俺たちはその後、クソデカ猿の近く、都市部のとある廃墟に腰を下ろしていた。
エンジェは少し離れたところで、ノートパソコンを広げて作業をしている。
何でも『クラウドファンディングページを作っている』らしい。
『クラウドファンディング?』
『たくさんの人から、「これからこれこれをする予定だから、もし良ければお金ちょうだい?」ってお願いするのよ。で、貰ったお金に応じてお礼したりする、みたいな奴』
俺は知らなかったが、そう言うのがあるらしい。
例えば『ゲームを作るから』とデザインを見せて出資を募ったり、ふざけたものなら『パンケーキ焼くから』というのでも、悪ふざけでお金が集まったりすると。
つまり今回の場合は、こうだ。
「オレたちはこれから、SSS級モンスター狩り……つまり、デモンスレイン、日本流に言うなら神殺しをする」
俺と並んで配信ドローンを前にしたリックが、宣言する。
「デモンスレイン。神殺し。これは非常に危険だ」
リックは語る。
「全世界各国津々浦々に出没したSSS級モンスター。こいつらがダンジョンスタンピードを起こして地上に這い出たが最後、その地域の隔離指定が解除されたことはない」
何故か。
「それは全世界、世界に冠たる我が米国ですら、SSS級モンスターの討伐には成功していないからだ。あらゆる国の軍事力をもってしても、SSS級モンスターは討伐できなかった」
俺はむず痒くなって、盛りすぎなリックの語りに物申そうとした。だが無言でリックに手で制され、むっつりと黙り込む。
「オレがブラザーのデモンスレインに乗ったのには理由がある」
リックは高らかに続ける。
「理由はシンプル。複数のマスタースキルとSSS級モンスターの激突は、世界初だからだ。しかも国の支援なし。正真正銘、民間の手によるデモンスレインだ」
リックが、拳を握り締める。
「これには大きなロマンがある」
だってそうだろ?
「国ができなかったことを、オレたちがやるんだ。オレたちの自由意志が、オレたちの悪ノリが、国でさえ勝てなかったデモンを倒すんだ」
リックは俺の肩に寄りかかる。
「ブラザーを見ろよ? こいつのデモンスレインの動機は『普通のモンスターを倒して自信を付けたい』だぜ? バカげてるだろ!? だが、それでいい。それがいいんだ」
俺はリックに、こいつ好き勝手言ってんな、という目を向ける。
だが、コメ欄の反応は悪くなかった。「『うぉおおお……!』『ウズウズしてきた』」と口々に言っている。
大丈夫かこいつら。見事に乗せられてるけど。
「そしてそのためには、莫大な金が必要だ。オレが米軍から、私的に爆撃機と十分な爆弾を借りるためのな」
「で、今エンジェがそのための窓口を、web上に作ろうとしてると……」
俺はやっと現状を理解して、こう言った。
「盛りすぎじゃね? 普通のモンスターを倒そうって話を神殺しまで膨らませるのは、もう詐欺だろ」
「『バールニキだけ定期』『あのさぁ……』『普通のモンスターって何だろう(哲学)』」
俺の言葉に総ツッコミが入るが、こいつらは俺をからかっているだけなので気にしない。
「まぁそれはいいや。普通のモンスターって倒すの大変だって分かったし、みんなの力を借りなきゃ倒せないのは事実だしな」
俺は配信ドローンに向き直って、腰を折る。
「重ね重ね、よろしくお願いします。俺のワガママみたいなのに、金を出させるって言うのは、なんていうか、心苦しいけど」
「『ワガママ(神殺し)』『ワガママ(前人未到の偉業)』『隔離地域開放につながる一大公共事業(ワガママ)』『世界初の神殺しに参加できるとかロマンの塊すぎる』『一口二千円から、今日から君もゴッドスレイヤーだ!』」
ザコブタたちは相変わらず妙なことを言っている。踊らされてて可哀そう。
そこで俺は言った。
「……ところでリック。今って何の時間?」
「ふっ……ついに気付いちまったな。今はヤンキーガールのクラファンページの待ち時間だ」
待ち時間かよ。
「配信落とせばよくね? 休憩しようぜ」
「あー待て待て待て。待つんだブラザー。ダメだぜそれは」
