エンジェはパソコンから、配信画面とクラウドファンディングの現状を確認していた。
「うっっっっわ……! やばすぎ……!」
開始直後に、山王のことをぶん投げたタク。
それに、コメ欄は猛烈に沸き方をしている。
『日用品マスターつぇぇええええ!』
『こんな強いのか』
『これあるぞ! 勝ち筋全然ある!』
『バールニキ最強! バールニキ最強!』
熱狂。初手の一撃でここまで持っていったのは、率直に言って流石の一言だ。
『ははははっ、そんなもんか? 大猿が』
「……」
タクの様子まで、少しおかしいのは気になるけれど。
「でも、今のところ万事順調。クラファンの集金率も悪くない」
エンジェは、クラウドファンディングの画面を確認する。
そこには、今この時点までで支払われた神殺しプロジェクトへの総額―――しめて8千万円超の数字が表示されている。
4%。割合にしたらたったそれだけ。しかし開始直後だ。一分かからずにこれなら、目は十分にある。
「クラファンのプランは、最低額でも二千円からだから……ざっと四万人が速攻で投げてくれたのね」
やはりだ。作戦は間違っていなかった。エンジェは小さく、拳をぐっと握りこむ。
―――エンジェの作戦。それはいつも通り、挑発スキルとSNSの拡散を交えたものだった。
挑発スキルを乗せた動画をポストして、SNSで拡散したのだ。
挑発スキルを見た人は動画を見に来て、タクを経由してヘイトを解消し、神殺しに共感すれば、クラファンページに移動する。
エンジェの挑発には強制力がある。神殺しにわずかでも共感したなら、二千円程度は払ってしまうくらいに。
だから、ザコブタたちの誘導に対しては、現状うまくいっている、というところだろう。
配信では、今もタクが、山王を前にうまく立ち回っている。
『おらぁ! ははははは! ちゃんとしたモンスターといえど、こんなもんかぁ!?』
『グルァァアアアアア!』
タクは、山王に対して小さすぎるほどなのに、日用品を使って面白いくらいに優位に立ち回っている。
コメ欄の熱狂は冷める様子はない。むしろドンドンと加速しているくらいだ。
「―――キタキタキタぁ! 一億突破! まだ開始から一分よ!? ヤバすぎ!」
いくら策を練っていたからと言って、ここまでの成果が短時間で得られると、エンジェの脳汁もドバドバだ。
うまくいっている。うまくいっている! エンジェは興奮で踊りだしたい気持ちをぐっとこらえながら、状況の推移を見守った。
しかし、そこから数分。
集金速度が、目に見えて鈍化する。
「っ!? な、何で……!」
エンジェは一転して焦る。
配信の状況は悪くない。タクは優位に立ち回り、コメ欄は熱狂に包まれている。
だが、こんなコメントが、目につくようになった。
『クラファンページ重すぎ!』
『鯖落ちてんじゃねこれ?』
「そうだ……! そうよっ。その発想を忘れてた……!」
エンジェは、自分の読みの浅さに恥じ入る。
「普通一億なんてクラファンプロジェクト、一か月とかの期間いっぱいでも大成功の金額よ!? その二十倍のアクセスに耐えられるサーバーなんて、あるはずない!」
クラファンページを作って慢心していた。あるいは、自分の手の届くところじゃないから、と無視していた。
二十億円。二千円で割って、百万人。
百万人の同時アクセスに耐えられるサーバーなんて、今配信している動画サイトのような、ビッグテックくらいしか持ち合わせてはいまい。
「どっ、どっ、どっ、どうしよう!? どうすればいいの!? こういう時ってどうするの!? えぇ!?」
予想外の問題に、エンジェはパニックだ。
しかし、この状況に対処できるのは、エンジェしかいない。
エンジェは考えに考え―――検索して、サイト会社に直接電話を掛ける。
「もっ、もしもし! あ、あの、あたし、そちらのクラファンサイトで『神殺し』プロジェクトを進めている―――」
『あぁっ! ちょうどこっちも大騒ぎですよ! 何ですかこのアクセス数! どうなってるんですか!』
スマホから大声が返ってきて、エンジェは耳がキーンとなる。
しかし、ちょうど同じ話をしていたのなら、話は早い。
「その! い、今このプロジェクト、かなり佳境っていうか、修羅場っていうか、サーバーが落ちられたらものすごく困るんです!」
『いや知らないですよそっちの都合なんて! 正直DOS攻撃かと思ったくらいです。どうなってるんですかこれ!』
「ああああえっとあのそれは本当にごめんなさいなんですけどあの!」
エンジェはパニクりながらも、どうにか意思を伝える。
「お願いします! サーバーの方、増設お願いできませんか!? 今だけでも! ここからまだまだアクセス来ると思うので、プロジェクトに集まったお金から、サーバー代お支払いしますので!」
『……』
どう!? と思う。ダメか? と。痛いほどの沈黙。エンジェの動悸が激しくなる―――
『……サーバー代、出してもらっちゃっていいんですか?』
―――イケる! イケるイケるイケる! ここは押せ押せだ!
