目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第39話 ドラゴンを名乗るもの

 空中、自由落下。エンジェが高らかに悲鳴を上げる。


【開傘】


 そこで俺は、閉じていた傘を再び開くことで、落下速度を落とした。


 ふわ、と空中で一秒揺れ、着地。俺は頷く。


「よし、みんな俺たちが居た階まで移動して、ほとんど人がいないな」


「し、死ぬかと思った……!」


「エンジェ、走れるか? ちなみに自慢じゃないが、俺、スタミナはかなりないぞ」


「本当に自慢にならないことを……! 大丈夫、逃げ足には自信があるわ!」


 よし、と頷き合って、俺たちは駆け出す。上階で、「下だ! 下に逃げやがった!」と声が上がる。


 走りながら、俺は言った。


「よし。じゃあ雑貨売り場にちょっと寄ってから、逃げるぞ」


「え、戦うんじゃないの?」


「いやまぁ敵が来たら戦うけど、多分スタミナが切れたら負けるし」


「負けるの!? 負けないって言ってたのは何だったの!?」


「だって、俺、基本的に、ぜぇ……! スタミナが、マジでなくて……! ハァ……!」


「言ってる傍からもう切れてる!」


 雑貨売り場到着。


 同時に、「見つけたぞ!」とレイダーが三人襲ってくる。


「タク! 来たわよ! 来ちゃったわよ! スタミナ切れてる今、来ちゃったわよ!」


「いや、まぁ、多分大丈夫……! ゴホッ! ゴホゴホゴホッ!」


「本当に大丈夫!?」


 レイダーたちが揃って銃を構える。俺はそれを見て、傘を開く時間がもったいないな、とを投げた。


「えっ? それ……」


「っ!? マスタースキルが何か投げてきやがっ、は?」


 エンジェが、レイダーたちが、俺が投げたものの正体を見て、全員困惑にまばたきをする。


 だから俺は、エンジェに「後ろを向いて目と耳を塞いで、口を開いてうつ伏せになれ」と言いながら、二人でその体勢を取った。


 目と耳を塞いで、口を開いたうつ伏せ。


 つまりは、対爆回避姿勢を。


【爆発的目覚まし】


 スキルによって爆発的に音響能力を高められたは、一種の爆弾のように爆ぜた。


 塞いだ耳に、強烈な音が響く。続いて破片が周囲に飛び散ってぶつかる音が。


 その、僅か三秒ほどの時間を終え、俺は起き上がる。


 レイダーたちは、破片と音圧を受け、爆死していた。グロイ。


「よし。エンジェ、無事か?」


「あ、頭ぐわんぐわんする~……」


「鼓膜破れてないなら良かった。あ、やべ。配信ドローン」


「『鼓膜の替えがあってよかった』『何かいきなりミュートになったぞ?』『配信をミュートにした俺の勝ちや!』『音量注意』『激遅音量注意くんすき』」


 視聴媒体の限界を超えての被害はなかったようで、みんな冗談めかしてコメントしている。じゃあまぁ、大丈夫か。


「ごめん、次から言うな、みんな。エンジェ、逃げるぞ」


「う、うん……あ、足が、足がヘロヘロしてる~」


 ヘロヘロ状態のエンジェを連れて、俺はモールを脱出する。


 ……アレ、おかしいな。ヘロヘロ状態のエンジェの足の速さと、俺の全力が釣り合ってる……。俺、スタミナなさすぎ……?


「エンジェ! 人里の方はどっちだ!?」


「ひ、避難区域ね! えぇっと……あっち!」


 回復したエンジェの先導に従って走る。後ろから、「テメェ待ちやがれ!」「逃がすかよ!」と声が聞こえる。


「『ひぇええ怖いンゴ』『でもうまく散らばってるな』『冒険者がマジで集結したら、各個撃破できそう?』」


 ザコブタたちが口々に希望を見出し始める。


 確かに、状況は好転し始めている。敵の本拠地内から速やかに脱出し、すでに外だ。


 だが、そうすべてがうまくいくとは限らない。


「車出してきた!」「よし! 乗り込め!」「マスタースキルでも連続で轢けば死ぬだろ!」


 俺とエンジェは振り返る。


 そこには―――めちゃくちゃゴツイ車が、続々と立体駐車場から出動する光景が、広がっていた。


「うぉぉおおおおおおお!?」


「やばぁぁああああああい!」


 二人して全力で走る。


 車に追われる状況、思ったよりビビる! 怖い!


