=まだ考えてるの?=
「‥‥‥うん‥‥ちょっとね‥‥」
上の空で、そう言ったけど、実はちょっと所ではない‥‥。
私は自分のベットの上で、さっきからゴロゴロしてる。
角部屋にある私の部屋には、二つの大きな窓がある。両方共、全開したら、今日は風の強い日らしく、たちまちに中は風の通り道になった。
白いシーツが波の様に、うねってて、私はそれを押さえようと、大の字に寝転んだ。
「‥‥‥‥‥‥‥」
そのポーズのまま、外を覗くと、景色が上下逆になって見える。
入道雲が、下を流れてく不思議な景色。
風に髪をパタパタさせながら、ずっと眺めてると、何だか空でも飛んでる気になる。
=‥‥何でキャロルは、そんなに城に行きたいの?=
リップの声で、フッと私は現実に戻された。私は、ピョコッとベット(私のベットって、これが良く、弾むのよ)の上に、正座した。
「‥‥つまり、具体的、かつ、論理的に言うとね‥‥」
一‥‥夜会は素晴らしいものに違いない。
二‥‥夜会には、凄腕の魔法使いが、出席しているはず。だから、私のこの病気も、治してくれるはず。
三‥‥本当にジェイレンが、王子かどうか確かめる、またとない機会。
「‥‥てな訳なのよ‥‥」
=‥‥‥‥‥‥=
リップはパカッと口を開けて、私の顔を見てる。
=それのどこが、具体的で論理的な訳? 違いないとか、何とか、全部が推測だよ=
「‥‥‥ぐっ‥‥」
リップは猫なのに、細かい。
「あはははは‥‥いいの、いいの。要は、私がね、そんだけ、行きたいいいって事が、伝われば‥‥」
=‥‥うーん‥‥そんなものかな‥‥=
リップはぺろぺろと手をなめてる。猫が顔を洗うと、何か良い事が起こるって言われてるけど‥‥。
=‥‥じゃあ、行けばいいんじゃないかな=
「‥‥それにはね、色ーんな、複雑な問題が あるのよ‥‥」
私はその重要性をアピールする為に、へなへなと横になった。カーテンが揺れる度に、明かりの強さが変わるので、手で目を隠す。おでこに当たった途端、ペチッと音がした。
=‥‥つまり、出るには足りないものが色々あるって事なんだね‥‥=
「ん、まあ、大ざっぱに言えば‥‥」
=うん、これはあれだよ、確か、おとぎ話で似た様なのがあったよ‥‥=
「え、何、何っ!」
私はリップに、顔をくっつく程、近づけた。
=昔、ある所に、貧乏だけど気だてが良くて、優しい娘がいて、その貧乏な娘は城の舞踏会に行きたくて、仕方がなかった。そこに、親切な魔法使いのお爺さんが現れて、綺麗 な服と、ガラスの靴、かぼちゃの馬車を与えてくれたんだ=
「そ、それで? ‥‥どうなったの?」
=‥‥ま、話すと長くなるんで、はしょるけど、とにかく城の舞踏会に出る事が出来た、貧乏な娘は、結果的に、幸せを見つける事 が出来ましたとさ、おしまい=
それじゃ、はしょりすぎじゃ!って、言いたくなったけど、雰囲気だけは伝わったんで、まあいいかってね‥‥。
「‥‥ふーん‥‥そのコって、私とそっくり‥‥」
リップは、ぴくりとヒゲを動かす。
=そ、そうかな‥‥貧乏には違いないけど=
「何よ‥‥」
何から、何まで同じじゃない。
ただ、親切な魔法使いのお爺さんが、いないだけ。
うちの爺ちゃんはねぇ‥‥意地悪な上に、そんな事、出来ないんじゃないかな。
最も大きな問題が一つ‥‥。
よしんば、そのかぼちゃの馬車とやらを入手出来たとしても‥‥。
「ね、リップ、どうしよう、私じゃ、子 供すぎるし‥‥」
=だったら、魔法を使ったらいいじゃないか。 動物魔法を使えるんだったら、人間も動物のうち‥‥何とかなるんじゃないかな‥‥=
「う、うーん‥‥どうなんだろ‥‥」
考えてもみなかった。それってでも、高度な魔法なんじゃないかな‥‥。
失敗したらどうしよう‥‥。
「うう‥‥こ、恐‥‥」
=大丈夫なんじゃないの? これ以上‥‥ま、いいか‥‥=
リップったら、言いたい放題‥‥。でも、今の私の精神状態では、とても言い返す気になんない。
「じゃ、他のアイテムは?」
=呪文書をしまってある部屋で、一度、物質変化の書を見かけた事がある。それで かぼちゃの馬車は大丈夫だね。服に関して は、あの友達に聞いてみたら? 必要なら、ガラスの靴も何とかしてくれると思うよ=
「うーん‥‥でもー」
私の事を、何のかんの言ってたリップも、憶測でしか、言ってないじゃない‥‥。
とにかく、やってみるしかないか‥‥。
私は、両手を握ってリキを入れ、鼻からフン!と、荒い息を出した。
=‥‥気合い、入ってるね=
もちろんって、私は笑おうとて、顔が引き釣った。
「ははは‥‥は‥‥またナルに頼む事に なるからさぁ‥‥」
今度は、どんな服を着せられる事やら‥‥。多少、派手になっても構わない訳だけど、妙な服だけは、やめてほしいな‥‥ナルは派手と妙は違うって事、知らないかもしれないけど‥‥。
