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第38話 脱出配信大作戦

 結局俺からエンジェの救出を頼んで、二人揃って俺たちは、野生のザコブタくんに助けてもらっていた。


「あ、これ二人の荷物ですよね。何か放置されそうな空気だったんで、俺が回収しておきましたよ!」


「うぉおおお! すげー助かる! え!? そんな気にかけてくれたの!? マジでうれしい!」


「あたしのドローンもある! よかった~! これで色々捗るわ!」


 俺たちは、ザコブタくんからいつもの装備を受け取り、小躍りで受け取った。


 ザコブタくんはニッコニコで答える。


「それほどでも~! うっひょー! 俺、バールニキと話してる! すっげー!」


「君めちゃくちゃ良いファンじゃない?」


「ねぇ、おかしくない? あたしにその反応すべきじゃない? チャンネル主あたしよ?」


「カー、ペッ」


「あ! つば吐いた!」


 エンジェがめちゃくちゃ雑に扱われるのは、もう定番の流れか。


 俺はザコブタくんに言う。


「ありがとう、マジで助かったよ」


「良かったです。じゃあそこから出てってください」


「分かった。……でも、いいのか? 裏切りとか、ここ厳しいだろうし」


 俺が心配すると「気にしないでください」と彼は苦笑する。


「適当に自殺して、バールニキに殺されたことにして誤魔化します。死んでれば怪しまれないんで」


「……そういうモン? 命軽すぎじゃない?」


「そういうもんですよ。じゃ、次の配信も楽しみに待ってます」


 言うが早いか、ザコブタくんはこめかみに拳銃を突きつけて、引き金を引いた。


 銃声が上がる。ザコブタくんがこと切れ、倒れる。


「……うぉお」


 俺はそれに、声を漏らさざるを得なかった。


 ゴブリンに襲われたときに分かっていたはずだった。鹿と戦って、世界は本当に変わったのだと実感した。


 けれど、この世界の歪みは、俺が認識した以上の物なのかもしれないと、そう思う。


「……タク、行くわよ。ザコブタが文字通り命張って救ってくれたんだから、ちゃんと脱出しなきゃダメ」


「あ、ああ。そうだな」


 幸いにして、装備はこの手に戻った。


 バール、傘、そしてその辺で適当に拾った新しい包丁。


 これなら、どこでも戦える。そう思いながら、俺は扉を開け放つ。






 ここで、状況を整理しておこう。


 俺たち二人は、昨日の昼に襲撃を掛けたレイダー組織、ウェアウルフに襲撃され、監禁状態に置かれていた。


 今は内部にいたファンによって助けられたが、やはり窮地であることには変わりない。


 だから、同程度の集団によって警備されているのだろう……と考えていたのだが。


「……警備人数、多」


 俺は顔をしかめて呟いた。


 ショッピングモールの廃墟。その至る場所に、銃を携帯したレイダーたちがうろついている。


 人数はざっと数十人。


 警備に回している人数だけでこれなのだから、恐らくこの何倍も控えているのだろう。


 エンジェが、俺に呟く。


「……タク、ごめんなさい。昨日襲ったの、全然支部だったみたい。規模的に、こっちが本拠地かも……」


「本拠地?」


「うん。昨日の拠点も、情報が出回ってる拠点の中では一番大きかったんだけど、この感じを見ると、こっちが本丸かも……って」


 なるほど、エンジェでも掴めていない本丸があった、という事らしい。あの建物、結構デカかったから、俺も勘違いしていた。


 恐らく見つからないだろう、という憶測で、吹き抜けのヘリから様子を確認する。


 五階以上ある、大型のモールだ。縦にも広いが横にも広い。


 敵兵の数は無数。こっそり倒しても数十人。


 俺は腕を組む。


「クソ面倒くさい」


「この数を前にして、よくもまぁ余裕を保てるわよね……」


「いやまぁ、ヤバい奴がいる感じはしないし」


「それで、どうするの? タクの戦闘スタイルって、一対一特化でしょ。この人数はちょっとまずいんじゃない?」


