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第37話 野生のザコブタ

 目を覚ますと、俺とエンジェは並んで椅子に座らされていた。


「よう、起きたかマスタースキル」


 そして、目の前に、めちゃくちゃムキムキで、狼の皮を被ったデカイオッサンが、椅子に座っていた。


「……新手の悪夢か……次は良い夢見よ」


「おい、適当なこと言って寝ようとしてんじゃねぇ」


 制されて、俺はしかめっ面でもう一度目を開く。


 どうやら、これは夢ではないらしい。俺は眠る前のことを思い出しながら、あくびを一つ、目を覚ます。


 確か、寝る前に……そうだ。眠り薬飲まされて寝落ちしたんだ俺たち。


 で、拉致られての今だな。まるで子供の妄想みたいだ。学校にテロリストみたいな。


 とはいえこれは現実。俺は、自分が最後に煽ったことまで思い出して、答える。


「何だよ。柔らかいベッドに寝かせてくれって頼んだのに、用意できたのはこの固い椅子かよ。しけてんなぁ」


「―――ック、ハァッハッハッハ! なるほど、確かにこいつは大物だ。この状況でビビリの一つも見せやがらねぇ」


 俺が言うと、狼マッチョは高々に笑った。


 ……いや、ビビリだけどね? 俺は。やばい相手にはすげー怖く感じるもん。前のクソデカ普通モンスとか。


 しかし、普通の人間には、恐怖感がなくなったなぁとも思う。成長か、センサーが鈍っただけか。


 俺は伸びをしようとして、手が動かないと知る。


 手錠。横のエンジェも同様だ。


 ……よく見たらエンジェ起きてるな。寝たふりしてるわ。顔が青いので相当ビビってる様子。可哀想。


「知っているかもしれないが、改めて名を名乗ろう。マスタースキル」


 ニィ、と笑って、狼マッチョが言う。


「オレは『狼王』。ただそう名乗っている。オレを呼ぶときは、そう呼んでくれ」


「分かった狼マッチョ」


「お前の肝の据わり方には恐れ入る」


 俺の軽口を受け流して、狼マッチョ、もとい狼王は、俺に手を差し伸べる。


「マスタースキル。国すらも手に入れられない、現代最高の戦力よ。オレはお前を『ウェアウルフ』に迎え入れたい」


「何で」


「強いからだ。お前の強さには、それだけの価値がある」


「……」


 俺は渋い顔をし、思った。


 ―――またじゃーん! また買い被り野郎だよ!


 この場で買いかぶられるのはいいけど、下手に仲間になって幻滅されたら、『よくも騙してくれたなこの野郎!』ってなる奴じゃーん!


 っていうか、昨日の悪い奴らと同じ集団だろ? こいつ。


 じゃあ昨日と同じだよ。適当に討伐して終わりだよ。悪いことはしないぞ!


