何だか、馬鹿みたいな事で、時間を取っちゃって、ナルの家に向かったのは結局、昼過ぎ。
私は、いい天気だな‥‥って、ニコニコしながら、蝉さんの鳴く(さすがに、何言ってるのか分かんない)並木道を背伸びしたりして歩いてたけど、通り過ぎる人達は皆、大変そう。
真夏の昼は驚く程、静か‥‥話声も、物音もどっか別の世界の事みたい‥‥。
麦藁帽子の編み目の隙間から漏れてくる、夏の日差しが、何だか心をウキウキさせる。でも、こんなに楽しいのは、それだけじゃないんだけどね。
いつも、肩は外に出してるけど、全然、日に焼けなくて、白いまんま‥‥これも、どらごんの中途半端な魔法が解けないでいる、副作用なのかもしれない。嫌だったんだけど、今日ばかりは、有り難いって思う。
夜会‥‥ああ、夜会‥‥何がなくとも、それ、夜会‥‥。
「‥‥むふふふふふふ‥‥」
私は、両手で口を押さえて、ブンブンと、頭を振った。
「おや、キャロルちゃん?」
「‥‥あ、あれ?」
ふと、気が付くと、知らずにナルの店の前まで来てる。ナルのお父さんが、通り過ぎようとした、私を呼び止めてくれた。
「いつもかわいいね、キャロルちゃん。ナルティアだったら上にいるよ」
「‥‥え、あ‥‥ども‥‥」
もっと言って、もっと言ってって言いたいけど、そこはそれ、私は大人だから、そんな事はしないのだ。
ぺこりとお辞儀をして、すぐ二階に上がった。
「‥‥‥‥キャロルがね‥‥ふーん‥‥じゃ、ジェイレン王子の紹介って事で、潜り込もうって訳ね‥‥」
意外にも、ナルはいつもの様な、反応はしなかった。
私を、上から下まで、ジィッと眺め回してる。
「‥‥夜会か‥‥ね、私も一緒に行っていいでしょ!」
「‥‥う‥‥‥うん‥‥まあ‥‥」
否と言える立場じゃないし‥‥‥。でも、ナルが絡むと、話がややこしくなる気が‥‥‥。
ま、いいか‥‥。
「じゃ、その為の服を揃えないとね‥‥」
スッとナルが私の側に近づいた。
「‥‥でもね‥‥私はいいけど‥‥」
そして、私の頭をぺこん、ぺこんと叩く。いつもながらにいい音が‥‥。
「‥‥う‥‥あ‥‥う‥‥‥‥」
私は手をバタつかせながら、頭を上下させた。
それから、ナルは腕を組んで考え込む。
「‥‥うーん‥‥もう少し、身長がないとね‥‥。ああいうのって、大人用しかないのよ」
「うっ!」
確かに‥‥。
ナルだったら、そのままでも、十分だけど、私には、ちょっと‥‥‥。
リップの言ってた事、やるしかないのかなぁ‥‥。
「‥‥そ、その点は、心配しなくていいよ。 魔法で四、五年程、大人になるから‥‥」
「え、そんな事、キャロルに出来るの?」
「も、もち! ほら、私は動物魔法が使える訳だし‥‥はははは‥‥は!」
そこで、ハタと気が付いた。もし、その歳になっても、このまんまだったら、どうし様‥‥。
「すっごーい!ね、ね、早くやって見せて!」
ナルは水色の瞳(羨ましぃ!)を輝かせて、好奇心、爆発って感じでさ‥‥‥。
「う、うん‥‥」
でも、私は迷ってた。失敗したら、いくら何でも、やばいんじゃないかって、気もするし‥‥。
「そ、それが、この魔法って、日が落ちないと使えないから‥‥ははははは」
私は、笑ってその場をごまかす。
でもね、内心、とても笑いの出る心境じゃなかったわよ。
神様、お願い!
