てな訳でね、かぼちゃの‥‥馬車と言うか、何と言うか、とにかく、馬車みたいな物で、一直線に大通りを、城に向かってた。
辺りは薄暗くなってたのが幸いして、思ってた程の注目はされなかったけど、そんでも、指さして腰抜かす人がいたり、泣き出す子供がいたりして‥‥。
しかし、リップを疑う訳じゃないけど、おとぎ話のあのかわいそうな女の子は、こんなんでどうやって幸せになったのかな?‥‥本物の馬車をぐしゃっと、踏み潰した辺りで、(私は悪くない、私は悪くない‥‥)ちょっと‥‥じゃない、大いに、疑問に思ってきたんだけどさ。
でも、これで城の中には入れてくれるんじゃないかな。
駄目だったら‥‥笑ってごまかそう。
さすが、腐ってもかぼちゃ、馬車になってもかぼちゃなだけあって、椅子と言わず、床や天井と言わず、私とナルはもみくちゃにされたけど、ぼわん、ぼわんって、バウンドするもんだから、ちっとも痛くない(でも、吐きそうになってしまうのは、仕方ない)。そしてついに私達は、城に着いたけど‥‥。
「とおっ!」
スタッって、私は両手を広げて偉大な一歩を踏みしめた時、ナルはどうした訳だか、出て来ない。
「‥‥‥‥」
どおしたのっかなーって(‥‥実はその訳は知ってんだけど‥‥ごめんね、乗り心地悪くて‥‥)私はヒョコッと中を覗いた。
「‥‥‥うぅ‥‥た、助けて‥‥」
ナルは椅子から落ちて、逆さまになってた。
「‥‥やだなぁ‥‥ナルったら、こんな時に、おちゃめしちゃって‥‥あはは‥‥」
「‥‥あのねぇ!」
ピョコッとナルは、普通の姿勢に戻る。なぁんだ、一人で大丈夫だったんじゃない。
「そんな事より、見て、ほら!」
見上げると、赤い煉瓦の塔がずっと上まで伸びてる。塔の先はとんがってて、暗い空に突き刺さってでもいるみたい。
そっから、ずっと壁が伸びてる。たぶんこれでどっかの国が攻めてきた時、防ぐみたい。正面には深そうな堀、釣り橋が掛かってて、ばんぺいさんが二人立ってる。重そうな鎧着て、槍なんか持ってる。何か、暇そう。あくびなんかしてる。平和だね‥‥。
「‥‥キャロル、じゃ、行こう」
「え! ‥‥‥う、うん、‥‥」
地面に足をつけた途端に、ナルは元気になって、私の手を引っ張り始めた。
「‥‥うー‥‥‥」
ちょっとは心の準備をさせてほしいものだ。もしかしてこれって、馬車の仕返しかな?
ナルにズルズルと引きずられながら、私達はばんぺいさん達の前に出た。
ひ、ひえーって、私は心ん中で、慌ててたわよ。ナルって、度胸ある!
