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第46話 化け物、再臨

 大猿が、月明かりを浴びていた。


「グルルルォォオオオ……」


 大猿は巨大なビルに寄りかかり、うっとりと月明かりを見つめている。


 以前は、豆粒のような俺たちを見つめていた大猿だが……今はこちらに気付いていないらしい。


「にしてもデカいな」


「SSS級は大体このくらいデカいわよ。小さいのもいるけど、少数派ね」


「おいやめろって。この大猿と戦ってるときにSSS級モンスターが襲ってきたらって想像して怖くなるじゃん」


「『お前が今から戦うのがそれ定期』『バールニキはいっつも敵を過小評価する』」


「タクはホント、何に怯えてるんだか……」


 俺が言うと、みんなが呆れたような反応になる。


 それを聞き流していると、ザザ、とリックから渡された無線から音がした。


『よう、ブラザー。こっちは準備完了だ。輸送代ですでにかなりの金が出てるからな。オレをちゃんと、飛ばさせてくれよ?』


「ハハ、分かってるよ。俺も頑張る。クラファンが成功したら、よろしくな」


『任せろブラザー』


 無線終了。俺は一つ頷き、エンジェに頼む。


「エンジェ、リックから始めて良いって連絡が来た」


「……分かった。あー……ヤバい~……! き、緊張で心臓爆発しそう~……!」


 エンジェが頭を抱えてうずくまる。俺はそれに、カラカラと笑った。


「はははっ。何とかなるだろ。まずは一旦ぶつかってみないことには、どうにもならないしな」


「た、タクこそ、作戦の流れは覚えてるわね!? 行けるのよね!?」


「ああ、もちろん覚えてる」


 俺はリラックスして答えながら、先ほどエンジェが説明した流れを思い出す。






「この作戦は、大まかに4フェーズが存在するわ」


 エンジェは指を一本立て、説明を始めた。


「最初に、タクと山王のガチマッチ。これはクラウドファンディング成功のためのプロレスみたいなもの。ここでタクが優位を取れば取るほど、神殺しに実現性が出てくる」


「『人間と全長200メートルの猿の戦い』『いや、マスタースキルでもこれはヤバくないか』『絵面が想像できないなマジで』」


「タク、この通り、あなたはまず『マスタースキルならSSS級モンスター勝ちうる』、という信頼を勝ち取る必要があるわ」


「金を出してもらうために、まず信用を勝ち取る訳だな」


「そういうこと。余計なことに突っ込まなくて偉いわよ。『いやSSS級モンスターじゃなくて普通のモンスターな』とか言っても今は無視するからね」


「詐欺罪が怖かったけど、冷静になったら隔離地域に警察とかいないしな」


「『こいつ』『いい性格してるよバールニキ』『詐欺じゃないから許すけども!』」


 エンジェが、二本目の指を立てる。


「次に、クラウドファンディング達成。ここはザコブタたちの力に掛かってるわ」


 エンジェは自分のSNS画面を出して、ポストをドローンに見せつける。


「あたしがさっき撮った動画付きポストは分かるわね? 神殺しを煽る奴!」


「『あのクソムカツク動画な』『ムカつきすぎて、入金開始前なのにクラファンページリロードしまくってる』『クラファンサイト重くない?』『サバ落ちたらヤバいから更新やめろ』」