「もちろんです! 見てくださいよ今の集金額! プロジェクト開始から一分で一億越えですよ! ここからザッと一時間程度で良いので、よろしくお願いします!」
『はぁ~……分かりました。じゃあ増設させていただきます。うわ、達成目標二十億!? ってことは、最大百万アクセスを想定して動いた方がいいか……。了解です』
「……で、できますか? あの、無理言ったあたしがこんな事聞くのは、変だと思うんですけど……」
『頑張ってみますよ。ちょうどサーバー会社で働いてる、電子系のスキル持ちの人が知り合いにいるので、その人に頼み込んでみます』
細かい話は後日、と話を付けて、電話が切れる。
「や、やれることはやった、わよね……?」
サーバー代とか全然相場が分からないが、それはそれ。今後どうにか交渉すればいい話だ。
コメ欄は、先ほどに比べても『クラファンサイトおっも』というコメントが増えている。対応は間違えてなかったはずだ。
「……これで、サーバーが安定すればいい、けど」
様子を眺める。すると、数分でサイトの重さに言及するコメントが減り始めた。
常人では出来ないことだっただろう。スキル。挑発スキルで暴れている自分が言うのも何だが、すさまじい。
「けど……」
集金速度は、先ほどに比べれば戻ったが、最初の破竹の勢いには戻らない。
戦闘開始から、ざっと二十分。現在の集金額は、十億に届かない程度。
「……」
エンジェはくまなく現状を確認する。
同時接続数は、現在70万人を突破した。SNSの拡散はうまくいっている。離脱も少ない。
なら、と配信そのものを確認する。そして、気付いた。
『はぁ……! はぁ……! オラァァアアアア!』
『グルァァアアアアア!』
―――タクに、疲弊が見られる。
戦闘そのものは問題ない。山王は血まみれ。タクは無傷。長時間タクは、山王をあしらい続けている。
しかしだ。エンジェはすぐさまコメ欄を確認した。
熱狂はそこにある。コメントは白熱したものばかり。
だが、ニュアンスが変わっている。
『負けるな! 負けるなバールニキ!』
『今十億突破した! いけいけいけ!』
『お前らもっと金投げろ! バールニキバテ始めてる!』
心配。タクに対して、コメ欄が心配し始めている。
「……っ」
タクのスタミナ問題は認識していた。どうにもならないから、短時間で達成させるつもりだった。
だが、このままではダメだ。タクが完全にバテたら、そしてどこかでまともに一撃食らったら、それで終わる。
「どうするの」
エンジェは自分に問う。
「この状況で、打開策は――――」
考える。考えろ。考えろ考えろ考えろ!
エンジェは頭が痛くなるほど、高速で思考を巡らせる。
サーバーは安定した。集金速度は下がったとはいえ、悪いものではない。タクの戦闘振りがそのまま、集金速度に繋がっているだけ。
エンジェはクラファンページを確認する。説明にも問題はないだろう。
そうだ。そもそも問題はないのだ。順調すぎるほど順調。目標が高すぎるだけ。
―――高すぎる、目標?
「っ!」
エンジェはページをさらに下にスクロールする。そして、ピタ、と止めた。
そこにあるのは、プランの表記。
プラン。それは、払った金額に応じてリターンをどのくらいしますよ、というものだ。
最低額の二千円なら、今回の配信のアーカイブを配布する程度。一万円はタクのアーカイブ副音声。
そしてさらに上は……と、支払われた金額に応じて、リターンを多くするのだ。
そして、そのプランは、最大百万のプランがあるばかり。
エンジェは呟く。
「そうよ……! こんなハチャメチャな額集めるんだもの。最大額が百万円は、ありえない」
エンジェは編集ページを開いて、少し考え、真っ先にこう加えた。
『十億円プラン:日用品マスターの一日貸し切り権』
とてつもない額だ。だが、とてつもない需要を持つリターンだ。
個人の買い物では決してあり得ない。だが、どこか巨大な資本を持つ組織からなら―――
しかし。
「いいの?」
エンジェは自分に問う。
「あたしが、そんなこと、勝手に決めて良いの? たった一日でも、タクの身柄を売るような真似、勝手に……」
躊躇う。指が震える。だが、思い出すのだ。
―――エンジェ
―――あらかじめ言っとくけど、俺ができることならいくらでも譲歩していいからな
―――色々あると思うけど、どうにか頼む
「……タク。あなたに何か、危険が及んだら」
エンジェは、呟く。
「あたしが、そのときは、絶対に助け出すから」
エンジェはエンターキーを叩く。十億円のプランが公開される―――
直後、『プロジェクト達成』の表記が、ページに表示された。
十億のプランを、瞬時に買い取る者がいたのだ。エンジェはそのことを理解して、背筋にゾクリと寒気が伝う。
だが、どちらにせよ、成すべきことを成し遂げた―――!
