パッキンアメリカ人ことマーヴェリックは、車体を叩いてこう言った。
「まずは乗りな。こっちが勝手に駆けつけたんだ。逃げ切るまではロハでやってやるさ」
「えー! めっちゃ優しいこの人。有名人なん?」
「ありがとうございます! ありがとうございます! タクもお礼言うの!」
「サンキュな! 助かったよ」
「もっとちゃんとお礼言うの!!!」
「『オカン座古宮wwwww』『バールニキの非常識っぷりがいかんなく発揮されている』『いうて対等な立場だし気さくに接しても良いんじゃね?』」
何か妙に怒ってるエンジェに、愉快そうなザコブタたち。
俺が首を傾げると、マーヴェリックは高笑いした。
「ハハハハハッ! 現場はこんな賑やかなんだな。まぁ良いから乗れよ、ブラザーたち。走りながら話をしよう」
「じゃあ遠慮なく」
俺たちは迷って、後部座席に乗り込んだ。助手席には何か機械が置いてあったし。
ドアを開ける俺の手つきに「そうだ。
「それで、ええと? マーヴェリック、さん?」
「ああ、リックって呼んでくれ、ブラザー。多分年も同じくらいだろ?」
「27だ」
「オレは28だ。くくっ、こうして見るとマジで兄弟みたいだな」
何とも嬉しそうに言うリックに、俺は首を傾げる。
「いや、その外見で兄弟は無理あるだろ」
「おいおい、助けてやった直後にそれかよ。もっと優しくしてくれてもいいんだぜ?」
「良いからもう車出せよリック。追手が来ちゃうだろ」
「はいはい。まったく、ブラザーはせっかちでイケねぇな」
リックはアクセルを踏み込んで、車を発進させた。細い道だが、すごく器用に、滑らかな走行で路地を抜けていく。
「……え、初対面よね? 何で二人してそんな気安いの?」
エンジェに言われて、俺はパチクリとまばたきをする。
「……確かに。何か初対面な気がしないな。リック、お前俺に会ったことある?」
「そうだな。オレは昨日、配信でブラザーが暴れてるのを見たぜ。ビルの崩落、ありゃ最高だった」
「ファンじゃーん! 今日直にファンに会う機会多くてうれしいわ。一人死んだけど」
「ああ、そうとも。オレはブラザーのファンなのさ。……今、死んだって言ったか?」
「『これがマスタースキル同士の会話かぁ』『破天荒なはずの乗り物マスターがツッコミに回る異常事態』『おい座古宮、お前何とかしろ』」
「できるかぁああああ!」
ザコブタが茶々を入れ、エンジェがキレている。「ブラザーの相棒は元気だな」「だろ?」と俺たちは笑い合う。
気づけば車は、大きな道に出ていた。リックは機嫌よさそうに、口元を緩める。
「やっぱ広い道はいいぜ。心が穏やかな気持ちになる」
それに、おずおずとエンジェが尋ねた。
「え――――っと……その、リック、さん? その、状況はどこまで分かってますか?」
「オレにもタメ口で良いんだぜ、ヤンキーガール。さっき始まった配信で駆けつけたから、大体分かってる」
リックはリラックスした様子で言う。
「クソ食らえなギャングに追われてる事。そいつらを全員ぶちのめす必要があること。敵が大人数で、車両もかなりの数を揃えてる事」
「見つけたぞォッ! あのクソマスタースキルが! 舐めやがってぇえええ!」
俺たちは咄嗟に振り返った。そこには、何台ものゴツイ車両が、俺たちを追ってきている。
「来やがったな」
リックは言うなり、車の速度を落とし始めた。
それに、エンジェが目を剥く。
「ちょ、ちょっとリック!? 敵が迫ってるのに速度落としちゃダメでしょ!」
「ハッハー! ヤンキーガール、お前は何も分かってねぇ。逆に、ブラザーは分かってるだろ?」
ミラー越しに、リックはサングラスをずらし、俺の目を見た。
俺は笑って答える。
「リック、お前とは気が合いそうだ」
「やっぱり分かってくれたな。そうだ。マスタースキル同士に、言葉は要らねぇ」
「ねぇ、何!? どういうこと!? どういうつもりなの!?」
俺は武装を構えて、座席に立ち上がる。天井のないスポーツカー。風が俺に絡みつく。
「決まってるさ、ヤンキーガール」
「ああ。エンジェ、そりゃあ決まってる」
レイダーたちの車両が追い付いてくる。連中は俺たちを挟むように走り、窓を開いて銃口を向けてくる。
そして俺たちは、同時に言うのだ。
「「ぶちのめすなら、近づかなきゃダメだろ?」」
俺は右の車に襲い掛かり、リックはハンドルを切って左の車にアタックした。
【開傘】
【アタック】
俺がビニ傘を開くと、衝撃を受け、車が横倒れになった。そのまま遥か後方に去っていく。
