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第48話 並び立つは怪物

 エンジェがぼたんに助け出されたのを見て、俺は腰砕けになって、その場にへたり込んだ。


「よかったぁ~~~……!」


 それから、ぜぇ、と荒い息を吐く。


 危なかった。色々と危な過ぎた。というか無理をし過ぎた。俺は歯噛みする。


「さっきの戦い方、ダメだ。スタミナが昔並みにないと出来ない」


 今のヒョロガリ体型では無理が出た。攻めだもんな。守り主体よりもリスクがあるのは当然。


 普通のモンスター相手に調子を乗った、と歯噛みする。必要があったとはいえ、だ。


 しかも、そのフォローでエンジェを危険に晒した。俺は猛省だ。ここからは、ここぞというタイミング以外では、あの戦い方はしないようにせねば。


 今は、エンジェがヘイトを稼いで、それをぼたんが抱えて逃げ回っている。そのお陰で、今俺には休む時間がある、というわけだ。


 そこで、無線から声が流れる。


『ブラザー、出るぜ。米軍から買い取った爆弾は二発。その内一発目を叩き込む』


「! 分かった、やってくれ」


『いいのか? 休む時間が足りてないだろ? ん?』


「おい、からかうなよ。呼吸が整ってるなら、あのデカブツの体を駆け上がるくらいなら行ける」


『やっぱブラザーのスキルは燃費が良すぎるな』


 無線越しに、リックはカラカラと笑う。


 そして、言った。


『了解だ。まずオレが一撃叩き込む。うまく立ち回れよ、ブラザー』


 轟音が、近づいてくる。


「っ! これか!」


 とんでもない速度で飛ぶ機体は、ソニックブームを伴うという。そしてそれは、轟音を生むと。


 俺は最後に一つ深呼吸をして、呼吸を完全に整えた。それから、速足で大猿へと近寄っていく。


 聞こえるのは、大猿の雄たけび。そして二人の少女の声。


「グルルルルァァアアアアアアア!」


「ぎゃぁあああああ! 死ぬっ! しぬぅぅうううううう!」


「耳栓持ってくればよかった……」


 大猿は咆哮し、エンジェは悲鳴を上げ、それにぼたんはうんざりしている。


 俺は二人に呼びかけた。


「おい! 無線は聞いてたか!? リックが爆撃する! 回避の準備を!」


「わっ、分かった! ぼたん! さっきの話の通りよ! 爆撃が来るから、建物か何かに隠れて!」


「分かった。じゃあちょっと敵を引き付けておいて」


「え?」


 ぼたんが、ポン、とエンジェを宙に投げ出す。


「ぼたん!?」


「ぎゃぁぁあああああああ!?」


 あらゆる全員の視線が、投げ出されたエンジェに集まる。山王も状況が分からず、ポカンとしてエンジェを見つめる。


 そこでぼたんは、近くの道路標識を引き抜いて、投げ放った。


 道路標識が、大猿の顔に突き刺さる。


「グギャォォオオオオ!」


 大猿が怯む。その隙にぼたんが素早く移動して、エンジェを回収して廃墟の中に飛び込んだ。


 俺は無線に叫ぶ。


「ぼたん、エンジェの二人は避難完了だ。いつでもいい!」


『オーケー。ならカウントダウンだ。三秒後に投下する。備えろよ、ブラザー』


「おう!」


 轟音が近づいてくる。心の中で、俺はカウントする。


 3、2、1……。


 空を、猛スピードで移動する影。


『投下だ』


 空中から大猿に、巨大な爆弾が落ちてくる。


「グォ」


 すでに怯みから回復していた大猿の頭に、爆弾が激突した。爆発。大猿の頭が吹っ飛ぶ。


 かに、見えた。


「グォォオオオオオ!」


 そこからの大猿の動きは、恐るべきものだった。


 大猿は素早く頭の爆弾を掴み、そのまま地面に叩きつけた。


 拳が地面深くまで潜り込む。腕の半ばまで地面に埋まる。


 衝撃。


「グルォォオオオオオ!」


 大猿の腕が吹き飛ぶ。地中の爆発で、地面が大規模にめくれる。


 だが、それだけだ。


 大猿は片腕を失っただけで、健在だった。


「――――リック! 失敗だ! 今の爆撃は失敗だ! 爆撃は当たったが、対処された!」


『チッ。やるな、流石はSSS級モンスターだ。簡単には勝たせちゃくれないらしい。……ブラザー! デモンの様子はどうだ』


「対処された腕が吹っ飛んだが、それだけだった。それと……」


 エンジェの挑発効果も打ち消して、大猿は空中に視線をやっている。


「最悪だ。リック、大猿はお前を警戒してる」


