目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第35話 レイダー襲撃成功祝、い?

 またも依頼に達成した俺たちは、夜、昨晩のように酒場で夕食を取っていた。


「舐めてたわ」


 そして開口一番、エンジェがそんなことを言った。


「何が」


「タクのこと。マスタースキル保持者が、どういう存在なのか、まったく分かってなかった」


 俺は首を傾げる。


「俺はザコスキル持ちの元ニートでしかないぞ?」


「タクがそんなことを言うから、すっかり騙されちゃってたわ……。スキルだけだと思ってたけど、他のマスタースキル保持者がそうじゃない以上、分かることだったのに」


 なーに言ってんだこいつ、と思いながら、俺は酒をちびり飲む。


「結論、スキルがすごいって言うのもあるけど、根っこからタクは強すぎ」


「根っこから強すぎ???」


 俺は首を傾げる。ザコ狩りしてる姿しか見せてないのに、買い被りにも程があるだろ。


「タク、FPS得意でしょ」


 エンジェに言われてキョトンとするも、俺は頷く。


「うん。ぼちぼち」


「ランクは?」


「えー? まぁ……


 大体のゲームはそこまではやる。その後は惰性で続けるなり、他に行くなり適当に。


「はぁ……戦況判断の感じが、そっち出身っぽいなとは思ってたけど」


 エンジェがため息を吐く。何だ失礼だな。


「プロゲーマーになろうとかは思わなかったの?」


 踏み込むようなことを言われて、俺は口をつぐむ。


「……昔は、思ってた。そういうのもいいなって」


「一番上のランクって、上位1%未満みたいな世界でしょ。有名チームから声掛けとか来るんじゃない?」


「来、た、こともある、かも、しれない、けど」


「断ったの? ……何で?」


「だ、だって」


 冷や汗が流れる。唇が渇く。


 俺は、アレ、何で今、こんなに苦しいんだ? と思いながら、答えた。


、から……」


「……、……、……あー、つながった。そこか。うんうん。分かった。ふふ」


 エンジェはそこまで言って、追及をやめた。


 それから、こんなことを言いだす。


「あたしさ、親には苦労させられたんだ~……」


 も? と思う俺に、エンジェは続けた。


「貧乏な癖にバカな母親でさ。彼氏に捨てられないために、あたしに『抱かれてこい』『体売って稼いで来い』っていうのよ? バカすぎでしょ」


 俺は、エンジェの話にまばたきをする。


「それは、ひどい親、だけど……俺、親の話なんかしたっけ?」


「端折っただけよ。言いたくなさそうだから、だけ。タクみたいに戦場は操れないけど、このくらいならあたしもできるから」


 ドヤ、と微笑んで、エンジェは言葉を継ぐ。


「だから家を飛び出してきたの。去年だったかな~。手持ちの金はギリ守れたから、ドローン買って、スキル検証して、ハックして稼ぐなら配信がよさそうってなって、ドカーン!」


