「きゃははははは、何これ!」
この甲高くて、舌足らずな笑い声は私。
鏡に向かって私が笑うと、そこに写る、おかっぱ頭(下はまっすぐ切りそろえてある)の少女もニカッと笑った。
そもそもこれが事の始まり‥‥。
私の名前はね、キャロル。十四歳のどこにでもいる普通の女の子‥‥ではないらしくて周りの人達から見ると少しおかしいらしい。でもでも、そーんな勝手な事は、周り‥‥それも、ほんの数人の話しだけだし、私本人としいては、別にぃって感じなんだけど‥‥。
「むふふふふふ」
私はそれなりに魅力的かなって顔でまた笑う。
鏡の中の私の分身は、私の期待を裏切って、不気味ぃな顔で笑いかける。
「‥‥‥うっ」
私は思わず後ろに引いた。
桃色の髪がサワッと揺れる。
えーっと、何でこんな色なのかって言えば、それはもう聞くも涙、語るも涙のお話しで、一口にはとてもとても‥‥。だって、私は全然、悪くないんだもん。誰が悪いのかなって改めて考えてみれば、自称大陸一の魔法使いだった(絶対大嘘!)爺ちゃんて事になるのかな?
私もね、長くてサラサラで、綺麗な髪‥‥つまり、街中で格好いい男の子が、おおっ、て振り向きざまに声をあげる様な‥‥そこまで言うと言い過ぎかな‥‥そんなのに憧れてるの、本当は。
でも悲しいかな、現実は。確かに驚かれるんだけど、それはちょっと別の意味であってちょっとはちょっとでもそこには天と地よりも大きな壁の隔たりがある訳よ。
それが嫌で、長髪には出来ない。私がもし天使の様な金色の髪とか、触ってみたくなる様な黒髪だったら、思いきり見せびらかす所なんだけど‥‥はあ、って、今は只ため息だけ。
私はその爺ちゃんと二人暮らし。私の両親は私がまだ玉の様なかわゆい赤ちゃんだった時に火事で死んじゃてる。(その時はどんな髪だったのだろうと、ふと考える)
んで、燃え盛る火の中から救い出してくれたのが、若かりし頃の爺ちゃん。(たいして変わってないだろうけどね。だってその頃から年寄りだった訳だし‥‥そう思うと少し恐いかも‥‥)
ありゃ? 救い出したってのも、ちと、違う気がする。爺ちゃんは火事がおさまって、焼け落ちた家の跡から、すすで真っ黒になった私を拾い上げただけなんだから‥‥。
=キャロル、何一人でおかしな事してんの? どうしたん、今朝は口まで赤いね?=
にゃぁぁ、と鳴いてそう言ったのは三毛猫のリップ。同じ、にゃあ、でも私にはリップの言う事が分かる。爺ちゃんの魔法ってのが、つまりは生き物に関した様々な事で、お話しをするってのもその一つ。
私に動物変化の魔法をかけて、火さんとお友達にしたのも爺ちゃんの魔法。でもこれはかけられる相手の同意がないとしてはいけなかったらしくて、どらごんー‥‥なんて架空の動物に変えようとしたって、そりゃ失敗するわよねェ。
おかげでそれから私は熱いものには信じられない位、耐性ができたけど、あんまりィ‥‥て、言うか、他に何一ついい事はなくって‥‥。元がどらごんなだけに寒くなるとバタッと倒れて寝てしまうしさ。今は夏だからいいけど、冬はもう大変。何とかしてーて叫びたい位。
んでもって、私も無理矢理、その魔法を覚えさせられて、そんでもってリップと会話できるって訳。
魔法、覚えて良かったなあって思うのはただそれだけ。
動物魔法は何しろダサイ! その一言に尽きる。(魔法が一体、何種類位あんのか知らないけど、何もそんなんじゃなくても‥‥) 何か習い事をするのが、最近、流行っていて、特に高貴なお嬢様は、教養の一つ(魔法の種類も多いけど、それを教えてる人も多いいし‥‥中にはうっ!って唸る位、うさん臭い人までいるって訳で‥‥でも高貴なお嬢様は、うちの様なとこじゃなくて、ちゃんと偉い先生に教えてもらってる‥‥)として魔法を習うのものらしい(私はタダだけどね、タダにはタダなんだけども‥‥)。
だけどそんな世間の風潮とはウチは関係なくて、私の他は生徒は一人だけ‥‥‥。
「‥‥んー‥‥リップには分かんないわ‥‥ 赤い口紅は女の子の憧れなのよ‥‥へへへ、いい女は口紅が必須アイテムなんだから」
=‥‥何それ?‥僕は人間の事は知らないけ ど‥‥それ、キャロルには似合わないから やめた方がいいと思うけど‥‥赤い毛に紅い目に、赤い唇じゃさァ=
「‥‥ううっ」
グサッと突き刺さるのよね。言葉の凶器とはよく言ったもので‥‥。果たして猫というものは概して口が悪いものなのかな、それともリップが特別なの?