「‥‥こんばんわ、第二王子、ジェイレン様の紹介で参りました」
「‥‥‥ジェイレン王子の?」
ばんぺいさん達は、何だか不思議そうな顔して、見合わせてる。
「‥‥何でしょう?」
「あ、いや、ただジェイレン様が人を招待するのは希な事ですから‥‥」
「‥‥それで、あれはどの様な物体なのですか?」
もう一人が、恐る恐る、かぼちゃの馬車の由縁を私に聞いてきたけど‥‥。作った私にも、よー分からんのに、そんな事、聞かれてもねぇ‥‥。
「‥‥えー‥‥あれは、その、今、流行のかぼ車っすよ‥‥」
まーた、私は、いい加減な事を‥‥。
「カボシャ‥‥ですか?」
あ、結構、いい、ネーミングかもしんない。
「そそ、これが巷で、大ウケ! 今や若い女性には欠かす事の出来ない必須アイテムになってて‥‥えへへ」
私は笑ってポリポリと頭をかいてたけど、ナルは、呆れてるのか、うつむいちゃってる。
「‥‥はあ‥‥それは‥‥存じませんでした‥‥」
しかし、こんなんで、普通納得するかな‥‥。この城の警備体勢は一体どうなってるんだ。
「‥‥分かりました。‥では‥‥‥失礼ですが、あなたはジェイレン王子と、どの様なご関係で?」
「‥‥えーっと‥‥王子の魔法の師のバモスの娘です‥‥」
ま、そんなもんだろう。
「こ、これは大変失礼致しました。どうぞ、お通り下さい!」
ばんぺいさん達は、ざっと、道を開けてくれた。私は、ども‥‥とか言って、そこを通る。
へえ‥‥魔法使いって、権威あるんだって、改めて関心する。私も、きちんと勉強しなおしてみよっかな‥‥。
ふふん、偉いんだぞって、城壁を越える‥‥と‥‥。
「‥‥わあ‥‥‥」
始めて見た城は何か、凄っごい。
正面のひたすら真直な白い道の両脇には、背の高い木が、点々と植えられてる。その先には真っ白な城‥‥。
今は当然、夜な訳で、だから空は黒い訳だけど、そんな闇の中で、城がぼうっと輝いてて‥‥。
たぶん、かがり火の灯が下から照らしあげてるせい‥‥。
うん、とっても綺麗‥‥。想像通り‥‥。
「キャロル?」
「‥‥あ、ごめん‥‥」
また、ぼけっとしちゃった。
私は、ナルに引かれるままに、城内へと足を運ぶ。
入ってすぐは幅広の廊下。廊下って一口で言っても我が家の貧乏たらしいのじゃなくって、幅は家の長さ位あってさ‥‥。
それに天井も高い。上にあるのはステンドグラスって名前の奴だったかな‥‥。昼間に、そっから入ってくる。日差しはどんなかなって、考える。
うん、綺麗‥‥。でもね‥‥。
やっぱり私って、根っからの貧乏症なのかな‥‥。素直に感動出来なくて‥‥。
「ね、あんな高い所、どうやって掃除すんのかな?」
「‥‥はぁ? キャロルったら、何言ってんの?」
「え、だって、さ‥‥」
中はちょっと広すぎ‥‥。それにあちこち、デコボコが多くて拭くにしても、はたくにしても面倒くさそう‥‥。
だから、ジェイレンって掃除嫌いなのかもしんない。でも、そういうのってお手伝いさん‥‥じゃなくって、侍女にやってもらうんじゃないのかな?
「あ、あれ!」
グイッて、ナルに引っ張られる。
「もう‥‥‥キャロルっ! さっさと会場に行こうよ」
「わ‥‥ナル、私の足、もつれてる」
やっぱり、四年後の私は足も長くなってる様で(いやー、今の私ってスタイルいいのかも‥‥)、何かと言うと、すぐこけそうになる。それに、足首まであるスカートって、本当、歩きにくくってさ‥‥。
「あわっ、わっ!」
って、言った側から‥‥。
ドアは閉まってたんだけどね、私達が近づくと、ドア番の黒い服を着た人がサッと開けちゃって‥‥だから、つんのめった私は、会場の広間の中に、両手を前に突き出した姿で、ドテッと倒れた形になっちゃって‥‥(あー恥ずかしい)。
「何やってんのよ‥‥」
やれやれってナルが手を貸してくれたけど‥‥元はと言えば、ナルのせいでこけたのよ、分かってないでしょ?
ぱたぱたと、ほこりを払ってから、辺りをキョロキョロ見渡してみる。
ここも何て広い部屋。あちこちにおっきなテーブルがあって、その上には、菜食主義の私でも、おいしそうに見える料理の山。だって普段、動物達とお喋りしてるのに、いきなりお肉食べろって言われても、そりゃ無理ってものよ。‥‥しかしお腹は正直なもので‥‥ごめんね、鳥サン、豚サン。しかも、それには爺ちゃんも絡んでで、何だか私にお肉を食べさせなかった。‥‥早く、只の女の子に戻らないとね‥‥変な誤解を解かないと‥‥。
大体、テーブルを拠点にして、人々が群がってる。私達と同じ格好をした大人の女の人とか、同じく、ばりっとした大人の男の人とか‥‥。遥か彼方に見える黒い点は、バルコニーって奴みたい。こりゃすごいわ‥‥。(うーん‥‥私もそんな所に混じれる程、大人になったんだねぇって、広間の片隅で腕を組んで、ウンウンうなづいてたけどね‥‥本当は、魔法の力をちょっとばかし借りてるんだけど‥‥)
ザワザワ、ガヤガヤ‥‥話声が重なってくると、そう聞こえてくるから、不思議。そこに黙って立ってると、何か‥‥。周りにたくさん人がいるのに、一人ぼっちになったみたいで‥‥。
夜会ってこんな所だったのか‥‥。
人が多すぎて、これじゃ誰が、魔法使いやら、さっぱり‥‥。
やっぱ、それらしい人に一人、一人、聞いて歩くしかないかな‥‥。
‥‥でも、何て聞く?
