タクには、言いたいこと、聞きたいことはたくさんあった。
―――タクと一緒に逃げる、その女は、その男は誰? あなたにとって、何?
―――タク、どこでどうやって生き延びたの? あの後、どうしてたの?
―――タク、私のこと、心配してくれた? ずっと私が帰らなくて、寂しかった?
だが、そのすべては、ただのぼたんのエゴに過ぎない。
些事。ただの感情。だからこの場は置いておく。
重要なのは、ただ、さきほどタクが、ぼたんに託した一つのみ。
『ぼたん、この場を任せて良いか?』
それにぼたんは、頷いた。
故にぼたんは、こう宣言する。
「まずは、義を通す」
それに敵は―――ぼたんも以前戦った、ウェアウルフのボス、狼王は言う。
「ふざけるなァッ! 怪物……! ―――テメェら! 射手は銃を構えろ! 運転手はすぐに走り出せるように準備しろ!」
狼王の言葉で、ぼたんの登場に狼狽えていた構成員たちが、揃って正気に戻る。各々の役割に従って、銃を構え、ハンドルを握る。
洗練されている。そう思う。流石はこの近辺を牛耳っていたレイダーたちだ。
しかし同時に思う。
その洗練さは、この場においては無意味でしかない、と。
「ここで怪物を殺し、マスタースキルの二人も追いかけてぶち殺す! やられた味方の仇を討つぞぉ!」
狼王の雄たけびに、レイダーたちは『オウ!』と答えた。
「総員、斉射ァァアアアアアアア!」
そして。
狼王のミニガンが、装甲車備え付けの機関銃が、その他レイダーたちのアサルトライフルが、一斉にぼたん目がけて火を吹いた。
無数のマズルフラッシュが輝く。銃声がこの高速道路に響き渡る。
はた目から見れば、その一斉掃射は効果抜群だった。
たった一人、標的にされた少女は、瞬時にその威力に腕を引き千切られたかに見えた。銃の威力に、肘から先が掻き消えたと。
だが、それ以上の進展がないことに、レイダーたちは次第に気付き始める。
まずそれぞれのアサルトライフルが、弾倉一つ分の弾を吐き出し終えた。次に機関銃の射手が違和感に眉をひそめた。
最後に狼王が気付き、「総員、止めぇええええッ!」と叫んだ。
銃声が止まる。ぼたんは変わらず立ち続け、倒れる様子はない。
ぼたんが、言う。
「豆鉄砲の時間は、終わり?」
そしてぼたんが、
じゃら、と音が響く。誰もがぼたんの手を見つめる。
銃撃に、まず腕が吹っ飛んでいたはずだった。だが違った。高速で動く手に、人間の動体視力がついてこられなかっただけだった。
「あ……あぁ……やられた……チクショウ……!」
気の弱いレイダーが、ガチガチと歯を鳴らす。
「全部、全部かよ……! あの数の銃撃を――――テメェは、全部掴み落としたってのかよぉ!」
ぼたんの手のひらの上。
そこには、小さな手では掴み切れないほどの、大量の弾丸が、地面にこぼれだしていた。
「じゃあこれ」
ぼたんは、告げる。
「返すね」
そして、腕を振るった。
膨大な量の投げ返された弾丸が、レイダーたちの半分を消し飛ばす。
「がぁあああ!」「あがっ」「ぎぃっ!」「腕がッ! 腕がもがれたぁ!」
それはさながら、極めて広範囲にばらまかれた散弾がごとく。
レイダーたちの内、身を隠していなかったもの、ガラス越しだったもののすべてが、ぼたの投げ返した弾丸によってハチの巣にされた。
「チィイイッ! 怪物ッ! テメェは相変わらずの怪物っぷりだなァッ!」
だが狼王は、ミニガンを盾に生きていた。
狼王のミニガンは特別製だ。壊れないし、通常ではありえない威力の弾丸を吐き出せる。
「運転手! 全員で怪物に車ごと突撃しろ! 車の運転手が死んでるなら、引きずりおろして運転しろ!」
言いながら、狼王は死んだ運転手を引きずり下ろして、運転席に収まる。レイダーたちもそれに倣い、エンジンをふかす。
「第一波ッ! 突撃ィィイイイイイイ!」
そうして、前列のすべての車がぼたん目がけて走り出した。
「……あなたたちは、変わらないね」
十を越える装甲車からの突撃を前にして、ぼたんは呟く。
「数の力でどうにかしようとしてる。実際、ある程度はどうにかなってたんだとは思う。けど、言ったでしょう?」
ぼたんは一歩前に出る。道路標識を振りかぶりながら。
「圧倒的な個の前に、有象無象は意味をなさないって」
横薙ぎに、一閃。
道路標識の看板部分が、迫りくる車を、上下に切り分ける。
「ぎゃ」「なん」「ぁ」
その一撃を食らった運転手たちは、揃って上半身と下半身が泣き別れになった。
