建物に侵入しながら、エンジェが言った。
「タク、それにザコブタ。この辺りで一旦、『ウェアウルフ』のボスの話をしたいんだけど、いい? 問題ない?」
「あー……そうだな。聞いておこうか」
「小声のがいいわよね?」
「え? いや別に?」
「そうなの? じゃあちゃんと配信っぽくやるけど」
「いいよ」
「『バールニキが問題ないならいんじゃね?』『バールニキの索敵能力が大丈夫なら』」
俺の意図とは反した形で、コメ欄も賛同していた。何か過信されてるな……。
実際問題、中の気配はどうなんだろ。……あー、ぼちぼちかなぁ……。
「分かったわ。じゃあ―――ゴホン! ここからは『ウェアウルフ』のボス紹介! このレイダー組織には、二人のトップがいるわ!」
エンジェは元気に声を張り「まず一人目!」と語り出す。
「『ウェアウルフ』の大ボス! 通称『狼王』! 狼の毛皮を被ったゴリマッチョ! こいつの特徴は、ミニガンを一人で振り回すところよ!」
「ミニガン?」
「ガトリング砲わかる? あの回る筒みたいなの。要はアレよ」
「あー……え、強くない?」
「ちょっと! 言いだしっぺでしょ。文句言わない」
「こわー。やばい奴と出会う前に建物崩壊とかさせて逃げようぜ」
「ミニガン相手は怖いから、で建物崩壊とか言い出すタクが怖いけど」
「『緊張感イズどこ』『バールニキ人間処した直後でこの会話できるのエグ』」
エンジェが咳払いして、仕切り直す。
「次に、狼王の右腕兼恋人の『銀狼』! こいつはね、魔法を使ってくるらしいわ! 詳細は不明! 実力者には変わりはないわね」
「待った」
俺は振り返る。エンジェが渋い顔になる。
「……なによ」
「魔法って、何」
「なんてプリミティブな疑問……。え、出会ったことないの?」
「ない。ファイアボール的な? 火の玉飛ばす感じ?」
「そうね……。その認識で間違ってはないかしら。ザコブタ、ファイアボールってスキルtier的にどのくらい?」
「『5、6辺りじゃね』『十人~百人に一人程度のレアっぷり』『パーティに一人いると火力に安定感が出る』」
「だって」
「ふーん……?」
じゃあそんなに強くない……のか? 全然ピンと来てないが。
「ま、そんな感じね。この二人との戦いが目玉になりそうなので~、ザコブタたちは、要チェック☆」
エンジェはポーズを取って、解説を〆た。可愛いな今のポーズ。ウィンクと口端の八重歯がいい。
「解説お疲れ」
「ありがと、タク。そっちはどう? 結構大きな声で話しちゃってるけど」
「ん? ああ。全然バレて警戒されてるぞ」
俺が答えると、エンジェは息を飲む。
「えぇぇえええ!? じゃあ言ってよ! 止めてよ!」
「え、いや、別に……」
「別にって何! え!? 別にって本当に何!? いいの!? 忍び込んで一人ずつ、みたいな感じで倒していくんじゃないの!?」
「『バールニキ!?』『この展開はこのザコブタの目をもってしても』『何でキョトンとしてんだこいつ』」
エンジェも視聴者も、全員が慌てている。何慌ててんだこいつら。
そこで、声が掛かった。
「アッハッハッハ! ウチに潜り込んで、堂々と配信とは、剛毅な連中もいたもんだねぇ!」
カツ、カツ、と足音が響く。エンジェは物陰に隠れてビクビクしている。
「出てきな! さもなきゃ、全員で蜂の巣にしてやるよ」
「た、タクぅ……」
「お呼びだ。行こうぜ」
「何でそんな堂々としてるのよぉ!」
エンジェは涙目で俺の腕を抱きしめて震え、俺は悠々と表に出る。
デパート廃墟の一階、開けた場所に、多くの銃持ちのレイダーたちがいた。
そしてその中心に立つのは、黒い髪に銀のメッシュを入れた、痩身の女。
「お、これはこれは……まさか、本当にマスタースキルが来てくれるとはねぇ」
「……?」
「タク、タクのことよ。マスタースキルって誰かが言ったら、それはタクが呼ばれてるのよ」
「あっ、俺!?」
誰のことだろう、とボーっとしたら俺のことらしい。
確かに日用品マスターだけど、マスタースキルって言い方は格好良すぎて、自分の気がしないな……。
「あいつ緊張感ねぇな……」「状況分かってんのか……?」