同時、リックに横からぶつけられた車は、面白いようにひしゃげて潰れ、やはり後方に流れていった。
残るのは煙ばかり。車の破壊、楽しいなこれ……。
俺は傘の衝撃の反動で車に着地した。
一息に車が二台オシャカになり、エンジェが絶句し、健在なレイダーたちが「てっ、てっ、テメェエエエエ!」と叫ぶ。
「『マスタースキルが二人揃ったの初めて見たけど、エグイな』『ウェアウルフも危険高レベル冒険者の集まりのはずなんだけどな』」
「ハハハッ! このくらいは相手にならねぇ。だろ? ブラザー」
「だな。リック」
俺は続く銃撃に傘をかざす。傘は銃撃を完全に跳ね返し、透明故に視界を十分に確保してくれる。
「にしても連中、数だけは一丁前だな。まだまだ後続が居るぜ」
「あーん? 面倒くせぇな……ブラザー。案はあるか?」
「生憎と、俺は指針決めがメインでね。作戦立案はエンジェに任せてるんだ」
「はぁっ!? また!? 乗り物マスターを巻き込んであたし策を考えるの!?」
「はははははっ! なるほど、ヤンキーガールはブラザーのブレインってわけだ! じゃあオレからも頼むぜ、ヤンキーガール!」
「うぇッ!? り、リックまで……! ちょっ、ちょって待って考えるから!」
エンジェは目を右往左往させて考える。それから少しして、こう言った。
「……朝陽通り商店街、通らない?」
俺はその一言でピンと来て、「良い案だ、流石だエンジェ」と告げる。
「リック! エンジェの案で行ってくれ。アサヒ商店街のルートは分かるか?」
「ルートは分かる。が、策について説明してくれ。ブラザーたちのラブラブっぷりは分かったから、新参への配慮も忘れないでくれよ?」
「ははは、悪い。エンジェ、頼めるか?」
「ら、ラブラブ……! ご、ごほんっ。分かったわ。今からザコブタ共々説明してあげるッ! ―――聞いて、冒険者のザコブタたち!」
エンジェはドローンにつかみかかり、説明を始める。
「みんなまだ、朝陽通り商店街から出てないわね!? 時間経ってないし、まだ準備してる最中だと思う。だから、そこで罠張って待機することってできる!?」
「『なるほど、待ち伏せ大作戦か』『分かった。待機する』『ウェアウルフ狩りの始まりだぁ!』」
ザコブタたちの反応で、リックも理解したらしく「なるほど。そういうことか。よし、飛ばすぜ!」と言った。
つまりは、こういうことだ。
俺たちを追うウェアウルフを、商店街へと誘い込む。
そして、そこには商店街の冒険者たちが罠を張って待っている。
あとは上手く罠を発動させ、寄ってたかってボコればいい。
ただし、懸念が一つある。
「エンジェ! 俺たち配信してるんだから、この策、連中にも筒抜けなんじゃないか?」
「あ、そうじゃねぇかヤンキーガール。配信開始したらすぐに敵が集まってきたんだ。連中も配信を見てるだろ」
俺が疑問を呈すると、確かに、とばかりリックが乗っかってくる。
だが、エンジェは不敵に笑って言った。
「ねぇ? タク? それにリック。あなたたちは当然のように最強だけど―――あたしだって、舐めたものじゃないのよ?」
エンジェは立ち上がる。風に煽られ少し不安定そうにしつつも、俺に掴まって、後方に叫んだ。
「ね~え~♡ あたしの策を聞いて、『じゃあついていかなきゃいいじゃん』って思った、ザコザコウェアウルフくんたち~♡」
エンジェの言葉に、後方に続く追手たちの顔色に、ピリ、といら立ちが走る。
そしてエンジェは、盛大に生意気な笑みを浮かべ、煽り散らかすのだ。
「―――はっずかしくないの~♡♡♡ そんな風に~♡ 度胸がないから~♡ 童貞なんじゃな~い!?♡♡♡」
【挑発】
『誰が童貞じゃメスガキがぁあああああああ!』
エンジェの挑発が炸裂する。ウェアウルフの連中が、揃いも揃ってブチギレる。
「ぷっ、アッハハハハハハハ! 流石だ! 流石はブラザーの相棒を気取るだけあるぜ、ヤンキーガール! お前ほどの策士はなかなかいない!」
リックが爆笑する。俺はエンジェの策に、改めて脱帽する。
策を練り、配信で共有する。策が敵にバレても関係ない。
何故なら―――挑発があれば、敵は一人残らず、策に自ら突っ込んでくるのだから。
「エンジェ、お前、最高だよ」
「見直した? たーくっ♡」
「一度だって見損なったことなんかないっての。むしろ惚れ直したくらいだ」
「惚れ……っ?」
ぼっ、と顔を赤くして、エンジェは座席に崩れ落ちる。
俺は妙な顔をしつつも、さらに激しくなる背後からの銃撃を、傘で凌ぐのだった。