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ACT2

 私とジェイレン、そしてリップの二人と一匹は、街の中にあるベルナールの館を目指す。そんな夏の早朝の私の出で立ちは、実にあっさりしている。

 白のシャツに、緑のキュロット、そして髪を隠す為の麦藁帽子‥‥。

 私の家は、凄っごい田舎にあって、街に着くまで結構ある。

 森の奥の、奥‥‥でも、一本道だってのが、せめてもの救い。

 等間隔で並んでる木は桜の木‥‥今は只の葉しか付いてないけど、春なんかは歩いてるだけで何だか幸せになってくる。これから、どんどん暖ったかくなってくんだなァって‥‥。

 でも、遠い事に変わりはなくって、友達も呼べないし(私の友達は皆、口が悪い人ばっかで、昔、一回だけ呼んだ時はそりゃあもうひどかった‥‥)

 その光景がふと頭をよぎり、私は身震い。 遠目で、見る我が家は、なんて魔法使いな家なんだろう。

 あんなんじゃ、いかにも!って感じで、隠れ住むと言う、当初の目的に合わないなって思うんだけど‥‥。

「‥‥暗い‥‥私の青春はなんて暗いの!」

 =‥‥何さっきからブツブツ言っての? 不気味だから、やめた方がいいよ=

「‥‥うっ‥‥‥」

 私の隣をトコトコと歩くリップは、私の顔を見もしないで、ボソリと呟いた。

 口の悪い友達って、それはリップも含む。

 この辺はまだ土の道。大通りまで行けば石畳に変わる。

 住むんだったら、断然、舗装済みの道。このジャリ道のせいで、私は何回、コケた事か‥‥。

 私は何げに、小石を蹴りあげる。

 それは綺麗な放物線を描いて‥‥‥。

 スコーン、と良い音の後に、うおっ、という声、それから、ドサッという音‥‥。

「‥‥‥えーと‥‥つまり‥‥」

 私は頬をポリポリとかいて、上を見上げる。これら、三つの音から考えられる事は‥‥。

「‥‥あはっ、ジェイレン、どうしたの?」

「‥‥‥うぅ‥‥」

 ジェイレンがうつ伏せに倒れている。

 リップが近づいてきて、ジェイレンの後頭部を、前足の肉球で、ツンツンとつっついた。

「ぐあっ!」

 すぐにジェイレンは蘇る。

「アホか! あはっ‥‥じゃない。‥‥痛え なあ‥‥ったく‥‥」

 ジェイレンの頭に出来たコブを見つけて、ようやく、事態が飲み込める。

 確かに、痛そ‥‥ではあるね。

「‥‥道案内してくれって言うから、前を歩いてれば、石ぶつけるし‥‥もういい加減にしてくれ」 

「ごめんね。今度から、当てない様に気をつけるから」

「石を蹴る必要はないだろうが!」

「‥‥‥‥‥‥‥‥」

 さすがの私もね、悪かったかなって反省して、手を伸ばして、ニッコリと、笑顔でジェイレンの頭をポクポクと撫でたの。

