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第40話 我らがメスガキブレーン様

 パッキンアメリカ人ことマーヴェリックは、車体を叩いてこう言った。


「まずは乗りな。こっちが勝手に駆けつけたんだ。逃げ切るまではロハでやってやるさ」


「えー! めっちゃ優しいこの人。有名人なん?」


「ありがとうございます! ありがとうございます! タクもお礼言うの!」


「サンキュな! 助かったよ」


「もっとちゃんとお礼言うの!!!」


「『オカン座古宮wwwww』『バールニキの非常識っぷりがいかんなく発揮されている』『いうて対等な立場だし気さくに接しても良いんじゃね?』」


 何か妙に怒ってるエンジェに、愉快そうなザコブタたち。


 俺が首を傾げると、マーヴェリックは高笑いした。


「ハハハハハッ! 現場はこんな賑やかなんだな。まぁ良いから乗れよ、ブラザーたち。走りながら話をしよう」


「じゃあ遠慮なく」


 俺たちは迷って、後部座席に乗り込んだ。助手席には何か機械が置いてあったし。


 ドアを開ける俺の手つきに「そうだ。レディには優しく触るんだぜ」とマーヴェリックは上機嫌そうにしている。


「それで、ええと? マーヴェリック、さん?」


「ああ、リックって呼んでくれ、ブラザー。多分年も同じくらいだろ?」


「27だ」


「オレは28だ。くくっ、こうして見るとマジで兄弟みたいだな」


 何とも嬉しそうに言うリックに、俺は首を傾げる。


「いや、その外見で兄弟は無理あるだろ」


「おいおい、助けてやった直後にそれかよ。もっと優しくしてくれてもいいんだぜ?」


「良いからもう車出せよリック。追手が来ちゃうだろ」


「はいはい。まったく、ブラザーはせっかちでイケねぇな」


 リックはアクセルを踏み込んで、車を発進させた。細い道だが、すごく器用に、滑らかな走行で路地を抜けていく。


「……え、初対面よね? 何で二人してそんな気安いの?」


 エンジェに言われて、俺はパチクリとまばたきをする。


「……確かに。何か初対面な気がしないな。リック、お前俺に会ったことある?」


「そうだな。オレは昨日、配信でブラザーが暴れてるのを見たぜ。ビルの崩落、ありゃ最高だった」


「ファンじゃーん! 今日直にファンに会う機会多くてうれしいわ。一人死んだけど」


「ああ、そうとも。オレはブラザーのファンなのさ。……今、死んだって言ったか?」


「『これがマスタースキル同士の会話かぁ』『破天荒なはずの乗り物マスターがツッコミに回る異常事態』『おい座古宮、お前何とかしろ』」


「できるかぁああああ!」


 ザコブタが茶々を入れ、エンジェがキレている。「ブラザーの相棒は元気だな」「だろ?」と俺たちは笑い合う。


 気づけば車は、大きな道に出ていた。リックは機嫌よさそうに、口元を緩める。


「やっぱ広い道はいいぜ。心が穏やかな気持ちになる」


 それに、おずおずとエンジェが尋ねた。


「え――――っと……その、リック、さん? その、状況はどこまで分かってますか?」


「オレにもタメ口で良いんだぜ、ヤンキーガール。さっき始まった配信で駆けつけたから、大体分かってる」


 リックはリラックスした様子で言う。


「クソ食らえなギャングに追われてる事。そいつらを全員ぶちのめす必要があること。敵が大人数で、車両もかなりの数を揃えてる事」


「見つけたぞォッ! あのクソマスタースキルが! 舐めやがってぇえええ!」


 俺たちは咄嗟に振り返った。そこには、何台ものゴツイ車両が、俺たちを追ってきている。


「来やがったな」


 リックは言うなり、車の速度を落とし始めた。


 それに、エンジェが目を剥く。


「ちょ、ちょっとリック!? 敵が迫ってるのに速度落としちゃダメでしょ!」


「ハッハー! ヤンキーガール、お前は何も分かってねぇ。逆に、ブラザーは分かってるだろ?」


 ミラー越しに、リックはサングラスをずらし、俺の目を見た。


 俺は笑って答える。


「リック、お前とは気が合いそうだ」


「やっぱり分かってくれたな。そうだ。マスタースキル同士に、言葉は要らねぇ」


「ねぇ、何!? どういうこと!? どういうつもりなの!?」


 俺は武装を構えて、座席に立ち上がる。天井のないスポーツカー。風が俺に絡みつく。


「決まってるさ、ヤンキーガール」


「ああ。エンジェ、そりゃあ決まってる」


 レイダーたちの車両が追い付いてくる。連中は俺たちを挟むように走り、窓を開いて銃口を向けてくる。


 そして俺たちは、同時に言うのだ。


「「ぶちのめすなら、近づかなきゃダメだろ?」」


 俺は右の車に襲い掛かり、リックはハンドルを切って左の車にアタックした。


【開傘】


【アタック】