「タクッ! 二十億集まったわ! これで」
エンジェは声を張り上げる。これでタクが、少しでも休憩できると。
だが、パソコンから顔を上げて、絶句した。
「はぁ……っ、くっ……!」
「グルルルルォォオオオオオ!」
タクが、限界だ。
『バールニキ! 行ったぞ! 二十億行った!』
『二十億なんか行くのかよ! すげぇよ! まだまだ金額伸びてるぞ!』
『持ちこたえろ! バールニキ! 持ちこたえてくれ!』
「あ、ああ、あぁぁあ……!」
様子がおかしいとは思っていた。いつもよりギリギリを攻めていると。
無理をしていたのだ。背伸びさせてしまっていた。元もスタミナはないと知っていたのに。
『こちらリック。目標達成を確認した。飛ぶぜ』
無線からリックの声が響く。無線の向こうから、爆撃機を飛ばす準備音が聞こえる。
もう、作戦は止まらない。止まれない。このまま突っ走ってしまうしかない。
だが、このままではタクはスタミナが尽きる。タクが倒れればすべてが終わりだ。この作戦は絶対に成功しない。
エンジェの心臓は、痛いほどに鳴っている。すべきことを悟って。その恐怖に震えて。
呆然と、エンジェは配信画面を見る。配信ドローンが撮影する、タクの様子を。
タクは脂汗を流しながら、傘を用いて防戦一方だった。当然だ。全長200メートルの怪物と、生身で戦えているのが異常なのだ。
それが、更に崩れる。体勢が不安定になる。そこに、消耗のない山王の拳が迫って。
エンジェは、覚悟を決めた。
「―――――そこのッッッッッ!!! おっきなおサルさ~~~ん!!!」
エンジェは、限界まで声を張り上げる。隠れていた廃墟から飛び出して、僅かでも声が届くように。
その成果もあって、山王が動きを止めた。その、目玉だけでエンジェよりも大きそうな体が、エンジェに注目している。
だからエンジェは、煽るのだ。
「――――はっずかしい~~~!!!! こんな何十分も経って~~~!!! こ~~~んな小さな人間一人倒せないなんて~~~♡♡♡」
その一言が、戦況を揺るがす。
「――――グルルルルォォオオオアアアアアアアア!??!?!!!??!?」
見たことのないくらいの激怒だった。
山王が、巨大すぎる大猿が、激怒している。全身で怒りを表明している。
そしてその全身が躍動し、山王は一気にエンジェに迫り来た。
終わった、とそう思う。エンジェは呆然と山王を見、そしてその先のタクを見た。
タクは目を剥いて、エンジェを見つめていた。顔を青ざめさせ、細かく首を横に振っている。
「……タク」
エンジェは、恐怖に怖がった顔で、思わず流した涙で、きっと聞こえないだろう小さな声で、呟いた。
「この大猿倒したら……あたしのこと、ちゃんと蘇らせてよね?」
「グォォォオオオオ! グルァァァアアアアアアア!」
山王が迫る。その拳が迫る。建物ごとエンジェを殺し尽くすような、肉片すら残さないような一撃が迫る。
そして、エンジェは聞くのだ。
「驚いたわ」
背後から聞こえた、鈴の鳴るような、少女の声を。
「あなた、度胸があるのね」
「え」
体に腕が回される。視界の端に、真っ白な髪が揺らめく。
次の瞬間、エンジェの視界が弾けた。
一瞬の気絶。視界の暗転。覚醒。
まばたきの直後、エンジェから離れた場所で、山王の拳が突き刺さる。
エンジェは何者かに抱えられながら、空を猛スピードで跳んでいる。
「うわっ、ひゃっ、はぁぁああああああ!?」
「うるさい。戦闘中よ、静かにして」
「いやっ、あのっ、えっ、あの、えぇぇええっ!?」
エンジェは、自分を助けたその人物に気付いて、悲鳴を上げた。
真っ白な髪、真っ赤な瞳。隔離地域で最も強い人間の一人とさえ言われる、危険S級冒険者。
『怪物』化生院 牡丹。
「あなたのおかげで助かった。タクを助け出すタイミングを見計らってたけど、攻防が激しすぎて割り込めなかったの」
改めて間近に見て思うのは、その姿について。
あまりにも美しい、人間離れした美貌。同時に、エンジェよりもあどけない顔つき。
もしかして年下なんじゃないの、と思いながら、エンジェはぼたんを見つめる。
ぼたんは、言った。
「正直、状況が分かってないの。あなたを抱えて逃げるから、その間に説明して」