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ACT3

 勢いづいた(もしかしてそれは私一人だけ?)私達の前に、第一関門、その名は塀。なぜ塀が問題なのかと言えば、そこによじ登らないと、屋根裏へ入れないのね。

「‥‥‥とっかかりが何もないんだ‥‥」

 =大丈夫!=

 コルは僅かな助走だけで、スタタッと上がってしまった。すぐにリップも後に続く。‥‥やっぱり見事なもんだ、うん。

 そんで、私が心配してるのは、人間の私の事じゃなくて、エセ猫のジェイレン。

 =うお、俺には無理だぁ、何であいつらはあんな事が出来るんだ!=

 予想通り(たまには、裏切ってよ)、ジェイレンはにゃあ、にゃあ、わめく。頭を抱え様としてるみたいだけど、しょせん、猫の頭の大きさと、前足の長さの比率から言って、無理な話。

「‥‥あんたも猫でしょうが‥‥」

 あれ、この台詞って、さっきも言わなかったっけ?

 全くもって、情けない。

 やれやれってね‥‥。

 =あ、ありゃ?=

 私はヒョコッと、猫ジェイレンの首を掴んで、持ち上げた。

 =お、おいキャロル、何すんだ、降ろせったら!=

 私は猫ジェイレンを左手に持ち直し、ぎゅっと抱いた。

「‥‥しっかり掴んでてよね。落っこったって、知らないから‥‥」

 =‥‥‥‥‥=

 観念したのか、猫ジェイレンは何も言わなくなった。

「‥‥‥‥ふーん‥‥」

 上までの高さは三メートル程。でも私にとってはこんなの楽勝。

「やっ!」

 私は垂直な煉瓦壁の、極わずかな、継ぎ目のデコボコに足をかけて、一気にかけ上がる。右手を、塀の一番上に‥‥よし、かかった‥‥そして、反動がついたら‥‥。

「よっ‥‥と!」

 スタッと綺麗に着地出来た。うん、満点。でも格好つけてる場合じゃない。

 =キャ、キャロル‥‥‥苦しい‥‥‥=

「あ、ごめんね」

 パッと手を離すと、猫ジェイレンは塀の上の狭い場所にボテッと落ちた。

「これね」

 コルの方を向くと、コルはうなずく。そこにあるのは錆びた鉄の柵。これなら屋根裏に入れそう。

 言うまでもなく、コルとリップは問題ない。でも、ジェイレンは、まだ舌を出したまま伸びてる。全くもう‥‥いい加減にしてよね‥‥。

「ジェイレン‥‥ジェイレンったら‥‥」

 =‥‥‥うーん‥‥‥=

 クイクイと、ヒゲを引っ張っても、全然、起きない。

 しゃーない‥‥‥。

 私は力の元(細長い瓶て何かな)‥‥とやらを入れる為に持ってきた小さなナップザックに、猫ジェイレンを突っ込んで‥‥突っ込んでぇ‥‥‥えー‥‥やっぱり入んない。

 仕方なしに、頭だけ出して押し込むけど、落っこちそうで今一、不安。

 ま、いいかって(これが私のモットーだし‥‥)、柵を外して中に潜り込む。

 いきなり暗いけど、私は夜目が効くから、平気なんだなこれが‥‥。

 柱のでっぱりをよけて、四つん這いで進むと、下から明かりが漏れてるの場所をさっそく見つけた。

「‥‥誰かいるのかな‥‥」

 ほこりっぽくって、目をくっつけるのが嫌だったから、それならばと、私は慎重に、慎重に板を外す。

 パカッとなんとか取れたんで、私は様子を見ようとして、屈んだの‥‥。

 =んぎゃぁぁぁぁぁ!=

「きゃあ!ジェイレンが!」

 途端に、猫ジェイレンはまっさかさまに落下。こっちを見ながら、悲鳴をあげて落ちていく。

「‥‥どうして行っちゃうの!ジェイレン ‥‥」

 私は両手を付いてそんな猫ジェイレンの姿を目で追っていた。

 =そりゃ、当たり前だってば‥‥=

 ‥‥‥と、リップは呟き、コルは頭を振る。んがっ、と下からわめき声がする。

 何、何?って、また覗くと、その声の主は、何とあの犬男。猫ジェイレンが、男の顔にへばり付いてて、払い落とされまいとしている。

「ジェイレン!」

 私は飛び降りて、空中で体を一回転させ、音もなく、フサフサの絨毯の上にシュッと降り立つ。手元にあった石膏の像みたいな(腕の付いてない女の人が、裸で体をくねらせたいる、やーらしーの)奴を、男の頭にエイッと叩き付けた。