周りのレイダーたちも呆れた目で見ている。「『レイダーに突っ込まれるのは草』」とドローンからザコブタが言う。
「まずは、自己紹介からしようか。アタシは銀狼。この『ウェアウルフ』の副リーダーにして、深淵なる魔法使い」
「自分で深淵ってあんま言わない方がいいですよ? あたっ」
忠告したらエンジェに蹴られる。何故。
銀狼さんは、気にせず進めた。
「いやぁ、驚いたよ。部下から報告が上がってきたと思ったら、今バズってるマスタースキルで、しかも今まさに向かってると来たもんだ」
ねぇ? と言いながら、銀狼さんはスマホ画面を俺たちに見せる。
そこには、ドローンに映し出されるのと同じ、エンジェの配信画面が表示されていた。
俺はハッとして言う。
「エンジェ! エンジェすごいぞ! 生の視聴者だ! エンジェお前すごいな!」
「だいたいタクの所為だし、そんな場合じゃないし、最初から侵入作戦もろバレだし、ツッコミどころが多すぎるし!」
「『座古宮もオカンっぷりが板についてきたな』『バールニキがやんちゃするたびに頭を抱える座古宮』『バールニキ係』」
俺たちのやり取りを気にせず、銀狼さんは言う。
「見たよぉ? 配信。グリフォンキングをたった二人で倒すなんて、大したモンじゃないか。部下は報復を求めてたが……ただ殺すには惜しい。その力、人狼で振るう気はないかい?」
「『なるほど、勧誘か……』『まずこうなることをバールニキは読んでいた……?』」
剣吞な雰囲気。勧誘の体を取っているが、断ったら殺す、という殺意が感じ取れた。
俺は、真剣に答える。
「グリフォンキングを狩ったのは、別のS級冒険者ですよ……?」
「えぇ?」
「えっ、あっ」
銀狼が戸惑い、エンジェが頭を抱える。
「あのあのあの! 違くて、あの!」
そこで、エンジェが前に出た。
「は、配信をご覧になってたのならお分かりになると思うんですけど、た、タクはあの、認識能力に難ありっていうか!」
「あ、あぁ……ちょっと目の当たりにするまで、舐めてたみたいだね。少しびっくりしたよ」
「そ、そーおですよね! えへへ、あ、あの、それであの、何というか、ですね」
「で、勧誘の話だけど……」
「あっ、あはははは、そっ、そうですよね。そ、それでというか何というかあのあのあの」
エンジェがものすごく焦りながらも、俺の代わりにわたわたと対応してくれている。
言うまでもなくこんな勧誘に乗る気はない。悪い奴と知っていて、従う道理もないだろう。
そこでふと気づくのが、俺に向かう視線が、エンジェの発言以来皆無になったという事だ。
「……これは……」
挑発スキルか? と疑って、俺は変なポーズを取ってみる。
腕を前に出して、ギャルピース。
反応なし。
両手を大きく広げて片足立ちになり、しかめっ面に寄り目で歌舞伎の大見得のポーズ。
反応なし。
片足立ちで両手を広げて、命のポーズ。
反応なし。
「挑発スキルすげ」
俺のポーズも中々舐めていて挑発っぽいのに、欠片も俺に視線が来ない。
と思いきや、一瞬エンジェが振り返って睨んできた。ああ、そうね。注目引いてくれてんだから仕事しないとね。ごめん。
頑張り屋さんだなぁ、と思いながら、俺はこっそりと、ふよふよ浮いてるドローンに手招きをした。
「『ん?』『え、俺たち?』」
ドローンが近寄ってくる。それに俺は、小声で言った。
内容は、極めて簡単。端的な説明を、ボソボソ告げる。
「―――っていうの、できるか? あ、でも金が必要か……」
「『そんくらいお茶の子さいさいや』『任せんしゃい』」
「助かるわ。よろしく」
ドローンが、ふよふよと飛んでいく。俺は視線を戻す。
「でっ、ですからあの、か、加入にはちょぉっとお時間をいただきたくてですね……!」
「あ? あんた、アタシらを舐めてんのかい? いや、舐めてんのか。じゃなきゃあ大声出しながら入ってくるわけないもんねぇ!」
「あああああ違くて! その、あのそれはあの違くてあの」
ものすごくテンパりながらも、必死に対応するエンジェ。俺はその肩を叩いて「お疲れさん」と声をかける。
「た、タクぅ……!」