「リップ、あなたは雌なんだから、僕、なんて言っちゃだめ」
=‥‥だから僕は人間じゃないってば=
リップはドテッとお尻を床につけて、顔を手でグリグリと洗いだした。
これって、猫、共通のサイン。たとえどんな大変な事があっても、喧嘩の途中でも、この仕草をしている間は他人の‥‥じゃない、他猫のふりをして無関心にならなければならないらしい。
猫の世界には独持の決まり事が多くて、こんな時だけ、ああ、人間でよかったなって思う。
そんでリップはしばらく放っておく。
気を取り直して、私はまた鏡と向かい合った。
生徒が一人しかいないんで、つまりそれは極度に貧乏だって事。
少ない小遣いをもう、苦労して苦労してやっと貯めてかったルージュの口紅。(友達によくケチケチと言われるけど、私は本当にお金ないのよ! グスン‥‥これが本当に十代の乙女の青春なんだろうか‥‥暗い、あまりにも暗すぎるよォ‥‥)
この部屋だって、始めは煉瓦がむき出しで、薄暗い部屋だったんだけど、長い時間をかけて、やっとこさ今の状態にしたのよ。
全体を白でまとめて、窓にはレースのひらひらカーテン。棚に並んでいた得体の知れないほこりっぽい本は、ゴミと一緒に捨てちゃった。(その後で爺ちゃんに泣きながら怒られたけど‥‥)
部屋の真ん中の丸テーブルには、赤と白のチェック模様のかわゆい(可愛い‥‥じゃなくて、かわゆいの!)テーブルクロスがかかっているけど、それをめくると、これまた不気味な液体をこぼした跡がついていて、気持ち悪かったし、こりゃどうし様もないなって、最初はあきらめかけた程‥‥。いやー私ってこう見えても忍耐力あるのかも。
小さな揺り椅子の上に乗ってる熊のぬいぐるみは、まだリップと会う前からここに座ってる。私がもっとちっちゃかった時、この熊サンがないと寝れなくって‥‥‥だから、あっちこっちほつれてるし、耳なんか取れそうになってる。料理は駄目だけど、裁縫だけは得意になっちゃったのは、破れたりする度に、かわいそーって、自分でなおしてたからかもね。
こうして改めて自分の顔を見てみると、苦労を重ねた割には、少し子どもっぽい気がするのはどうして?
私はスッと立って、腰に手を当てて全身を鏡に写してみる。
「はあぁぁぁーあ」
そして思わずため息。
件の理由から髪は長くは出来ないしぃ、背も低くて、最近は気苦労が多いせいか痩せてきてる様な‥‥。そのくせ丸っこい顔だから、見ようによっては本当に子ども‥‥私って何でこんなに不幸な星の下に生まれたんだろ‥‥。
ま、言ってもそれは仕方がない訳で、そんな時は、窓を開けて深呼吸っと‥‥。
「‥‥ぷはーっ‥‥うーん‥‥」
‥‥ほんと、生き返る。
私の部屋は二階。両開きの窓を押すと、正面には大きな木の枝が、風が吹く度に、サワサワと揺れてる。
子供の時、枝を伝って下に降り様として、足を滑らせたっけ‥‥。
夏、真っ盛りのこの時期でも、まだ日が登って間がないんで、頬に当たる風が冷たい。 私は一年中で、夏が一番好き。
春も秋も好きだけど、夏はもっと、もっと好き。(冬は大嫌い‥‥だって寒いの嫌)
それに朝の、このもやもやした感じがなんとも言えずに、花マル。秋の雰囲気と似てるけど、それとはまた一味違うのよね。
「ふうー」
それはさておき、私は鏡の前にまた座る。この景色を見て私は、ふと思ったの。
今年こそはこの、朝の風景の似合う、大人の女になってやるってぞってね。
でも、具体的に何をしたらいいかは、さっぱり‥‥。やっぱり、手近かな所から始めるべきかな‥‥。
だから、今はルージュの口紅で‥‥。
「ぶわっはははは、キャロル、何の真似だそりゃ!」
‥‥‥驚いた。
デリカシーのひとっかけらもない‥‥つまり下品な笑い声で後ろからヌッと現れたのは、爺ちゃんの唯一の生徒。
「‥‥そ、そんなに変かな?」
私はそーっと振り向いた。