「ザコブタたちはホント……! とにかく、これを拡散しまくって。ザコブタたちの一番の仕事はリポスト! お金は嬉しいけど、無理のない範囲にしときなさいよ」


「『分かった \50000』『任せとけ \20000』『俺の全力を見せてやる \3000』」


「あぁぁあああああ! 投げ銭! 何このタイミングで投げ銭してんの!? 温存! クラファンのために温存しときなさい!」


「『ここが金の投げ時! \10000』『食らえ! 座古宮! \20000』」


「だから! アンタらはもぉぉおおおお!」


 言う事を聞かないザコブタたちに、頭を抱えるエンジェだ。


 結構な額だったな今……。二億には届かないが、ギャグで投げて良い額ではなかっただろ。


「ま、この辺りはエンジェの領分だな」


 俺は肩を竦めて笑った。


「エンジェ。あらかじめ言っとくけど、俺ができることならいくらでも譲歩していいからな。色々あると思うけど、どうにか頼む」


「そんな安請け合いしちゃって……。でも、分かったわ。あたしはあたしにできること全部するから、任せて」


 頼もしい味方だ、と思った。エンジェは初対面から思っていたが、すごい奴だ。


 エンジェが三本目の指を立てる。


「気を取り直して、三番目! クラファンが成功したら、リックが爆撃機を飛ばすわ。今特別なツテを使って、用意を進めてるみたい」


「準備中の奴な。つーか特別なツテって何だよ。すげーなあいつ。ナニモンだ?」


「乗り物マスターでしょ」


「『バールニキのお仲間やぞ』『またしても何も分かってないバールニキ』」


「で、リックが上手く爆撃したら、最後!」


 エンジェが四本目の指を立てる。


「タクが山王の体をよじ登って、爆発で吹っ飛ばした山王の体の奥にある、山王の核、魔石を砕く」


 エンジェが、俺の目を見つめてくる。


「ここまでのフェーズは、全部難しいわ。山王との一対一を制するのも至難の業。クラファンだってみんなの力が合わさらないと無理。爆撃も相手は山王で、決して油断は出来ない」


