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第32話 エンジェとの朝

 翌日、起きると、ベッドの横に膨らみがあった。


「ふぁああ……。アレ、ここどこ……」


 俺はのそりと起き出しながら、周囲を見回す。


 見慣れない寝室。と思ってから、昨日はエンジェと共に宿を取ったのだ、と思い出す。


 それから、ん? と首を傾げた。


「エンジェと一緒に、宿……?」


 何かおかしくね? と思うが、酔っていて記憶が定かではない。


 昨日は何があったんだっけ……? と思いながら、何とはなしに、横のふくらみをめくる。


 するとそこには、裸のエンジェが寝ていた。


「……!」


 一気に目が覚める。こ、これ、これは、もしかして。


「俺、昨日ヤ―――」


「残念寝起きドッキリでした―――――――――!」


「ぎゃぁあああああああああ!」


 ガバァッ! と起き上がってきたエンジェに、俺は心臓をバクバクさせながら飛びのいた。勢いの余りベッドから転げ落ちる。


 それから改めて見ると、へそまで隠れそうな巨大な胸を腕で隠すエンジェと、『ドッキリ大成功』と札を固定されたドローンが飛んでいた。


 エンジェが、こちらを指さして笑う。


「びっくりした? 酔った勢いで手を出しちゃったっかなってドキドキした!? ざ~んね~んで~した~! タクは童貞を捨てられてまっせ~ん!」


「おまっ、ど、どどどどど、童貞ちゃうわ!」


「んっふふ~! あーたのし♡ これだから童貞煽りはやめられな~い♡」


 実に楽しそうに笑うエンジェ。


 しかし、やはりほとんど裸であることに変わりはなく、目に毒だなぁと思いながら、俺は顔を背ける。


「ん? 怒っちゃった? ごめんごめん♡ お詫びにおっぱい見てい~よ♡」


 エンジェはぱっと、腕までもどかしてしまう。はぁああああ!?


「ダメだろ! 貞操観念どこに置いてきたんだお前! もっと自分を大事にしなさ、ん?」


「まぁ絆創膏付けてるから、肝心なところは見えないんですけどね~♡ 期待した? おっぱい見れるって期待しちゃった?」


「くっ……!」


 朝一番で滅茶苦茶メスガキ行動をされて、俺は歯噛みする。それからエンジェに目をやり―――


「エンジェ」


「な~に♡ 童貞たーくくんっ♡」


「……絆創膏で、隠しきれてない……」


「……」


 俺が顔を背け、そっと毛布を渡すと、エンジェは顔を真っ赤にしながら受け取った。


「……は、はみ出て、ました?」


「自分を大事にしてください……」


「あぁぁあああああ……!」


 エンジェはベッドにもぐって悶え始める。


「そんな恥ずかしがるくらいなら、やめとけよ……」


 俺がため息交じりに言うと、布団の中で、ぼそぼそとエンジェが何か言いだす。


「だって、強力すぎるライバルが居そうなんだもん……。再会までに、できる限りツバつけておかなきゃ……」


 その言葉はくぐもっていて、俺にはよく分からなかったのだった。











 さて、そんなやり取りを終えて、俺たちは査定が終わった頃だろう、とギルドに赴いていた。


「おはようございまーす」


「あの~、昨日グリフォンキングを査定した者なんですけど~? その方はどうなってますか~?」


 俺のあいさつに続き、エンジェが名乗る。


 それに俺は、首を振った。


「だからデカイ鷹だって」


「話ややこしくなるから黙ってなさい」


 エンジェに軽くあしらわれて、俺はしゅんとする。


 さて。昨日、大体朝には査定が終わっているから、という話で、ギルドに足を運んだ俺たちだが。


「……」


 ギルド全体から。特にスタッフさん側に、気まずいというか、緊張した雰囲気が張り詰めていることに気付く。


「……アレ? タク、何か雰囲気変じゃない?」


「うん。気を付けてな」


「えっ、何に?」


 俺たちが小声でやり取りしていると、受付嬢が出てきて、目を伏せながら、「その……」と口にする。


「き、昨日査定を受けたグリフォンキングなのですが、その後『あれは自分たちが狩ったものだ』という方々が現れまして……」


「はぁっ? え、そ、それって、どういうことですか?」


 エンジェが声を荒げる。俺は静かに、周囲の様子を確認する。


「それでその、き、規定上、取り分はその方々にお渡しすることになりまして、あなたたちは、ギルドの『横取り規約』に違反したという事で、しばらく取り扱い額に大幅な減額を」