「痛いの痛いの、飛んで行け‥‥ってね、‥ えへへっ‥」

「‥‥‥痛いと言ってるだろうが!‥‥」

 何もそこまで怒らなくてもいいのに‥‥。 






 ‥‥て、私達は何事もなく、順調に目的の家にたどり着いたの。

「‥‥でかい‥‥私んちとは全然、違うね」 私の第一印象は、まさにそれ。爺ちゃんには悪いけど、比べる事自体、失礼かもしれない。

 私なら十人は通れそうな門をくぐると、そこに家はなく、木立‥‥ううん、林が広がっていた。街中の一等地に何というもったいない、罰当たりな事を‥‥。

「どうしたん?」

 ジェイレンは犬の様にキョロキョロし始めた私を、立ち止まってのぞき込んだ。

「‥‥うん、大きな家だなって‥‥ベルナールって人は執事だったんでしょ?」

「まあね。元は母様付きの侍従だったらしいけど‥‥母様も何のかんのと文句をつけながら、彼をずっと使ってたみたいだからな‥‥給料が良かったんじゃないかな」

「‥‥‥ふーん‥‥」

 そうこうしてる間に、門の前に行き着いた。 扉もやはり、立派である。

 自慢ではないが、我が家の正面口には大穴が開いていて、とても、人様に見せられる代物ではない。

 私が十歳の誕生日の時、何気にパンチしたら(普通は、そんな事はしないらしいんだけど)、見事にめり込んでしまった‥‥まあ、それはそれで、記念と言えなくもないんだけど、あれから四年も経つのにそのまんま。いい加減、何とかしてほしいものだ。

 例えば友達との会話で、隙間風‥‥という話になった時があってね、その時、私の家は感覚がずれてるなぁって、心に隙間風が吹いたわよ‥‥。

「‥‥はあ‥‥‥」

「何だよ、キャロル」

 ガックリと肩を落としている私を、ジェイレンは全く無視して、らいおんの口を真似た呼び輪を、カツカツと鳴らした。

 どんな顔が中から飛び出してくるか、私はドキドキと、胸を高鳴らせる。

「‥‥はい、どちら様?」

 が、出てきた顔は平凡な顔、まだ若い様で、つまりベルナール本人ではないらしい。

 一見、耳の長い、犬ふうとでも言うべきか‥‥。実はこんな顔は私はあまり好きじゃない。

「動物術師バモスの使いで参りました。ベルナール様に面会したいのですが‥‥」

 ジェイレンは、さすがに馴れているのか、挨拶がとても流暢に聞こえる‥‥少し見直した。

 でも、どうして王子だって言わないんだろうか‥‥。

「‥‥はあ‥それは‥‥‥少々、お待ち下さい‥‥」

 犬男は、意外とでも言いたげな顔で、バタンと扉を閉めた。

 私は再び、緊張する。夢にまで見た、普通の女の子になる階段を、一歩一歩、登っているズシッという確かな手ごたえ‥‥ではなく、足ごたえ、みたいなものを感じてた。‥‥てたのに‥‥。

