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第43話 怪物の暴虐

 タクには、言いたいこと、聞きたいことはたくさんあった。


 ―――タクと一緒に逃げる、その女は、その男は誰? あなたにとって、何?


 ―――タク、どこでどうやって生き延びたの? あの後、どうしてたの?


 ―――タク、私のこと、心配してくれた? ずっと私が帰らなくて、寂しかった?


 だが、そのすべては、ただのぼたんのエゴに過ぎない。


 些事。ただの感情。だからこの場は置いておく。


 重要なのは、ただ、さきほどタクが、ぼたんに託した一つのみ。


『ぼたん、この場を任せて良いか?』


 それにぼたんは、頷いた。


 故にぼたんは、こう宣言する。


「まずは、義を通す」


 それに敵は―――ぼたんも以前戦った、ウェアウルフのボス、狼王は言う。


「ふざけるなァッ! 怪物……! ―――テメェら! 射手は銃を構えろ! 運転手はすぐに走り出せるように準備しろ!」


 狼王の言葉で、ぼたんの登場に狼狽えていた構成員たちが、揃って正気に戻る。各々の役割に従って、銃を構え、ハンドルを握る。


 洗練されている。そう思う。流石はこの近辺を牛耳っていたレイダーたちだ。


 しかし同時に思う。


 その洗練さは、この場においては無意味でしかない、と。


「ここで怪物を殺し、マスタースキルの二人も追いかけてぶち殺す! やられた味方の仇を討つぞぉ!」


 狼王の雄たけびに、レイダーたちは『オウ!』と答えた。


「総員、斉射ァァアアアアアアア!」


 そして。


 狼王のミニガンが、装甲車備え付けの機関銃が、その他レイダーたちのアサルトライフルが、一斉にぼたん目がけて火を吹いた。


 無数のマズルフラッシュが輝く。銃声がこの高速道路に響き渡る。


 はた目から見れば、その一斉掃射は効果抜群だった。


 たった一人、標的にされた少女は、瞬時にその威力に腕を引き千切られたかに見えた。銃の威力に、肘から先が掻き消えたと。


 だが、それ以上の進展がないことに、レイダーたちは次第に気付き始める。


 まずそれぞれのアサルトライフルが、弾倉一つ分の弾を吐き出し終えた。次に機関銃の射手が違和感に眉をひそめた。


 最後に狼王が気付き、「総員、止めぇええええッ!」と叫んだ。


 銃声が止まる。ぼたんは変わらず立ち続け、倒れる様子はない。


 ぼたんが、言う。


「豆鉄砲の時間は、終わり?」


 そしてぼたんが、の動きを止めた。


 じゃら、と音が響く。誰もがぼたんの手を見つめる。


 銃撃に、まず腕が吹っ飛んでいたはずだった。だが違った。高速で動く手に、人間の動体視力がついてこられなかっただけだった。


「あ……あぁ……やられた……チクショウ……!」


 気の弱いレイダーが、ガチガチと歯を鳴らす。


「全部、全部かよ……! あの数の銃撃を――――テメェは、全部掴み落としたってのかよぉ!」


 ぼたんの手のひらの上。


 そこには、小さな手では掴み切れないほどの、大量の弾丸が、地面にこぼれだしていた。


「じゃあこれ」


 ぼたんは、告げる。


「返すね」


 そして、腕を振るった。


 膨大な量の投げ返された弾丸が、レイダーたちの半分を消し飛ばす。


「がぁあああ!」「あがっ」「ぎぃっ!」「腕がッ! 腕がもがれたぁ!」


 それはさながら、極めて広範囲にばらまかれた散弾がごとく。


 レイダーたちの内、身を隠していなかったもの、ガラス越しだったもののすべてが、ぼたの投げ返した弾丸によってハチの巣にされた。


「チィイイッ! 怪物ッ! テメェは相変わらずの怪物っぷりだなァッ!」


 だが狼王は、ミニガンを盾に生きていた。


 狼王のミニガンは特別製だ。壊れないし、通常ではありえない威力の弾丸を吐き出せる。


「運転手! 全員で怪物に車ごと突撃しろ! 車の運転手が死んでるなら、引きずりおろして運転しろ!」


 言いながら、狼王は死んだ運転手を引きずり下ろして、運転席に収まる。レイダーたちもそれに倣い、エンジンをふかす。


「第一波ッ! 突撃ィィイイイイイイ!」


 そうして、前列のすべての車がぼたん目がけて走り出した。


「……あなたたちは、変わらないね」


 十を越える装甲車からの突撃を前にして、ぼたんは呟く。


「数の力でどうにかしようとしてる。実際、ある程度はどうにかなってたんだとは思う。けど、言ったでしょう?」


 ぼたんは一歩前に出る。道路標識を振りかぶりながら。


「圧倒的な個の前に、有象無象は意味をなさないって」


 横薙ぎに、一閃。


 道路標識の看板部分が、迫りくる車を、上下に切り分ける。


「ぎゃ」「なん」「ぁ」


 その一撃を食らった運転手たちは、揃って上半身と下半身が泣き別れになった。


