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第42話 「ここから先は通行止め」とフロイラインは言った

 狼王の銃撃は、熾烈だった。


「全員、死に晒せぇぇええああああああ!」


 ミニガンは回り、刻まれた呪文が光る。


 その威力は、到底銃のそれではなかった。俺の傘ですら、衝撃を完全に吸収できないほど。


「やべぇぞあいつの攻撃! 弾丸の一発一発が、デカイ鷹の急降下くらい重い!」


「こりゃあ何か仕込んでやがんな……。スキルの影響下だから、オレのレディも多少頑丈だが……」


 つまりは、商店街大作戦は成功したものの、残党に狼王が含まれていたせいで、俺たちは一転してピンチに陥っていた。


 また何か策があれば変わったかもしれないが、残念なことに精神を擦り切らしてしまって、エンジェは泡を吹いて寝ている始末。


 こいつ、度胸あるのにストレスに弱いな……。


 俺はエンジェを横目に、銃撃に吹っ飛ばされそうになるのを、必死で車にしがみついて耐える。


 傘が壊れる気配はないが、俺の方が先に壊れそうだ。


「おい、ブラザー」


 そこで、リックが極めて冷静に言った。


「悪いが、『敵の全滅』ってのは、この状況に今のオレの装備じゃ難しいぜ」


「リック」


「勘違いするなよ。これは弱腰ってんじゃねぇ。の特性の問題だ。このレディはスタイリッシュで速度もあって最高の女だが、バトルには向いてねぇ」


 サイドミラー越しに、サングラスを下げ、リックは俺を見てくる。


「分かるだろ? 同じマスタースキルならよ」


「……ああ、分かるさ。その装備の特性以外のものは、スキルでも伸ばせないってんだろ」


 包丁で傘のような防御ができないように、傘で合わせができないように。


 逃げる用の、速さ目的の車で、激しい車両同士の近接戦は制せない、ということ。


「だから、ここは退くことを勧めるぜ」


 リックは続ける。


「おススメは都市部へ戻るハイウェイだ。最新のマップじゃ、SSS級モンスターが通過して、途中で道が崩落してるらしい。そこを飛ぶ。連中には無理だが。オレにはできる」


 崩落部を飛んで、追手を引きはがす。そう言う作戦だ。


 悪くはない。大幅に戦力を減らした以上、ウェアウルフも再起は難しくなる。ひとまずは勝利と言っていい。


 ―――しかし。


「悪いが、逃げはダメだ」


 俺は、歯を食いしばりながら言う。


「逃げたら、ウェアウルフは建て直す。俺たちはこの場で、―――全員潰す必要がある」


「なら、策が必要だぜ。ヤンキーガールは見ての通りショートしちまった。お前が考えなきゃならねぇぞ」


「……分かってる。考えるから、とにかく逃げに徹するのはやめてくれ」


 俺が懇願すると、肩を竦めて笑い「仕方のねぇブラザーだ」とリックはハンドルを切った。


 俺は、考える。連中全員を、この場で潰す方法を。


「……!」


 俺に思い浮かぶのは、いつもの手。正面から挑む、一対一を細かく繰り返すやり方。


 負けることはないだろう。だが、勝のも難しい。


 何故なら俺にはスタミナがなく、やはり逃がさないという事が弱いから。


 リックの力があればどうだ? と考える。しかし、それも厳しい。


 何せ車は、長期的で安定的な速度に優れる道具だから。


 今必要なのは、この場から一人も逃がさない瞬発力だ。車の得意分野ではない。


 それではダメだ。一人も逃さないのが、今回のゴールなのだから。


「誰一人として逃がさないためには、どうすればいい」


「……ブラザーは怖ぇやつだな」


 俺の呟きに、リックは呟く。


「逃げてんじゃねぇぞ、ビビリ野郎がぁぁぁああ!」


 狼王はミニガンを振り回し、絶えず追ってくる。


 こっちは、お前を逃がさない方法を考えているというのに、勘違いしやがって。


 そこで、不意に俺は、ピリ、と違和感に反応した。


「ブラザー? どうかしたか」


「……これ。この、雰囲気」


 覚えがある。覚えている。俺は、この気配がどこからのものかと、視線を巡らせた。


 周囲は商店街を、住宅街を抜け、すでに都市部の一角に入りつつある。ビルが林立し、高速度道路への入り口が見えている。


 そして俺は、その影を見つけた。


「……悪い、リック。やっぱり、逃げるのでいい」


「何だって? おいおい、どうしちゃったんだブラザー。連中は一人残さず、じゃなかったのかよ」


「それは、変わらない。けど……俺たちは、幸運なことに、もう一人助っ人が居たみたいだ」


「っ」


 そこでリックも勘付いたように、車を走らせながら上を向いた。それから冷や汗を流し、「おいおい……」と呟く。


「彼女は、米国こっちでも有名だぜ。マスタースキルに次ぐ異能。美しい夜の令嬢フロイライン……。ブラザーは、ヤンキーガールだけじゃなく、フロイラインとも知り合いなのか」


