またも依頼に達成した俺たちは、夜、昨晩のように酒場で夕食を取っていた。
「舐めてたわ」
そして開口一番、エンジェがそんなことを言った。
「何が」
「タクのこと。マスタースキル保持者が、どういう存在なのか、まったく分かってなかった」
俺は首を傾げる。
「俺はザコスキル持ちの元ニートでしかないぞ?」
「タクがそんなことを言うから、すっかり騙されちゃってたわ……。スキルだけだと思ってたけど、他のマスタースキル保持者がそうじゃない以上、分かることだったのに」
なーに言ってんだこいつ、と思いながら、俺は酒をちびり飲む。
「結論、スキルがすごいって言うのもあるけど、根っこからタクは強すぎ」
「根っこから強すぎ???」
俺は首を傾げる。ザコ狩りしてる姿しか見せてないのに、買い被りにも程があるだろ。
「タク、FPS得意でしょ」
エンジェに言われてキョトンとするも、俺は頷く。
「うん。ぼちぼち」
「ランクは?」
「えー? まぁ……
大体のゲームはそこまではやる。その後は惰性で続けるなり、他に行くなり適当に。
「はぁ……戦況判断の感じが、そっち出身っぽいなとは思ってたけど」
エンジェがため息を吐く。何だ失礼だな。
「プロゲーマーになろうとかは思わなかったの?」
踏み込むようなことを言われて、俺は口をつぐむ。
「……昔は、思ってた。そういうのもいいなって」
「一番上のランクって、上位1%未満みたいな世界でしょ。有名チームから声掛けとか来るんじゃない?」
「来、た、こともある、かも、しれない、けど」
「断ったの? ……何で?」
「だ、だって」
冷や汗が流れる。唇が渇く。
俺は、アレ、何で今、こんなに苦しいんだ? と思いながら、答えた。
「
「……、……、……あー、つながった。そこか。うんうん。分かった。ふふ」
エンジェはそこまで言って、追及をやめた。
それから、こんなことを言いだす。
「あたし
も? と思う俺に、エンジェは続けた。
「貧乏な癖にバカな母親でさ。彼氏に捨てられないために、あたしに『抱かれてこい』『体売って稼いで来い』っていうのよ? バカすぎでしょ」
俺は、エンジェの話にまばたきをする。
「それは、ひどい親、だけど……俺、親の話なんかしたっけ?」
「端折っただけよ。言いたくなさそうだから、
ドヤ、と微笑んで、エンジェは言葉を継ぐ。
「だから家を飛び出してきたの。去年だったかな~。手持ちの金はギリ守れたから、ドローン買って、スキル検証して、ハックして稼ぐなら配信がよさそうってなって、ドカーン!」
エンジェは両手を大きく広げて、爆発をジェスチャーする。
「大炎上。あたしは世界一の嫌われ者になっちゃいましたとさ」
「……」
「配信者引退もちょっと考えたけどね。でも無理だった。挑発スキル育ちすぎちゃって、元々の友達全員から縁切られたし」
エンジェは、ポンポン、と停止中のドローンを叩く。
「それ以来、あたしの頼みの綱は、こいつだけ。頑丈だし、どんなに危険でもついてきてくれて、アンチだらけでも稼いでくれる。あたしの生命線」
「……エンジェ」
「だから、実はまだ綺麗な体なんだからね。貞操観念ゆるゆるとか勘違いされたくないし、ここで釘を刺しておくけど」
「嘘だぁ!」
「そこで強く言い返すんじゃないわよおバカ!」
ぺシーン! と叩かれる。俺は頭を押さえてその場に座る。
「ごめんつい、解釈違いで……。でも、何でそんな話を?」
「……タクの根っこが見えてきたから、あたしの根っこの話もしとこうかなってね。たった二日しか一緒にいないのに、あたしたち、結構いいコンビでしょ?」
それは、と思う。
確かに、やりやすい。こんな俺でも、有意義に日々を送れている、という気がする。
そこで、また、嫌な汗が流れ始めた。
「……なぁ、エンジェ。俺は、その、今、普通じゃない、よな」
「え?」
妙な顔をするエンジェに、俺は言う。
「推しのところに突撃して、流れで組んで、配信者なんかやって……普通、じゃない。いや、普通だってできないんだけど、でも、普通じゃない道なんて、俺にはなおさら」
そこで、パンッ、と音が鳴って、俺はハッとした。
見れば、エンジェが拍手を一つ打っている。
