私とジェイレン、そしてリップの二人と一匹は、街の中にあるベルナールの館を目指す。そんな夏の早朝の私の出で立ちは、実にあっさりしている。
白のシャツに、緑のキュロット、そして髪を隠す為の麦藁帽子‥‥。
私の家は、凄っごい田舎にあって、街に着くまで結構ある。
森の奥の、奥‥‥でも、一本道だってのが、せめてもの救い。
等間隔で並んでる木は桜の木‥‥今は只の葉しか付いてないけど、春なんかは歩いてるだけで何だか幸せになってくる。これから、どんどん暖ったかくなってくんだなァって‥‥。
でも、遠い事に変わりはなくって、友達も呼べないし(私の友達は皆、口が悪い人ばっかで、昔、一回だけ呼んだ時はそりゃあもうひどかった‥‥)
その光景がふと頭をよぎり、私は身震い。 遠目で、見る我が家は、なんて魔法使いな家なんだろう。
あんなんじゃ、いかにも!って感じで、隠れ住むと言う、当初の目的に合わないなって思うんだけど‥‥。
「‥‥暗い‥‥私の青春はなんて暗いの!」
=‥‥何さっきからブツブツ言っての? 不気味だから、やめた方がいいよ=
「‥‥うっ‥‥‥」
私の隣をトコトコと歩くリップは、私の顔を見もしないで、ボソリと呟いた。
口の悪い友達って、それはリップも含む。
この辺はまだ土の道。大通りまで行けば石畳に変わる。
住むんだったら、断然、舗装済みの道。このジャリ道のせいで、私は何回、コケた事か‥‥。
私は何げに、小石を蹴りあげる。
それは綺麗な放物線を描いて‥‥‥。
スコーン、と良い音の後に、うおっ、という声、それから、ドサッという音‥‥。
「‥‥‥えーと‥‥つまり‥‥」
私は頬をポリポリとかいて、上を見上げる。これら、三つの音から考えられる事は‥‥。
「‥‥あはっ、ジェイレン、どうしたの?」
「‥‥‥うぅ‥‥」
ジェイレンがうつ伏せに倒れている。
リップが近づいてきて、ジェイレンの後頭部を、前足の肉球で、ツンツンとつっついた。
「ぐあっ!」
すぐにジェイレンは蘇る。
「アホか! あはっ‥‥じゃない。‥‥痛え なあ‥‥ったく‥‥」
ジェイレンの頭に出来たコブを見つけて、ようやく、事態が飲み込める。
確かに、痛そ‥‥ではあるね。
「‥‥道案内してくれって言うから、前を歩いてれば、石ぶつけるし‥‥もういい加減にしてくれ」
「ごめんね。今度から、当てない様に気をつけるから」
「石を蹴る必要はないだろうが!」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
さすがの私もね、悪かったかなって反省して、手を伸ばして、ニッコリと、笑顔でジェイレンの頭をポクポクと撫でたの。
「痛いの痛いの、飛んで行け‥‥ってね、‥ えへへっ‥」
「‥‥‥痛いと言ってるだろうが!‥‥」
何もそこまで怒らなくてもいいのに‥‥。
‥‥て、私達は何事もなく、順調に目的の家にたどり着いたの。
「‥‥でかい‥‥私んちとは全然、違うね」 私の第一印象は、まさにそれ。爺ちゃんには悪いけど、比べる事自体、失礼かもしれない。
私なら十人は通れそうな門をくぐると、そこに家はなく、木立‥‥ううん、林が広がっていた。街中の一等地に何というもったいない、罰当たりな事を‥‥。
「どうしたん?」
ジェイレンは犬の様にキョロキョロし始めた私を、立ち止まってのぞき込んだ。
「‥‥うん、大きな家だなって‥‥ベルナールって人は執事だったんでしょ?」
「まあね。元は母様付きの侍従だったらしいけど‥‥母様も何のかんのと文句をつけながら、彼をずっと使ってたみたいだからな‥‥給料が良かったんじゃないかな」
「‥‥‥ふーん‥‥」
そうこうしてる間に、門の前に行き着いた。 扉もやはり、立派である。
自慢ではないが、我が家の正面口には大穴が開いていて、とても、人様に見せられる代物ではない。