「お帰り下さい」

「‥‥は!」

 ドア越しに、犬男の発した、そっけない一言‥‥。私の、明るい未来への階段は、音を立てて崩れた。例えるなら‥‥。

「‥‥ガラガラだわ‥‥」

 =‥‥何それ?=

「‥‥な、何でもない‥‥そんな事より‥‥」

「ちょっと待って下さい、それはどういう事ですか!」

 私の代わりに、ジェイレンが聞いてくれた。だが、扉はしーん、として答は無し。

「おい、どういう訳なんだよ、そりゃ!」

 ジェイレンたら、ドカドカと硬そうな扉を殴っちゃって、痛みに対して鈍いみたい。さっき、心配して損したかも‥‥。

「‥‥ふー‥‥さ、帰るか‥‥‥」

 と、両手を上にあげて、お手上げー、のポーズをとったジェイレンは、そそくさと戻ろうとした。

 私はそんなジェイレンの首をグイと掴む。やる事やったから、帰るって?‥‥それじゃあんまりじゃない‥‥。

「‥‥ジェイレン、諦めちゃうの?」

「しゃあないだろ、会ってもくれないんだから‥‥」

 ポケットに手を入れたまま、肩をすくめる。

「‥‥じゃ、私はずっとこのままな訳?‥‥ 元に戻るチャンスだったのに‥‥」

「‥‥そのままでも、死にゃーしないって‥ ‥さ、俺は帰って一寝りしようかな‥‥」 

ジェイレンは、呆然と立ち尽くす私を残し、欠伸をしながら、歩いていく。

「べえぇぇぇぇっだ!」

 私はそんなジェイレンの後ろ姿に、思いきり背伸びして、あっかんべー、をくらわす。

「‥‥はぁー‥‥」

 そんな事をした所で、虚しいのは十分に分かってるんだけどね。

 =さ、僕達も帰ろうよ=

「‥‥うー‥‥ん‥‥でも‥‥」

 リップはまた、僕‥‥なんて言ってるし‥‥。だからあなたは、雌なのよ‥‥。

 =分かんないなあ‥‥そんなにその、力のなんとか、が欲しいんだったら、中に入ってもらってくればいいじゃないか=

「‥‥だからぁ、それ以前に、会ってもくれないんだってば‥‥」 

 =こっそり中に忍び込んでもらってきちゃえば?=

「‥‥‥‥あ!」

 リップはペロペロと毛繕いを始める。

 こうして見ると、只の猫に見えるけど、それは間違い。

 無口(にゃあ、にゃあと、雑談好きな猫も中にはいる)なリップのたまの一言が、これがまた的を得てるんだな‥‥。

 私は思わずリップを抱き上げ、いい子、いい子と、頭を撫でる。(毛繕い不可侵の規則を、破ってしまったけど‥‥)

「ふっふっふっふっ‥‥‥」

 それから私は、不敵な笑い。

 やる時はやる! それは今ぞ!ってね。

 魔法使いに不可能は無い!

 ちょっと借りるだけよ、借りるだけ‥‥‥永久に返す機会がなかったとしても、それは爺ちゃんが悪いのだ(‥たぶん‥‥‥)。

 でも、一人では無理、誰かに協力してもらわなければ‥‥‥。

 そこでね、候補にあがったのは、もちろん裏切り者のジェイレン‥‥なんかじゃなくて‥‥。

「‥‥う‥‥ナル‥‥に頼んでみようかな」

 ナル‥‥ナルティナは私と同い歳の女の子。商店街の中に家があって、両親は服屋。‥‥そのせいなのか、違うのか、彼女は服が趣味‥‥。ええっと、それだと分かりにくいんで、少し説明すると、ナルは服を集めたり、自分が着て楽しむ訳じゃなくって、対象は専ら、他人、それが問題‥‥。しかも私には何やかんやと、いろんな服を着せたがる。(その中にはとても私の趣味とは程遠い様な物も‥‥)

 それでも私の足はナルの家に向かう。やはり、頼るべきは、友人て事なのかな?

「‥‥‥うー‥‥‥‥」

 そう思うようにはしても、不安な心はやっぱり晴れないよ。





「‥‥と、言う訳なのよ」

「へえぇ‥‥なる程‥‥‥」

 さすが、ジェイレンとは格が違う。何も言っていないのに、ナルはちゃーんと理解してくれた。少しは見習ってほしいものだ。

「‥‥で、最初から説明してくれる? いき なり家に来るなり、そんな事、言われても分かんない‥‥」

「‥‥うーん」

 だったら、なる程、なんて言うんじゃない‥‥って言ったら、百倍位になって返ってきそうだから‥‥やっぱり言わない!(なけなしの友情が壊れたら、やっぱりまずいし‥) それはそれとして、ナルの部屋はいつ来ても感動もの。

 私は部屋の中央に立って(ほらね、ほらね、そこから違うでしょ。私の部屋なんて、すっごくせせこましいから、真ん中しか立つ所、無いんだもん‥‥物が多いんじゃなくて、部屋が狭いの‥‥)、グルリと首を回してみる。 棚の上には高そうな人形がズラッと‥‥。皆、原色バリバリの、派手でフカフカとしたスカートをはいている。

