エンジェがぼたんに助け出されたのを見て、俺は腰砕けになって、その場にへたり込んだ。
「よかったぁ~~~……!」
それから、ぜぇ、と荒い息を吐く。
危なかった。色々と危な過ぎた。というか無理をし過ぎた。俺は歯噛みする。
「さっきの戦い方、ダメだ。スタミナが昔並みにないと出来ない」
今のヒョロガリ体型では無理が出た。攻めだもんな。守り主体よりもリスクがあるのは当然。
普通のモンスター相手に調子を乗った、と歯噛みする。必要があったとはいえ、だ。
しかも、そのフォローでエンジェを危険に晒した。俺は猛省だ。ここからは、ここぞというタイミング以外では、あの戦い方はしないようにせねば。
今は、エンジェがヘイトを稼いで、それをぼたんが抱えて逃げ回っている。そのお陰で、今俺には休む時間がある、というわけだ。
そこで、無線から声が流れる。
『ブラザー、出るぜ。米軍から買い取った爆弾は二発。その内一発目を叩き込む』
「! 分かった、やってくれ」
『いいのか? 休む時間が足りてないだろ? ん?』
「おい、からかうなよ。呼吸が整ってるなら、あのデカブツの体を駆け上がるくらいなら行ける」
『やっぱブラザーのスキルは燃費が良すぎるな』
無線越しに、リックはカラカラと笑う。
そして、言った。
『了解だ。まずオレが一撃叩き込む。うまく立ち回れよ、ブラザー』
轟音が、近づいてくる。
「っ! これか!」
とんでもない速度で飛ぶ機体は、ソニックブームを伴うという。そしてそれは、轟音を生むと。
俺は最後に一つ深呼吸をして、呼吸を完全に整えた。それから、速足で大猿へと近寄っていく。
聞こえるのは、大猿の雄たけび。そして二人の少女の声。
「グルルルルァァアアアアアアア!」
「ぎゃぁあああああ! 死ぬっ! しぬぅぅうううううう!」
「耳栓持ってくればよかった……」
大猿は咆哮し、エンジェは悲鳴を上げ、それにぼたんはうんざりしている。
俺は二人に呼びかけた。
「おい! 無線は聞いてたか!? リックが爆撃する! 回避の準備を!」
「わっ、分かった! ぼたん! さっきの話の通りよ! 爆撃が来るから、建物か何かに隠れて!」
「分かった。じゃあちょっと敵を引き付けておいて」
「え?」
ぼたんが、ポン、とエンジェを宙に投げ出す。
「ぼたん!?」
「ぎゃぁぁあああああああ!?」
あらゆる全員の視線が、投げ出されたエンジェに集まる。山王も状況が分からず、ポカンとしてエンジェを見つめる。
そこでぼたんは、近くの道路標識を引き抜いて、投げ放った。
道路標識が、大猿の顔に突き刺さる。
「グギャォォオオオオ!」
大猿が怯む。その隙にぼたんが素早く移動して、エンジェを回収して廃墟の中に飛び込んだ。
俺は無線に叫ぶ。
「ぼたん、エンジェの二人は避難完了だ。いつでもいい!」
『オーケー。ならカウントダウンだ。三秒後に投下する。備えろよ、ブラザー』
「おう!」
轟音が近づいてくる。心の中で、俺はカウントする。
3、2、1……。
空を、猛スピードで移動する影。
『投下だ』
空中から大猿に、巨大な爆弾が落ちてくる。
「グォ」
すでに怯みから回復していた大猿の頭に、爆弾が激突した。爆発。大猿の頭が吹っ飛ぶ。
かに、見えた。
「グォォオオオオオ!」
そこからの大猿の動きは、恐るべきものだった。
大猿は素早く頭の爆弾を掴み、そのまま地面に叩きつけた。
拳が地面深くまで潜り込む。腕の半ばまで地面に埋まる。
衝撃。
「グルォォオオオオオ!」
大猿の腕が吹き飛ぶ。地中の爆発で、地面が大規模にめくれる。
だが、それだけだ。
大猿は片腕を失っただけで、健在だった。
「――――リック! 失敗だ! 今の爆撃は失敗だ! 爆撃は当たったが、対処された!」
『チッ。やるな、流石はSSS級モンスターだ。簡単には勝たせちゃくれないらしい。……ブラザー! デモンの様子はどうだ』
「対処された腕が吹っ飛んだが、それだけだった。それと……」
エンジェの挑発効果も打ち消して、大猿は空中に視線をやっている。
「最悪だ。リック、大猿はお前を警戒してる」
