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第44話 顔向けできるように

 高速道路を走っていると、山のようなサイズの猿のモンスターが、ビルの合間に佇んでいるのが見えた。


「ッ」


 それに俺は、息を飲んだ。目を丸くして、奴を見る。


「おっと、ありゃあ話題になってたデモンじゃねぇか。気付かれないように静音で走るぜ」


 シフトレバーを操作して、リックは速度を落として走る。


「『いやぁ大立ち回りだったな……』『ウェアウルフ本拠地脱出、乗り物マスターのカーチェイス、んで怪物乱入?』『何で怪物が乱入してきたのか分からんけど』」


 ドローンから、ザコブタたちがガヤガヤと何か言っている。連続の修羅場を乗り越え、今は小休止、という雰囲気だ。


 追手はない。気配も感じない。恐らくは、ぼたんが何とかしたのだろう。改めて会えたら、ちゃんと礼を言わないとな。


「『つーか登録者100万人超えてる!』『あ! ホントだ!』『たった三日で九十万人増!?』『100万人おめでとう!』」


「え!? 100万人超えたの!? おいエンジェ、起きろ! 100万人超えたってよ」


「ん~……! いやぁ~……! 虎……火柱……閉じ込められるぅ~……!」


「悪夢見てる」


 せっかくのチャンネル登録者100万人の瞬間にこれとは、重ね重ねエンジェも運のない奴だな、と切なくなる。


「……とりあえず、エンジェに代わって、礼を言っとくか。みんな、マジでありがとう。ここまでこれたのはみんなのお蔭だ」


「『マスタースキルチャンネルだしな』『この三日間の見応えは異常』『お前の力や!』『誇れバールニキ!』」


「いやいや……エンジェの力と、それを応援してくれたみんなのお蔭だよ。重ねて、ありがとうございます。これからも応援よろしくな」


「『常識人風非常識止めろ』『100万人超えても自分を過小評価する男』」


「何で俺ツッコまれてんの?」


 よく分からん、と首を傾げる。


 そこで、リックが言った。


「ブラザー、とりあえずギャングたちからは上手く逃げられたし、適当な場所で下ろすつもりでいるんだがよ。この後はどうする」


「どうするって?」


「ギャングたちは、恐らくフロイラインが片づけたはずだ。だから危険はもうない。今日の騒動は、これにて決着、ってことだ」


「ああ……そうか。これで、全部解決……か」


 俺は呟く。リックが続ける。


「ああ。今日は楽しかったぜ、ブラザー。思わぬ大冒険になっちまった。今じゃすっかり日も暮れて、夕焼けがまぶしいぜ」


「サングラスしといて何言ってんだお前」


「おっと、忘れてたな。ハッハッハ!」


 軽口を叩いて、リックは笑う。


 それに俺は、想いを馳せた。長い一日だった。そう思う。


 脱出劇、カーチェイス、ぼたんとの僅かな再会……。


 俺は、言う。


「まだ、終わってない」


「……何だって?」


 滑らかに運転しながら、リックが俺に振り返ってくる。


「リック。頼みがある。真剣な頼みだ。たった数時間しか一緒に過ごしてないけど、俺はお前がすげー奴だって信じて、頼みたい」


「へぇ……? まずは願いを言ってみな」


「『バールニキどした』『何か気になってんの?』『バールニキの真剣な顔……トゥンク』」


 リックに促され、ザコブタたちに茶々を入れられ、俺はごくり唾を飲み下し、言う。


「――――あの、デカイ猿。あいつを、俺と一緒に倒してくれないか」


 その言葉で、ぴた、とリックは停止した。


 ドローンの読み上げるコメ欄も、速度が著しく遅くなる。


 そして、遅れて、爆発した。


「おいおいおい、おいおいおいおい! いきなりなぁに言ってんだブラザー!?」


「『ファッ!?』『SSS級モンスターにマスタースキルが挑む!?』『やば』『いーやこれは激アツ!』」


 リックが目を剥く。コメ欄が騒ぎ出す。


 俺は、説明を始めた。


「さっき、俺たちを助けてくれた奴。あいつは、元々俺と一緒に暮らしてたんだ」


「『!?』『なんだと』『バールニキにスキャンダル!』『いや流石に怪物と暮らしてたは嘘すぎる』」


「それが、あのデカイ猿の所為で、しばらく離れ離れにされてたんだ。俺はずっと家で待ってて……でも、あいつは、ぼたんは帰ってこなかった」


「……」


 うるさいコメ欄に対して、リックは静かに俺の話を聞いている。


「俺はデカ猿に吹っ飛ばされて、役に立てなかった。普通のモンスター相手に、手も足も出なかったんだ。だから、不甲斐なくて、……それが原因で、帰ってこないんだと思ってた」


