翌日、起きると、ベッドの横に膨らみがあった。
「ふぁああ……。アレ、ここどこ……」
俺はのそりと起き出しながら、周囲を見回す。
見慣れない寝室。と思ってから、昨日はエンジェと共に宿を取ったのだ、と思い出す。
それから、ん? と首を傾げた。
「エンジェと一緒に、宿……?」
何かおかしくね? と思うが、酔っていて記憶が定かではない。
昨日は何があったんだっけ……? と思いながら、何とはなしに、横のふくらみをめくる。
するとそこには、裸のエンジェが寝ていた。
「……!」
一気に目が覚める。こ、これ、これは、もしかして。
「俺、昨日ヤ―――」
「残念寝起きドッキリでした―――――――――!」
「ぎゃぁあああああああああ!」
ガバァッ! と起き上がってきたエンジェに、俺は心臓をバクバクさせながら飛びのいた。勢いの余りベッドから転げ落ちる。
それから改めて見ると、へそまで隠れそうな巨大な胸を腕で隠すエンジェと、『ドッキリ大成功』と札を固定されたドローンが飛んでいた。
エンジェが、こちらを指さして笑う。
「びっくりした? 酔った勢いで手を出しちゃったっかなってドキドキした!? ざ~んね~んで~した~! タクは童貞を捨てられてまっせ~ん!」
「おまっ、ど、どどどどど、童貞ちゃうわ!」
「んっふふ~! あーたのし♡ これだから童貞煽りはやめられな~い♡」
実に楽しそうに笑うエンジェ。
しかし、やはりほとんど裸であることに変わりはなく、目に毒だなぁと思いながら、俺は顔を背ける。
「ん? 怒っちゃった? ごめんごめん♡ お詫びにおっぱい見てい~よ♡」
エンジェはぱっと、腕までもどかしてしまう。はぁああああ!?
「ダメだろ! 貞操観念どこに置いてきたんだお前! もっと自分を大事にしなさ、ん?」
「まぁ絆創膏付けてるから、肝心なところは見えないんですけどね~♡ 期待した? おっぱい見れるって期待しちゃった?」
「くっ……!」
朝一番で滅茶苦茶メスガキ行動をされて、俺は歯噛みする。それからエンジェに目をやり―――
「エンジェ」
「な~に♡ 童貞たーくくんっ♡」
「……絆創膏で、隠しきれてない……」
「……」
俺が顔を背け、そっと毛布を渡すと、エンジェは顔を真っ赤にしながら受け取った。
「……は、はみ出て、ました?」
「自分を大事にしてください……」
「あぁぁあああああ……!」
エンジェはベッドにもぐって悶え始める。
「そんな恥ずかしがるくらいなら、やめとけよ……」
俺がため息交じりに言うと、布団の中で、ぼそぼそとエンジェが何か言いだす。
「だって、強力すぎるライバルが居そうなんだもん……。再会までに、できる限りツバつけておかなきゃ……」
その言葉はくぐもっていて、俺にはよく分からなかったのだった。
さて、そんなやり取りを終えて、俺たちは査定が終わった頃だろう、とギルドに赴いていた。
「おはようございまーす」
「あの~、昨日グリフォンキングを査定した者なんですけど~? その方はどうなってますか~?」
俺のあいさつに続き、エンジェが名乗る。
それに俺は、首を振った。
「だからデカイ鷹だって」
「話ややこしくなるから黙ってなさい」
エンジェに軽くあしらわれて、俺はしゅんとする。
さて。昨日、大体朝には査定が終わっているから、という話で、ギルドに足を運んだ俺たちだが。
「……」
ギルド全体から。特にスタッフさん側に、気まずいというか、緊張した雰囲気が張り詰めていることに気付く。
「……アレ? タク、何か雰囲気変じゃない?」
「うん。気を付けてな」
「えっ、何に?」
俺たちが小声でやり取りしていると、受付嬢が出てきて、目を伏せながら、「その……」と口にする。
「き、昨日査定を受けたグリフォンキングなのですが、その後『あれは自分たちが狩ったものだ』という方々が現れまして……」
「はぁっ? え、そ、それって、どういうことですか?」
エンジェが声を荒げる。俺は静かに、周囲の様子を確認する。
「それでその、き、規定上、取り分はその方々にお渡しすることになりまして、あなたたちは、ギルドの『横取り規約』に違反したという事で、しばらく取り扱い額に大幅な減額を」
「は―――――!? いやいやいや! おかしいでしょ! 何でそうなるのよ!」
「で、ですから……」