 エンジェは両手を大きく広げて、爆発をジェスチャーする。


「大炎上。あたしは世界一の嫌われ者になっちゃいましたとさ」


「……」


「配信者引退もちょっと考えたけどね。でも無理だった。挑発スキル育ちすぎちゃって、元々の友達全員から縁切られたし」


 エンジェは、ポンポン、と停止中のドローンを叩く。


「それ以来、あたしの頼みの綱は、こいつだけ。頑丈だし、どんなに危険でもついてきてくれて、アンチだらけでも稼いでくれる。あたしの生命線」


「……エンジェ」


「だから、実はまだ綺麗な体なんだからね。貞操観念ゆるゆるとか勘違いされたくないし、ここで釘を刺しておくけど」


「嘘だぁ!」


「そこで強く言い返すんじゃないわよおバカ!」


 ぺシーン! と叩かれる。俺は頭を押さえてその場に座る。


「ごめんつい、解釈違いで……。でも、何でそんな話を?」


「……タクの根っこが見えてきたから、あたしの根っこの話もしとこうかなってね。たった二日しか一緒にいないのに、あたしたち、結構いいコンビでしょ?」


 それは、と思う。


 確かに、やりやすい。こんな俺でも、有意義に日々を送れている、という気がする。


 そこで、また、嫌な汗が流れ始めた。


「……なぁ、エンジェ。俺は、その、今、普通じゃない、よな」


「え?」


 妙な顔をするエンジェに、俺は言う。


「推しのところに突撃して、流れで組んで、配信者なんかやって……普通、じゃない。いや、普通だってできないんだけど、でも、普通じゃない道なんて、俺にはなおさら」


 そこで、パンッ、と音が鳴って、俺はハッとした。


 見れば、エンジェが拍手を一つ打っている。


「……『普通』教育と、臆病っていう才能の悪魔合体、か」


「エンジェ……」


「まま、一杯飲んで。ぐぐっと」


「え、酒? いやまぁ、いいけど……」


 飲む。少し頭がぼやける感じがする。


 恐怖が和らぐような、感覚が鈍るような。


「となると、タクはガチのマジで、戦闘の申し子なのね。臆病だから奇襲は効かず、相手の嫌なとこを突くのが上手くて、読みが深く、手先が器用」


「エンジェ……?」


「その開花が『日用品マスター』……本質は、『どんな状況下でも、全力を発揮できる無敵の歩兵』ってところ? でも本質は戦うことというより、生き残ること……」


 エンジェが何か、小難しいことを言っている。酒でぼやけた頭では、それを正確に聞き取れない。


「それが、普通のラベリングで歪められて、『普通』以外怖くなっちゃったのね。親は教育のつもりでやったのか、はたまた、だったのか……」


 そこまで言って、エンジェは寂しそうに笑う。


「ホント、教育って怖いわよね。うまくいけば財産になり、悪ければ呪いになる」


 あたしらは呪い組~! と言いながら、エンジェは俺の隣に移動してきて、俺をぎゅっと抱きしめてくる。


「ふわっ、な、何だ。いきなりどした」


「べっつに~♡ 大切な大切な相棒のことを抱きしめてるだけですけど~♡ ちゅっちゅ~♡」


「わっ、えっ!? き、キスした!? ほっぺにちゅーしたかエンジェ!?」


「してまっせ~ん♡ むちゅ~♡」


「してる! 完全にしてる! エンジェお前いつ飲んだんだ!」


「てへ☆」


 よく見たら、何かビールの泡のみ残ったジョッキが、机の端に置かれている。マジでいつの間に呑んだんだこいつ。


「タク~? あなたはね~、あたしの宝物なんだからね~?」


 火照った顔で、エンジェは俺にすり寄ってくる。


「突然現れた、あたしの白馬の王子様! ちょーっと薄汚れてるけど、磨いたらダイヤモンドより輝くの~♡」


「エンジェ、お前いつの間にそんな飲んだんだよ」


「ちょっとしか飲んでません! ちょっとちょっと! 先っちょだけ!」


「すでにジョッキ一つ空いてるだろ」


「ぷはー! そんなことないもん!」


「あ! だから飲むなってお前!」


 没収! と俺はジョッキを奪う。「あーんいじわる~!」とエンジェは泣く。


「でも~、これはあたしの本心なんだから」


「はいはい。ま~た言ってるよ」


「もー、ホント信じない! ……ゴブリンにも勝てないようなザコのあたしは、下手したらあの場で死んでた。あそこが乗り切れても、いつか運が切れてた」


 俺に体重を預けながら、エンジェは続ける。


「挑発の効きすぎたアンチに見つかったら袋叩き。レイダーに見つかったら商品。モンスターに見つかったら慰み者か餌。動かなければ毒親の養分」


 詰み。とエンジェは言う。


「あたしの人生は詰んでた。それが全部、あなたとの出会いでひっくり返った。タクが全部の流れを変えてくれた」


「いや、大げさだって」


「大げさなんかじゃない。あなたはあたしのヒーロー。あたしの人生の救世主。だから」


 エンジェの瞳が、ゆっくりと閉じられていく。


「自信……持って、欲しい……。タクにないのは、それだけ……」


 そうして、まるで消え入るように、エンジェは眠りについてしまった。


「……そんな風に、思ってくれてるのか」


 でも、と思う。やはり、買いかぶりだ。


 俺は、大した奴じゃない。両親に言われた普通の道を、敷かれたレールを走ることすらできずに、脱落した。


 就職すら、両親の言う会社に行ったのだ。結果はこの様。


 嫌いだが、育ててくれた両親の言う通り、俺はダメな奴だった。


「……アレ、何か、俺もすげぇ眠い……?」


 視界がぐらつく。飲み過ぎたか、と思う。しかし、そこまで飲んでいないはずなのに、と訝しむ。


 そこで、気付くのだ。


「……まずった」


 朦朧とする意識の中で顔を上げる。近づいてくる男たちがいる。


 そうか。敵が人間だと、腰を下ろすのが家でなくて人里だと、こういう事が起こるのか。


 ならば、今後のことを考えて、俺ができることは――――


「丁寧に運んでくれよ。ベッドは柔らかいので頼むぜ」


 警戒させるための挑発を一つ。それだけ言い切って、俺は意識を失った。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?