 ぼたんは高く跳躍する。遅れて、破壊された車たちが爆発する。


「斉射!」


 その飛び上がりを待っていたかのように、狼王含むレイダーたちは、空中のぼたんに銃撃した。


 しはし、やはり意味はない。すべての弾丸を手で受け止め、ぼたんは素早く投げ返す。


「ぎゃっ」「がぁっ」


「着地を狙え! 第二波、突撃ぃぃいいいいいい!」


 続く車がエンジンをふかす。先ほどの突撃で、三分の一が突撃してきた。今回も同じ数。つまり、第三波までやり切るつもりか。


「面倒ね」


 ぼたんは、空中で道路標識を構える。


 さながら、やり投げのように。


「死んでくれる?」


 第二波中央の車両。そこに、道路標識が突き刺さる。


「がぁぁあああああ!」


 体を車ごとすり潰され、悲鳴を上げたレイダーは、次の瞬間車の爆発に巻かれて死んだ。


 その爆発に巻き込まれ、複数の車が吹っ飛ばされる。横倒しになる。


 しかし果敢にも、生き残った車は、ぼたんの着地目がけて向かってきた。


「こっちはよぉ! 金も唸るほどあんだ! 蘇生屋がいる限り、死なんて怖くねぇんだよぉぉおおおおお!」


 虚勢を張ってレイダーたちの車が迫る。


 しかし、その車列には穴が開いていた。逃げ場を許さないような車列突撃でなければ、さして怖くもない。


「そう、勇敢だね」


 言いながら、突撃してきた装甲車一つを、ぼたんは素手で受け止めた。


 それから、力を入れて持ち上げる。運転手は、「嘘だろ!? 嘘だろおい!」と叫んでいる。


「いえ、結局死ぬのだから、蛮勇というべき?」


 ぼたんは前に踏み込み。


 車を、向かってくる別の車に、投げつけた。


 激突。爆発。爆炎が高速道路に巻き上がる。そこら中から血の匂いがする。


「……ク、ソ……! どう足掻いても、無理なのか……!? 怪物に勝つのは、人間には無理なのかよ……!」


「諦めんじゃねぇ! ただ黙って殺されるつもりかテメェら!」


 絶望に覆われ始めるレイダーたちに、狼王は喝を入れる。


 ぼたんは、「そろそろ塩梅かな」と呟いて、駆けた。


 瞬時に移動。狼王の車両の上に着地し、天井を引っぺがす。狼王の首を鷲掴みにして、車から引き抜く。


「なっ、ぁっ!? て、てめっ、いつの、まにぃ……!」


 狼王の首が閉まり、呼吸不足に、言葉がまごつき始める。


 ぼたんは、狼王に語り掛けた。


「恐怖は十分に煽った。ウェアウルフの残る一割もほとんど死んだ。残るは数えられるくらい。あなたたちの完全敗北」


「ふざけ……! ウェアウルフは、しなね……!」


「いいえ、死ぬ。死んでも生き返られる今の世の中でも、集団が丸ごと死ねば、あるいは志を継ぐ者が現れなければ、終わり」


 ぼたんは、手を手刀に構える。


「言い残すことはある?」


「――――人狼は、ふめつ」


「人狼? 外道の間違いでしょう?」


 ぼたんの手刀が、狼王の首を刈り取った。


 その光景に、生き残るレイダーたちの全員が目を剥いた。


 圧倒的な恐怖。そして精神の主柱だった狼王の死。


 狼王の首なき体が、車から零れ落ちる。ぼたんは狼王の首を掲げ、振りかぶった。


「残党狩りに移る」


 首を生き残りの車両に投げつける。その、あまりの威力に車はひしゃげ、爆発する。


「うっ、うわぁあああああ! うわぁぁあああああ!」


「ボスが死んだ! ボスが死んじまったぁぁあああ!」


「ウェアウルフは終わりだ! おしまいだぁぁああ!」


 大の大人が、他者から奪う側のレイダーたちが、恐怖に涙すら流しながら敗走する。


 だが、その足取りすら、狼王が居なければおぼつかない。ぼたんは駆け、素早くすべての運転手たちの命を刈り取る。


 車ごと投げて殺し、車ごと引き裂いて殺し、車から引きずり出して殺す。


 そうして、ウェアウルフは、文字通りに壊滅した。


 ただの一人とて残さずに、ぼたんが皆殺しにしたのだ。


「……終わり、かな。あとは、タクに会いに行くだけ」


 命の気配はもうない。人狼は、外道は、怪物に襲われ、あっけなく死に絶えた。


 そこら中で血が流れ、火と煙がもうもうと巻き上がる。


 ふとぼたんは返り血に濡れた、自らの姿を見下ろした。


 服は返り血で染めたように真っ赤。体は炎に巻かれ、煤だらけ。


 小さく、恥じ入るように、呟く。


「……こんな姿、タクに見せられない……」


 ぼたんは、タクの行先を目で確認してから、近くの適当なビルに駆け込んだ。


 再会には、相応しい服装がある。


 タクの前で血生臭い姿など晒せない、とぼたんは、シャワー施設とアパレルショップを探し始めた。

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