「『(普通のモンスターじゃ)ないです』『怪物と山王の戦いにバールニキ居たマ!?』『吹っ飛ばされた(無傷)』『山一つ分くらい吹っ飛ばされて平気な顔してそう』」


「でも、ぼたんは俺のピンチに顔を出してくれた。俺は……何だか、なおさら不甲斐なくてさ」


「失望されてたわけじゃないのに、か」


「ぼたんは俺のことを気に掛けてくれてた。でも俺は、それを疑って……それで気付いたんだ。俺が一番、俺に失望してたんだって」


 俺が俺に失望したから、それをぼたんの考えだと思い込んだ。


 最初から、俺だけだったんだ。俺だけが、俺をずっと、信じられないままでいる。


「だから」


 俺は言う。


「俺は、あいつを倒したい。あのデカ猿を、普通のモンスターを自分の力で倒せるようになって、初めて少し、自分のことが信じられる気がするんだ」


「……ブラザーの言うことは、ツッコミどころだらけだけどよ」


 リックは苦笑しつつ、言葉をつなぐ。


「生憎と、オレでもあのデッカイ『普通のモンスター』を倒すのは、一筋縄じゃないぜ。少なくともこのレディじゃ倒せねぇ」


「分かってる。けど、リックが本気を出せば、あのデカ猿を倒す足掛かりになる……そんな気がしてるんだ」


「『絶対評価は間違ってるんだけど、比較評価は間違わないんだよなバールニキ』『それ』『簡単に倒せる、じゃなく、足掛かりになる、か』」


「……」


 リックは車を走らせながら、しばし沈黙していた。


 それから、ふとした時に、口を開く。


「実はな、あのデカ猿じゃあないが、オレもあの手のデモンには挑んだことがある。米軍と組んでな」


「っ。そうなのか」


「ああ。連中は、日本じゃ神と呼ばれ、こっちじゃデモンと呼ばれてる。いまだ誰も倒したことのない、前人未到のSSS級モンスター」


 みんな等級盛りすぎだろ、と思いつつ、俺は配信画面なので黙っておく。


「連中は強い。人類がいまだに一体も倒せてないくらいだ。実際、オレの僚機は全部叩き潰された。空を駆ってなお、地上の悪魔に常人は及ばない」


「マジかよ」


「ああ、マジさ。瓦礫をぶん投げられただけで、僚機は蚊トンボみたいに叩き落とされた。ジャンプで捕まれて機体ごと握りつぶされた奴もいた」


「『これめちゃヤバ情報では?』『国家機密レベルの情報が流れてる』『やっぱ戦闘機とか爆撃機とかでも全然だめなんか』」


「とはいえ、それは常人の話だ。オレならバトルするくらいはできた」


 ドヤ顔になるリックに「はいはい。それで?」と俺は苦笑しつつ先を促す。


「オレとSSS級モンスターの一騎打ちで、肉を剥がすところまでは行けた。だが、連中の高すぎる再生能力に、核がすぐに隠されちまった」


「核?」


「魔石さ。あのサイズなら、一抱えくらいのサイズの魔石が、体の中に埋まってる。それを砕くまでは、デモンは決して死なねぇんだ」


 魔石、どこかで聞いた。ダンジョンでは、魔石が取れると。モンスターからだったんだな。


「連続爆撃でも、やっぱり同じだ。肉は剥がせても魔石を砕くには至らない。思うに、魔石が露出した瞬間を叩くための、爆撃を食らっても死なずに攻め込める歩兵が要る」


「『それって……』『防御力自信ニキが必要だ』『バールニキやんけ!』」


 ザコブタたちが俺をはやし立てる。リックはニヤリと俺を見る。


「ま、そういうことだ。オレなら肉を剥がせる。だがトドメ刺しができねぇ。困ったなぁ? 誰かそれができる、無敵の歩兵が居ないもんか」


「なら、それは俺がやる」


「ハハハハッ! そうだな。ブラザーしかできない仕事だ。―――クク、面白くなってきやがった」


 リックは含み笑う。「だがだ! 話はそう簡単じゃねぇぞ」と続ける。