私が十歳の誕生日の時、何気にパンチしたら(普通は、そんな事はしないらしいんだけど)、見事にめり込んでしまった‥‥まあ、それはそれで、記念と言えなくもないんだけど、あれから四年も経つのにそのまんま。いい加減、何とかしてほしいものだ。
例えば友達との会話で、隙間風‥‥という話になった時があってね、その時、私の家は感覚がずれてるなぁって、心に隙間風が吹いたわよ‥‥。
「‥‥はあ‥‥‥」
「何だよ、キャロル」
ガックリと肩を落としている私を、ジェイレンは全く無視して、らいおんの口を真似た呼び輪を、カツカツと鳴らした。
どんな顔が中から飛び出してくるか、私はドキドキと、胸を高鳴らせる。
「‥‥はい、どちら様?」
が、出てきた顔は平凡な顔、まだ若い様で、つまりベルナール本人ではないらしい。
一見、耳の長い、犬ふうとでも言うべきか‥‥。実はこんな顔は私はあまり好きじゃない。
「動物術師バモスの使いで参りました。ベルナール様に面会したいのですが‥‥」
ジェイレンは、さすがに馴れているのか、挨拶がとても流暢に聞こえる‥‥少し見直した。
でも、どうして王子だって言わないんだろうか‥‥。
「‥‥はあ‥それは‥‥‥少々、お待ち下さい‥‥」
犬男は、意外とでも言いたげな顔で、バタンと扉を閉めた。
私は再び、緊張する。夢にまで見た、普通の女の子になる階段を、一歩一歩、登っているズシッという確かな手ごたえ‥‥ではなく、足ごたえ、みたいなものを感じてた。‥‥てたのに‥‥。
「お帰り下さい」
「‥‥は!」
ドア越しに、犬男の発した、そっけない一言‥‥。私の、明るい未来への階段は、音を立てて崩れた。例えるなら‥‥。
「‥‥ガラガラだわ‥‥」
=‥‥何それ?=
「‥‥な、何でもない‥‥そんな事より‥‥」
「ちょっと待って下さい、それはどういう事ですか!」
私の代わりに、ジェイレンが聞いてくれた。だが、扉はしーん、として答は無し。
「おい、どういう訳なんだよ、そりゃ!」
ジェイレンたら、ドカドカと硬そうな扉を殴っちゃって、痛みに対して鈍いみたい。さっき、心配して損したかも‥‥。
「‥‥ふー‥‥さ、帰るか‥‥‥」
と、両手を上にあげて、お手上げー、のポーズをとったジェイレンは、そそくさと戻ろうとした。
私はそんなジェイレンの首をグイと掴む。やる事やったから、帰るって?‥‥それじゃあんまりじゃない‥‥。
「‥‥ジェイレン、諦めちゃうの?」
「しゃあないだろ、会ってもくれないんだから‥‥」
ポケットに手を入れたまま、肩をすくめる。
「‥‥じゃ、私はずっとこのままな訳?‥‥ 元に戻るチャンスだったのに‥‥」
「‥‥そのままでも、死にゃーしないって‥ ‥さ、俺は帰って一寝りしようかな‥‥」
ジェイレンは、呆然と立ち尽くす私を残し、欠伸をしながら、歩いていく。
「べえぇぇぇぇっだ!」
私はそんなジェイレンの後ろ姿に、思いきり背伸びして、あっかんべー、をくらわす。
「‥‥はぁー‥‥」
そんな事をした所で、虚しいのは十分に分かってるんだけどね。
=さ、僕達も帰ろうよ=
「‥‥うー‥‥ん‥‥でも‥‥」
リップはまた、僕‥‥なんて言ってるし‥‥。だからあなたは、雌なのよ‥‥。
=分かんないなあ‥‥そんなにその、力のなんとか、が欲しいんだったら、中に入ってもらってくればいいじゃないか=
「‥‥だからぁ、それ以前に、会ってもくれないんだってば‥‥」
=こっそり中に忍び込んでもらってきちゃえば?=
「‥‥‥‥あ!」
リップはペロペロと毛繕いを始める。
こうして見ると、只の猫に見えるけど、それは間違い。
無口(にゃあ、にゃあと、雑談好きな猫も中にはいる)なリップのたまの一言が、これがまた的を得てるんだな‥‥。
私は思わずリップを抱き上げ、いい子、いい子と、頭を撫でる。(毛繕い不可侵の規則を、破ってしまったけど‥‥)
「ふっふっふっふっ‥‥‥」
それから私は、不敵な笑い。
やる時はやる! それは今ぞ!ってね。
魔法使いに不可能は無い!