「は―――――!? いやいやいや! おかしいでしょ! 何でそうなるのよ!」


「で、ですから……」


「そもそも、何でそいつらの言い分は鵜呑みにして、こっちの言い分は聞く余地もないの!? それがまずおかしいじゃない!」


「それについては、その、信用の問題と言いますか……」


「何よそれ!」


 エンジェと受付嬢の言い争いに、俺は大体事情を察する。


 俺は受付カウンターで適当なペンを数本掴み、受付嬢の下に戻る。


「その人たちは誰ですか? つまり、『俺たちが狩ったんだ!』って言い張ってる奴らは」


「えっ? ……あ、あの方々、です」


 受付嬢はおずおずと、壁に寄りかかって立っている二人を手で指した。


 すると、その二人がゆっくりとこちらに近寄ってくる。


「おうおうおう。何だぁ? 俺たちの獲物を横取りした、新人レイダー君たちじゃねぇか。ダメだぜぇ? 悪さってのは、もう少し賢くやらなきゃあ、なぁ?」


「ああ、そうだ。大体、誰が信じるんだ? こんなヒョロガリ君に、おっぱいばっかりでっかいちびの嬢ちゃんが、グリフォンキングを狩っただと? ゲヒャヒャヒャヒャッ!」


 そいつらは、いかにもな風体をした、厳つい男たちだった。


 一見冒険者風な格好。だが、持っている武器がナイフと、至近距離用だ。


 モンスターはおろか、野生動物相手ですら、リーチ不足を感じる武装。


 まるで、それらよりも人間を想定しているかのような。


「エンジェ。レイダーって何だ?」


「りゃ、略奪者たちのことよ」


「ふーん。ってことは、この手の嘘つきがよくする自己紹介だな」


「あぁ!?」


「おいヒョロガリ。お前俺たちのこと舐めてんのか?」


 二人して俺に突っかかってくる。俺はそれを無視して、更にエンジェに尋ねた。


「今隔離地域には警察っていないらしいけどさ、レイダーに対する扱いって、どんな感じなんだ?」


「……避難区域内で殺しても無罪扱いになるわ。けど、その場合はちゃんと証拠を提示して、『レイダーだから殺しました』って証明できないとダメ」


「ぷっ、ハハハハハ! おいおい! この嬢ちゃん、俺たちを殺すつもりだぜ! おー怖い怖い! チビっちまいそうだ!」


「傷ついちまったなぁ……。この心の傷は、ベッドで癒してもらわなきゃなぁ……!」


「ひっ」


 レイダーの一人がエンジェに近づこうとする。それにエンジェが後ずさる。


 俺は方針を決めて、エンジェに近づくレイダーの手を掴んだ。


「あ……? おいヒョロガリ。この手は何だ」


「オッサン、あのさ。ずっと気になってたんだけど、顔に―――」


 俺はあくまで親切心で言ってますよ、という顔で、こう指摘した。


「目がついてるから、取ってあげるな?」


 そしてその隙を突いて、さっき調達したペンを、思い切りその目にぶっ刺した。


「―――っぎゃぁああああああああ!?」


 レイダーがパニックを起こして叫ぶ。俺の行動に、誰もが目を剥いて硬直する。


 開幕パンチは重要だ。ここでビビらせると、みんな棒立ちになる。


 だから目立つ攻撃は、残虐な方がいい。


 油断されている今、どこまで先んじて心を折れるかが、勝負の肝になるのだから。


「よっ」


 それで俺は、ペンをねじって、目をくりぬいた。


「ぃぎっ、ぁぁああああああああ!」


「なっ、なな、なに、おま、お前ぇっ!」


「んで、ほい」


 俺は目球をつまんで、勢いよくペンから飛ばした。目玉がもう一人の顔に当たる。それだけで、もう一人は「うわぁぁあああ!」と半狂乱になる。


 だから俺は、ペンを、ダーツの要領でそいつに放った。


【投擲】


 ペンがもう一人のレイダーの目を穿つ。「ぎゃあああ!」と同様に叫ぶので、俺は距離を詰めて、その目に掌底を放った。


「ぇぎ」


 ペンが目の奥に押し込まれ、レイダーは脳を破壊され絶命する。


「んで、こっちも終わらせる」


 俺は包丁を抜き放つ。目をくりぬいたレイダーの頭を反対の手で掴み、ぐい、と下にに抑え込む。


 それから【包丁致命】で首を狙い、それから「あ、ギルドを血まみれにしちゃダメだな」と呟いて、頸動脈を裂くのでなく、首を捻ることにした。


 包丁を、テコの原理で押し込みながら、首を強く押し込む。


 ゴキン! と大きな音が響く。レイダーが脊髄を破壊され、この場に崩れ落ちた。


 俺はそこで周囲を見回す。


 受付嬢、エンジェ、他冒険者たち。全員が凍り付いている。


 だが―――表情で、大体分かる。


 残りは、二人だ。


「とりゃ」


【釘打ち】


「きゃあああ!」