「オレが爆撃で肉を剥がし、ブラザーがその場で魔石を砕く作戦だとしよう。だがな、その前にも、準備がいるんだぜ」


「その準備は、何をすればいいんだ?」


「それはな―――だ」


 言いながら、リックは親指と人差し指、中指をこすらせた。


「……? あっ」


「『金?』『お金は大事と存じます』『金って何代?』『こぉれは……爆撃機代ですねぇ……』」


 リックは、ゲラゲラと笑いだす。


「コメント! お前たちの言う通りだ! 爆撃機を借りるには金が要る! 爆弾もやはり金が要る! 燃料は乗り物マスタースキルでどうにかなるが、それ以外の全部に金が要る!」


 俺は、簡単なノリで大変なことを頼んでしまったことに気付いて、顔を青くする。


「あのデカさのモンスターを倒すには、超強力爆弾がいる! 核にも負けないようなやべー奴が必要だ!」


「……あの、リック。これ、どのくらい金が必要なんだ……?」


 リックは、ニンマリと笑って言った。


「ザッと試算して、1270万」


「うぉおおお……一千万超え……!」


「『アレ? でも安くね?』『いや、これは……』『為替だぁあああ!』」


「あ、これドルな。だから……ざっと二十億円ってところか! ハッハッハー!」


「二十億……っ!?」


 俺は目を丸くする。


 え、じゃあ無理じゃん! 二十億円は無理じゃん! 天地がひっくり返っても無理じゃん!


 俺は頭を抱える。土台無理なことが判明して、気分はピエロだ。


「いやぁ中々高いハードルだなぁブラザー!? ブラザー一人の力じゃあ、なかなか難しいはずだ」


「こ、これは……くぅ、じゃあ、諦めるしか……!」


「ところで……、ここでブラザーのブレーン、ヤンキーガールの意見を聞いておこうか」


「え?」


 俺はキョトンとして、横を見た。すると、エンジェがムクっと起き上がってきて、俺を睨む。


「あたしが寝てる間に、随分おっきなことを言ってくれたみたいじゃない……」


「あ、あの、エンジェ、怒ってる……?」


「怒ってない。怒ってないけど、面倒ごとを抱えてくれたなって思ってる」


「じゃあ怒ってるじゃん!」


「だから怒ってないって言ってるでしょ」


 ぷく、とエンジェは頬を膨らませる。それから腕を組んで、足を組み、視線を巡らせる。


「ザコブタ。今アンタら何人?」


「『さっき100万人超えたぞ座古宮』『お前が悪夢見てるときに超えた』『チャンネル主さんの寝てる間にwwww』」


「はー!? え、昨日寝る前50万人だったじゃない! うっそマジで……ホントなんだ! うわー!」


 エンジェは目を丸くして、スマホを確認している。


「しかも同時接続数も三十万……!? 見たことない数字なんだけど……いや、でも、いいわ! これは良いことよ! 何たって、数は力なんだからね」


 エンジェは、ニヤリ笑みを作って、言う。


「なら、すべきことは決まったわ」


 その堂々たる物言いに、俺はごくりと唾を飲んだ。リックが「流石だ、ヤンキーガール」と肩をゆする。


 エンジェは、俺たち全員に、語り掛けた。


「あたしのスキル、この注目度、挑む先は前人未到のSSS級モンスター討伐! 個人的な話じゃなく、公共的な内容なら、可能性はある」


「『ざわ……ざわ……』『これは……もしや……』『俺たちの財布が狙われている!』」


「えっと、エンジェ?」


 俺はまばたきしてエンジェを見る。


 エンジェは、そして、呼びかけるのだ。


「ね~えザコブタたち~? 今から~♡ 一口二千円で~♡ ……神殺し、してみない?」

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