「そうだな」


「でも、本当にうまく運んで、第三フェーズまで全部うまくいっても……第四フェーズ。本当に短い時間しかないこの機会を失敗すれば、全部終わり」


 山王は、高すぎる治癒能力を持つ。


 上半身を丸々フッ飛ばしても、魔石が治癒によって肉に隠されれば、俺に打つ手はない。


 それを加味して、俺は言った。


「ああ、任せろ。相手は普通のモンスターだから、ちょっと背伸びすることにはなるけど……ザコスキルの俺でも、頑張ってみるよ」


「……はぁ~、もうそれでいいわ。タク」


 エンジェは俺に拳を突き出してくる。


「頑張って」


「ああ。そっちも頼んだぜ」


 俺はエンジェの小さな拳に、自分の拳を軽くぶつけた。






 そして今。俺は大猿を前にして、じっと奴を見つめている。


 俺の近くを、配信ドローンが飛んでいる。俺の戦いぶりが、そのままクラファン成功につながるからだ。


 俺が情けない姿を見せれば、その時点で終わり。


 俺はこの、クソデカ猿を相手に、優位にコトを運ばなければならない。


 見上げる。デカイ。デカすぎる。全長200メートルだ。


 おおよそ、人間が相手取れる敵ではない。


「『ドキドキ……』『バールニキ……』『デカすぎんだろ……』」


 俺の様子を見つめているザコブタたちも、ハラハラしながら俺を見つめている。


 これを、熱狂に変える必要がある。


 この強大な普通のモンスターを、ザコスキルでも勝てるという期待を持たせる必要がある。


「……」


 ならば、これまでのように、自分を卑下したままではいられない。


「……すー……はー……」


 俺は深呼吸する。


 思い出すのは、昔のこと。


 自分を天才だと思い込んでいた、愚かで幼気な、小さな天才児気取りのこと。


「『アレ?』『バールニキ?』『何か雰囲気変わったな』」


 今だけは、アレを思い出せ。あの時に感じていた全能感を。自分が天才だという思い上がりを。


「『バールニキ、何かヤバくね?』『こわ』『やばい』『これホントにバールニキか?』」


 勘違いしろ。俺が最強だと。こんなデカいだけのモンスターなんて、軽く遊んでやれるのだと。


「『顔つきが……』『背筋メチャクチャゾワゾワする』『バールニキなんかデカく見えるんだけど』」


 あの時のまま、何者にも邪魔されずに成長した自分を想像しろ。全能感と才能を併せ持った化け物を。


 ドローンから、小さく、恐怖の言葉が漏れ出る。




「『今のバールニキ、こわい……』」




「―――グゥオオオオオ!?」


 その時、飛び跳ねるようにして、大猿は俺から距離を取った。


 俺はバールと傘を両手に構える。笑みと共に、「エンジェ」と声を上げる。


「始めてくれ」


「分かったわ! じゃあザコブタたち! 準備は良いわね!? ―――神殺しのクラウドファンディング、スタート!」


 エンジェがノートパソコンのエンターを叩く。


 ドローンから「『クラファン始まった!』『やるぞやるぞやるぞ!』」と声が聞こえてくる。


 俺は息を吐く。大猿を正面にして、どうしてやろうかと考える。


「……はは、うん。見立て通りだ。お前、面倒くさいなぁ。俺の火力じゃどうしたって殺せない。けど」


 俺は笑いながら、一歩踏み出す。


「それだけだな。ぼたんと逃げ出した時、逃げる必要なんかなかった。お前程度なら、楽しく遊んでやればよかったんだ」


「グォ……グルォォオオオオオ!」


 大猿が、俺に向けて巨大な拳を放つ。


「『ぎゃぁああああ!』『パンチデカすぎ!』『バールニキ避けろ! やばすぎる!』」


 ドローンが喚き散らす。俺はスキルではなく普通に傘を開いて、傘を閉じるときのように、バネの根元―――下ろくろを掴む。


「あの時の俺はビビってた。傘で防御なんて、する必要なかった。だってそうだろ? 隙だらけのテレフォンパンチなんか、上手くいなしてやればいい」


 そして、力いっぱい引いて、傘を閉ざす。


【閉傘】


 傘を閉じた勢いで、俺は瞬時に移動した。


 大体数十メートルほどの距離。俺は宙に浮きあがり、大猿の放った拳の内側に潜り込んだ。


 俺の横を、大猿の手首のあたりが通過する。


「こういうときは――――合わせ入れて、振り回してやるに限るよなァ!?」


 だから俺はバールを振るった。


【合わせ】


 バールのスキルが発生する。大猿の全身にスタンと体重軽減効果が行き渡る。


 だが、それでもこの巨体は重すぎる。俺の腕力で振り回せるほど軽くはならない。


 でも、俺はこういうとき、どうすればいいかを知っている。


「大猿、知ってるか? 柔道ってのはさ」


 俺は、大猿に痛みが伝わるように、バールを回す。大猿の腕をクンッと、捻る。


「自分から転ばせるように、するんだぜ」


【合わせ:浮落】


 まるで柔道のように、大猿が宙を舞い、ビルを巻き込んで横倒しになった。


「『!?』『えっ!?』『はぁ!?』『バールニキ何した!?』『山王ぶっ飛んだぞ今!』」


 ビルが倒壊し、煙がもうもうと巻き上がる。


 俺は傘を開き、ゆっくりと落下する。着地。


「はは、うん。そうだそうだ。こういう感じだった」


 記憶が鮮明に蘇る。


 相手がされて嫌なこと。それを躊躇いなく突く、幼さゆえの容赦のなさ。


 それを今、俺は自分から進んでやっている。


「グルルルルォォオオオオオ……!」


 煙の中から、大猿が立ち上がる。


 体の節々に瓦礫が突き刺さり、人間何十人分かの血を流している。


「どうだ? 大猿。俺の開幕パンチは中々だったろ」


 俺が呼びかけると、明らかに警戒した様子で、大猿が俺に注視している。


 俺はそれに、バールを肩に担ぎ、あごをしゃくった。


「来いよ、遊んでやる」


「グルルルルァァアアアアアアア!」


 俺の挑発に、大猿が咆哮をあげて襲い来る。

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