あのーすみませんが、あなたは魔法使いでしょうか?‥‥なんて聞いて大丈夫かな‥‥何だこいつは‥‥みたいな目でみられたら、あれだし‥‥ん。
「‥?」
ザワ‥‥って、その時、空気が変わったのよ。
何、何って、私が顔を上げると‥‥。
「え、何、何?」
皆、私を見てるじゃない。何かやった?
「‥‥キャロル‥‥」
「‥‥う‥‥」
しまったかもしれない。もしかして、私ったら、一人でブツブツ言ってたのかなも‥‥。「あは、あ、はははは‥‥‥‥」
笑ってると、ナルが私をバルコニーまで引っ張ってくれた。
近くの椅子に、チョコンと座らされた。
「‥‥もう、一緒にいるのやだからね、キャロルはここでじっとしててよ」
「‥‥う、うん‥‥でも‥」
「私がその辺ちょっとまわって来るから」
「‥‥‥‥」
完全に子ども扱いされて、私は、プウッて、膨れたけど、ナルはさっさと人達の中に紛れてっちゃった。
格好いい、白い椅子(これって持って帰っちゃったら、怒られるかな?)に、私は人形の様にスカートに手を乗せ、静かに座ってる。
「‥‥‥‥」
黙ってるのって、結構、辛い。口の端の辺りが、ムズムズしてくる。
一体、私は何しに来たんだろうね。
ま、どうせ来たんだったら、そのついでに‥‥。
私は、もぞもぞと人ごみをかき分けて、テーブルの上に、デーン!って置いてある。グラスを一つ持ってきた。
ちょっと赤みがかった飲物。種類は分かんないけど、お酒の類には違いない。一回、飲んでみたかったんだよね。
「‥‥ありゃ?‥‥‥」
ゴクッと、一口で飲み干したけど、今一
旨かったのか、まずかったのか分かんない。ペロッと、舌なめずりしてみると、まあ、そんな悪いものでもない気がする。
物は試し、もう一杯‥‥。
と、言いつつ、今度は、両手に、二つ持ってきた。
「‥‥うん、まあ、悪くない酒だこりゃ‥‥」
偉そうに、そんな台詞を言ってみたりして、暇潰し‥‥。
これはこれで終わりっと‥‥。次は、あっちの黄色いお酒を‥‥。
瓶ごと掴んだ所で‥‥。
「そこの美しい、御婦人‥‥」
どっかから、そんな声が聞こえた。でも、私はスポーン!って、栓を開けてた。
「そこの、薔薇の様な人!」
「‥‥‥え?」
声は私の真後ろからしたので、そこまできてやっと、私に言ってるんだって事が分かった。
酒瓶を持ったまま、振り返ってみるとね。
「‥‥おお、何と美しい‥‥」
金髪のスラッと背の高い男の人が、膝まづいて、私のあいてる方の手に、口付けしてきたじゃない!
「あ、あの‥‥」
いきなりなもんだから、私は慌てちゃって、おろおろと‥‥。
その人は、ニコッと笑って立ち上がった。 切れ長の青い目に、鼻筋の通った顔。女の子だったらたぶん、十人中、九人はキャーって叫んじゃうだろうな。背も私より、頭一つ以上高い。
彼はジェイレンのお兄さんのジュリアスさん。この人、会う度に同じ事、言ってくるけど頭大丈夫?