 それを見た私は、やっぱまずかったかなって、事、ここに至って少し後悔する。

 でも、忍び込む為の服を借りに来たんだから、今度ばかりはナルの趣味も役に立つ‥‥んじゃないかな?‥‥‥と、思わないでもない。

「‥‥で、目立たない服が、ご所望なのね」

 私はコクリとうなづく。

 さすがにナルは飲み込みが早い。

「まっかせて! キャロルにピッタリのを見つけてあるから!」

「‥‥う、うん‥‥よろしくね‥‥‥」

 言葉尻が小さくなる。最後の、よろしくね‥‥は、消えそうな声。

 ナルったら、両手を重ね合わせて、小踊りして喜んでる。 

  すっ飛んで行っちゃった。

 そして私は寝ちゃってるリップと二人、落ちつかない部屋に残される。

 有り難い、有り難い‥‥しかし、まてよ‥。 見つけてある‥‥って、ナルはそう言ったよね。

「‥‥‥‥ううっ‥‥‥‥‥‥」

 私はグーにした手を口に添えて、うつ向く。すると何、ナルは、普段から私の服をあれこれ考えてる訳?

「お待ちどお!」

「うぎゃああああああ!」

 後ろから、ポン、と背中を叩かれ、罠に掛かったかわいそーな鳥サンの様に、私はバタバタと両手を羽ばたかせる。

「あああぁぁ‥‥‥な、何だ‥‥‥」

 ナルは私の声に怯んでいた。

「ど、どうしたの?」

「はぁはぁ‥‥あははは‥‥‥ちょ、ちょっとね‥‥」

「‥‥キャロル‥‥只でさえ、目立つんだから、外では変な事、しないでよね」

「‥‥うぅ‥‥うん‥‥」

 私は何か言い返す言葉を探したけど、無駄だった。人より目立つのは分かってるし。

 ナルは私の足元に、ドサッと、漁ってきたであろう服を投げた。

「ささっ、着て見て。キャロルの髪に合うと 思うから‥‥」

「‥‥‥‥うー」

 さっきから、唸ってばかりいる。

 本当に注文通りの物なんだろうか‥‥。

 肩の辺を摘んで持ってみると、確かに黒い色をしている。

「ま、こんなものかなあ‥‥」

 論より証拠。私は、目を輝かせて待っているナルの前で、さっそく着替えてみた‥‥。

 すると‥‥。

「‥‥こ、これは!」

 私の第一声は、それ。

 黒っぽい生地は、体にピシッと張り付く様な感じで、中々、動きやすそうだ。

 指なしの手袋もおそろいで、そこまではよかったんだけど‥‥。

「‥‥こ、この、腰のミニスカートみたいのは何?」

「え? だってワンポイント、何か欲しかったし、それにかわいいでしょ? うん、キャロル、すっごくかわいいよ!」

「‥‥‥あ、あのね‥‥」

 あっても全く意味がない。それどころか‥‥。

「‥‥こーんな、ピンク色のが付いてたら、目立つじゃない!」

「‥‥え、だってそれ、キャロルの髪とお揃いだよ。その桃毛はどうしようもないんだから構わないでしょ?」

「‥‥‥う‥‥」

 理由になっている様な、なってない様な‥‥。

 ナルはポケーとつっ立っている私の周りを、クルクル回って、いろんな角度から眺め回している。見ていて何だかとても楽しそう。

 しまいには私の頭を櫛でとかし始めて、至福の表情になっている。

 ナルっていったい何者なの‥‥。





「‥‥それで、何で俺がまた引っ張りだされ る訳?」

 ここは庭の植え込みの中。私はあの超恥ずかしい格好(更にオプションとして黒のミニリボンが、頭の脇にくっつけられた。もう私は半分ヤケになってる)

 ジェイレンは機嫌が悪い。

 寝ていた所を叩き起こしたので、その気持ちは分からなくもないけど、日中ずっと寝ていたんだから、十分でしょって思う。

 ぶつくさ言っているジェイレンを、例の屋敷の前まで連れて来た時には、すでにとっぷりと日が暮れてて、忍び込むには上々。

「‥‥だって私、力仕事に向かないし、爺ちゃんの言う、力の元ってのはガラスの瓶に入ってるって言ってたから、重いんじゃないかなって‥‥はは」

 =僕にはジェイレンが力持ちには見えないけ ど‥‥もが‥‥=

 私はリップの口を慌てて押さえた。だけどジェイレンには、リップの言葉が分からないんだから、その必要はなかった。(修行が足りないのか、素質が無いのか、ジェイレンは魔法をちっとも覚えてくれない。兄‥‥‥じゃなくて、姉弟子の私に恥をかかせないでよね!)