「えーと、勧誘? だっけ? 俺じゃなくて、グリフォンキングを倒したS級冒険者を誘いなよ。俺たちはデカイ鷹をしとめるのが精いっぱいだぜ」
「……あんたと話すのは骨が折れそうだねぇ。まぁいいや。―――お前ら、構えな!」
銀狼の言葉に反応して、レイダーたちが一斉に銃を俺たちに向けてくる。
「仲良しごっこは終わりさ。今すぐ答えな。アタシらウェアウルフに従うか、それともここで死ぬかをね!」
殺意。ひりつくような肌感覚。恐怖。背筋のゾワゾワする感じ。
俺は臆病だ。けど最近、敵を前に怯えることが少なくなった。
……強いって評判の奴とは戦いたくないままだけど。でも、相対した敵でも怯えたままのことは少ない。
慣れか、あるいは……本当に怯えるべきものにのみ、恐怖するようになったのか。
「一つだけ、疑問がある」
「……何だい、言ってみな」
痛いほどの静寂の中で、俺は言った。
「何で死体の仲間になる必要があるんだ?」
「『支柱崩落代¥5000』『ここが金の投げどころ!¥10000』『キタキタキタァ!¥30000』」
爆音を伴って、建物の支柱が崩れ出す。
「っ!? な、何だいこの音は!」
「ひゃっ……!? た、タク、一体何したのっ?」
俺は答えずにエンジェを抱き寄せ、「こっちな。しゃがんで、なるべく息も止めて」と告げる。
「なっ、何だぁ!? なにがおこっ、ぎゃっ」
瓦礫が落ちてきて、レイダーの一人がつぶれて死ぬ。
そうして、建物が崩壊を始めた。
頭上から落ちてきた瓦礫にやられ、あるいは倒れてきた壁に押しつぶされ、一人また一人とレイダーたちが沈んでいく。
煙、悲鳴、銃声。起こるのはパニックだ。建物に殺され、仲間に殺され、連中は減っていく。
そうして、数十秒。俺は様子を窺って、煙も落ち着いたことを確認して、エンジェを引き起こした。
「立てるか? ケガは?」
「な、ない、けど……」
「ドローンは無事か~?」
「『何つー配信だよ』『投げ銭でレイダーを倒せる時代』『うわ……ものの見事にバールニキと座古宮以外死んでる……』」
周囲の景色は、がらりと変わっていた。
廃墟がさらに破壊され、レイダーたちは無残な死体を晒している。
「……え、うわ。うわうわうわ。や、やばすぎでしょ。い、一網打尽……?」
エンジェの顔が引きつっている。
「ん、いい感じだな。上もかなりごっそり崩落してる。落下死の人数も多い」
この拠点は壊滅状態と言っていいのではなかろうか。
うんうん。悪くない戦果だ。息残りが少し居たとしても、心が折れるような戦果のはず。
そこでエンジェは俺に振り返り、こう言った。
「た、タク……ま、まさかとは思うけど、全部読んで、あたしに大声出させてた、の? 一網打尽にするために、敵を一か所に集める、というか」
「ちょっとは?」
俺が適当に答えると、エンジェはその場に脱力する。
「わぁ……」
「『日用品マスター舐めてたわ』『面白手品師だと思ってたら戦場の魔術師だったでござる』『あらゆる全部が手玉に取られてないかこれ?』」
視聴者が俺をよいしょしているが、俺はどこ吹く風。この手のギミックはゲームでもよくあるだろうに。大げさな。
そこで、瓦礫の下から立ち上がるものが居た。
「く、そ、がぁぁああ……! こん、な、こんな無様、アタシの恋人に、見せられねぇだろうがぁあああ……!」
それは、銀狼だった。ボロボロだが、まだ戦えそうな雰囲気を醸している。
「うお、頑丈~」
「どいつもこいつも、歯向かいやがってぇえええ……! アンタらと言い、『怪物』と言い……! もういい! 全部皆殺しだよぉッ!」
奴は全身血まみれで、スマホを強く握っていた。そのスマホの上で、魔法陣が回っている。
「アタシの魔法を食らえェッ! 死に腐れろッ、マスタースキ」
俺は、遮るように言った。
「大技は、出させる前に潰すのが鉄則ってな」
【釘打ち】
包丁の柄をバールで打って、銀狼の喉に包丁を突き刺す。「ぐぷ」と血を吐いて揺れる銀狼に、俺は言った。
「瓦礫の下で眠ってろ」
追加で落ちてきた巨大な瓦礫が、銀狼を押しつぶした。俺は踵を返し「包丁、また漁らないとな」と呟いた。