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第45話 マスタースキル質問コーナー

 俺たちはその後、クソデカ猿の近く、都市部のとある廃墟に腰を下ろしていた。


 エンジェは少し離れたところで、ノートパソコンを広げて作業をしている。


 何でも『クラウドファンディングページを作っている』らしい。


『クラウドファンディング?』


『たくさんの人から、「これからこれこれをする予定だから、もし良ければお金ちょうだい?」ってお願いするのよ。で、貰ったお金に応じてお礼したりする、みたいな奴』


 俺は知らなかったが、そう言うのがあるらしい。


 例えば『ゲームを作るから』とデザインを見せて出資を募ったり、ふざけたものなら『パンケーキ焼くから』というのでも、悪ふざけでお金が集まったりすると。


 つまり今回の場合は、こうだ。


「オレたちはこれから、SSS級モンスター狩り……つまり、デモンスレイン、日本流に言うなら神殺しをする」


 俺と並んで配信ドローンを前にしたリックが、宣言する。


「デモンスレイン。神殺し。これは非常に危険だ」


 リックは語る。


「全世界各国津々浦々に出没したSSS級モンスター。こいつらがダンジョンスタンピードを起こして地上に這い出たが最後、その地域の隔離指定が解除されたことはない」


 何故か。


「それは全世界、世界に冠たる我が米国ですら、SSS級モンスターの討伐には成功していないからだ。あらゆる国の軍事力をもってしても、SSS級モンスターは討伐できなかった」


 俺はむず痒くなって、盛りすぎなリックの語りに物申そうとした。だが無言でリックに手で制され、むっつりと黙り込む。


「オレがブラザーのデモンスレインに乗ったのには理由がある」


 リックは高らかに続ける。


「理由はシンプル。複数のマスタースキルとSSS級モンスターの激突は、世界初だからだ。しかも国の支援なし。正真正銘、民間の手によるデモンスレインだ」


 リックが、拳を握り締める。


「これには大きなロマンがある」


 だってそうだろ?


「国ができなかったことを、オレたちがやるんだ。オレたちの自由意志が、オレたちの悪ノリが、国でさえ勝てなかったデモンを倒すんだ」


 リックは俺の肩に寄りかかる。


「ブラザーを見ろよ? こいつのデモンスレインの動機は『普通のモンスターを倒して自信を付けたい』だぜ? バカげてるだろ!? だが、それでいい。それがいいんだ」


 俺はリックに、こいつ好き勝手言ってんな、という目を向ける。


 だが、コメ欄の反応は悪くなかった。「『うぉおおお……!』『ウズウズしてきた』」と口々に言っている。


 大丈夫かこいつら。見事に乗せられてるけど。


「そしてそのためには、莫大な金が必要だ。オレが米軍から、私的に爆撃機と十分な爆弾を借りるためのな」


「で、今エンジェがそのための窓口を、web上に作ろうとしてると……」


 俺はやっと現状を理解して、こう言った。


「盛りすぎじゃね? 普通のモンスターを倒そうって話を神殺しまで膨らませるのは、もう詐欺だろ」


「『バールニキだけ定期』『あのさぁ……』『普通のモンスターって何だろう(哲学)』」


 俺の言葉に総ツッコミが入るが、こいつらは俺をからかっているだけなので気にしない。


「まぁそれはいいや。普通のモンスターって倒すの大変だって分かったし、みんなの力を借りなきゃ倒せないのは事実だしな」


 俺は配信ドローンに向き直って、腰を折る。


「重ね重ね、よろしくお願いします。俺のワガママみたいなのに、金を出させるって言うのは、なんていうか、心苦しいけど」


「『ワガママ(神殺し)』『ワガママ(前人未到の偉業)』『隔離地域開放につながる一大公共事業(ワガママ)』『世界初の神殺しに参加できるとかロマンの塊すぎる』『一口二千円から、今日から君もゴッドスレイヤーだ!』」