今度から、ちゃんといい子になりますんで、私のくわだてを成功させたまえ‥‥。
やっぱ、そんな願い事じゃ、駄目かなぁ‥。
私は日が暮れるのを待って、ナルの家で普段と変わりなく過ごした。
そして、丁度いいタイミングで、リップがずるずると呪文書を引きずって持って来てくれた。
ほんと、ご苦労さん。
=まいったな‥‥こんな事になるなら、あんな事言わなきゃ良かった=
ナルが、水を持って来ると、リップは、ぴちゃぴちゃと飲み始めた。
「‥‥ふーん‥‥これが形態変化の呪文書か‥‥えーっと、なになに‥‥」
巻物状になってる、よくあるタイプの呪文書を、ぴらっと開いたけど‥‥。
「うっ!」
私は、一目見ただけで、クラッときて倒れそうになった。
「‥‥ど、どうしたの、キャロル!」
「え、な、何でもない。ちょっとめまいが‥‥」
言い訳する訳じやないけど、決して、書かれてる内容を理解出来なかったんじゃなくてね‥‥。
あの独特の古風な言い回し‥‥何とかならないかな。
例えばね、朝、爺ちゃんが言った様な大げさすぎる言葉。何、それ?ってこっちが聞きたくなる程、わざとらしくて。
要は頭の中に展開させるイメージが大切であって、言葉の内容は関係ない訳。だったら、自分なりに言い易い言葉で言った方がいいんじゃないかなあって‥‥これは私の持論。
それはともかく、頭に浮かべるべき道は分かったんで、さっそく実行してみる。
ボウッとではなく、はっきり、くっきりとでないと、全く意味の無いものになってしまう所が、難しくって‥‥。
この形態変化の魔法はしんどそう。
「はい、これ!」
どん!って、テーブルの上にナルが置いたのは、かぼちゃ。
そう、外側は濃い緑色、中は黄色の蛋白質の豊富な、何の変哲もない、かぼちゃ。
「キャロル‥‥からかってないでしょうね? 本当にこんな物が、馬車に変わる?」
「‥‥‥失敗しても、どうせかぼちゃだし‥‥」
私はゴクッと息を飲んだ。同じかぼちゃでも、自分にかける魔法が失敗したら、このかぼちゃの様にはいかないだろうな。
でも、まあ、物は試し、大人になりそこねたら、只それだけの話なのよね。
「うっしゃあ!」
ゴゴゴ‥‥って、私の背中から、炎が出てる(比喩だからね)。ついでに、私の紅い瞳も、メラメラと燃えてる(もし爺ちゃんがこの場にいたら、本当に背中に火をつけられそうで‥‥)。
でも、呪文は静かに、詠唱。ま、これ位は守ってやるか‥‥。
かわいい、かわいいキャロルちゃん。
本当は、あなたは、十八でぇ、
すっかり、大人の仲間入り!
いーまの私は幻でぇ、
あっと言う間に、変わるのよ!
この前、ジェイレンを包んだのと、同じ輝く霧に私は包まれる。
目は開けてるはずなのに、視界は真っ白。最後に見えたのは、ナルとリップの呆れた顔。私、何かおかしな事、言ったかなって、首をひねってみたりする。
「‥‥うっ」
な、何か、体が痛い。もしかして、失敗したかなって‥‥そう思いかけた時ね‥‥。
「キャ、キャロル!」
=キャロル!=
ナルとリップが、同時に叫んでる姿が目に入った。
「あ、あれ‥‥」
一瞬の事だったんだけどね。当時者にしてみれば大変なのよ、これが‥‥。
魔法は大成功! 体が痛いのも、そりゃ当たり前で、服はそのまんまだからね‥‥と、言う事は、私はこれから背が伸びるって事!
「‥‥‥ほ、本当にキャロル?」
「う、うん、どうして?」
立ってみると、これが何と、ナルよりちょっと高いじゃないの!
やっぱりね、私って何事も後になって伸びる方だからさ‥‥。
鏡を覗くと、そこには、四年後の私がこっちを見てる。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
私はちょっと驚いた。
結構‥‥って、言うより、すっごい美人じゃ!(自分で言うのも何だけどさ‥‥)
鏡に向かってウインクすると、やっぱりウインクしてきた‥‥そこまでして、やっと信じた程‥‥。
微笑んだり、ピタピタと頬を触ったりして、すぐに一時間も経っちゃって、最初は驚いてたリップも、いいかげん、呆れてる。後ろからつつかれた時、えへへ‥‥って笑ったけど、今の私には似合わない気がする。
それからね、私は、ナルの持って来てくれたドレスを色々着てみた。
伸びたのは、背だけじゃなくて、髪の毛もそうで、腰の辺りまで、あの桃色の髪がきてるじゃない。