「‥‥へえ‥‥じゃあ俺を頼りにしてくれてる訳ね?」

 ジェイレンはニッと笑って顔を近づける。私は、えへへ、と笑って、後ろにのけぞった。

 本当はジェイレンには何も期待なんかしてない。

 ただ、もし見つかった場合に、(一応)王子であるジェイレンが共犯の方が、何かと都合が良いんじゃないかって‥‥(私って何て酷い奴‥‥でも背に何とかは代えられないってね)。

 それに‥‥。

「‥‥んじゃ、ジェイレン、早速、始めるからね」

「‥‥始めるって‥‥何を?」

「悪いけど、そのままじゃ屋根裏に忍び込めないから、猫になってね」

「なってね‥‥じゃない! キャロルはそれじゃいいのかよ」

「私は身が軽いもん!」

 そうなのだ。私はなぜか運動神経がいい。これも、どらごん成りそこないの副作用なのかもしれないけど。

「‥‥だ、大丈夫なんだろうな?」

「大丈夫、死にはしないと思うから」

 ‥‥と、さりげなく、さっきの仕返しをする私‥‥。

「おい、待て!」

「だから、平気だってば、あんまり失敗した 事ないし、だから超大丈夫!」

 これだけ親切丁寧に言ってるのに、ジェイレンたら、顔が青ざめてる。

「‥‥な、何だよその、あんまりってのは‥ ‥」

 また一人言を言っているが、きりがないので無視、無視。

「‥‥‥‥‥‥‥‥」

 私は精神を集中させる為、目をつぶる。植え込みの中で、しかも腹ばいになっているので、そうする為には、ちと苦しいけど‥‥。 それから、猫変化の呪文を唱える。


「‥あなたはこれから猫ちゃんよ!

 尻尾フリフリ、髭をヒクヒク‥‥。

 壁で爪研ぎ、ノンノンノン!‥‥」


 ジェイレンは詠唱の文句の一言、一言に、眉をピクッと反応させる。

 要は呪文の文句自体はどうでもいい訳で(だから、呪文は私流に変えてある)、大事なのは頭の中で正確に魔力の道を作る事。この程度の魔法だったら、少し曲がり角のある細い道だけど、より高度なものになると立体的な道の両わきに、ごちゃごちゃした建物が並んでいる様な‥‥まあ、私なんかじゃとてもじゃないが、無理!って位になる。

 ジェイレンの体が白く光り始めた。

 ここが正念場。ちゃんとジェイレンが、魔法にかけられるという事を受け入れてくれないと、失敗してしまう。

 だけど、猫に成りそこなったジェイレンってのも、見てみたい気がする。それに今よりかわいくなってるだろうし‥‥。

 諸々の込み入った感情が合わさった結果‥‥。

「‥‥わあ‥‥‥」

 =‥‥‥むう‥‥どうも馴染めんな‥‥=

 これはリップではなくて、茶色の猫になったジェイレン‥‥猫ジェイレンである。

 茶毛はジェイレンの髪の色と同じ。‥‥私が猫になったら、とんでもない色の猫になってしまうかも。

 だから、私は猫にはなれないの。(ううっ、でもなってみたい!)