「そもそも、何でそいつらの言い分は鵜呑みにして、こっちの言い分は聞く余地もないの!? それがまずおかしいじゃない!」
「それについては、その、信用の問題と言いますか……」
「何よそれ!」
エンジェと受付嬢の言い争いに、俺は大体事情を察する。
俺は受付カウンターで適当なペンを数本掴み、受付嬢の下に戻る。
「その人たちは誰ですか? つまり、『俺たちが狩ったんだ!』って言い張ってる奴らは」
「えっ? ……あ、あの方々、です」
受付嬢はおずおずと、壁に寄りかかって立っている二人を手で指した。
すると、その二人がゆっくりとこちらに近寄ってくる。
「おうおうおう。何だぁ? 俺たちの獲物を横取りした、新人レイダー君たちじゃねぇか。ダメだぜぇ? 悪さってのは、もう少し賢くやらなきゃあ、なぁ?」
「ああ、そうだ。大体、誰が信じるんだ? こんなヒョロガリ君に、おっぱいばっかりでっかいちびの嬢ちゃんが、グリフォンキングを狩っただと? ゲヒャヒャヒャヒャッ!」
そいつらは、いかにもな風体をした、厳つい男たちだった。
一見冒険者風な格好。だが、持っている武器がナイフと、至近距離用だ。
モンスターはおろか、野生動物相手ですら、リーチ不足を感じる武装。
まるで、それらよりも人間を想定しているかのような。
「エンジェ。レイダーって何だ?」
「りゃ、略奪者たちのことよ」
「ふーん。ってことは、この手の嘘つきがよくする自己紹介だな」
「あぁ!?」
「おいヒョロガリ。お前俺たちのこと舐めてんのか?」
二人して俺に突っかかってくる。俺はそれを無視して、更にエンジェに尋ねた。
「今隔離地域には警察っていないらしいけどさ、レイダーに対する扱いって、どんな感じなんだ?」
「……避難区域内で殺しても無罪扱いになるわ。けど、その場合はちゃんと証拠を提示して、『レイダーだから殺しました』って証明できないとダメ」
「ぷっ、ハハハハハ! おいおい! この嬢ちゃん、俺たちを殺すつもりだぜ! おー怖い怖い! チビっちまいそうだ!」
「傷ついちまったなぁ……。この心の傷は、ベッドで癒してもらわなきゃなぁ……!」
「ひっ」
レイダーの一人がエンジェに近づこうとする。それにエンジェが後ずさる。
俺は方針を決めて、エンジェに近づくレイダーの手を掴んだ。
「あ……? おいヒョロガリ。この手は何だ」
「オッサン、あのさ。ずっと気になってたんだけど、顔に―――」
俺はあくまで親切心で言ってますよ、という顔で、こう指摘した。
「目がついてるから、取ってあげるな?」
そしてその隙を突いて、さっき調達したペンを、思い切りその目にぶっ刺した。
「―――っぎゃぁああああああああ!?」
レイダーがパニックを起こして叫ぶ。俺の行動に、誰もが目を剥いて硬直する。
開幕パンチは重要だ。ここでビビらせると、みんな棒立ちになる。
だから目立つ攻撃は、残虐な方がいい。
油断されている今、どこまで先んじて心を折れるかが、勝負の肝になるのだから。
「よっ」
それで俺は、ペンをねじって、目をくりぬいた。
「ぃぎっ、ぁぁああああああああ!」
「なっ、なな、なに、おま、お前ぇっ!」
「んで、ほい」
俺は目球をつまんで、勢いよくペンから飛ばした。目玉がもう一人の顔に当たる。それだけで、もう一人は「うわぁぁあああ!」と半狂乱になる。
だから俺は、ペンを、ダーツの要領でそいつに放った。
【投擲】
ペンがもう一人のレイダーの目を穿つ。「ぎゃあああ!」と同様に叫ぶので、俺は距離を詰めて、その目に掌底を放った。
「ぇぎ」
ペンが目の奥に押し込まれ、レイダーは脳を破壊され絶命する。
「んで、こっちも終わらせる」
俺は包丁を抜き放つ。目をくりぬいたレイダーの頭を反対の手で掴み、ぐい、と下にに抑え込む。
それから【包丁致命】で首を狙い、それから「あ、ギルドを血まみれにしちゃダメだな」と呟いて、頸動脈を裂くのでなく、首を捻ることにした。
包丁を、テコの原理で押し込みながら、首を強く押し込む。
ゴキン! と大きな音が響く。レイダーが脊髄を破壊され、この場に崩れ落ちた。
俺はそこで周囲を見回す。
受付嬢、エンジェ、他冒険者たち。全員が凍り付いている。
だが―――表情で、大体分かる。
残りは、二人だ。
「とりゃ」
【釘打ち】
「きゃあああ!」
