目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第34話 ウェアウルフ

 建物に侵入しながら、エンジェが言った。


「タク、それにザコブタ。この辺りで一旦、『ウェアウルフ』のボスの話をしたいんだけど、いい? 問題ない?」


「あー……そうだな。聞いておこうか」


「小声のがいいわよね?」


「え? いや別に?」


「そうなの? じゃあちゃんと配信っぽくやるけど」


「いいよ」


「『バールニキが問題ないならいんじゃね?』『バールニキの索敵能力が大丈夫なら』」


 俺の意図とは反した形で、コメ欄も賛同していた。何か過信されてるな……。


 実際問題、中の気配はどうなんだろ。……あー、ぼちぼちかなぁ……。


「分かったわ。じゃあ―――ゴホン! ここからは『ウェアウルフ』のボス紹介! このレイダー組織には、二人のトップがいるわ!」


 エンジェは元気に声を張り「まず一人目!」と語り出す。


「『ウェアウルフ』の大ボス! 通称『狼王』! 狼の毛皮を被ったゴリマッチョ! こいつの特徴は、ミニガンを一人で振り回すところよ!」


「ミニガン?」


「ガトリング砲わかる? あの回る筒みたいなの。要はアレよ」


「あー……え、強くない?」


「ちょっと! 言いだしっぺでしょ。文句言わない」


「こわー。やばい奴と出会う前に建物崩壊とかさせて逃げようぜ」


「ミニガン相手は怖いから、で建物崩壊とか言い出すタクが怖いけど」


「『緊張感イズどこ』『バールニキ人間処した直後でこの会話できるのエグ』」


 エンジェが咳払いして、仕切り直す。


「次に、狼王の右腕兼恋人の『銀狼』! こいつはね、魔法を使ってくるらしいわ! 詳細は不明! 実力者には変わりはないわね」


「待った」


 俺は振り返る。エンジェが渋い顔になる。


「……なによ」


「魔法って、何」


「なんてプリミティブな疑問……。え、出会ったことないの?」


「ない。ファイアボール的な? 火の玉飛ばす感じ?」


「そうね……。その認識で間違ってはないかしら。ザコブタ、ファイアボールってスキルtier的にどのくらい?」


「『5、6辺りじゃね』『十人~百人に一人程度のレアっぷり』『パーティに一人いると火力に安定感が出る』」


「だって」


「ふーん……?」


 じゃあそんなに強くない……のか? 全然ピンと来てないが。


「ま、そんな感じね。この二人との戦いが目玉になりそうなので~、ザコブタたちは、要チェック☆」


 エンジェはポーズを取って、解説を〆た。可愛いな今のポーズ。ウィンクと口端の八重歯がいい。


「解説お疲れ」


「ありがと、タク。そっちはどう? 結構大きな声で話しちゃってるけど」


「ん? ああ。全然バレて警戒されてるぞ」


 俺が答えると、エンジェは息を飲む。


「えぇぇえええ!? じゃあ言ってよ! 止めてよ!」


「え、いや、別に……」


「別にって何! え!? 別にって本当に何!? いいの!? 忍び込んで一人ずつ、みたいな感じで倒していくんじゃないの!?」


「『バールニキ!?』『この展開はこのザコブタの目をもってしても』『何でキョトンとしてんだこいつ』」


 エンジェも視聴者も、全員が慌てている。何慌ててんだこいつら。


 そこで、声が掛かった。


「アッハッハッハ! ウチに潜り込んで、堂々と配信とは、剛毅な連中もいたもんだねぇ!」


 カツ、カツ、と足音が響く。エンジェは物陰に隠れてビクビクしている。


「出てきな! さもなきゃ、全員で蜂の巣にしてやるよ」


「た、タクぅ……」


「お呼びだ。行こうぜ」


「何でそんな堂々としてるのよぉ!」


 エンジェは涙目で俺の腕を抱きしめて震え、俺は悠々と表に出る。


 デパート廃墟の一階、開けた場所に、多くの銃持ちのレイダーたちがいた。


 そしてその中心に立つのは、黒い髪に銀のメッシュを入れた、痩身の女。


「お、これはこれは……まさか、本当にマスタースキルが来てくれるとはねぇ」


「……?」


「タク、タクのことよ。マスタースキルって誰かが言ったら、それはタクが呼ばれてるのよ」


「あっ、俺!?」


 誰のことだろう、とボーっとしたら俺のことらしい。


 確かに日用品マスターだけど、マスタースキルって言い方は格好良すぎて、自分の気がしないな……。


「あいつ緊張感ねぇな……」「状況分かってんのか……?」


 周りのレイダーたちも呆れた目で見ている。「『レイダーに突っ込まれるのは草』」とドローンからザコブタが言う。


「まずは、自己紹介からしようか。アタシは銀狼。この『ウェアウルフ』の副リーダーにして、深淵なる魔法使い」


「自分で深淵ってあんま言わない方がいいですよ? あたっ」


 忠告したらエンジェに蹴られる。何故。


 銀狼さんは、気にせず進めた。


「いやぁ、驚いたよ。部下から報告が上がってきたと思ったら、今バズってるマスタースキルで、しかも今まさに向かってると来たもんだ」


 ねぇ? と言いながら、銀狼さんはスマホ画面を俺たちに見せる。


 そこには、ドローンに映し出されるのと同じ、エンジェの配信画面が表示されていた。


 俺はハッとして言う。


「エンジェ! エンジェすごいぞ! 生の視聴者だ! エンジェお前すごいな!」


「だいたいタクの所為だし、そんな場合じゃないし、最初から侵入作戦もろバレだし、ツッコミどころが多すぎるし!」


「『座古宮もオカンっぷりが板についてきたな』『バールニキがやんちゃするたびに頭を抱える座古宮』『バールニキ係』」


 俺たちのやり取りを気にせず、銀狼さんは言う。


「見たよぉ? 配信。グリフォンキングをたった二人で倒すなんて、大したモンじゃないか。部下は報復を求めてたが……ただ殺すには惜しい。その力、人狼で振るう気はないかい?」