 パカッと頭が吹っ飛んだ‥‥のは、石膏像の方で、運悪く猫ジェイレンに当たったんだけど、男は一声唸って、どたっと倒れた。 

「‥‥あ、ありゃ?」

 それっきりピクッとも動かなくなったんで、少しやばいかなって、そーっと覗いた。

 =‥‥ううっ‥俺は何てひどい目に‥‥=

 男の下から、モゾモゾと這い出してきた猫ジェイレンは、何だか足元が怪しい。これって私のせいかな‥‥やっぱし。

「よ、よかったね、ジェイレン。何でも なくって‥‥あははははは‥‥」

 =何でもあるわい!=

 ジェイレンたら、また二本足で立って、腕なんか組んでる。落ちる時も、受け身を取んなかったし、猫の適正は無いかもしんない。私は乾いた笑いで、その場をごまかして、とりあえずこの部屋の物色‥‥でなくて、探索にかかった。

 今頃になって降りてくるリップとコルは、全く要領かいい。やっぱり、私みたいな正直者は馬鹿を見てしまうのね。

 部屋の中は、暖炉に火が入ってて、暖かい。籐製の趣味のいい家具や、一回でいいから使ってみたい小道具の数々‥‥。一個ぐらい、持ってっても気づかないんじないかなって、間が差したりもする。‥‥いけない、いけないっと‥‥。

 =ここには、無いみたいだよ=

 私が一人で遊んでいる間に、リップ達(ジェイレンはすねている)は手際良く、探してくれてたみたいで‥‥。

「あ、ども‥‥‥」

 と、言う私を無視して、コルはリップと二人で何か計画を立ててるし‥‥。

「ね、じゃ、どこに行ったらいい?」

 リップは毛繕いを始めたが、コルはきちんと答えてくれた。

 =次は‥‥そうだな。‥‥その何とかってのが、どんな用途なのか分からないから、何処にあるのか、正確な場所は特定出来ない。‥‥けど、大事な物の様だから、たぶんこの家の主のとこにあるんじゃないかな=

「‥ふむふむ‥‥‥なる程ねぇ‥‥」

 まー、言われてみれば確かに‥‥。しかし、これでは人間の立場はない様な気が‥‥。

「私の睨んだ通りだわね‥‥」

 力強く、格好良く、そう言ったんだけど、今度はコルまで、毛をなめ始めちゃって‥‥こらこら、ジェイレンまで‥‥。いつの間にジェイレン、そんな高等テクニックを‥‥。

「‥‥えーっと、あははははははは‥‥」

 私は頭をポリポリとかきながら、笑った。 それから、カチッとドアを開けた。

 もう最強の敵(敵か?)である犬男は見事に倒してしまってるので、心に余裕がある。廊下の暗がりに、私の鋭い視線と、もっと鋭いコル達の視線が走る。

「うっ!」

 私が下を向いてうめいたので、皆は一斉に私を向いた。

 =ど、どうした、キャロル!=

 猫ジェイレンが肉球で、私のふくらはぎをひたひたと触る。

「こっ、こっ、こっ‥‥」

 =‥‥鶏がどうした!=

「こ、この家には廊下にまで、こんな上等な絨毯が敷いてある‥‥」

 =‥‥‥‥=

 だ、だから、そこで揃って毛繕いを始めないでってば‥‥。

 私が驚くのも、無理の無い事なのよ。

 何度、私ん家の廊下のトゲ(何しろ、安臭い、木の板なもんだから、気が付くと足の裏に刺さってるのよね)に泣かされた事か‥‥。

「‥‥許せなーい!」

 何が許せないのかって、それはこの絨毯のもったいない使い方。

 私は怒ったわよ。

 ‥‥て、正当な理由(?)も出来たんで、我が物顔で、廊下をのしのし(でも別に私の体重が重い訳じゃないのよ!)と歩く。

 =うぎゃあ!=

 ものの数歩も行かない内に、また猫ジェイレンの悲鳴。私は、とっとって、動かしかけた足を止めた。

「もう、ちょっと静かにしてよ!」

 =キ、キャロル、誰か俺の尻尾を‥‥=

「?」

 廊下の暗がりの向こうから、目だけ光った誰かが‥‥まさか、お化け!

 私はその手の物が苦手で、ううっと少し引いたけど、その正体が分かって半分ほっとした。

 そう、半分。‥‥保留付き。

「こ、子供?」

「うわー‥‥‥猫、一杯いる!」

 三歳位の女の子は、猫ジェイレンの尻尾を掴んだまま、きゃっ、きゃっと手を叩いた。 ジェイレンを抱き上げて頬ずりしてる。猫がそんなに珍しいのかな。

「えー‥‥ここの子‥‥かな?」

 って私は聞いたけど、女の子は無視してジェイレンのヒゲを引っ張ったりして遊んでいる。

 =シャリイと言って、確かここの家の子だよ。両親が仕事で地方に行ってる事が多いんで、その間、ここに預けられてる=

 コルは言ってから、慌ててシャリイから離れた。猫にとって、この歳位の女の子は天敵なのだ。

「‥‥ふーん、シャリイちゃんか」

 猫ジェイレンの両手を持って遊んでたシャリイは、名前を呼ばれて、顔をあげた。(私の方が背が高い!‥‥ちょっと優越感が)

