目を覚ますと、俺とエンジェは並んで椅子に座らされていた。
「よう、起きたかマスタースキル」
そして、目の前に、めちゃくちゃムキムキで、狼の皮を被ったデカイオッサンが、椅子に座っていた。
「……新手の悪夢か……次は良い夢見よ」
「おい、適当なこと言って寝ようとしてんじゃねぇ」
制されて、俺はしかめっ面でもう一度目を開く。
どうやら、これは夢ではないらしい。俺は眠る前のことを思い出しながら、あくびを一つ、目を覚ます。
確か、寝る前に……そうだ。眠り薬飲まされて寝落ちしたんだ俺たち。
で、拉致られての今だな。まるで子供の妄想みたいだ。学校にテロリストみたいな。
とはいえこれは現実。俺は、自分が最後に煽ったことまで思い出して、答える。
「何だよ。柔らかいベッドに寝かせてくれって頼んだのに、用意できたのはこの固い椅子かよ。しけてんなぁ」
「―――ック、ハァッハッハッハ! なるほど、確かにこいつは大物だ。この状況でビビリの一つも見せやがらねぇ」
俺が言うと、狼マッチョは高々に笑った。
……いや、ビビリだけどね? 俺は。やばい相手にはすげー怖く感じるもん。前のクソデカ普通モンスとか。
しかし、普通の人間には、恐怖感がなくなったなぁとも思う。成長か、センサーが鈍っただけか。
俺は伸びをしようとして、手が動かないと知る。
手錠。横のエンジェも同様だ。
……よく見たらエンジェ起きてるな。寝たふりしてるわ。顔が青いので相当ビビってる様子。可哀想。
「知っているかもしれないが、改めて名を名乗ろう。マスタースキル」
ニィ、と笑って、狼マッチョが言う。
「オレは『狼王』。ただそう名乗っている。オレを呼ぶときは、そう呼んでくれ」
「分かった狼マッチョ」
「お前の肝の据わり方には恐れ入る」
俺の軽口を受け流して、狼マッチョ、もとい狼王は、俺に手を差し伸べる。
「マスタースキル。国すらも手に入れられない、現代最高の戦力よ。オレはお前を『ウェアウルフ』に迎え入れたい」
「何で」
「強いからだ。お前の強さには、それだけの価値がある」
「……」
俺は渋い顔をし、思った。
―――またじゃーん! また買い被り野郎だよ!
この場で買いかぶられるのはいいけど、下手に仲間になって幻滅されたら、『よくも騙してくれたなこの野郎!』ってなる奴じゃーん!
っていうか、昨日の悪い奴らと同じ集団だろ? こいつ。
じゃあ昨日と同じだよ。適当に討伐して終わりだよ。悪いことはしないぞ!
……とは、思うのだが。
「なるほどねぇ……」
俺は、どう言ったもんかなぁ、と考える。
恐怖感はないが、拉致監禁状態には変わりはない。
この場で威勢よく断って、このムキムキパワーでぶん殴られたりしたら嫌だし。
俺は言う。
「待遇は?」
「っ」
横でエンジェが肩を跳ねさせる。いや嘘だよ。ただの誤魔化しだから反応すんな。
狼王は答える。
「『銀狼』に並ぶ席を用意する。ウチのナンバーツーだ」
「報酬は」
「基本的に出来高で勘定してるが……望むのなら、月にこれだけやる」
狼マッチョが指を三本立てる。
「……三十万?」
「桁が二つ少ない。三千万だ」
「三千万!?」
俺が驚くと、狼マッチョが笑った。
「おいおい! オレがそんなケチ臭い真似をするわけがねぇだろ!? ウェアウルフはこう見えて稼いでるんだ。このくらいはワケねぇよ」
「へ、へー……そ、そうなんだ」
何で隔離地域でそんなに稼げんだ、という気持ちと、隔離地域でそんな稼いでどうすんだ、という気持ちだが。
しかし、疑問はそれだけではない。
「俺は、アンタのところの構成員をまぁまぁ殺したわけだが、それはどうなる」
「仲間になるなら不問だ。ずいぶんな損失が出たようだが……寛大に許そう。お前がウチについたなら、あの拠点一つ程度の損失、すぐに稼いでてくれるだろう?」