「失礼‥‥あまりにも、あなたがお美しかったもので、つい、我を忘れてしまいました。お許し下さい」
「‥‥‥え、あ‥‥その‥‥何と言うか‥‥あ、そりゃ!‥‥」
いくらおかしなお兄さんの言葉でも、その台詞に私は舞い上がってる。だって、だって、世界が全然違うんだもん‥‥。十四年間生きて、まさかこんな事を言われる日が来ようとは‥‥。そか‥‥今、私は、十八なんだった‥‥。
「‥‥あなたの白い手は、自然の香りがする‥‥。」
「そ、そうっすか‥‥はは‥‥」
そりゃ、ま、そうかも。かぼちゃ香水、百%だからね‥‥。結構、鋭い。
「それだけではなく‥‥‥」
そう言いながら、私の髪を、一房、手に掴んだ。
「‥‥あなたのこの髪は、薔薇の花の様だ‥ ‥私は今まで、この様な美しい髪を見た事がない‥‥」
「‥‥‥あは‥‥‥」
私は顔がヒクついてる。
そんな事、言われたのは始めて‥‥。って、言うか、なるべく一目につかないようにしてたんだけど。
「もっと言って、もっと言って!」
口に出してしまってから、今さらの様に、恥ずかしくなって、えへへって、顔を伏せた。
こうして見る、兄の方は、一部の隙もなく、キチッとした身だしなみ。‥‥に、比べて、弟の方はと言えば‥‥。
とりあえず、今朝のジェイレン‥‥。
シワクチャのパジャマのまんま、あくびしながら、起きてきて、朝食の代わりに、リンゴかじってた‥‥。
おまけに、私に、部屋の掃除と、宿題押しつけるし‥‥。
「お嬢さん、どうぞ‥‥」
優雅な仕草で、ジュリアスは手を差し伸べてきたけど‥‥。これって、私は、その手を掴むべきなのかな。
「‥‥‥はあ‥‥‥」
私は何の気なしに、掴もうとした時‥‥。
「待ちなよ」
こ、この声はどっかで‥‥そう、すっぽんの方‥‥‥。
「ジェ、ジェイレン‥‥」
私は驚いて、首をすぼめたまま(これじゃ私がすっぽんみたい‥‥)、振り向いた。
へえー‥‥。私は、目がまん丸。
こんな格好したジェイレンを始めて見たけど、まんざらでもない。なんで、いつもこうしてないのかな?
「‥‥う‥‥キャ、キャロル‥‥だよな‥‥ しかし一体‥それは‥‥‥」
私以上に驚いてるのは、すっぽん男の方。確かに私の姿はちょっと違ってるかもしんないけど、何であんなにビックリしてんのかな。
やっぱ、変?
ジェイレンは、眉間にシワを寄せて、ジィーっと私を見てる。
私は何か、上でも向いて、ピィピィって、誤魔化しの口笛でも吹きたくなっちゃった。
「‥‥おかしい‥‥」
一言、ぼそりと言っただけだけど、私の胸に、ぐさっと深く突き刺さったわよ。
「‥‥ま、いい、とにかくそこを退けジェイレン」
ジュリアスは私の手を掴んで、引っ張った(何か、手を引っ張られてばっかりで‥‥手が脱臼しそう‥‥)。
「嫌だね‥‥」
ジェイレンは腕を組んで、行く手に立ちはだかり、ニッと、不敵な笑みを浮かべた。
え、え、って、私は二人の顔をササッと交互に見やる。
「‥‥ジェイレン、兄の言う事に、逆らうつもりか!」
ジュリアスの声は結構、甲高くて、興奮すると、何か芝居がかって聞こえる。
「‥‥そうだな‥‥他の事なら俺にはどうで もいいが‥‥これだけは譲れないな‥‥」
でも、ジェイレンはいつものままのジェイレンで‥‥。
これって凄い、シュチュエーション。
悪漢(ジェイレン)に襲われた私を、美形な剣士(ジュリアス)が、守ろうとしてるって感じ。
そして多勢に無勢、哀れ、美しき王女(もちろん、私)は悪漢の手によって連れ去られてしまうんだわって、一人で、物語の主人公になった気になる。
‥‥これだけは譲れないな。
うーん‥‥たまには、さらわれてみるのも悪くないかな‥‥。