「『なるほど、勧誘か……』『まずこうなることをバールニキは読んでいた……?』」


 剣吞な雰囲気。勧誘の体を取っているが、断ったら殺す、という殺意が感じ取れた。


 俺は、真剣に答える。


「グリフォンキングを狩ったのは、別のS級冒険者ですよ……?」


「えぇ?」


「えっ、あっ」


 銀狼が戸惑い、エンジェが頭を抱える。


「あのあのあの! 違くて、あの!」


 そこで、エンジェが前に出た。


「は、配信をご覧になってたのならお分かりになると思うんですけど、た、タクはあの、認識能力に難ありっていうか!」


「あ、あぁ……ちょっと目の当たりにするまで、舐めてたみたいだね。少しびっくりしたよ」


「そ、そーおですよね! えへへ、あ、あの、それであの、何というか、ですね」


「で、勧誘の話だけど……」


「あっ、あはははは、そっ、そうですよね。そ、それでというか何というかあのあのあの」


 エンジェがものすごく焦りながらも、俺の代わりにわたわたと対応してくれている。


 言うまでもなくこんな勧誘に乗る気はない。悪い奴と知っていて、従う道理もないだろう。


 そこでふと気づくのが、俺に向かう視線が、エンジェの発言以来皆無になったという事だ。


「……これは……」


 挑発スキルか? と疑って、俺は変なポーズを取ってみる。


 腕を前に出して、ギャルピース。


 反応なし。


 両手を大きく広げて片足立ちになり、しかめっ面に寄り目で歌舞伎の大見得のポーズ。


 反応なし。


 片足立ちで両手を広げて、命のポーズ。


 反応なし。


「挑発スキルすげ」


 俺のポーズも中々舐めていて挑発っぽいのに、欠片も俺に視線が来ない。


 と思いきや、一瞬エンジェが振り返って睨んできた。ああ、そうね。注目引いてくれてんだから仕事しないとね。ごめん。


 頑張り屋さんだなぁ、と思いながら、俺はこっそりと、ふよふよ浮いてるドローンに手招きをした。


「『ん?』『え、俺たち?』」


 ドローンが近寄ってくる。それに俺は、小声で言った。


 内容は、極めて簡単。端的な説明を、ボソボソ告げる。


「―――っていうの、できるか? あ、でも金が必要か……」


「『そんくらいお茶の子さいさいや』『任せんしゃい』」


「助かるわ。よろしく」


 ドローンが、ふよふよと飛んでいく。俺は視線を戻す。


「でっ、ですからあの、か、加入にはちょぉっとお時間をいただきたくてですね……!」


「あ? あんた、アタシらを舐めてんのかい? いや、舐めてんのか。じゃなきゃあ大声出しながら入ってくるわけないもんねぇ!」


「あああああ違くて! その、あのそれはあの違くてあの」


 ものすごくテンパりながらも、必死に対応するエンジェ。俺はその肩を叩いて「お疲れさん」と声をかける。


「た、タクぅ……!」


「えーと、勧誘? だっけ? 俺じゃなくて、グリフォンキングを倒したS級冒険者を誘いなよ。俺たちはデカイ鷹をしとめるのが精いっぱいだぜ」


「……あんたと話すのは骨が折れそうだねぇ。まぁいいや。―――お前ら、構えな!」


 銀狼の言葉に反応して、レイダーたちが一斉に銃を俺たちに向けてくる。


「仲良しごっこは終わりさ。今すぐ答えな。アタシらウェアウルフに従うか、それともここで死ぬかをね!」


 殺意。ひりつくような肌感覚。恐怖。背筋のゾワゾワする感じ。


 俺は臆病だ。けど最近、敵を前に怯えることが少なくなった。


 ……強いって評判の奴とは戦いたくないままだけど。でも、相対した敵でも怯えたままのことは少ない。