ぼたんは高く跳躍する。遅れて、破壊された車たちが爆発する。
「斉射!」
その飛び上がりを待っていたかのように、狼王含むレイダーたちは、空中のぼたんに銃撃した。
しはし、やはり意味はない。すべての弾丸を手で受け止め、ぼたんは素早く投げ返す。
「ぎゃっ」「がぁっ」
「着地を狙え! 第二波、突撃ぃぃいいいいいい!」
続く車がエンジンをふかす。先ほどの突撃で、三分の一が突撃してきた。今回も同じ数。つまり、第三波までやり切るつもりか。
「面倒ね」
ぼたんは、空中で道路標識を構える。
さながら、やり投げのように。
「死んでくれる?」
第二波中央の車両。そこに、道路標識が突き刺さる。
「がぁぁあああああ!」
体を車ごとすり潰され、悲鳴を上げたレイダーは、次の瞬間車の爆発に巻かれて死んだ。
その爆発に巻き込まれ、複数の車が吹っ飛ばされる。横倒しになる。
しかし果敢にも、生き残った車は、ぼたんの着地目がけて向かってきた。
「こっちはよぉ! 金も唸るほどあんだ! 蘇生屋がいる限り、死なんて怖くねぇんだよぉぉおおおおお!」
虚勢を張ってレイダーたちの車が迫る。
しかし、その車列には穴が開いていた。逃げ場を許さないような車列突撃でなければ、さして怖くもない。
「そう、勇敢だね」
言いながら、突撃してきた装甲車一つを、ぼたんは素手で受け止めた。
それから、力を入れて持ち上げる。運転手は、「嘘だろ!? 嘘だろおい!」と叫んでいる。
「いえ、結局死ぬのだから、蛮勇というべき?」
ぼたんは前に踏み込み。
車を、向かってくる別の車に、投げつけた。
激突。爆発。爆炎が高速道路に巻き上がる。そこら中から血の匂いがする。
「……ク、ソ……! どう足掻いても、無理なのか……!? 怪物に勝つのは、人間には無理なのかよ……!」
「諦めんじゃねぇ! ただ黙って殺されるつもりかテメェら!」
絶望に覆われ始めるレイダーたちに、狼王は喝を入れる。
ぼたんは、「そろそろ塩梅かな」と呟いて、駆けた。
瞬時に移動。狼王の車両の上に着地し、天井を引っぺがす。狼王の首を鷲掴みにして、車から引き抜く。
「なっ、ぁっ!? て、てめっ、いつの、まにぃ……!」
狼王の首が閉まり、呼吸不足に、言葉がまごつき始める。
ぼたんは、狼王に語り掛けた。
「恐怖は十分に煽った。ウェアウルフの残る一割もほとんど死んだ。残るは数えられるくらい。あなたたちの完全敗北」
「ふざけ……! ウェアウルフは、しなね……!」
「いいえ、死ぬ。死んでも生き返られる今の世の中でも、集団が丸ごと死ねば、あるいは志を継ぐ者が現れなければ、終わり」
ぼたんは、手を手刀に構える。
「言い残すことはある?」
「――――人狼は、ふめつ」
「人狼? 外道の間違いでしょう?」
ぼたんの手刀が、狼王の首を刈り取った。
その光景に、生き残るレイダーたちの全員が目を剥いた。
圧倒的な恐怖。そして精神の主柱だった狼王の死。
狼王の首なき体が、車から零れ落ちる。ぼたんは狼王の首を掲げ、振りかぶった。
「残党狩りに移る」
首を生き残りの車両に投げつける。その、あまりの威力に車はひしゃげ、爆発する。
「うっ、うわぁあああああ! うわぁぁあああああ!」
「ボスが死んだ! ボスが死んじまったぁぁあああ!」
「ウェアウルフは終わりだ! おしまいだぁぁああ!」
大の大人が、他者から奪う側のレイダーたちが、恐怖に涙すら流しながら敗走する。
だが、その足取りすら、狼王が居なければおぼつかない。ぼたんは駆け、素早くすべての運転手たちの命を刈り取る。
車ごと投げて殺し、車ごと引き裂いて殺し、車から引きずり出して殺す。
そうして、ウェアウルフは、文字通りに壊滅した。
ただの一人とて残さずに、ぼたんが皆殺しにしたのだ。
「……終わり、かな。あとは、タクに会いに行くだけ」
命の気配はもうない。人狼は、外道は、怪物に襲われ、あっけなく死に絶えた。
そこら中で血が流れ、火と煙がもうもうと巻き上がる。
ふとぼたんは返り血に濡れた、自らの姿を見下ろした。
服は返り血で染めたように真っ赤。体は炎に巻かれ、煤だらけ。
小さく、恥じ入るように、呟く。
「……こんな姿、タクに見せられない……」
ぼたんは、タクの行先を目で確認してから、近くの適当なビルに駆け込んだ。
再会には、相応しい服装がある。
タクの前で血生臭い姿など晒せない、とぼたんは、シャワー施設とアパレルショップを探し始めた。