ジェイレンのにやけた顔がすぐ近くにある。クックッと笑いを圧し殺してから、茶色のボサボサの頭をかいてる。それから、大きなアクビを一つ‥‥まるで気だるいを絵に描いた人。これで王子様だって言うんだから、世の中、何か間違ってる。(でもジェイレンは第二王子で、王様になる訳じゃない様だけど) 王家の教養の一環として、自分の意志で動物魔法を選ぶなんて、ちょっと普通じゃないよね。しかも、こんなボロ家に住み込んでるし。
「‥‥で、何か用?」
少し驚かされたんで、私はムッとしている。いつの間にやら寝ていたリップが、耳をピクッと動かして、伸びをした。猫のアクビはいつ見ても気持ちがいい。
そんな単純な理由で、お手軽に私は少し気が晴れる。
「師匠が呼んでる。大事な話があるんだってさ」
「‥‥大事な話って‥‥何かな?」
「さあねぇ‥‥‥」
「‥‥‥‥」
また心に黒い影‥‥爺ちゃんの大事な話ってのは爺ちゃんにとっての大事な事であって、つまり、周りからしてみればロクな事ではないのよ。
それでも私には育ての親であり、魔法の師匠‥‥それでまた話がややこしくなって。
「‥‥本当に?」
「ああ、早く行った方がいいかもよ」
ジェイレンは、ハッハッハッと笑いながら、ポケットからリンゴを出して、まるごとサクッとかじった。
そこには例の如く、緊張感がちっとも、全く、‥‥‥全然無い。
私はジェイレンの脇をすり抜ける様にフラフラと戸口に向けて歩き出した。
願わくば、この世にも希なる不幸な少女にこれ以上の試練を与えないでくださあいって‥‥。
珍しく神頼みなんかしてみたりして‥‥。
「おお、キャロル、そこに座りなさい」
私は爺ちゃんの差した椅子に、リップを抱いたまま腰をおろす。リップはブンブンと尻尾を振ってはいるけど、別にこれは喜んでるんじゃない。嫌がってる‥‥猫であるリップに直接聞いたんで、確か。
ごめんねって心の中でリップに謝る。
でもね、抱いているとホッとするの。
リップは私が会話できた最初の猫。今では相手がその気なら、大抵の動物と話す事が出来るけど、動物は皆、人間を小馬鹿にしていて、なかなか心を開いてくれない。
もしかしてそれは、単に私が馬鹿にされてるせいかなぁって、真剣に考えちゃう。
私は辺りを見渡した。
ここは爺ちゃんの部屋。いつ来てもジメジメしてる。
窓は開けてるのに変なの。今度、理由を聞いてみよう。
汚れた床の上には、魔術の道具とは思えない物が、散乱している。キラキラ光る銀色の球体の様な物とか、黒のゴミ袋に入れられていて、なおかつ内容物の物体のせいでカクカクと変形している正体不明の物とか‥‥。実は最近、爺ちゃんは発明に凝っていて、本業の魔術のほうはそっちのけ。いい歳して何考えてんだかね‥‥。
「‥‥実はな‥‥お使いに行ってほしいのじゃが‥‥」
「えぇー‥‥何処に?」
私は、しかしまあ、えぇ、なんて言ってはみたものの、ちょっと安心した。
お使い程度なら、ま、別にいいかってね。こんな爺ちゃんも寄る歳なみには勝てないみたいで、足腰も弱ってるし、この辺りで親孝行してもバチは当たらないんじゃないかな‥‥。
「‥‥何が、えぇー!、じゃ。師匠の言う事は何でもハイハイと聞くものじゃ。キャロルも小さい時は素直で良い子じゃったがのお‥‥」
「‥‥‥う‥‥‥‥‥」
私の声真似の、えぇー、が(しかも重ねた両手を頬にくっつけてるし‥‥)気色悪い。爺ちゃんは、シワと見分けがつかなくなった細い目を更に細めて、遠い目を窓越しに見える青空に向けた。
「‥‥あの時のキャロルはもういないのじゃのう‥‥」
「‥‥‥あの‥‥私は別に死んだわけじゃ‥‥」
「おおっ、それでは行ってくれるか! さすがは我が一番弟子じゃ!」
それまでしみじみと哀愁を漂わせていたのが嘘の様に、ウシャシャと笑う。‥‥嘘だったのねって、ハッと気づいた時にはもう、爺ちゃんのペース。
しかし何が、おおっ、何だろう。全然、会話になっていないんじゃないかなぁ。
「‥‥むぅ‥‥‥」
私はプッと頬を膨らませたわよ。
「‥‥何、不満か、キャロル?」
「‥‥そりゃ、そ‥‥‥」
「お前の姿を、直せるかもしれないのじゃがなあ‥‥」
「え、え!」
直せる! 元に戻る!