 ……とは、思うのだが。


「なるほどねぇ……」


 俺は、どう言ったもんかなぁ、と考える。


 恐怖感はないが、拉致監禁状態には変わりはない。


 この場で威勢よく断って、このムキムキパワーでぶん殴られたりしたら嫌だし。


 俺は言う。


「待遇は?」


「っ」


 横でエンジェが肩を跳ねさせる。いや嘘だよ。ただの誤魔化しだから反応すんな。


 狼王は答える。


「『銀狼』に並ぶ席を用意する。ウチのナンバーツーだ」


「報酬は」


「基本的に出来高で勘定してるが……望むのなら、月にこれだけやる」


 狼マッチョが指を三本立てる。


「……三十万?」


「桁が二つ少ない。三千万だ」


「三千万!?」


 俺が驚くと、狼マッチョが笑った。


「おいおい! オレがそんなケチ臭い真似をするわけがねぇだろ!? ウェアウルフはこう見えて稼いでるんだ。このくらいはワケねぇよ」


「へ、へー……そ、そうなんだ」


 何で隔離地域でそんなに稼げんだ、という気持ちと、隔離地域でそんな稼いでどうすんだ、という気持ちだが。


 しかし、疑問はそれだけではない。


「俺は、アンタのところの構成員をまぁまぁ殺したわけだが、それはどうなる」


「仲間になるなら不問だ。ずいぶんな損失が出たようだが……寛大に許そう。お前がウチについたなら、あの拠点一つ程度の損失、すぐに稼いでてくれるだろう?」


 損失。人命ではなく。まぁ蘇生魔法という事なのだろうが。


 俺は考えこむ。今後どうするかを。仲間になるかどうかは、ありえないが。


 そんな俺の様子を見て、狼マッチョは早合点し立ち上がった。


「ふ……まぁいい。よくよく考えてくれ。世話係を二人付けるから、質問があるならこいつらにしろ」


 どうやら俺の反応に満足らしい。そのまま狼マッチョは、この場を去っていった。


 そして、ここに四人が残される。俺、エンジェ、そして二人の世話係……という名の監視役。


 エンジェが、小声で言う。


「……た、タク? まさかとは思うけど、の、乗らない、わよね?」


「やっぱりエンジェ起きてた。おは」


「あ、うん。おはよう……じゃなくって! 乗らないわよね!? って言ってるの!」


 緊張の面持ちで尋ねてくるエンジェ。


 それに、見張りの一人が反応する。


「あ? おいメスガキこら。何お前、マスタースキルの金魚のフンの癖に、余計なこと言ってんだ」


「ひっ、あのちがあの、そういうことじゃなくてあの」


「チッ、一発殴って分からせねぇとダメか? マスタースキルには危害加えんなって言われてるけど、お前は言われてねぇし」


「っ」


 エンジェが恐怖に凍り付く。俺がその見張りを睨む。


「エンジェに指一本でも触れたら、俺は絶対に仲間にならんぞ。しかも、その理由はお前だって告げ口してやる」


「……。チッ、クソ、クソクソクソクソ! 面倒くせぇなぁくそがよ!」


 予想に反して、その見張りの男は、俺の釘刺しに大きな反応を見せた。


「俺はよぉ! ウェアウルフのために何でもやったんだぜ!? 何でもだ! 血の臭い我慢しながら人間だってバラした! いい女もヤク漬けにして何人もボスに献上した!」


 なのによぉ! と奴は俺を睨む。


「お前みたいなヒョロガリのぽっと出が、何でこんな好待遇の話されてんだ!?」


「クソ外道が何か言ってるわ」


「あぁ!? 舐めた口ききやがってよぉ! もういい! 我慢の限界だ! 一回殺すくらいいいだろ! その方が従順になるってもんだ!」


 男は剣を抜く。俺に向かって振りかぶる。俺はそれを正面から見据え――――


「悪いけどさ、椅子って日用品なんだよな」


【椅子宙返り】


 俺は椅子に拘束されたまま跳躍、宙返りし、振り下ろされる剣を回避して、椅子ごと男に体当たりした。


「グハァッ!?」


 椅子は粉々に砕け、男は吹っ飛んだ。俺はすかさず、残る一人に視線をやって。


「さっすがバールニキ。この状況から勝っちゃうんだもんな~」


 残った見張りは、俺が吹っ飛ばした方の見張りの頭を狙い、銃撃した。


「……え……?」


 エンジェが顔を青くして、困惑に声を漏らす。


 仲間に銃撃された見張りは、その一撃で死んだらしく、椅子の破片まみれで沈黙している。


「でも良かったですよ~。バールニキがちょっと乗り気になった時はヒヤッとしましたけど、結局乗らない感じでしたし」


 言いながら、残る一人の見張りが、俺の背後に回ってガチャガチャとやりだした。


 少しして、手が自由になる。俺は手首をさすりながら、問う。


「えっと……? と、とりあえず、助けてくれて、ありがとな……」


「いえいえ、このくらいは全然。……ところで、座古宮も助けた方がいいですか。面倒くさいんですけど」


「えぇっ!? いや、助けてよ! 何であたしは放置なのよ!」


 俺はその言動に、じわじわと理解が追い付いてくる。


 バールニキ、座古宮、と言う特殊な呼び方。俺を尊重し、エンジェに対して雑に振舞う態度。


 俺は、聞く。


「……もしかしてなんだけどさ、君、配信見てたり……?」


「あっはい! ザコブタ(ファンネーム)の一人っすよ。何か捕まったって聞いたんで、上手く助けられるポジについときました!」


 輝く笑顔で言うその青年に、エンジェが「なおさらあたしも助けなさいよ!」と盛大にツッコんだ。


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