 俺がビニ傘を開くと、衝撃を受け、車が横倒れになった。そのまま遥か後方に去っていく。


 同時、リックに横からぶつけられた車は、面白いようにひしゃげて潰れ、やはり後方に流れていった。


 残るのは煙ばかり。車の破壊、楽しいなこれ……。


 俺は傘の衝撃の反動で車に着地した。


 一息に車が二台オシャカになり、エンジェが絶句し、健在なレイダーたちが「てっ、てっ、テメェエエエエ!」と叫ぶ。


「『マスタースキルが二人揃ったの初めて見たけど、エグイな』『ウェアウルフも危険高レベル冒険者の集まりのはずなんだけどな』」


「ハハハッ! このくらいは相手にならねぇ。だろ? ブラザー」


「だな。リック」


 俺は続く銃撃に傘をかざす。傘は銃撃を完全に跳ね返し、透明故に視界を十分に確保してくれる。


「にしても連中、数だけは一丁前だな。まだまだ後続が居るぜ」


「あーん? 面倒くせぇな……ブラザー。案はあるか?」


「生憎と、俺は指針決めがメインでね。作戦立案はエンジェに任せてるんだ」


「はぁっ!? また!? 乗り物マスターを巻き込んであたし策を考えるの!?」


「はははははっ! なるほど、ヤンキーガールはブラザーのブレインってわけだ! じゃあオレからも頼むぜ、ヤンキーガール!」


「うぇッ!? り、リックまで……! ちょっ、ちょって待って考えるから!」


 エンジェは目を右往左往させて考える。それから少しして、こう言った。


「……朝陽通り商店街、通らない?」


 俺はその一言でピンと来て、「良い案だ、流石だエンジェ」と告げる。


「リック! エンジェの案で行ってくれ。アサヒ商店街のルートは分かるか?」


「ルートは分かる。が、策について説明してくれ。ブラザーたちのラブラブっぷりは分かったから、新参への配慮も忘れないでくれよ?」


「ははは、悪い。エンジェ、頼めるか?」


「ら、ラブラブ……! ご、ごほんっ。分かったわ。今からザコブタ共々説明してあげるッ! ―――聞いて、冒険者のザコブタたち!」


 エンジェはドローンにつかみかかり、説明を始める。


「みんなまだ、朝陽通り商店街から出てないわね!? 時間経ってないし、まだ準備してる最中だと思う。だから、そこで罠張って待機することってできる!?」


「『なるほど、待ち伏せ大作戦か』『分かった。待機する』『ウェアウルフ狩りの始まりだぁ!』」


 ザコブタたちの反応で、リックも理解したらしく「なるほど。そういうことか。よし、飛ばすぜ!」と言った。


 つまりは、こういうことだ。


 俺たちを追うウェアウルフを、商店街へと誘い込む。


 そして、そこには商店街の冒険者たちが罠を張って待っている。


 あとは上手く罠を発動させ、寄ってたかってボコればいい。


 ただし、懸念が一つある。


「エンジェ! 俺たち配信してるんだから、この策、連中にも筒抜けなんじゃないか?」


「あ、そうじゃねぇかヤンキーガール。配信開始したらすぐに敵が集まってきたんだ。連中も配信を見てるだろ」


 俺が疑問を呈すると、確かに、とばかりリックが乗っかってくる。


 だが、エンジェは不敵に笑って言った。


「ねぇ? タク? それにリック。あなたたちは当然のように最強だけど―――あたしだって、舐めたものじゃないのよ?」


 エンジェは立ち上がる。風に煽られ少し不安定そうにしつつも、俺に掴まって、後方に叫んだ。


「ね~え~♡ あたしの策を聞いて、『じゃあついていかなきゃいいじゃん』って思った、ザコザコウェアウルフくんたち~♡」


 エンジェの言葉に、後方に続く追手たちの顔色に、ピリ、といら立ちが走る。


 そしてエンジェは、盛大に生意気な笑みを浮かべ、煽り散らかすのだ。


「―――はっずかしくないの~♡♡♡ そんな風に~♡ 度胸がないから~♡ 童貞なんじゃな~い!?♡♡♡」


【挑発】


『誰が童貞じゃメスガキがぁあああああああ!』


 エンジェの挑発が炸裂する。ウェアウルフの連中が、揃いも揃ってブチギレる。


「ぷっ、アッハハハハハハハ! 流石だ! 流石はブラザーの相棒を気取るだけあるぜ、ヤンキーガール! お前ほどの策士はなかなかいない!」


 リックが爆笑する。俺はエンジェの策に、改めて脱帽する。


 策を練り、配信で共有する。策が敵にバレても関係ない。


 何故なら―――挑発があれば、敵は一人残らず、策に自ら突っ込んでくるのだから。


「エンジェ、お前、最高だよ」


「見直した? たーくっ♡」


「一度だって見損なったことなんかないっての。むしろ惚れ直したくらいだ」


「惚れ……っ?」


 ぼっ、と顔を赤くして、エンジェは座席に崩れ落ちる。


 俺は妙な顔をしつつも、さらに激しくなる背後からの銃撃を、傘で凌ぐのだった。

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