『仲間の仲間』方式でヘイト解消。このやり方は、時間が経てば経つほどドンドン効いてくる」


「継続は力なりって?」


「そういうこと! だって、一日目でこれよ!? マスタースキルのネームバリューもあると思うけど、どちらにせよ、しばらくはかきいれ時!」


 エンジェは拳を握る。


「ここで、ガツンと伸ばす。伸ばして伸ばして……そうすれば、タクの目標達成にも、ぐっと近づくわ」


 それを聞いて、俺は目を丸くする。


「……思ったより、真剣に受け止めてくれてるんだな」


「そりゃそうよ。タクが居なくなったら総崩れするし、ぶっちゃけそっちの方が優先。あたしのしたいことは、タクがいるだけでほとんど完成してるし」


 あっけらかんと言うエンジェ。俺はそれに、想像の何倍も誠実な奴なのかも、とエンジェを再評価する。


「メスガキキャラの癖にいい奴すぎないか? エンジェ」


「あっれ~♡ なになに? タク、もしかして、あたしのこと好きになっちゃった~? あ、元からだったね~♡ ごっめ~ん♡」


「いやまぁ、好きだよそりゃ。ファンだったし。可愛いし。それでなくとも優しくしてくれてるし」


「うぐっ、ゲホッ! ゲホゲホゲホッ!」


「おいおい大丈夫か? ほらジュース飲んで」


「タクが照れるようなこと言うから……ありがと!」


 ジュースをひったくって飲むエンジェ。顔が赤いが、まさかこの程度の褒めでここまで照れるわけもあるまい。


 そう思ってたら、じとーっ、と俺を見て、エンジェは言う。


「っていうか、あえてあの場では聞かなかったけど、タクの会いたい人って誰よ」


「ん……まぁ、ちょっと前まで一緒に暮らしてる奴がいてさ。でも、モンスターに襲われて、散り散りになって……帰ってこなくなっちゃってさ」


「ぼたん、とか言ってたわよね。それが名前? ってことは、女の人……?」


 怪しむように言うエンジェに、俺は頷く。


「ああ。化生院ぼたん。真っ白で長い髪と、真っ赤な目が特徴の女の子でな。大人しくて、素直で、可愛い奴だったんだけど……」


 俺は寂しさを紛らわせるように酒を飲む。


 何で帰ってこなくなってしまったのか。きっと無事だとは思うのだが……。


「……ん、ん、ん……」


 とか思ってたら、エンジェが硬直していた。


「エンジェ、どうかした?」


「……えー、っと……。け、化生院、牡丹、って言った?」


「え、うん」


「真っ白くて長い髪で、真っ赤な目、の……」


「そうだな」


「……んー……」


 エンジェが冷や汗を流し始める。それからしばらく思案したのちに、更に聞いてきた。


「モンスターに、襲われたの、よね。今日の鷹は、野生動物だと思ってるタクが」


「ん? うん。今日のは鷹だろ」


「……そのモンスター、どのくらい大きかった?」


「あー……山くらい?」


「そっかー……そっかー……」


 少しずつ、エンジェが頭を抱え、縮こまる。


 そして最後に、こう叫んだ。


「『怪物』と『山王』の戦いだこれ!!!!!!」


 その叫びはうるさすぎて、俺は顔をしかめて耳を塞いだ。

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