「え? 何で?」
「見ろ。ブラザー」
リックに言われ、配信ドローンに映し出される配信画面を見る。
リックの指さす先には、同時接続数、50万人が表示されている。
「今、この配信には50万人集まってる。これは、クラファンの成功率に直結する数字だ。この数字のすさまじさは分かるだろ?」
「同接は十人超えた辺りから、俺もう感覚麻痺っちゃって分かんないんだよな」
「『バールニキの根が小庶民すぎる』『バールニキ可愛いわぁ……』『でも分かるわ。十人の前で発表するの、緊張するよな』『He's lovely.』『外国ニキネキもよう見とる』」
ザコブタたちの通りだ。俺は小庶民すぎて、正直もう規模感が分からないでいる。
「……ともかく、だ。同接50万人なんか、この熱狂以外で集められねぇ。この配信は切っちゃならねぇんだ」
「なるほどねぇ……。じゃあどうすんだ? この時間」
俺はエンジェの方を見る。エンジェは俺の視線に気付いて「適当に繋いどいて~!」と答える。
「……なるほど、俺たち次第なんだな」
「ああ、そういうことだ。ちなみにブラザー。今の内に言っておくことがある」
「ん? どした」
俺がまばたきすると、リックは微笑みとともに言った。
「オレはこの手の文化に疎い。余裕ぶってるが服の下は冷や汗でぴっちょりだ」
「そのドヤ顔で?」
リックはサングラスをかけて不敵に笑っている。
俺はそっとグラサンを落とす。
リックの目がとても不安そうに俺を見つめている。
「分かった。任せろ」
「助かるぜ」
「『目wwwwwww』『乗り物マスターの弱点発見』『マスタースキルも人間なんやなぁって』」
「じゃあ……そうだな」
俺は考える。配信。場繋ぎ。となれば……。
「質問コーナーでもやるか」
「『うぉぉおお!』『激アツ!』『きちゃあ!』『流石バールニキ! 需要が分かってるぅ!』」
「コメ欄のリアクションすご」
めちゃくちゃ喜んでる。喜ばれてる分にはいいか。俺は言葉を続ける。
「じゃあ、エンジェのSNSアカウントから匿名のメッセ投げられるから、そこから読み上げていくぞ。みんな、良ければ送ってくれ」
「『死闘続きの休み時間がこれかぁ』『血みどろ続きでハラハラしてたからちょうどいい』『ウェアウルフとの死闘に続いて神殺しだし、箸休めは必要』」
俺は前もって教えられていたサイトを開き、エンジェへのメッセ一覧を確認する。
うん。見事に質問の流れになってるな。
俺は一度深呼吸して、やる気を入れて言った。
「よし! じゃあ最初の質問だ! 行くぞリック!」
「どんと来い!」
「『バールニキさん、乗り物マスターさん、こんにちは』。こんにちは!」
「こんにちはだぜ、ベイビー」
「『早速ですが質問です。バールニキはいつからニートなん?w』。は?」
「アンチだな。次行け次」
「『初手アンチ』『読み上げる前に気付けwwww』『バールニキにも悲しき過去やぞ』」
「ちなみに四年前にブラック企業をやめて以来ニートです。次」
「『律儀wwww』『答えなくてええんやで』『ニート歴20年の俺からすればまだまだよ』」
俺は次の質問を確認して読み上げる。
「『バールニキに質問です。怪物と一緒に住んでたって話ですが、その辺りについて詳しく教えてください』。……怪物と住んでた……? 何の話してんだ……?」
「フロイラインの話だろ? 白い髪と赤い目の」
「あー、ぼたんのこと? 行き倒れてたのを拾って世話してたくらいだけど……?」
と、そこで俺は視線を感じて、振り返る。
「……」
エンジェがじっと、俺を見つめている。もっと詳しく話せ、と無言で告げている。
「えっと、何か圧が掛かってるんだけど、マジでそれ以上話すことがないというか」
「『暴れたりせんかったん?』『どういう関係性だったのか気になる』『男と女だから普通はそういう想像するんだけど、怪物だからマジで想像つかない』」
「おうお前ら、あんま怪物怪物言うな。あいつ俺と話してるときも、中二病酷かったんだからな?」