損失。人命ではなく。まぁ蘇生魔法という事なのだろうが。
俺は考えこむ。今後どうするかを。仲間になるかどうかは、ありえないが。
そんな俺の様子を見て、狼マッチョは早合点し立ち上がった。
「ふ……まぁいい。よくよく考えてくれ。世話係を二人付けるから、質問があるならこいつらにしろ」
どうやら俺の反応に満足らしい。そのまま狼マッチョは、この場を去っていった。
そして、ここに四人が残される。俺、エンジェ、そして二人の世話係……という名の監視役。
エンジェが、小声で言う。
「……た、タク? まさかとは思うけど、の、乗らない、わよね?」
「やっぱりエンジェ起きてた。おは」
「あ、うん。おはよう……じゃなくって! 乗らないわよね!? って言ってるの!」
緊張の面持ちで尋ねてくるエンジェ。
それに、見張りの一人が反応する。
「あ? おいメスガキこら。何お前、マスタースキルの金魚のフンの癖に、余計なこと言ってんだ」
「ひっ、あのちがあの、そういうことじゃなくてあの」
「チッ、一発殴って分からせねぇとダメか? マスタースキルには危害加えんなって言われてるけど、お前は言われてねぇし」
「っ」
エンジェが恐怖に凍り付く。俺がその見張りを睨む。
「エンジェに指一本でも触れたら、俺は絶対に仲間にならんぞ。しかも、その理由はお前だって告げ口してやる」
「……。チッ、クソ、クソクソクソクソ! 面倒くせぇなぁくそがよ!」
予想に反して、その見張りの男は、俺の釘刺しに大きな反応を見せた。
「俺はよぉ! ウェアウルフのために何でもやったんだぜ!? 何でもだ! 血の臭い我慢しながら人間だってバラした! いい女もヤク漬けにして何人もボスに献上した!」
なのによぉ! と奴は俺を睨む。
「お前みたいなヒョロガリのぽっと出が、何でこんな好待遇の話されてんだ!?」
「クソ外道が何か言ってるわ」
「あぁ!? 舐めた口ききやがってよぉ! もういい! 我慢の限界だ! 一回殺すくらいいいだろ! その方が従順になるってもんだ!」
男は剣を抜く。俺に向かって振りかぶる。俺はそれを正面から見据え――――
「悪いけどさ、椅子って日用品なんだよな」
【椅子宙返り】
俺は椅子に拘束されたまま跳躍、宙返りし、振り下ろされる剣を回避して、椅子ごと男に体当たりした。
「グハァッ!?」
椅子は粉々に砕け、男は吹っ飛んだ。俺はすかさず、残る一人に視線をやって。
「さっすがバールニキ。この状況から勝っちゃうんだもんな~」
残った見張りは、俺が吹っ飛ばした方の見張りの頭を狙い、銃撃した。
「……え……?」
エンジェが顔を青くして、困惑に声を漏らす。
仲間に銃撃された見張りは、その一撃で死んだらしく、椅子の破片まみれで沈黙している。
「でも良かったですよ~。バールニキがちょっと乗り気になった時はヒヤッとしましたけど、結局乗らない感じでしたし」
言いながら、残る一人の見張りが、俺の背後に回ってガチャガチャとやりだした。
少しして、手が自由になる。俺は手首をさすりながら、問う。
「えっと……? と、とりあえず、助けてくれて、ありがとな……」
「いえいえ、このくらいは全然。……ところで、座古宮も助けた方がいいですか。面倒くさいんですけど」
「えぇっ!? いや、助けてよ! 何であたしは放置なのよ!」
俺はその言動に、じわじわと理解が追い付いてくる。
バールニキ、座古宮、と言う特殊な呼び方。俺を尊重し、エンジェに対して雑に振舞う態度。
俺は、聞く。
「……もしかしてなんだけどさ、君、配信見てたり……?」
「あっはい! ザコブタ(ファンネーム)の一人っすよ。何か捕まったって聞いたんで、上手く助けられるポジについときました!」
輝く笑顔で言うその青年に、エンジェが「なおさらあたしも助けなさいよ!」と盛大にツッコんだ。