 ザコブタたちは相変わらず妙なことを言っている。踊らされてて可哀そう。


 そこで俺は言った。


「……ところでリック。今って何の時間?」


「ふっ……ついに気付いちまったな。今はヤンキーガールのクラファンページの待ち時間だ」


 待ち時間かよ。


「配信落とせばよくね? 休憩しようぜ」


「あー待て待て待て。待つんだブラザー。ダメだぜそれは」


「え? 何で?」


「見ろ。ブラザー」


 リックに言われ、配信ドローンに映し出される配信画面を見る。


 リックの指さす先には、同時接続数、50万人が表示されている。


「今、この配信には50万人集まってる。これは、クラファンの成功率に直結する数字だ。この数字のすさまじさは分かるだろ?」


「同接は十人超えた辺りから、俺もう感覚麻痺っちゃって分かんないんだよな」


「『バールニキの根が小庶民すぎる』『バールニキ可愛いわぁ……』『でも分かるわ。十人の前で発表するの、緊張するよな』『He's lovely.』『外国ニキネキもよう見とる』」


 ザコブタたちの通りだ。俺は小庶民すぎて、正直もう規模感が分からないでいる。


「……ともかく、だ。同接50万人なんか、この熱狂以外で集められねぇ。この配信は切っちゃならねぇんだ」


「なるほどねぇ……。じゃあどうすんだ? この時間」


 俺はエンジェの方を見る。エンジェは俺の視線に気付いて「適当に繋いどいて~!」と答える。


「……なるほど、俺たち次第なんだな」


「ああ、そういうことだ。ちなみにブラザー。今の内に言っておくことがある」


「ん? どした」


 俺がまばたきすると、リックは微笑みとともに言った。


「オレはこの手の文化に疎い。余裕ぶってるが服の下は冷や汗でぴっちょりだ」


「そのドヤ顔で?」


 リックはサングラスをかけて不敵に笑っている。


 俺はそっとグラサンを落とす。


 リックの目がとても不安そうに俺を見つめている。


「分かった。任せろ」


「助かるぜ」


「『目wwwwwww』『乗り物マスターの弱点発見』『マスタースキルも人間なんやなぁって』」


「じゃあ……そうだな」


 俺は考える。配信。場繋ぎ。となれば……。


「質問コーナーでもやるか」


「『うぉぉおお!』『激アツ!』『きちゃあ!』『流石バールニキ! 需要が分かってるぅ!』」


「コメ欄のリアクションすご」


 めちゃくちゃ喜んでる。喜ばれてる分にはいいか。俺は言葉を続ける。


「じゃあ、エンジェのSNSアカウントから匿名のメッセ投げられるから、そこから読み上げていくぞ。みんな、良ければ送ってくれ」


「『死闘続きの休み時間がこれかぁ』『血みどろ続きでハラハラしてたからちょうどいい』『ウェアウルフとの死闘に続いて神殺しだし、箸休めは必要』」


 俺は前もって教えられていたサイトを開き、エンジェへのメッセ一覧を確認する。


 うん。見事に質問の流れになってるな。


 俺は一度深呼吸して、やる気を入れて言った。


「よし! じゃあ最初の質問だ! 行くぞリック!」


「どんと来い!」


「『バールニキさん、乗り物マスターさん、こんにちは』。こんにちは!」


「こんにちはだぜ、ベイビー」


「『早速ですが質問です。バールニキはいつからニートなん?w』。は?」


「アンチだな。次行け次」


「『初手アンチ』『読み上げる前に気付けwwww』『バールニキにも悲しき過去やぞ』」


「ちなみに四年前にブラック企業をやめて以来ニートです。次」


「『律儀wwww』『答えなくてええんやで』『ニート歴20年の俺からすればまだまだよ』」


 俺は次の質問を確認して読み上げる。


「『バールニキに質問です。怪物と一緒に住んでたって話ですが、その辺りについて詳しく教えてください』。……怪物と住んでた……? 何の話してんだ……?」


「フロイラインの話だろ? 白い髪と赤い目の」


「あー、ぼたんのこと? 行き倒れてたのを拾って世話してたくらいだけど……?」


 と、そこで俺は視線を感じて、振り返る。


「……」


 エンジェがじっと、俺を見つめている。もっと詳しく話せ、と無言で告げている。


「えっと、何か圧が掛かってるんだけど、マジでそれ以上話すことがないというか」


「『暴れたりせんかったん?』『どういう関係性だったのか気になる』『男と女だから普通はそういう想像するんだけど、怪物だからマジで想像つかない』」


「おうお前ら、あんま怪物怪物言うな。あいつ俺と話してるときも、中二病酷かったんだからな?」