「どお、リップ? 猫ジェイレンは?」

 =‥‥ふーん、まあまあじゃないかな‥‥=

 =おわっ、猫が喋った!=

 猫ジェイレン(これはこれで長くて言いにくい‥‥猫ジェイ‥‥それとも猫ジェ?)は、毛を逆なでて驚く。今気づいたけど、尻尾がすごく長い。尻尾の長さと、猫のプライドは比例するそうだけど、まさかね‥‥。

「‥‥‥あんただって猫でしょうが‥‥」

 ジェイレンはまだまだ猫としての自覚が足りない。いや、それ以前の問題、動物魔法をジェイレンは修行してるはずなんだけど‥‥。

 それはそれとして‥‥。

「ねえ、リップ、彼はいつ来てくれるの?」

 私の目の前にいる猫達の内、真っ白な、かわいい方(それは勿論、猫ジェイレンの事じゃないよ、当然!)に聞く。

 =‥‥んー、もうすぐ現れるよ=

 その彼とは、もち、猫の事。飼い猫なんかとは違って、この辺の地理を裏の裏まで知り尽くしているらしい。

 でも私が驚いたのは、リップが、そんな大者猫と知り合いだったって事。

 リップはまだ三歳、まだまだ子供だけど、人間でいったらもう十七、八‥‥。

 そういう年頃になったものだねーと、私は一人、偉そうに考える。

 =‥‥待たせたな‥‥‥=

 私がリップの、ふわふわ綿毛の様な尻尾を眺めている間に、『彼』が現れた。

 渋い声‥‥と、言っても、音としての言葉で理解してる訳じゃないんで、私の頭にそう響いてくる‥‥ま、言うならばイメージみたいなもの。

 彼は私の背中の上をトコトコ歩き、そして鼻先に降り立った。

 白、茶、黒の三匹の猫が丸い顔を並べてる‥‥。それを見てると、やっぱり私も猫になろうかなって、くらっと心が傾いちゃう。

 =‥‥キャロル、彼がコル=

「初めまして」

 =よろしく=

 リップの紹介で、私とコルは挨拶を交わす。他に特別な事はしない。猫は結構、初対面の人間に触られるのを嫌ってる‥‥リップの言うにはそうらしい。

 =それから、こっちがジェイレン=

 =‥‥今晩は‥まぁ月が綺麗な晩ですね= 

 =‥よ、よろしく‥‥=

 ジェイレンは猫になっても、まだお馬鹿な事、言ってる。

 コルは真っ黒な前足を、ヒョイと館の屋根にかざした。

 =ここから少し行った所にある、塀の上から、屋根裏に入れる。わりと中は広いから、人間でも大丈夫だろう。室内の間取りは俺が覚えている=

「すっごい!」

 コルが、あまりにも頼りがいのある事を言うんで、私は人の家の庭先だったってのを、すっかり忘れてた。

 とたんに三匹の猫の手が、パパパッと私の口を押さえる。肉球が気持ちいい。

 猫ジェイレンは、猫のくせに後ろ足二本で立って、前足二本で腕を組み、挙げ句の果てには、爪を一本立てて、チッチッチッと舌を鳴らす‥‥。

 =‥キャロル、あんまし世話をやかすなよ=

「‥‥なんて器用な事を‥‥‥」

 =あん?=

 全然、会話になってない。リップは馴れたものだが、コルは、不思議ーって顔してる。

「さ、そろそろ行きましょうか‥‥」

 私は植え込みからヒョコッと顔だけ出して、様子を伺う。そして、私の顔の真下には、三つのちっちゃな顔が、ヒョヒョヒョッと、次々に出てきた。

 芝生の向こうに目的地が見える。

 =さて‥‥=

 ジェイレンの言う通り、今夜は満月。いつもの夜より、ちよっと明るいかな?

 =一気に走るか‥‥=

 コルの提案に、皆、うんうんうなずく。

 そこで私は、片目をつぶって、親指を立てた。

「そんじゃ、レッツゴー!」

 私を先頭にして、猫の軍団は、疾風の様に走り抜けた。

 奪回するは、我にあり!‥‥ってね。

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