 エンジェがそんな風に、俺に心配してくる。それに俺は、首を捻って答えた。


「マズイ……うん。そうだな。マズイ。何がマズイって、考えなしに暴れたら、って意味で、マズイ」


「……負ける、じゃなくて?」


「うん、逃がす。あーでも、アレだな。一度に襲い掛かられたら、エンジェを守り切れるかも心配だな」


 俺が言うと、エンジェが渋面で呟く。


「自分の心配はしない訳ね……」


「見た感じ、負けることはないんだよ。俺単体で。ただ、逃がすのも、エンジェがやられるのも、実質的には負けだ」


 俺一人で頑張って殺しまくることは簡単だ。多分苦戦もしない。


 だが、逃がせば建て直されるし、また飲み屋で襲撃されるかもしれない。エンジェが命なり身柄なりを奪われるのも、負け同然だ。


 エンジェは後で蘇生すればいい……のかもしれないが、今のところ目の当たりにしたわけじゃないから、イマイチ信じきれないというのもある。


 でだ。それを避ける、となると、ハードルはぐんと上がる。


 スタミナがないから、俺は逃がさない戦いに弱い。


 エンジェも、今となっては大切な相棒だ。ひどい目には遭わせられない。


 なら、どうするか。


「……何よ。あたしをじっと見て」


「エンジェさ、この場、任せて良いか?」


「えっ? な、何が?」


「達成目標は、ウェアウルフの殲滅。幹部以上の人間全員の殺害を含む無力化と、組織全体で『俺たちを襲う』ことについて、心を折ること」


 エンジェは口をつぐむ。俺の考えることが分かったのだろう。


「俺のことは自由に使ってくれていい。一対一なら大体捌ける」


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ」


 必死に、半泣きで、エンジェは俺に訴える。


「あ、あた、あたしはただのドロップアウトした女子高生で、しがないダンジョン配信者なんだけど……!? ウェアウルフの殲滅だなんて、そんな」


「こういう戦略レベルになったら、戦術レベルの俺よりも、エンジェのが上だ。だから俺は、エンジェにこの場を任せたい」


 グリフォンキングでも、ウェアウルフ支部でも、エンジェはささやかながら貢献してくれた。


 エンジェが頼れる奴だというのは分かっている。特にこういう、知恵のいる場面でこそ輝く奴だと、俺は信じている。


「エンジェ」


 俺は言う。


「お前が頼みの綱なんだ。俺は、お前に頼りたい」


 それに、エンジェは。


「―――――~~~~っ♡」


 何故か頬を赤らめ、「わ、分かった! 分かったわよもう!」とエンジェは顔を背ける。


 それから、しばらく考え込んだ。


 腕を組み、唸り、目をぎゅっと瞑って。考えこみ、考えこみ……。


 目を、開く。


「――――よし。これで行くわ」


 エンジェはそう言って、ドローンをいじり始めた。


 スマホとドローンを素早く操作し、エンジェは咳払いをする。ドローンにスイッチが入り、プロペラで飛び始める。


「『配信きちゃ』『予告なし?』『告知ポストしろ座古宮』『バールニキ~』」


 状況が全く分かってない視聴者たちが、ぞろぞろとコメント欄から話し出す。


 エンジェは小声で、ドローンに近づき言った。


「こんザコ~! あたしはダンジョンにもぐる度胸のないザコのみんな(笑)に、夢と希望を与えるメスガキ系ダンジョン配信者、座古宮エンジェだよ~♡ そして~?」


「た、タクでーす。バールニキって呼んでねー」


「『こんバールニキ~』『そこどこ?』『なんか廃墟っぽいな』『何で小声?』」


 キョトンとするザコブタたちに、エンジェがそれらしく話し始める。


「突然だけど、緊急で動画を回してるわ。何かね、あたしたちウェアウルフに拉致られちゃったみたいなの」


「『ファッ!?』『流石に釣りでしょ』『嘘乙』『そういう設定ってこと?』『あっ報復……』」


 そこで、警報が鳴りだす。


『通達! 通達! マスタースキルとそのツレが、配信を始めやがった! 連中脱走してやがるぞ!』