「『中二病wwwwww』『怪物を中二病扱い!?!??』『今一気に解像度上がったわ』『怪物に被害者説出てくるの笑う』」
俺が言い返すと、コメ欄が沸き出す。こういう説明で良いのかな、と思いながら、俺は続ける。
「まぁ、うん。そんな感じだな。ゲームとか全然やったことないって言ってたから、家のやらせてたくらい。死にゲーにハマってた」
「『死にゲーにハマる怪物かぁ』『子供扱いしてるわ』『順当に保護してた空気感だな』」
「うん、そんな感じだな。じゃあ次行くぞ」
俺は次のメッセージを読み上げる。
「『マスタースキルのお二人に質問です。性癖をお答えください』。おっと」
「『草』『草』『草』『性癖は重要』『性癖がつまらん奴は何やってもダメ』」
ノリノリのコメ欄に、俺は渋面で問う。
「……なぁ、本当に知りたいか? こんなむさくるしい男二人の性癖、本当に知りたいか?」
「性癖……か。ならオレから答えよう」
「リック?」
宣言し、リックはドローンの前を陣取る。その口元には、不敵な笑みが湛えられている。
リックは言った。
「オレはな。乗り物が好きなんだ。車、バイク、飛行機、戦闘機……ともかく、乗り物が好きでな」
「『?』『アレ、性癖の話どこ行った?』『そりゃ乗り物マスターなんだし』『ん?』」
コメ欄がキョトンとしている。俺もキョトンとする。
だが、続くリックの言葉で、息を飲んだ。
「あーん? おいおい、だから最初から言ってるだろ? これは性癖の話だぜ」
「……、……、……。……――――ッ!?」
「『あ』『分かった』『どういうこと?』『あっ、そういう』『分かんない奴は分かんないままでいい』」
俺は目を丸くしてリックを見つめる。
「例えば、今日乗り回してたあのスーパーカー。あいつは最高の
「『あっあっあっ』『ドラゴンってそういう』『ドラゴン×車』『ヤバい人だ!』」
「リック、もういい。止まれ。そこで止まれ。もういい。それ以上はやめろ」
「そうか? もっと語りたかったんだがな。じゃあ次はブラザーだぜ」
「嘘だろ俺この後に話すの!?」
「『ハードルwwwww』『この後に話すのキッツ』『拷問以外の何物でもないだろ』」
俺は信じられない目でリックを見る。リックはウィンクして、俺を両手でダブル指差しだ。
こいつ……! こいつマジ……!
「え、えと、その、お、俺の性癖、ですが……」
「『バールニキ頑張れ!』『五十万人の前で性癖暴露を強要される日本の至宝』『これが現代かぁ……』」
俺は冷や汗をだらだら流しながら、絞り出すような声で、こう言った。
「そ、その、……と、年下の子が好き、かな……?」
限りなく当たり障りのないことしか言えない自分に、俺は歯を食いしばる。
そこで、背後から声が聞こえた。
「ふ~ん……? タクは~、年下が好きなんだ~♡」
「うわぁっ!? え、エンジェ!?」
「タクは~♡ 一体誰を思い浮かべて~♡ 年下って答えたのかな~♡」
「あ、えと、あの、り、リック!」
「ごめんな、ブラザー。お前がオレに心を寄せてくれてるのには気付いてた。でもオレは乗り物を愛してるんだ」
「ちげぇよ! そういう意味じゃねぇよ! 助け舟出せって言ってんの!」
二人からいじられて俺は形無しだ。
そこでクスクスと笑ってから、エンジェが俺に語り掛けてくる。
「タク、クラファンの準備は出来たわよ。繋ぎは終わり。本題に入って」
言われ、俺はハッとする。それから配信ドローンに向き直って、言った。
「分かった、エンジェ。――――みんな、心の準備は出来てるよな?」
「『おう!』『きちゃ!』『ついに』『世界初や!』『クレカ登録した!』『神殺しだぁぁああああああああ!』」
俺の言葉に、コメ欄が恐ろしい速度で流れていく。
大きな力が、一つになろうとしているのを感じる。あれほど強大な、普通のモンスターを、みんなの力で倒す。
……そうすることで、きっと俺は、少しだけ、自分のことを認められるから。
「じゃあ始めよう」
俺は、宣言する。
「狩りの時間だ」
コメ欄が爆速で流れていく。エンジェがドローンの前に出る。リックが不敵に微笑む。
狩りが、始まった。