「ふーん‥‥」
束にして前の方に持ってきてみた。こんなに長い自分の桃色髪を見たのは、もちろん始めて。長いと、枝毛で大変って良く聞いてたけど、そんな事はなくって、指を入れても何の抵抗もなく、スルッて通る。
手を離したら、パッて広がった。
「‥‥キャロル‥‥綺麗‥‥」
ナルの病気がまた始まったみたい。
私の髪を両手で撫でてる。
「あはは‥‥それより早く支度しないと‥‥」
いつもの舌足らずな声も、心無しか、ちゃんとなってる気がして、そんな、小さな発見でも、やったーって、踊り出したい程。
そんでもって、あのかぼちゃを抱えて、きちんと正装した私とナルは裏口に出た。(私は肩を出したm水色のロングドレス‥‥これって自分のスカートの裾を自分で踏みそうでやばいかも‥‥。ナルのは黄色で、私のより、少し大人っぽく見える)。
夏の夕暮れの風が吹いてくる正面に、私は体を向けた。
目を閉じて頬に当たって、後ろに流れてくる風を感る。長い髪が風になびくのは馴れないせいか、どうもこそばゆくて‥‥。
=‥‥‥キャロル、どうしたの?=
「‥‥‥ううん、何でもない‥‥」
いっその事、このまんまでもいいかなって、ちょっと考えちゃったけど、それはとんでもない。夜会に出て、凄腕の魔法使いを見つけて、そして私はちゃんとした人間になるんだから‥‥。(今でも、ちゃんとしてるけどね)
「‥‥じゃ、始めるからね」
誰かに見られたら、やっぱ、嫌だから、かぼちゃの件はとっとと、すませてしまわなきゃね‥‥。
指を一本立てて、それを下に置いたかぼちゃに向ける。
イメージが大切‥‥‥。でも、かぼちゃの馬車って、一体どんなだろう。リップに聞いた方がいいかな‥‥でも、そんな事も知らないのって馬鹿にされそ。やっぱ、やめた。
「‥かぼちゃよ、かぼちゃよ、かぼちゃさん。
大きく、大きく、育ってね!
そしたら、あなたは、馬車になれる。
私を城まで、連れてってぇ!‥‥‥‥」
=‥‥本当に、そんな呪文なの?=
「しっ! 黙って、集中力がなくなる」
ナルも疑ってる様な目で見てるし‥‥全く、どうして私ってこんなに、信用ないのかな。ほらほら、そうこう言ってる間に‥‥。
「わっ!」
ぷすぷす‥‥ぼんっ!って、白い煙があがったんで、ナルは驚いて尻もちをついた。
何か、いつもと違ってる気もしないでもないけど‥‥。
「‥‥これ‥‥本当に、かぼちゃの馬車?」
「そおだよ。どうして?」
煙の中から現れたのは、まごう事なき、かぼちゃの馬車じゃない? 私なりに一生懸命イメージしたつもりだけど、何か違ってたかな?
=‥‥その‥‥確かに、下に車輪は付いてる けどさ‥‥かぼちゃそのものじゃないと思うよ‥‥=
「‥‥‥うーん‥」
そんな気もしないでもない‥‥。巨大になったかぼちゃに、窓と入り口が付いてて、それなりに乗り物らしく、見えるんだけど‥‥。
「あはは‥‥これが動いたら、やっぱ、変かな?」
私が、情けない顔で、指さしたら、ナルとリップは無言でコクンコクンとうなづいちゃって‥‥。
どうしようか‥‥。
「うー‥‥ま、いいかぁ‥‥」
私は、バタッと扉を開けて、ナルを中に押し込んだ。
「ちょ、ちょっと、待って、まだ心の準備が ‥‥」
「大丈夫だよ‥‥たぶん‥‥それに、もうそろそろ出発しないとさ‥‥」
私も、続けて中に乗り込む。
何だ、結構、クッション(まさに、天然)が効いてて、快適じゃない。ナルって変な所で心配症なんだね。
前後に、窓(と、言っても、ただ穴が開いてるだけだけど)が付いてる。私はそっから、顔を出してさ、
「リップも乗る?」
=‥‥‥遠慮しとく‥‥‥=
ブンブンと頭を振ってる。だったら、仕方ない、二人だけで行くとするか‥‥‥。
「‥‥‥キ、キャロル、やっ、やっぱり私、やめ‥‥」
「えー‥‥ここまで、やったんだからさぁ」
もう無視。時には強引に物事を進める事も必要なのだ。
窓から顔を出したまま、城の方に、ビシッと指を差して。
「そんじゃ、お城に向けて、レッツゴォ!」
「キャロル、馬は!」
「いいの、いいの、そんな細かい事は」
すぐに、かぼちゃの馬車(‥‥確かに、馬がいないね、はは‥‥)は動きだす。
「わっ、わっ!」
それがね、静かに走り始めた訳じゃなくって、急に、バって、動きだしたんで、ナルは中で、ひっくり返った。
「はははは‥‥‥」
私は、そん時、ちょっと顔が引き釣ってた。