ちょっと借りるだけよ、借りるだけ‥‥‥永久に返す機会がなかったとしても、それは爺ちゃんが悪いのだ(‥たぶん‥‥‥)。
でも、一人では無理、誰かに協力してもらわなければ‥‥‥。
そこでね、候補にあがったのは、もちろん裏切り者のジェイレン‥‥なんかじゃなくて‥‥。
「‥‥う‥‥ナル‥‥に頼んでみようかな」
ナル‥‥ナルティナは私と同い歳の女の子。商店街の中に家があって、両親は服屋。‥‥そのせいなのか、違うのか、彼女は服が趣味‥‥。ええっと、それだと分かりにくいんで、少し説明すると、ナルは服を集めたり、自分が着て楽しむ訳じゃなくって、対象は専ら、他人、それが問題‥‥。しかも私には何やかんやと、いろんな服を着せたがる。(その中にはとても私の趣味とは程遠い様な物も‥‥)
それでも私の足はナルの家に向かう。やはり、頼るべきは、友人て事なのかな?
「‥‥‥うー‥‥‥‥」
そう思うようにはしても、不安な心はやっぱり晴れないよ。
「‥‥と、言う訳なのよ」
「へえぇ‥‥なる程‥‥‥」
さすが、ジェイレンとは格が違う。何も言っていないのに、ナルはちゃーんと理解してくれた。少しは見習ってほしいものだ。
「‥‥で、最初から説明してくれる? いき なり家に来るなり、そんな事、言われても分かんない‥‥」
「‥‥うーん」
だったら、なる程、なんて言うんじゃない‥‥って言ったら、百倍位になって返ってきそうだから‥‥やっぱり言わない!(なけなしの友情が壊れたら、やっぱりまずいし‥) それはそれとして、ナルの部屋はいつ来ても感動もの。
私は部屋の中央に立って(ほらね、ほらね、そこから違うでしょ。私の部屋なんて、すっごくせせこましいから、真ん中しか立つ所、無いんだもん‥‥物が多いんじゃなくて、部屋が狭いの‥‥)、グルリと首を回してみる。 棚の上には高そうな人形がズラッと‥‥。皆、原色バリバリの、派手でフカフカとしたスカートをはいている。
それを見た私は、やっぱまずかったかなって、事、ここに至って少し後悔する。
でも、忍び込む為の服を借りに来たんだから、今度ばかりはナルの趣味も役に立つ‥‥んじゃないかな?‥‥‥と、思わないでもない。
「‥‥で、目立たない服が、ご所望なのね」
私はコクリとうなづく。
さすがにナルは飲み込みが早い。
「まっかせて! キャロルにピッタリのを見つけてあるから!」
「‥‥う、うん‥‥よろしくね‥‥‥」
言葉尻が小さくなる。最後の、よろしくね‥‥は、消えそうな声。
ナルったら、両手を重ね合わせて、小踊りして喜んでる。
すっ飛んで行っちゃった。
そして私は寝ちゃってるリップと二人、落ちつかない部屋に残される。
有り難い、有り難い‥‥しかし、まてよ‥。 見つけてある‥‥って、ナルはそう言ったよね。
「‥‥‥‥ううっ‥‥‥‥‥‥」
私はグーにした手を口に添えて、うつ向く。すると何、ナルは、普段から私の服をあれこれ考えてる訳?
「お待ちどお!」
「うぎゃああああああ!」
後ろから、ポン、と背中を叩かれ、罠に掛かったかわいそーな鳥サンの様に、私はバタバタと両手を羽ばたかせる。
「あああぁぁ‥‥‥な、何だ‥‥‥」
ナルは私の声に怯んでいた。
「ど、どうしたの?」
「はぁはぁ‥‥あははは‥‥‥ちょ、ちょっとね‥‥」
「‥‥キャロル‥‥只でさえ、目立つんだから、外では変な事、しないでよね」
「‥‥うぅ‥‥うん‥‥」
私は何か言い返す言葉を探したけど、無駄だった。人より目立つのは分かってるし。
ナルは私の足元に、ドサッと、漁ってきたであろう服を投げた。
「ささっ、着て見て。キャロルの髪に合うと 思うから‥‥」
「‥‥‥‥うー」
さっきから、唸ってばかりいる。
本当に注文通りの物なんだろうか‥‥。
肩の辺を摘んで持ってみると、確かに黒い色をしている。
「ま、こんなものかなあ‥‥」
論より証拠。私は、目を輝かせて待っているナルの前で、さっそく着替えてみた‥‥。
すると‥‥。
「‥‥こ、これは!」
私の第一声は、それ。
黒っぽい生地は、体にピシッと張り付く様な感じで、中々、動きやすそうだ。
指なしの手袋もおそろいで、そこまではよかったんだけど‥‥。
「‥‥こ、この、腰のミニスカートみたいのは何?」
「え? だってワンポイント、何か欲しかったし、それにかわいいでしょ? うん、キャロル、すっごくかわいいよ!」
「‥‥‥あ、あのね‥‥」
あっても全く意味がない。それどころか‥‥。