「どうする!? どうする!? 車出してくるのちょっと想定になかったやべぇ!」


「車なんか久々に見た! しかも何あのゴツイ車! アレ、タク防げる!?」


「微妙! 自分より重いものを傘で防いだら、俺の方が吹っ飛ぶ!」


「つ、つまり?」


「俺は死なないかもだけどエンジェは……」


「じゅっ、住宅街! 住宅街入るわよ! 道が細ければ、あんな車は入れないでしょ!」


 民家ひしめく住宅街の路地へと、俺たちは突入する。


 エンジェの目論見通り、狭い道の多い住宅街は、連中には苦しいようだった。


 しかし、それはデカい車の話。


 ブルルン! ブルルンブルルン! という音を聞いて、俺は走りながら聞く。


「な、……ぜぇっ、なぁ……! い、今の、音……! ぜぇ、ぜぇ、今の音、これ、まさか」


「タクが息切れしてる! ああ、やばい。やばいやばいやばい! この状況に―――」


 俺たちは走りながら、同時に後ろを見た。


 そして、奴らは現れる。


 バイク三台、二人乗り。銃を構えながら、ウェアウルフがやってくる!


「見つけたぞ! 撃てぇ!」


「ひぃぃぃいいいいい! タク、タク! もうこれ、ダメ」


「ぜぇ……ッ! と、止まるぞ、エンジェ!」


【開傘】


 俺はもう走るのを諦めて、銃撃しながら突撃してくる連中に向けて、傘を構えた。


 傘が弾丸を弾き、俺たちを守る。跳弾が俺たちの横を通過していく。


 弾丸は傘で弾ける。しかし、バイクによる突撃はマズイ。


 一人ならば、俺が吹っ飛ぶだけだからいい。そのまま宙に浮いて、急降下して襲えばいい。


 だが、背後にはエンジェがいる。その戦法を取ればエンジェがやられる!


「ギャハハハハハハハ! 袋のネズミってかぁ~!?」


「なぁにが人狼狩りだぁ! こっちがマスタースキル狩りしてんだよバァーカ!」


 連中が迫る。狭い路地。起死回生の手は。


「タク……っ!」


 エンジェが俺に抱き着いてくる。俺もエンジェを抱きしめ返す。


 吹っ飛ばされる時に、エンジェごと行けば行けるか? しかしそれで、エンジェの体がもつか?


 そうイチかバチかを吟味したとき――――


 不意に俺の耳が、その音を捉えた。


「バイクとは、違う音」




 直後。


 十字路に差し掛かったウェアウルフバイク部隊が、一台のスポーツカーに、まとめて横からぶっ飛ばされた。




『ぎゃあああああ!』


 悲鳴を上げて、六人が横転する。俺とエンジェが目を丸くしてその様子を見つめる。


 その車は、実に器用な運転だった。バイクを吹っ飛ばした次の瞬間には、ハンドルを切って、俺たちへと迫っていた。


 そして、急ブレーキ。俺たちのそばに停止したその車の持ち主が、俺に言う。


「ヘイブラザー、元気そうだな」


 その男は、いかにもなアメリカ人だった。


 日本語を流暢にしゃべってはいるものの、全身ライダースーツを身にまとった金髪の男。


 サングラスをし、首周りにはアメリカの国旗の柄のスカーフが巻かれている。


「安心したぜ。せっかくオレが来たってのに、反社組織にヤク漬けにされてろくに話もできないんじゃ話にならねぇ」


「えっと、助けてくれたのはありがたいんだけど、あんたは……?」


 俺がキョトンとして尋ねると、「あっ……あぁぁあ!」と横に立つエンジェが声を上げる。


「あ、あのあのあの! た、タクに悪気はなくてですね! あの、まず助けてくださって本当にありがとうございました! それであの」


「あーあー、いいんだヤンキーガール。配信見たぜ? そのナリで苦労してそうだな」


 何か話を始めてしまうので、俺はドローンに向けて問う。


「……なぁみんな、あの人、誰? 有名な人?」


「『マジかよ』『知らないっぽかったけどガチで知らないんだ!?』『常識ぃ……ですかねぇ……』『ニュース見て、どうぞ』」


 コメ欄が珍しく冷たい、と思いながら、俺は続くコメントを聞く。


「『その人、バールニキの友達やで』『仲良くしてくれよ。いやホントマジで』『ヤバい人だからな』」


 え、そんなヤバい人なの?


 俺は車に乗るアメリカ人を見る。アメリカ人は、にぃと笑って、俺に言った。


「自己紹介をするなんて久しぶりだ。新鮮だぜ」


 アメリカ人は言って、くしで金髪を撫でつける。


「オレはマーヴェリック。マーヴェリック・ドラゴン」


 まず名乗り、こう続けるのだ。


「巷じゃ―――『乗り物マスター』なんて呼ばれてる」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?