「『!?』『えっ』『ガチ?』『逃げてる最中で配信始めたん!?』『イカレてんだろこいつら』」


「連中は監禁してた部屋の前だ! チクショウ舐めやがって!」


「ボスから一回殺して良いとお達しが来た! 本気で掛かれ! 敵はマスタースキルだぞ!」


 レイダーたちが、本気で声をかけあう。おーおー、走って集まってくるのが分かるぞおい。


「……エンジェ。俺はエンジェのこと信じてるからな。……信じてるからな!」


「任せたからには不安にならないの! ピシッとしなさい! あたしはあたしの全力を尽くすから!」


「はいっ」


「『バールニキ……すっかり尻に敷かれて……』『いっつもバールニキ係で苦労してるし、多少はね?』」


 コメ欄が茶々を入れる。するとエンジェはドローンを掴み、ぐっと引き寄せ、こう言った。


「と、いうことで~! 今回の配信は、『マスタースキルさん密着取材企画、大三弾! レイダーの本拠地からの脱出!』の巻~!」


 敵が近寄ってくる音がする。俺は両手にバールと傘を構え、いつでもエンジェを守れるように準備する。


「今回の企画は、なんとなんと、視聴者参加型企画! 隔離地域にいる冒険者の視聴者たちに、ガチ依頼よ!」


「いたぞ! 撃て!」


 俺はエンジェを庇って、傘で守る。エンジェは冷や汗を流しながら、それでも笑みのまま続けた。


「あたしたち、本当に捕まってるの! でも、これは朝陽通り商店街近くの冒険者にとっては朗報よ! 何せこれは、実質的に『マスタースキルVSウェアウルフ』だから!」


 銃撃が傘に突き刺さる。今は一方からの射撃だからいいが、反対側からも来たらマズイぞ。


「これからあたしたちは、ここで大暴れして逃げ出す予定! つまり、祭りよ! ウェアウルフ狩りの祭り! 人狼狩りに参加したい冒険者は、今すぐここに集まって!」


 エンジェはスマホを操作して、マップをカメラに見せつける。


「今が一番、ウェアウルフが弱る時! 連中に恨みがある奴はいっぱいいるわよね! なら! 今がそのチャンスよ! 絶対に集まるの!」


 ―――俺は思う。こんなのは、普通効果は表れない。呼びかけても、無鉄砲な冒険者が数人集まるのが関の山。


 しかし、追加で、エンジェは―――


「それとも~……まさかとは思うけど~……」


 実に嗜虐的に笑みを浮かべて、言う。


「ここで日和っちゃうような、なっさけな~い♡ ヘ・ナ・チョ・コ冒険者♡ なーんて、居っないよね~♡」


 そして、


 配信上で、本気の【挑発】が、炸裂する。


「『ざけんなパーティ全員連れてってやんよ!』『ちょうどウェアウルフは邪魔だったんだ』『朝陽通り商店街の冒険者全員連れてく』」


 コメ欄が爆速で流れ出す。全員が全員キレている。わ~すげ~……。


「ふふん、どう~?♡ タクが引き上げてくれた超高いハードルを、いい感じにくぐれそうじゃない?」


「……ははっ。ああ、マジでな。任せてよかった」


「~~~っ♡ で、でっしょ~♡」


 ホント、頼れる奴だ。俺はそう思いながら、コメ欄のブチギレ読み上げに、質問を一つ。


「にしても、エンジェ。仲間の仲間方式で、ヘイトは解消されるんじゃないの?」


「あたしにヘイトは向かってないでしょ。ヘイトは全部ウェアウルフ行きよ」


「あー、そういうことか! ……えっ、マジですごくね」


 それもう挑発越えて扇動では。しかも超短時間でかなり効くとか。


「というわけで、たーくっ♡」


 エンジェは俺に抱き着いて、ニンマリと笑う。


「あたしの仕事は、ここまで~♡ ここから先は、タクがあたしのことを守ってね♡」


「……そうだな。ここからは俺の仕事だ。任せてくれ」


「ここだな! お前ら! 構えろ! ここで挟み撃ちに銃撃すれば、いかにマスタースキルでも一発だ!」


 警戒していた反対側に、敵が集まってくる。じゃ、もういいだろ。


「しっかり掴まれよ」


「えっ? きゃぁぁあああっ!?」


 俺はエンジェを抱きしめながら、吹き抜けを飛び降りた。

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