「‥‥こーんな、ピンク色のが付いてたら、目立つじゃない!」
「‥‥え、だってそれ、キャロルの髪とお揃いだよ。その桃毛はどうしようもないんだから構わないでしょ?」
「‥‥‥う‥‥」
理由になっている様な、なってない様な‥‥。
ナルはポケーとつっ立っている私の周りを、クルクル回って、いろんな角度から眺め回している。見ていて何だかとても楽しそう。
しまいには私の頭を櫛でとかし始めて、至福の表情になっている。
ナルっていったい何者なの‥‥。
「‥‥それで、何で俺がまた引っ張りだされ る訳?」
ここは庭の植え込みの中。私はあの超恥ずかしい格好(更にオプションとして黒のミニリボンが、頭の脇にくっつけられた。もう私は半分ヤケになってる)
ジェイレンは機嫌が悪い。
寝ていた所を叩き起こしたので、その気持ちは分からなくもないけど、日中ずっと寝ていたんだから、十分でしょって思う。
ぶつくさ言っているジェイレンを、例の屋敷の前まで連れて来た時には、すでにとっぷりと日が暮れてて、忍び込むには上々。
「‥‥だって私、力仕事に向かないし、爺ちゃんの言う、力の元ってのはガラスの瓶に入ってるって言ってたから、重いんじゃないかなって‥‥はは」
=僕にはジェイレンが力持ちには見えないけ ど‥‥もが‥‥=
私はリップの口を慌てて押さえた。だけどジェイレンには、リップの言葉が分からないんだから、その必要はなかった。(修行が足りないのか、素質が無いのか、ジェイレンは魔法をちっとも覚えてくれない。兄‥‥‥じゃなくて、姉弟子の私に恥をかかせないでよね!)
「‥‥へえ‥‥じゃあ俺を頼りにしてくれてる訳ね?」
ジェイレンはニッと笑って顔を近づける。私は、えへへ、と笑って、後ろにのけぞった。
本当はジェイレンには何も期待なんかしてない。
ただ、もし見つかった場合に、(一応)王子であるジェイレンが共犯の方が、何かと都合が良いんじゃないかって‥‥(私って何て酷い奴‥‥でも背に何とかは代えられないってね)。
それに‥‥。
「‥‥んじゃ、ジェイレン、早速、始めるからね」
「‥‥始めるって‥‥何を?」
「悪いけど、そのままじゃ屋根裏に忍び込めないから、猫になってね」
「なってね‥‥じゃない! キャロルはそれじゃいいのかよ」
「私は身が軽いもん!」
そうなのだ。私はなぜか運動神経がいい。これも、どらごん成りそこないの副作用なのかもしれないけど。
「‥‥だ、大丈夫なんだろうな?」
「大丈夫、死にはしないと思うから」
‥‥と、さりげなく、さっきの仕返しをする私‥‥。
「おい、待て!」
「だから、平気だってば、あんまり失敗した 事ないし、だから超大丈夫!」
これだけ親切丁寧に言ってるのに、ジェイレンたら、顔が青ざめてる。
「‥‥な、何だよその、あんまりってのは‥ ‥」
また一人言を言っているが、きりがないので無視、無視。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
私は精神を集中させる為、目をつぶる。植え込みの中で、しかも腹ばいになっているので、そうする為には、ちと苦しいけど‥‥。 それから、猫変化の呪文を唱える。
「‥あなたはこれから猫ちゃんよ!
尻尾フリフリ、髭をヒクヒク‥‥。
壁で爪研ぎ、ノンノンノン!‥‥」
ジェイレンは詠唱の文句の一言、一言に、眉をピクッと反応させる。
要は呪文の文句自体はどうでもいい訳で(だから、呪文は私流に変えてある)、大事なのは頭の中で正確に魔力の道を作る事。この程度の魔法だったら、少し曲がり角のある細い道だけど、より高度なものになると立体的な道の両わきに、ごちゃごちゃした建物が並んでいる様な‥‥まあ、私なんかじゃとてもじゃないが、無理!って位になる。
ジェイレンの体が白く光り始めた。
ここが正念場。ちゃんとジェイレンが、魔法にかけられるという事を受け入れてくれないと、失敗してしまう。
だけど、猫に成りそこなったジェイレンってのも、見てみたい気がする。それに今よりかわいくなってるだろうし‥‥。
諸々の込み入った感情が合わさった結果‥‥。
「‥‥わあ‥‥‥」
=‥‥‥むう‥‥どうも馴染めんな‥‥=
これはリップではなくて、茶色の猫になったジェイレン‥‥猫ジェイレンである。
茶毛はジェイレンの髪の色と同じ。‥‥私が猫になったら、とんでもない色の猫になってしまうかも。
だから、私は猫にはなれないの。(ううっ、でもなってみたい!)
