その夜、俺たちは祝杯を挙げていた。
「じゃあ、組んで初めての配信と依頼の成功を祝して~、カンパーイ!」
「ああ、乾杯!」
カツーン! と俺とエンジェのジョッキがぶつかり合った。
ごきゅごきゅとエンジェがビールジョッキを飲み干していく。俺も久々の酒の味に上機嫌になりながら、酒に口を付けた。
「ぷっはー! あー、働いた後のお酒、おいし~!」
「はー……何年以来だ、こんなうまい酒……。ん、酒? エンジェ、年いくつだっけ?」
「……ハタチデスヨ?」
「残り全部俺が貰うわ」
「やー! あたしもお酒飲むのぉ~!」
ビールを回収して、エンジェ用に「すいませーん、ジュースお願いします」と店員さんに声をかける。
夜、ギルド横の酒場でのことだった。
あれから宿を取ったり、少し商店街を見て回ったり、色々所用を済ませてから、二人酒場で祝杯を交わしていた。
「飲めるのに……! あたしはもう大人なのに……!」
「ダメ。あんま早いときから酒なんか飲むな」
「小さい頃から飲んでるのにぃ……! 飲みなれてるのにぃ……!」
「それが一番まずいだろ」
とか言いつつ、俺は酒をぐびり。
うまい。うまいが、これ飲み切れるかな、と不安になる。そんな酒に強くないのだ。
「……んふふ」
とか思ってたら、エンジェが酒を取り上げられたのにご満悦。
「ん、どした」
「ん~? だってさ~、今日はあたしの人生がガラッと変わっちゃった日だから、何かじわじわ嬉しくなっちゃって」
「……そうなの?」
「そうでしょ! タクとの出会いは宝くじに当たったようなもんなんだから! 自覚ナシか!」
俺は首を傾げる。すると、エンジェはスマホを取り出す。
「ならとくとご覧なさい! このグラフを!」
見せられるのは、今日になってグンと跳ねるグラフ。チャンネル登録者推移、と書かれている。
「今日だけで、あたしのチャンネル登録者、何と二十万人も増えたのよ! SNSのトレンドにも入りまくり! 急上昇ランキング、ダンジョン部門堂々の一位!」
ガタッ、とエンジェは立ち上がり、豊満な胸を張る。
「超! 大快挙! これが嬉しくない訳がないでしょ!」
ふふーん、とドヤっているので、俺は素直に拍手した。
「おー! すっげー」
するとエンジェが、何故かムッとする。
「すっげー、じゃないわよ! これ! タクの功績! タクのバズ!」
「またまた~」
「伝家の宝刀やめろ! 現実を受け止めなさい!」
「ちょっと何言ってるか分からない」
「何で分かんないのよ!」
とか言い合っていたら、頼んでいた焼き鳥が来た。二人して、「「お~」」と声を上げる。
「これがグリフォンキングの焼き鳥……!」
「ん? だから鷹だって」
「はいはいそーね。じゃ、さっそく~いただきまーす!」
「俺もいただきます」
二人揃って焼き鳥に食らいつく。これは……!