「『中二病wwwwww』『怪物を中二病扱い!?!??』『今一気に解像度上がったわ』『怪物に被害者説出てくるの笑う』」


 俺が言い返すと、コメ欄が沸き出す。こういう説明で良いのかな、と思いながら、俺は続ける。


「まぁ、うん。そんな感じだな。ゲームとか全然やったことないって言ってたから、家のやらせてたくらい。死にゲーにハマってた」


「『死にゲーにハマる怪物かぁ』『子供扱いしてるわ』『順当に保護してた空気感だな』」


「うん、そんな感じだな。じゃあ次行くぞ」


 俺は次のメッセージを読み上げる。


「『マスタースキルのお二人に質問です。性癖をお答えください』。おっと」


「『草』『草』『草』『性癖は重要』『性癖がつまらん奴は何やってもダメ』」


 ノリノリのコメ欄に、俺は渋面で問う。


「……なぁ、本当に知りたいか? こんなむさくるしい男二人の性癖、本当に知りたいか?」


「性癖……か。ならオレから答えよう」


「リック?」


 宣言し、リックはドローンの前を陣取る。その口元には、不敵な笑みが湛えられている。


 リックは言った。


「オレはな。乗り物が好きなんだ。車、バイク、飛行機、戦闘機……ともかく、乗り物が好きでな」


「『?』『アレ、性癖の話どこ行った?』『そりゃ乗り物マスターなんだし』『ん?』」


 コメ欄がキョトンとしている。俺もキョトンとする。


 だが、続くリックの言葉で、息を飲んだ。


「あーん? おいおい、だから最初から言ってるだろ? これは性癖の話だぜ」


「……、……、……。……――――ッ!?」


「『あ』『分かった』『どういうこと?』『あっ、そういう』『分かんない奴は分かんないままでいい』」


 俺は目を丸くしてリックを見つめる。


「例えば、今日乗り回してたあのスーパーカー。あいつは最高のレディだ。あの流線形。最高だろ?」


「『あっあっあっ』『ドラゴンってそういう』『ドラゴン×車』『ヤバい人だ!』」


「リック、もういい。止まれ。そこで止まれ。もういい。それ以上はやめろ」


「そうか? もっと語りたかったんだがな。じゃあ次はブラザーだぜ」


「嘘だろ俺この後に話すの!?」


「『ハードルwwwww』『この後に話すのキッツ』『拷問以外の何物でもないだろ』」


 俺は信じられない目でリックを見る。リックはウィンクして、俺を両手でダブル指差しだ。


 こいつ……! こいつマジ……!


「え、えと、その、お、俺の性癖、ですが……」


「『バールニキ頑張れ!』『五十万人の前で性癖暴露を強要される日本の至宝』『これが現代かぁ……』」


 俺は冷や汗をだらだら流しながら、絞り出すような声で、こう言った。


「そ、その、……と、年下の子が好き、かな……?」


 限りなく当たり障りのないことしか言えない自分に、俺は歯を食いしばる。


 そこで、背後から声が聞こえた。


「ふ~ん……? タクは~、年下が好きなんだ~♡」


「うわぁっ!? え、エンジェ!?」


「タクは~♡ 一体誰を思い浮かべて~♡ 年下って答えたのかな~♡」


「あ、えと、あの、り、リック!」


「ごめんな、ブラザー。お前がオレに心を寄せてくれてるのには気付いてた。でもオレは乗り物を愛してるんだ」


「ちげぇよ! そういう意味じゃねぇよ! 助け舟出せって言ってんの!」


 二人からいじられて俺は形無しだ。


 そこでクスクスと笑ってから、エンジェが俺に語り掛けてくる。


「タク、クラファンの準備は出来たわよ。繋ぎは終わり。本題に入って」


 言われ、俺はハッとする。それから配信ドローンに向き直って、言った。


「分かった、エンジェ。――――みんな、心の準備は出来てるよな?」


「『おう!』『きちゃ!』『ついに』『世界初や!』『クレカ登録した!』『神殺しだぁぁああああああああ!』」


 俺の言葉に、コメ欄が恐ろしい速度で流れていく。


 大きな力が、一つになろうとしているのを感じる。あれほど強大な、普通のモンスターを、みんなの力で倒す。


 ……そうすることで、きっと俺は、少しだけ、自分のことを認められるから。


「じゃあ始めよう」


 俺は、宣言する。


「狩りの時間だ」


 コメ欄が爆速で流れていく。エンジェがドローンの前に出る。リックが不敵に微笑む。


 狩りが、始まった。


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