 リックの問いに、俺は苦笑する。


「ああ。あっちはどう思ってるか分からないが……俺は、大切に思ってるんだ。けど」


 俺は、リックに忠告する。


「多分人違いだから、いずれ紹介したときに、あんまりそういう風に煽るなよ? 中二病が加速しちまう」


「……はは、ブラザーは愉快な奴だよ。―――そろそろ崩落部分だ。飛ばすぜ」


 リックは助手席からニトロを解放する。車は急加速し、「待てゴラァァアアアア!」と背後の狼王が叫ぶ。


 ……俺は、あんまり、あいつを戦わせることに頷きたくない。


 あいつは、華奢な女の子だ。普通の、あどけない少女。


 だが同時に、ことも知っている。瞬発力もスタミナもあって、相手でも怯まない、強い心を持っていると知っている。


 だから、不甲斐ないけど、


「ぼたん」


 俺は、呟く。


「この場を、任せて良いか?」


「―――ブラザー、ジャンプするぜ! ヤンキーガールがすっ飛ばないように押さえときな!」


「……ああ!」


 俺はエンジェとドローンをしっかり固定する。


 直後、車は坂道を駆け上がり、高らかにジャンプした。











「任せて」


 狼王が聞いたのはそんな、鈴の鳴るような、清廉な声だった。


「マスタースキルが逃げたぞ! スピードを上げろ! 追えぇぇええええ!」


 だが、狼王はそれを無視した。何かの空耳だと思ったのだ。


 狼王の命令を聞いて、部下の車がスピードを上げる。そしていざ飛ぶぞ、となった瞬間、それは起こった。


 ズドン、という、地響きのような音。


「ッ!? 全員ッ! 止まれぇぇええええええ!」


 とっさの判断で、狼王は叫んだ。それに、部下たちは従順に、正確に車両を急停止させる。


 ここに残ったのは、狼王の部下でも、精鋭ばかりだ。


 日用品マスターの相棒の、配信者の女。奴の挑発をとっさに耳を塞ぎ防御して、こうして生き残っている連中なのだから。


 しかし、あるいは、だからこそ、その姿に、一様に怯えることとなったのかもしれない。


「……あ、あれ、あれ、は……」


 狼王の車両の運転手が、か細い声で呟く。


 そこにあったのは、飛ぶ直前に地面に縫い付けられ、無残に廃車となった部下の車両。


 そしてそこに突き刺さる、「通行止」と書かれた、赤い×マークの道路標識。


「……まずい」


 狼王は、呟く。何故なら、狼王は、かつてにいたから。


 精鋭であればあるほど、実力があればあるほど、『その作戦』に参加していた確率は高い。


 そしてそこで、もれなく全員、死ぬほどのトラウマを植え付けられている。


 ―――道路標識の突き刺さった車の上に、ビルの上から、ふわ、と着地する者がいた。


 それに、誰もが凍りつく。


 妖精のような姿。深窓の令嬢のような姿。


 誰もがその美しさを認めるだろう。だがそれは、作戦経験者にとっては、絶望の象徴のようなもの。


 真っ白な長い髪。ルビーのように赤く輝く瞳。


 そして、返り血で染められた、深紅のワンピース。


「あ、ああ、ああああ。おしまいだ。おしまいだおしまいだおしまいだぁ!」


 部下の一人が発狂して叫ぶ。「黙れ!」と狼王は一喝する。


 ……かつて、狼王を始めとする精鋭たちは、その作戦に参加していた。


 無数のA~S級冒険者たちを集めた、とある危険S級冒険者討伐作戦。


 その名も『怪物狩り』。


 あのとき狼王たちが追い、そして手ひどく撃退された、あの危険S級冒険者。


 ―――それが、今、目の前に立ち塞がっている。


「テメェ……! 何で、ここにいやがる。オレたちの前に、現れやがる……!」


 唸るようにして問うと、奴はよほど耳がいいのか、答えた。


「あなたたちが、私の大切な人を追っていたから。なら、それを邪魔するのは当然でしょう?」


 言いながら、奴は曲った道路標識を抜き、腕力だけで、軽く折り曲げてまっすぐにしてしまう。


「だから」


 奴は道路標識をかざし、こう言った。


「ここから先は、通行止め」


 それに、狼王は、苦虫を噛み潰したように顔をゆがめる。


 この隔離地域における、最も危険なS級冒険者。


 戦う様は生ける嵐がごとく。数々の手段をもって追い詰めてなお健在。


 素手でモンスターを引き裂き、人間を叩き潰す、異能を越えた異形。


「クソがぁ……!」


 怪物。


 化生院 牡丹が、狼王の前に立ち塞がっていた。


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