「うっま」
「え~! 超美味しい~! ヤバ。これちょっと投稿しなきゃ。『グリフォンキングの焼き鳥、神!』投稿!」
素早くスマホを操作して、再びエンジェは焼き鳥に食らいつく。「ん~♡」と頬を膨らませて堪能している。
「でもこれ、マジでうまいな……。肉は歯ごたえ系だけど、噛めば噛むほどうまみが出てくる」
「あー……隔離地域入ってから、初めてこんなおいしいの食べた……。これをビールで流して、くぅ~!」
「あ! だから飲むなって! 没収!」
「あ~! 愛しのビールがぁ~!」
俺はエンジェが奪ったビールを奪い返す。まったく、油断も隙もない。
と、そこでエンジェが、「んふふ」とまたも笑う。
「嬉しそうだな」
「嬉しいもーん。やっとやりたいことがぴったりハマって。しかもその相方が、世界最高レベルで。人生いきなりアガリ~! って気分。控えめに言って、最高」
「俺の評価不当に高すぎだろ」
「人生って、もーっと理不尽で酷いものだと思ったのに。こんないきなり、いい方向に変わるのね。あたし、驚いちゃった」
俺のツッコミはガン無視しつつ、酒を飲んだ赤ら顔で、エンジェは俺を見つめている。
どこかうっとりした様子のエンジェに毒気を抜かれ、俺も賛同した。
「でも、そうかもな。俺も、推しの配信者と仲良く飲んでるって意味では、確かに大きな変化だな」
「え!? タクもあたしと組めてそんなに嬉しく思ってくれてるの!? や~だ~♡ う~れ~し~い~♡」
「……」
「いや無言やめてよ」
「あ、ごめん。今配信してないもんな。コメ欄のツッコミを待ってた」
「ザコブタにこんな媚びた姿見られたら死ねるわ」
ケッ、とエンジェは吐き捨てる。おもろいなぁと思いながら、俺は酒を一口。
「でも、ここからだから」
エンジェは、強い意志で言う。
「『挑発』で注目を集めて、タクを通じて『仲間の仲間』方式でヘイト解消。このやり方は、時間が経てば経つほどドンドン効いてくる」
「継続は力なりって?」
「そういうこと! だって、一日目でこれよ!? マスタースキルのネームバリューもあると思うけど、どちらにせよ、しばらくはかきいれ時!」
エンジェは拳を握る。
「ここで、ガツンと伸ばす。伸ばして伸ばして……そうすれば、タクの目標達成にも、ぐっと近づくわ」
それを聞いて、俺は目を丸くする。
「……思ったより、真剣に受け止めてくれてるんだな」
「そりゃそうよ。タクが居なくなったら総崩れするし、ぶっちゃけそっちの方が優先。あたしのしたいことは、タクがいるだけでほとんど完成してるし」
あっけらかんと言うエンジェ。俺はそれに、想像の何倍も誠実な奴なのかも、とエンジェを再評価する。
「メスガキキャラの癖にいい奴すぎないか? エンジェ」
「あっれ~♡ なになに? タク、もしかして、あたしのこと好きになっちゃった~? あ、元からだったね~♡ ごっめ~ん♡」
「いやまぁ、好きだよそりゃ。ファンだったし。可愛いし。それでなくとも優しくしてくれてるし」
「うぐっ、ゲホッ! ゲホゲホゲホッ!」
「おいおい大丈夫か? ほらジュース飲んで」
「タクが照れるようなこと言うから……ありがと!」
ジュースをひったくって飲むエンジェ。顔が赤いが、まさかこの程度の褒めでここまで照れるわけもあるまい。
そう思ってたら、じとーっ、と俺を見て、エンジェは言う。
「っていうか、あえてあの場では聞かなかったけど、タクの会いたい人って誰よ」
「ん……まぁ、ちょっと前まで一緒に暮らしてる奴がいてさ。でも、モンスターに襲われて、散り散りになって……帰ってこなくなっちゃってさ」
「ぼたん、とか言ってたわよね。それが名前? ってことは、女の人……?」
怪しむように言うエンジェに、俺は頷く。
「ああ。化生院ぼたん。真っ白で長い髪と、真っ赤な目が特徴の女の子でな。大人しくて、素直で、可愛い奴だったんだけど……」
俺は寂しさを紛らわせるように酒を飲む。
何で帰ってこなくなってしまったのか。きっと無事だとは思うのだが……。
「……ん、ん、ん……」
とか思ってたら、エンジェが硬直していた。
「エンジェ、どうかした?」
「……えー、っと……。け、化生院、牡丹、って言った?」
「え、うん」
「真っ白くて長い髪で、真っ赤な目、の……」
「そうだな」
「……んー……」
エンジェが冷や汗を流し始める。それからしばらく思案したのちに、更に聞いてきた。
「モンスターに、襲われたの、よね。今日の鷹は、野生動物だと思ってるタクが」
「ん? うん。今日のは鷹だろ」
「……そのモンスター、どのくらい大きかった?」
「あー……山くらい?」
「そっかー……そっかー……」
少しずつ、エンジェが頭を抱え、縮こまる。
そして最後に、こう叫んだ。
「『怪物』と『山王』の戦いだこれ!!!!!!」
その叫びはうるさすぎて、俺は顔をしかめて耳を塞いだ。