「どお、リップ? 猫ジェイレンは?」
=‥‥ふーん、まあまあじゃないかな‥‥=
=おわっ、猫が喋った!=
猫ジェイレン(これはこれで長くて言いにくい‥‥猫ジェイ‥‥それとも猫ジェ?)は、毛を逆なでて驚く。今気づいたけど、尻尾がすごく長い。尻尾の長さと、猫のプライドは比例するそうだけど、まさかね‥‥。
「‥‥‥あんただって猫でしょうが‥‥」
ジェイレンはまだまだ猫としての自覚が足りない。いや、それ以前の問題、動物魔法をジェイレンは修行してるはずなんだけど‥‥。
それはそれとして‥‥。
「ねえ、リップ、彼はいつ来てくれるの?」
私の目の前にいる猫達の内、真っ白な、かわいい方(それは勿論、猫ジェイレンの事じゃないよ、当然!)に聞く。
=‥‥んー、もうすぐ現れるよ=
その彼とは、もち、猫の事。飼い猫なんかとは違って、この辺の地理を裏の裏まで知り尽くしているらしい。
でも私が驚いたのは、リップが、そんな大者猫と知り合いだったって事。
リップはまだ三歳、まだまだ子供だけど、人間でいったらもう十七、八‥‥。
そういう年頃になったものだねーと、私は一人、偉そうに考える。
=‥‥待たせたな‥‥‥=
私がリップの、ふわふわ綿毛の様な尻尾を眺めている間に、『彼』が現れた。
渋い声‥‥と、言っても、音としての言葉で理解してる訳じゃないんで、私の頭にそう響いてくる‥‥ま、言うならばイメージみたいなもの。
彼は私の背中の上をトコトコ歩き、そして鼻先に降り立った。
白、茶、黒の三匹の猫が丸い顔を並べてる‥‥。それを見てると、やっぱり私も猫になろうかなって、くらっと心が傾いちゃう。
=‥‥キャロル、彼がコル=
「初めまして」
=よろしく=
リップの紹介で、私とコルは挨拶を交わす。他に特別な事はしない。猫は結構、初対面の人間に触られるのを嫌ってる‥‥リップの言うにはそうらしい。
=それから、こっちがジェイレン=
=‥‥今晩は‥まぁ月が綺麗な晩ですね=
=‥よ、よろしく‥‥=
ジェイレンは猫になっても、まだお馬鹿な事、言ってる。
コルは真っ黒な前足を、ヒョイと館の屋根にかざした。
=ここから少し行った所にある、塀の上から、屋根裏に入れる。わりと中は広いから、人間でも大丈夫だろう。室内の間取りは俺が覚えている=
「すっごい!」
コルが、あまりにも頼りがいのある事を言うんで、私は人の家の庭先だったってのを、すっかり忘れてた。
とたんに三匹の猫の手が、パパパッと私の口を押さえる。肉球が気持ちいい。
猫ジェイレンは、猫のくせに後ろ足二本で立って、前足二本で腕を組み、挙げ句の果てには、爪を一本立てて、チッチッチッと舌を鳴らす‥‥。
=‥キャロル、あんまし世話をやかすなよ=
「‥‥なんて器用な事を‥‥‥」
=あん?=
全然、会話になってない。リップは馴れたものだが、コルは、不思議ーって顔してる。
「さ、そろそろ行きましょうか‥‥」
私は植え込みからヒョコッと顔だけ出して、様子を伺う。そして、私の顔の真下には、三つのちっちゃな顔が、ヒョヒョヒョッと、次々に出てきた。
芝生の向こうに目的地が見える。
=さて‥‥=
ジェイレンの言う通り、今夜は満月。いつもの夜より、ちよっと明るいかな?
=一気に走るか‥‥=
コルの提案に、皆、うんうんうなずく。
そこで私は、片目をつぶって、親指を立てた。
「そんじゃ、レッツゴー!」
私を先頭にして、猫の軍団は、疾風の様に走り抜けた。
奪回するは、我にあり!‥‥ってね。