 慣れか、あるいは……本当に怯えるべきものにのみ、恐怖するようになったのか。


「一つだけ、疑問がある」


「……何だい、言ってみな」


 痛いほどの静寂の中で、俺は言った。


「何で死体の仲間になる必要があるんだ?」


「『支柱崩落代¥5000』『ここが金の投げどころ!¥10000』『キタキタキタァ!¥30000』」


 爆音を伴って、建物の支柱が崩れ出す。


「っ!? な、何だいこの音は!」


「ひゃっ……!? た、タク、一体何したのっ?」


 俺は答えずにエンジェを抱き寄せ、「こっちな。しゃがんで、なるべく息も止めて」と告げる。


「なっ、何だぁ!? なにがおこっ、ぎゃっ」


 瓦礫が落ちてきて、レイダーの一人がつぶれて死ぬ。


 そうして、建物が崩壊を始めた。


 頭上から落ちてきた瓦礫にやられ、あるいは倒れてきた壁に押しつぶされ、一人また一人とレイダーたちが沈んでいく。


 煙、悲鳴、銃声。起こるのはパニックだ。建物に殺され、仲間に殺され、連中は減っていく。


 そうして、数十秒。俺は様子を窺って、煙も落ち着いたことを確認して、エンジェを引き起こした。


「立てるか? ケガは?」


「な、ない、けど……」


「ドローンは無事か~?」


「『何つー配信だよ』『投げ銭でレイダーを倒せる時代』『うわ……ものの見事にバールニキと座古宮以外死んでる……』」


 周囲の景色は、がらりと変わっていた。


 廃墟がさらに破壊され、レイダーたちは無残な死体を晒している。


「……え、うわ。うわうわうわ。や、やばすぎでしょ。い、一網打尽……?」


 エンジェの顔が引きつっている。


「ん、いい感じだな。上もかなりごっそり崩落してる。落下死の人数も多い」


 この拠点は壊滅状態と言っていいのではなかろうか。


 うんうん。悪くない戦果だ。息残りが少し居たとしても、心が折れるような戦果のはず。


 そこでエンジェは俺に振り返り、こう言った。


「た、タク……ま、まさかとは思うけど、全部読んで、あたしに大声出させてた、の? 一網打尽にするために、敵を一か所に集める、というか」


「ちょっとは?」


 俺が適当に答えると、エンジェはその場に脱力する。


「わぁ……」


「『日用品マスター舐めてたわ』『面白手品師だと思ってたら戦場の魔術師だったでござる』『あらゆる全部が手玉に取られてないかこれ?』」


 視聴者が俺をよいしょしているが、俺はどこ吹く風。この手のギミックはゲームでもよくあるだろうに。大げさな。


 そこで、瓦礫の下から立ち上がるものが居た。


「く、そ、がぁぁああ……! こん、な、こんな無様、アタシの恋人に、見せられねぇだろうがぁあああ……!」


 それは、銀狼だった。ボロボロだが、まだ戦えそうな雰囲気を醸している。


「うお、頑丈~」


「どいつもこいつも、歯向かいやがってぇえええ……! アンタらと言い、『怪物』と言い……! もういい! 全部皆殺しだよぉッ!」


 奴は全身血まみれで、スマホを強く握っていた。そのスマホの上で、魔法陣が回っている。


「アタシの魔法を食らえェッ! 死に腐れろッ、マスタースキ」


 俺は、遮るように言った。


「大技は、出させる前に潰すのが鉄則ってな」


【釘打ち】


 包丁の柄をバールで打って、銀狼の喉に包丁を突き刺す。「ぐぷ」と血を吐いて揺れる銀狼に、俺は言った。


「瓦礫の下で眠ってろ」


 追加で落ちてきた巨大な瓦礫が、銀狼を押しつぶした。俺は踵を返し「包丁、また漁らないとな」と呟いた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?