「……『普通』教育と、臆病っていう才能の悪魔合体、か」
「エンジェ……」
「まま、一杯飲んで。ぐぐっと」
「え、酒? いやまぁ、いいけど……」
飲む。少し頭がぼやける感じがする。
恐怖が和らぐような、感覚が鈍るような。
「となると、タクはガチのマジで、戦闘の申し子なのね。臆病だから奇襲は効かず、相手の嫌なとこを突くのが上手くて、読みが深く、手先が器用」
「エンジェ……?」
「その開花が『日用品マスター』……本質は、『どんな状況下でも、全力を発揮できる無敵の歩兵』ってところ? でも本質は戦うことというより、生き残ること……」
エンジェが何か、小難しいことを言っている。酒でぼやけた頭では、それを正確に聞き取れない。
「それが、普通のラベリングで歪められて、『普通』以外怖くなっちゃったのね。親は教育のつもりでやったのか、はたまた、
そこまで言って、エンジェは寂しそうに笑う。
「ホント、教育って怖いわよね。うまくいけば財産になり、悪ければ呪いになる」
あたしらは呪い組~! と言いながら、エンジェは俺の隣に移動してきて、俺をぎゅっと抱きしめてくる。
「ふわっ、な、何だ。いきなりどした」
「べっつに~♡ 大切な大切な相棒のことを抱きしめてるだけですけど~♡ ちゅっちゅ~♡」
「わっ、えっ!? き、キスした!? ほっぺにちゅーしたかエンジェ!?」
「してまっせ~ん♡ むちゅ~♡」
「してる! 完全にしてる! エンジェお前いつ飲んだんだ!」
「てへ☆」
よく見たら、何かビールの泡のみ残ったジョッキが、机の端に置かれている。マジでいつの間に呑んだんだこいつ。
「タク~? あなたはね~、あたしの宝物なんだからね~?」
火照った顔で、エンジェは俺にすり寄ってくる。
「突然現れた、あたしの白馬の王子様! ちょーっと薄汚れてるけど、磨いたらダイヤモンドより輝くの~♡」
「エンジェ、お前いつの間にそんな飲んだんだよ」
「ちょっとしか飲んでません! ちょっとちょっと! 先っちょだけ!」
「すでにジョッキ一つ空いてるだろ」
「ぷはー! そんなことないもん!」
「あ! だから飲むなってお前!」
没収! と俺はジョッキを奪う。「あーんいじわる~!」とエンジェは泣く。
「でも~、これはあたしの本心なんだから」
「はいはい。ま~た言ってるよ」
「もー、ホント信じない! ……ゴブリンにも勝てないようなザコのあたしは、下手したらあの場で死んでた。あそこが乗り切れても、いつか運が切れてた」
俺に体重を預けながら、エンジェは続ける。
「挑発の効きすぎたアンチに見つかったら袋叩き。レイダーに見つかったら商品。モンスターに見つかったら慰み者か餌。動かなければ毒親の養分」
詰み。とエンジェは言う。
「あたしの人生は詰んでた。それが全部、あなたとの出会いでひっくり返った。タクが全部の流れを変えてくれた」
「いや、大げさだって」
「大げさなんかじゃない。あなたはあたしのヒーロー。あたしの人生の救世主。だから」
エンジェの瞳が、ゆっくりと閉じられていく。
「自信……持って、欲しい……。タクにないのは、それだけ……」
そうして、まるで消え入るように、エンジェは眠りについてしまった。
「……そんな風に、思ってくれてるのか」
でも、と思う。やはり、買いかぶりだ。
俺は、大した奴じゃない。両親に言われた普通の道を、敷かれたレールを走ることすらできずに、脱落した。
就職すら、両親の言う会社に行ったのだ。結果はこの様。
嫌いだが、育ててくれた両親の言う通り、俺はダメな奴だった。
「……アレ、何か、俺もすげぇ眠い……?」
視界がぐらつく。飲み過ぎたか、と思う。しかし、そこまで飲んでいないはずなのに、と訝しむ。
そこで、気付くのだ。
「……まずった」
朦朧とする意識の中で顔を上げる。近づいてくる男たちがいる。
そうか。敵が人間だと、腰を下ろすのが家でなくて人里だと、こういう事が起こるのか。
ならば、今後のことを考えて、俺ができることは――――
「丁寧に運んでくれよ。ベッドは柔らかいので頼むぜ」
警戒させるための挑発を一つ。それだけ言い切って、俺は意識を失った。