この桃色髪と、紅い瞳、何だか気になる牙の様な二本の長い犬歯とか‥‥。(たまに口の中が、大血まみれに‥‥口をムッて閉じてても、はみ出してしまうし‥‥)
私はもう目がハート印。
「そこまで嫌なら、仕方がないのお‥‥わしもそこまで無理強いは出来‥‥」
「やだ、そんな事ないよ、私は、爺ちゃんの お手伝いが出来るなら、いつだって喜んで ‥‥えへへへへ‥‥」
「おぉ! 長生きはするものじゃのう‥‥」
「‥‥むふふふふふ‥‥」
私と爺ちゃんは、二人で、互いの絆の深さを確かめ合う。
爺ちゃんは、笑っている私の頭を軽く叩いた。
ぽこん、ぽこん、と良い音がする度に、私の頭は亀の様に上下する。
「‥‥そ、それで、何をすればいいの?」
「何、簡単じゃ、わしの旧友のベルナールの 奴から、力の元を受け取って来るだけじゃ」
「‥‥へ‥‥力の元?」
「‥‥うむ、それがあれば、わしは強大な力 を得る事になる。‥‥その力をもってすれ ば、わしに不可能はなくなる」
「‥‥と、言う訳なのよ、ジェイレン」
「‥‥何が、と、言う訳なんだよ? まだ何も言ってないじゃないか」
私はそれを聞いて、ガクッと、肩を落とし、飲み込みの悪いジェイレンに最初から説明した。
「‥‥ん? ベルナールだって?」
私が部屋に戻ってみると、図々しくもジェイレンは、私のベットの上でゴロゴロと昼寝を(まだ朝だってば!)していた。
何回言っても、やめてくれない。少し居心地良く部屋を整えすぎたかな‥‥。
ジェイレンの部屋も、一応ある。でも、全く掃除しないから、もうあそこは部屋なんかじゃない。
一回だけ、頼まれて掃除した事があったけど、思いだしただけで、もう駄目。
こいつはもう人間なんかじゃない!
「ベルナールって人の事、ジェイレンは知ってるの?」
「‥‥ん‥‥確かボケた爺さんだったな。で もついこの前まで、わが家の執事だった人 だよ、確か‥‥」
「‥‥ふーん‥‥‥」
と、聞かされた所で、何の感想もない。ただボケた爺サン‥‥てのがどうも‥気にかかる。
私は年寄りの相手は苦手なのよ‥‥。
バスケットから、クッキーを一つ摘んでヒョイと口に放り込んでから、
「‥‥それでね‥‥ジェイレン、私一人じゃ 何だし‥‥その人の所まで一緒に来てほし いんだけど‥‥」
「‥‥俺が‥‥面倒だなぁ‥‥」
「いいじゃない。一日中、そうやってて、少しは運動した方がいいんじゃない。私はこうやって協力してあげるからさ。ね、ね、」
「‥‥んんー、ま、いいけど」
やれやれ、と物臭げに起きあがるジェイレンは、見ている私も、クタッとなってしまう。 王子の威厳なんて、全然なくって‥‥そもそもこんな所で、醤油、もとい、油を売ってていいんだろうかって、本当に心配しちゃう。とにかく気が変わらない内に‥‥。
私はジェイレンの腕をムンズッと取って、
「‥‥お、おい、そう急がなくても‥‥」
「いいの、いいの!」
「キャロル、待て、俺はまだ服も着替えてないし、歯も、朝飯も‥‥」
「大丈夫、大丈夫‥‥‥」
ケラケラ笑って、ジェイレンを引きずる。 確かにパジャマのままではかわいそうかなって、チラッと思う。
私って何て思いやりがあるんだろう。
‥‥何か、楽しい。