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【 芽吹 】


 ――鈍い音を立てて、エレベーターはようやく降下を止めた。



 長い長いその時間、兄妹はただの一言も言葉を交わすことはなかった。

 それぞれが、それぞれの中で……その想いを、見つめ直して。


 エレベーターを降りるときも押し黙ったままに――。

 二人は、整備されたドーム状の空間に足を踏み出す。



 ……彼らの歩みに合わせて点灯していく照明が、一つの通路を指し示していた。



 その通路は長く――ひたすらに長く。

 途中、いくつもの重厚な扉を抜けた先――。



 特殊鋼の通路が終わり、自然の洞窟となった先に……。

 二人はついに、照明などとは違う――淡い光を見出した。



「お兄ちゃん……!」



 ナビアの呼びかけに前を見たまま頷き返し、ノアは足を早める。




 ……やがて洞窟を抜け、大地へと出た彼らの前に広がった光景――。

 それは……見渡す限りの、灰色の世界だった。


 果てなく続く荒れ野と、厚く垂れ込めた雲が、地平線に溶け合う――灰色の世界だった。




「……これは……。

 やっぱり、庭都ガーデン以外の世界は、もう……」



「ううん、そんなことないよ――お兄ちゃん」




 思わずノアの口を突いて出る、悲観的な言葉を打ち消すように――。

 努めて明るい声で、ナビアは自分たちの足下を指し示した。




 そこには――花が咲いていた。


 ごつごつした岩場の陰に、名も知らぬ、小さな黄色い花が。




「ほら……他にも」



 続いて、ナビアは山の裾野に果てなく広がる灰色の荒れ地へと、指を向ける。



「ああ……ホントだ」



 言われるがまま目を凝らし……そしてノアは、大きく頷いた。



 ……世界は限りなく灰色だったが、その中にも確かに色彩があった。


 ちっぽけでも、灰色に塗り潰されていない――。

 力強い色彩が、至る所に、点々と。



 さらには、それらを励ますかのように――。

 厚い雲の切れ間から、一条の光が射し込んだ。


 弱く、か細い――しかし確かな、光が。



 それは、また……彼らの行く道を照らし出しているようでもあった。




「よし……行こう」




 ……意を決して、ノアが出した手。

 それを握って……しかしナビアはふと、背後を仰ぎ見る。



 ――妹の気持ちを察したのだろう、ノアもその視線を追った。




 天を突くがごとく、他を圧してどこまでも高く聳える山。


 その頂きに広がる理想郷――彼らの生まれ故郷、庭都。




 ここから見えるはずもないその地を、しかし彼らは仰ぎ続けた。



 故郷に――。

 そして、そこで出会った多くの人々に……改めて、別れを告げるべく。




「――うん……。

 じゃあ…………行こう、お兄ちゃん」


「……ああ」




 ナビアの呼びかけに応え、その手を引いて、ノアは足を踏み出した。


 世界へ、一歩を踏み出した。




 ――人類の、そして彼ら自身の、新しい歴史を刻むために。



 大地に、新しい花を、咲かせるために――――。



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