『ハハ、最高だな。次に考えなしにデモンの上を飛んだら、落とされるのはオレってわけだ』
状況が悪くなった。俺は歯噛みしながら、ビルよりも高い大猿を睨む。
そこで、俺の横に、並び立つ者が一人。
「作戦はどう?」
「……ぼたん」
「久しぶり、タク。元気そうでよかった」
ふわ、と柔らかな笑みを、ぼたんは浮かべる。真っ白な髪、ルビーのような赤い瞳。そして例のごとく、お出かけの時はおしゃれな服。
「……俺もだよ、ぼたん。お前の元気な姿が見られてホッとしてる。けど、積もる話は後だ」
「うん、そうだね」
色々と話したいことはある。聞きたいことも。
でも、今じゃない。
「エンジェは?」
「あのピンクツインテールの子? 狙われなくなったし、気絶しちゃったから、廃墟の中に置いてきた」
「そっか、ならいい。あいつは役割を果たした。ここからは、俺たちの出番だ」
「何すればいい? タクに従うよ」
「……」
俺は少し考え、無線に問う。
「リック、今の失敗から得られた情報をまとめてくれ。俺側も分かったことを伝える」
『対処って言ってたな、ブラザー。ってことは、反応されたわけだ』
「ああ。大猿の奴、爆弾掴んで地面に腕突っ込んで、腕だけで被害を済ませやがった」
『カーッ! あんなナリの癖に賢いデモンだなぁ~! ってことは、多分この前にも爆撃経験があるな?』
「え、そうなの?」
俺が首を傾げると、ぼたんが言う。
「ある。数年前に自衛隊による山王討伐作戦があった。爆撃機がかなりの数落とされて終わった。あの時に、対処を覚えてるはずだよ」
『おっと、この声はフロイラインかな? 情報をどうも、お嬢さん』
「あいさつは後で良い。今は見解を」
『これは失礼した。じゃあオレの見解だが』
リックは、述べる。
『デモンを倒すことは、まだ可能だ。だが、計画よりもずっと難易度は上がった』
「言ってくれ」
『計画じゃ、一発当てたらドカン! 上半身が吹っ飛ぶ想定だった。だが、デモンは空を警戒してる。ただ爆撃しても同じことになる』
だから、とリックは続ける。
『デモンに防御させないように、ブラザー、フロイラインで邪魔をしてくれ。これがまず、一つ目の要請』
「二つ目があるのか?」
『ああ、二つ目がある。遠隔で監視を頼んでた情報班から、デモンの消耗を分析してもらってたんだが』
こいつ平然と米軍の一部ごと駆り出してない?
『爆撃一発だと、普通に当てるだけじゃ、魔石の露出までは行かないらしい。二発同時に当てれば行けたそうだが、もう数十億円は用意できないよな?』
「無茶言うなよ」
『ハッハッハ! そう言うわけだ。貧乏なオレたちは、アイデアと努力で不足を補わなきゃならん』
で、だ。とリックが続ける。
『ここからはオレのアイデアだ。あのデモン―――奴の、口の中に直接爆撃する』
「!」
俺は目を丸くする。
「体の内側から、ってわけだ」
『その通りだ、ブラザー。内側から、ボンッ! 胃から上を吹き飛ばす。そうすれば肩から上も、とりあえず千切れ落ちる。で、魔石が露出するって寸法だ』
節約案か。俺は想像する。
大猿の体を横に四分割したとする。魔石があるのは体の中心だ。
頭に爆撃して、直撃しても、頭から肩までしか吹っ飛ばない。魔石は隠れたままだ。
しかし、爆弾を飲み込ませ、内側から破壊すれば、四分割した体の内、上から二番目が吹き飛ぶ。
肩から上は爆破で破壊はされないものの、下支えを失い、地に落ちて―――核が、魔石が露出する。
その分、再生は早くなりそうなものだが……これ以外に、手はない。
「タク」
ぼたんに呼ばれ、俺はぼたんが指さす先を見る。
そこには、失った腕を、すでに取り戻した大猿が、空を睨んでいる。
「もう、腕が再生してる」
「……はは。あいつつえー……。普通のモンスターでこれかよ」
「タク、この期に及んで認識が……」
おいたわしいものを見る目でぼたんが俺を見てくる。何か嫌だなその目。ジト目で見るな。
「ともかく、だ」
俺は話しを区切る。
「ミスはあった。けど課題も見えた。俺たちの消耗も少ない。だから」
俺は一呼吸して、みんなに言う。
「次のチャンスに、賭けに行こう」