『ハハ、最高だな。次に考えなしにデモンの上を飛んだら、落とされるのはオレってわけだ』


 状況が悪くなった。俺は歯噛みしながら、ビルよりも高い大猿を睨む。


 そこで、俺の横に、並び立つ者が一人。


「作戦はどう?」


「……ぼたん」


「久しぶり、タク。元気そうでよかった」


 ふわ、と柔らかな笑みを、ぼたんは浮かべる。真っ白な髪、ルビーのような赤い瞳。そして例のごとく、お出かけの時はおしゃれな服。


「……俺もだよ、ぼたん。お前の元気な姿が見られてホッとしてる。けど、積もる話は後だ」


「うん、そうだね」


 色々と話したいことはある。聞きたいことも。


 でも、今じゃない。


「エンジェは?」


「あのピンクツインテールの子? 狙われなくなったし、気絶しちゃったから、廃墟の中に置いてきた」


「そっか、ならいい。あいつは役割を果たした。ここからは、俺たちの出番だ」


「何すればいい? タクに従うよ」


「……」


 俺は少し考え、無線に問う。


「リック、今の失敗から得られた情報をまとめてくれ。俺側も分かったことを伝える」


『対処って言ってたな、ブラザー。ってことは、反応されたわけだ』


「ああ。大猿の奴、爆弾掴んで地面に腕突っ込んで、腕だけで被害を済ませやがった」


『カーッ! あんなナリの癖に賢いデモンだなぁ~! ってことは、多分この前にも爆撃経験があるな?』


「え、そうなの?」


 俺が首を傾げると、ぼたんが言う。


「ある。数年前に自衛隊による山王討伐作戦があった。爆撃機がかなりの数落とされて終わった。あの時に、対処を覚えてるはずだよ」


『おっと、この声はフロイラインかな? 情報をどうも、お嬢さん』


「あいさつは後で良い。今は見解を」


『これは失礼した。じゃあオレの見解だが』


 リックは、述べる。


『デモンを倒すことは、まだ可能だ。だが、計画よりもずっと難易度は上がった』


「言ってくれ」


『計画じゃ、一発当てたらドカン! 上半身が吹っ飛ぶ想定だった。だが、デモンは空を警戒してる。ただ爆撃しても同じことになる』


 だから、とリックは続ける。


『デモンに防御させないように、ブラザー、フロイラインで邪魔をしてくれ。これがまず、一つ目の要請』


「二つ目があるのか?」


『ああ、二つ目がある。遠隔で監視を頼んでた情報班から、デモンの消耗を分析してもらってたんだが』


 こいつ平然と米軍の一部ごと駆り出してない?


『爆撃一発だと、普通に当てるだけじゃ、魔石の露出までは行かないらしい。二発同時に当てれば行けたそうだが、もう数十億円は用意できないよな?』


「無茶言うなよ」


『ハッハッハ! そう言うわけだ。貧乏なオレたちは、アイデアと努力で不足を補わなきゃならん』


 で、だ。とリックが続ける。


『ここからはオレのアイデアだ。あのデモン―――奴の、口の中に直接爆撃する』


「!」


 俺は目を丸くする。


「体の内側から、ってわけだ」


『その通りだ、ブラザー。内側から、ボンッ! 胃から上を吹き飛ばす。そうすれば肩から上も、とりあえず千切れ落ちる。で、魔石が露出するって寸法だ』


 節約案か。俺は想像する。


 大猿の体を横に四分割したとする。魔石があるのは体の中心だ。


 頭に爆撃して、直撃しても、頭から肩までしか吹っ飛ばない。魔石は隠れたままだ。


 しかし、爆弾を飲み込ませ、内側から破壊すれば、四分割した体の内、上から二番目が吹き飛ぶ。


 肩から上は爆破で破壊はされないものの、下支えを失い、地に落ちて―――核が、魔石が露出する。


 その分、再生は早くなりそうなものだが……これ以外に、手はない。


「タク」


 ぼたんに呼ばれ、俺はぼたんが指さす先を見る。


 そこには、失った腕を、すでに取り戻した大猿が、空を睨んでいる。


「もう、腕が再生してる」


「……はは。あいつつえー……。普通のモンスターでこれかよ」


「タク、この期に及んで認識が……」


 おいたわしいものを見る目でぼたんが俺を見てくる。何か嫌だなその目。ジト目で見るな。


「ともかく、だ」


 俺は話しを区切る。


「ミスはあった。けど課題も見えた。俺たちの消耗も少ない。だから」


 俺は一呼吸して、みんなに言う。


「次のチャンスに、賭けに行こう」


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