「‥‥お姉ちゃんは?」

 お姉ちゃん、だって‥‥うーん、いい響きだわ‥‥。

 白い夜着と金色の髪のシャリイは、羽でもあったら本当に天使みたい。こんな子をほっとく親なんて全く‥‥。

「‥‥えー‥‥何て言ったらいいかな」

 =‥‥‥不法侵入者‥‥=

「‥‥て、言える訳ないでしょ!」

 リップの何の飾りも、てらいもない言葉に、いつもの様に大声で答えてしまって、そん時にハッとして口を閉じたんだけど‥‥。

「‥‥‥うっ‥‥うっ‥‥」

 遅かった。

 シャリイはぐすぐすと泣きそうになっている。もし爆発したら、もう手遅れ。爆弾みたいな大声で、絶対に泣き止まない。

「‥‥ほらほら、かわいくな‥‥じゃなくて、かわいい、猫ちゃんでちゅよ‥‥」

 私はようやく解放されたジェイレンを掴むと、シャリイの前に、ぬっと、突きだした。

「‥‥うっ?‥‥‥‥‥‥」

 効果適面、シャリイの表情が少し緩んだ。

 =おい、降ろせ! この子の前に俺を近づけるんじゃない!=

 ジェイレンたら、少しは協力してくれてもいいじゃないの‥‥。手足をバタバタさせてる。

「動かないの、ジェイレン!」

「ううっ‥‥‥」

 しっ‥‥しまった。私って馬鹿。

「ほらほら、面白いでしょ」

 試しに、ジェイレンの口を、両わきにむにっと、引っ張ってみた。

 =あ、あにょな‥‥‥=

 またシャリイの爆発のカウントは後退していく。

 ふーっと安堵の溜め息。でも、ずっとこの体勢でいる訳にも‥‥。

「‥‥ねぇ、どうしたらいい?」

 後ろの猫達にまた意見を聞く。こうなったら、恥も外聞も関係ないもんね。

 コルは横を向いて知らん顔。リップは少し考えてたけど‥‥。

 =‥‥なら、いっその事、その子も猫にしちゃったら?=

「‥‥んー、それはー‥‥‥‥‥」

 ちょっとビックリ。でもどうだろうか。おとなしくなるにはなるけどさ‥‥。

 =それはいいんじゃないかな? 探すまでの間だけなんだしさ=

  コルは賛成みたいだし、この際‥‥。

「‥‥よし!」

 私は猫ジェイレンを離して(落っことすとも言う‥‥)、呪文をあれこれ思い浮かべてみる。

 ん、やっぱしさ、こんなかわいい女の子が猫になったら、どんなだろうなって誰でもそう思うじゃない。‥‥うぅー、私はその誘惑に勝てない‥‥‥。

「‥‥そのお、シャリイちゃん? シャリイちゃんはこんな猫になってみたくなあい?」 

 私はびしっとリップを指差した。(ジェイレンじゃない)

「‥‥猫に?‥‥シャルなる!」

 ぱっと顔を輝かせてシャリイは飛び回った。これで準備完了。

「‥‥‥えーコホン‥‥それじゃいくわよ」 

 もったいぶるのもまた大事。



 ‥すーぐに猫ちゃん、なれるわよ

 かわいい、かわいい子猫ちゃん!

 ジェイレンなんか、目じゃないね‥♪



 =‥‥おい、何で呪文に俺の名前が入ってんだよ‥‥=

「‥‥‥‥ははは‥‥だからアドリブ何だってばぁ‥‥」

 =‥‥いいのかな、そんなんで‥‥=

「いいの、いいの‥‥ほら!」

 シャリイの体がまばゆい光に包まれる。

 そして一瞬で真っ白な子猫に変わった。

「‥‥‥まあ‥‥‥」

 私は目をうるうるさせて、猫シャリイを見つめた。

 でも、これだとナルみたいだなって思った私は、ブンブンと頭を振って、正気に戻る。ここは何としても年上の威厳を見せねば‥‥‥。

「さ、良い子だから、おとなしくしてましょうね」

 =わあ‥‥体が軽い!=

「あ、ちょ、ちょっと!」

 私が手を出す前に、猫シャリイはちょこまかと走って行ってしまって‥‥これって、もしかして大変な事態‥‥‥。

「ジェイレン、捕まえてきて!」

 =また俺かよ?=

 不服そうね。そりゃ、今まで、おもちゃにされてたんだから、気持ちは分からなくもないけどね‥‥。

「だってあのままほっとく訳にもいかないでしょ!」

 =‥‥別に俺じゃなくても‥‥=

「‥‥これからさ、力の元を探してみるから、ジェイレンが一番役にたた‥‥子供の相手が上手そうだし‥‥」

 =そ、そうか、そんなら、しゃーないな=

 ジェイレンは、なんだかまんざらでもない様な顔で走ってっちゃった。全く、少しおだてるとすぐその気になるんだから‥‥。

 何はともあれ問題は片付いた訳で‥‥。

「いえーい!」

 私は呆れてるコルとリップに、パチッと片目をつぶって親指を立てた。


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