俺は包丁をバールで打って、離れた場所に座っていた女冒険者に飛ばした。包丁が肩のあたりに突き刺さる。
それからすかさず反転し、バールを頭上高くに掲げる。
「うらぁぁああああ、あ?」
そこには、俺の隙を見出して襲い掛かってきた、一匹狼風の男が、剣を抜いていた。
だが、振り下ろすだけの俺の方が、速い。
【バール戦槌】
バールを、男の脳天目がけて振り下ろす。
「が」
振り下ろしたバールの曲がった先端が、その男の脳天深くまで突き刺さる。一撃で頭蓋を割り、脳を貫き、喉の肉を食い破る。
俺はそれを素早く抜いて、バールを振るった。
【血払い】
最後だ、と振り返る。だが、そこまで行くと、最初の衝撃が抜けて、戦える人間は動けるようになっている。
「おっ、お前! 俺のパーティメンバーに何しやが―――」
女冒険者を庇い、少年冒険者が俺に叫んできたから、俺は遮るように声を上げた。
「お前が守ってんのはレイダーだぞ! 邪魔すんじゃねぇ!」
「は―――」
少年冒険者が言葉を詰まらせる。
だが、守られていた女冒険者―――最後のレイダーは、判断が早かった。
「おらぁっ!」
「うぉっ!?」
自分を守っていた冒険者少年を、俺の方向に突き飛ばす。少年が盾になって、俺は遠距離攻撃が使えない。
そしてすぐに走り出し、ギルドを飛び出した。
「―――お前の顔は覚えたぞ! ウェアウルフの報復に震えて眠れ!」
俺はそれを追いかけようとする。だが、自分のスタミナのなさを思い出して、止めた。
「あー、場面制圧力に欠けるなぁ~、俺。一対一は問題なかったけど、逃げる相手対策が弱い」
反省点。と俺は口を曲げる。
それに、やっと冷静になったエンジェが、こう呟いた。
「……えっ、何が、何?」
「敵は四人だった。二人が矢面。一人が伏兵。最後の一人は最後まで身分を明かす気のなかったスパイ。俺が逃がしたのがそれ」
死体の検分しとくか。レイダー証明できずに、ヤバい奴扱いされたらかなわん。
俺は殺した三人の男の死体を、バールで【合わせ】を入れて軽くし、引きずって並べる。
「『ウェアウルフ』とか何とか言ってたよな。それが組織名か? となると……」
俺は死体の服を、包丁で裂いて引っぺがす。
勘は当たった。全員の体……胸、腹、首に、人狼の入れ墨が彫られている。
やくざとかギャングとか、そういう手合いは体に消えない証拠を入れがちだ。裏切り防止かもしれないが、今回は仇となった。
「受付嬢さんたちは、こいつらに脅されてたんでしょ。で、俺たちに無茶苦茶言ってた。違う?」
俺が水を向けると、受付嬢はビクッと体を震え上がらせ、涙ながらに語りだす。
「……は、はい……。恐ろしくて、従ってしまいました。申し訳ございません……!」
「はい。じゃあ全員殺したんで、手筈通りの査定でお願いしますね」
「はい……。この度は、本当にご迷惑を……!」
俺は、腰を折る受付嬢から視線を外し、「エンジェ」と呼ぶ。
「出ようぜ。早いところ手を打とう」
「えっ、なっ、何が? いまだにあたし、全貌が見えてないんだけど」
「さっき一人逃がしたろ? 逃がした以上、俺たちはその『ウェアウルフ』とかいうレイダー組織と敵対関係になった」
俺が言うと、エンジェが口を閉ざす。
「え、じゃ、じゃあ。え、どう、するの?」
「今後悠長に構えて、追われる立場とかいやだしな。根っこ叩きに行こうぜ」
「はぁっ!? え、じゃじゃじゃ、じゃあ、レイダー拠点を襲う、わけ?」
「ああ。見た感じザコだったし、早く取り掛かろう」
「え、い、いやいや、いやいやいや! 組織よ!? 組織! 昨日のも大概危険だったけど、人間の集団よ!?」
俺は、顔を青くするエンジェに、微笑んだ。
「安心してくれ。俺はな、エンジェ。一つの法則を見つけたんだ」
「な、何ぃ……?」
半泣きのエンジェを元気づけるべく、俺は親指を立てて笑いかける。
「悪人は、ザコの方が多い! つーか強かったらまっとうに生きる方がいいに決まってるしな! それができない時点でザコだ!」
「……―――」
俺の言葉に、エンジェは停止する。
それから頭を抱えて、こう叫んだ。
「そりゃマスタースキルから見れば、全人類ほとんどザコでしょうよぉぉおおお!」
「あれ?」
結構格言のつもりだったのに、まったくウケが良くなくて、俺は少し寂しい思いをするのだった。