 俺は包丁をバールで打って、離れた場所に座っていた女冒険者に飛ばした。包丁が肩のあたりに突き刺さる。


 それからすかさず反転し、バールを頭上高くに掲げる。


「うらぁぁああああ、あ?」


 そこには、俺の隙を見出して襲い掛かってきた、一匹狼風の男が、剣を抜いていた。


 だが、振り下ろすだけの俺の方が、速い。


【バール戦槌】


 バールを、男の脳天目がけて振り下ろす。


「が」


 振り下ろしたバールの曲がった先端が、その男の脳天深くまで突き刺さる。一撃で頭蓋を割り、脳を貫き、喉の肉を食い破る。


 俺はそれを素早く抜いて、バールを振るった。


【血払い】


 最後だ、と振り返る。だが、そこまで行くと、最初の衝撃が抜けて、戦える人間は動けるようになっている。


「おっ、お前! 俺のパーティメンバーに何しやが―――」


 女冒険者を庇い、少年冒険者が俺に叫んできたから、俺は遮るように声を上げた。


「お前が守ってんのはレイダーだぞ! 邪魔すんじゃねぇ!」


「は―――」


 少年冒険者が言葉を詰まらせる。


 だが、守られていた女冒険者―――最後のレイダーは、判断が早かった。


「おらぁっ!」


「うぉっ!?」


 自分を守っていた冒険者少年を、俺の方向に突き飛ばす。少年が盾になって、俺は遠距離攻撃が使えない。


 そしてすぐに走り出し、ギルドを飛び出した。


「―――お前の顔は覚えたぞ! ウェアウルフの報復に震えて眠れ!」


 俺はそれを追いかけようとする。だが、自分のスタミナのなさを思い出して、止めた。


「あー、場面制圧力に欠けるなぁ~、俺。一対一は問題なかったけど、逃げる相手対策が弱い」


 反省点。と俺は口を曲げる。


 それに、やっと冷静になったエンジェが、こう呟いた。


「……えっ、何が、何?」


「敵は四人だった。二人が矢面。一人が伏兵。最後の一人は最後まで身分を明かす気のなかったスパイ。俺が逃がしたのがそれ」


 死体の検分しとくか。レイダー証明できずに、ヤバい奴扱いされたらかなわん。


 俺は殺した三人の男の死体を、バールで【合わせ】を入れて軽くし、引きずって並べる。


「『ウェアウルフ』とか何とか言ってたよな。それが組織名か? となると……」


 俺は死体の服を、包丁で裂いて引っぺがす。


 勘は当たった。全員の体……胸、腹、首に、人狼の入れ墨が彫られている。


 やくざとかギャングとか、そういう手合いは体に消えない証拠を入れがちだ。裏切り防止かもしれないが、今回は仇となった。


「受付嬢さんたちは、こいつらに脅されてたんでしょ。で、俺たちに無茶苦茶言ってた。違う?」


 俺が水を向けると、受付嬢はビクッと体を震え上がらせ、涙ながらに語りだす。


「……は、はい……。恐ろしくて、従ってしまいました。申し訳ございません……!」


「はい。じゃあ全員殺したんで、手筈通りの査定でお願いしますね」


「はい……。この度は、本当にご迷惑を……!」


 俺は、腰を折る受付嬢から視線を外し、「エンジェ」と呼ぶ。


「出ようぜ。早いところ手を打とう」


「えっ、なっ、何が? いまだにあたし、全貌が見えてないんだけど」


「さっき一人逃がしたろ? 逃がした以上、俺たちはその『ウェアウルフ』とかいうレイダー組織と敵対関係になった」


 俺が言うと、エンジェが口を閉ざす。


「え、じゃ、じゃあ。え、どう、するの?」


「今後悠長に構えて、追われる立場とかいやだしな。根っこ叩きに行こうぜ」


「はぁっ!? え、じゃじゃじゃ、じゃあ、レイダー拠点を襲う、わけ?」


「ああ。見た感じザコだったし、早く取り掛かろう」


「え、い、いやいや、いやいやいや! 組織よ!? 組織! 昨日のも大概危険だったけど、人間の集団よ!?」


 俺は、顔を青くするエンジェに、微笑んだ。


「安心してくれ。俺はな、エンジェ。一つの法則を見つけたんだ」


「な、何ぃ……?」


 半泣きのエンジェを元気づけるべく、俺は親指を立てて笑いかける。


「悪人は、ザコの方が多い! つーか強かったらまっとうに生きる方がいいに決まってるしな! それができない時点でザコだ!」


「……―――」


 俺の言葉に、エンジェは停止する。


 それから頭を抱えて、こう叫んだ。


「そりゃマスタースキルから見れば、全人類ほとんどザコでしょうよぉぉおおお!」


「あれ?」


 結構格言のつもりだったのに、まったくウケが良くなくて、俺は少し寂しい思いをするのだった。

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