心は重いけど、ナルの方はなんとかなりそう。問題は呪文書の方‥‥‥。
「ね、爺ちゃん素直にその呪文書を貸してく れると思う?」
=さあ、かわいい娘の為だったらね。はいは いと、何でも言う事を聞いてくれるんじゃないかな‥‥ =
「‥‥‥うーん‥‥‥‥‥」
リップは後ろ足で、首をかいてる。それに釣られて、私もポリポリと頭をかいた。
ま、いいでしょう。
あまり気は進まないけど、とりあえずやってみましょうか‥‥。
「お、じ、い、ちゃん!」
私はリップに言われた通り、なるべくかわゆい声で、爺ちゃんの部屋にスキップして入った。
むふふって笑いを浮かべながら、爺ちゃんの目を後ろから隠したの。
「む! くせ者」
でも、爺ちゃんは失礼な事に、バッと飛びさがっちゃって‥‥失敗しちゃったかなって、少し後悔したりする。
「なんじゃ、キャロルではないか。どうした、変な声を出して? 何処ぞ、体の具 合でも悪いのか?」
「う、うぐ‥‥‥‥‥‥」
ジェイレンと同じ事を‥‥。
私は言葉に詰まっちゃって‥‥。でも、いいんだもん。
「おお、だが、丁度良い時に来たの」
「む‥‥」
私は体を硬直させる。どうせまたろくでもない物を作ったに違いないのだ。
私を実験台にするのはやめてほしい。今まで何回か、ひどい目にあってる。
「これはたった今、完成したばかりの新作じゃ‥‥」
「‥‥う!‥」
私は驚いてはみたものの、その物体がなんなのかさっぱり分からない。
一抱えもある、銀色の金属製の箱。上から針金みたいな棒が何本か飛び出してる。何やら、ボタンの様な物が上に何個かついている。作る度に大げさになってく気が‥‥。
「こ、これは‥‥ま、まさか!‥‥」
「何、キャロル、分かるのか!」
「いや、さっぱり‥‥あははは‥‥」
爺ちゃんはカクンと頭をうなだれた。
「ま、まあ、よい‥‥これはな、歴史を変える程の発明じゃぞ」
「‥‥へえぇぇぇ‥‥あ、そう‥ふーん‥‥」
私は気の無い返事。爺ちゃんの言う事を真に受けてたら、人類の歴史はゴム鞠かの様に、ポンポンと、進む方向が変わっちゃってる事になる。
「ふっふふふ‥‥聞いて驚くな、このカラクリはな、何と、明日の天気をピタリと、当てる事が出来るという優れ物じゃ。もうこの朝顔君があれば、天候術士は不要じゃ! かっかっか‥‥」
「へえ‥‥」
私はちょっと興味の虫がもぞもぞと動きだす。
それが本当なら、大したもんだ。
しかしどうでもいいけど、天候術士は不要じゃ‥‥に、何かリキが入ってる。目的はそれか‥‥なるほど。
「ほれ、この様に‥‥」
爺ちゃんはポチッと、上の赤いボタンを押した。
‥‥アスノテンキ‥‥
抑揚のない、女の人の声が中から聞こえて来る。
‥‥クモリトキドキ、ハレ。トコロニヨッテ、アメノフルトコロモアルデショウ‥‥ ‥
「ふあっはははは!‥‥‥うごっ!」
私は、大笑いしてる爺ちゃんの頭をパカンと叩いた。
「で、結局、天気はどうな訳? 晴れ てるか、曇ってるか、雨が降ってるかしかないでしょお!‥‥はあはあ」
ああ、疲れた。一瞬でも、本気にした私が馬鹿だった。
「ま、待つのじゃ、何ぞ最近、性格が凶 暴になってきたの。やはり、ドラゴンの‥‥」
「え、いやーあははは‥‥そ、そんな事ないよォ‥‥‥」
ドキッとした私は、重ね合わせた両手をほっぺたにくっつけ、夢見る乙女の顔になる。
「う‥‥‥」
爺ちゃんは一瞬、怯んだけど‥‥。
「この朝顔君の性能はそれだけではないぞ。何を隠そう、明日の降水確率まで、ばっちし分かってしまうのじゃ」
「‥‥‥ふーん‥」
もう、信用しない。
爺ちゃんは今度は、青いボタンを押した。
‥‥アスノコウスイカクリツ‥‥50%‥
「ぐわっはは、見ろ見ろ、わしは天才じゃ!」
自信を回復した爺ちゃんはまた笑い始めたけど‥‥。
「‥‥‥うはははは!‥‥」
「降るか、降らないか、五分、五分だって言 うんなら、最初から何も知らないのと同じじゃないのよお!」
「うははは‥‥‥ぐあぁぁぁ!‥‥」
運の悪い事に、珍しく窓を開けていたんで、爺ちゃんはそこから、空の彼方へと消えて行った。
「はあはあ‥‥し、しまった‥‥」
私は、グーにした手を、前に突きだしたポーズのまま、キラッという光を残して飛んで行く爺ちゃんの姿を、呆然と眺めてた。
これで、爺ちゃんに、呪文書を借りる事は出来なくなってしまった‥‥。(これってやっぱり、不可抗力って奴かな?)
「なら、しょうがないよね、えへへ‥‥」
一人で乾いた笑いを浮かべる。
呪文書はリップに持ってきてもらおう。うん、いい考えだ。
「‥‥‥後は‥‥ガラスの靴か‥‥」
私が気を取り直して、部屋を出ようと、後ろを振り向いた時‥‥。
「奇妙な事を言うの‥‥なんじゃ、それは?」
「うわあ!」
下から、ヌッと現れた爺ちゃんを見て、私はドテッとこけた。
「に、人間なの、本当に?」
「その靴なら、わしの魔法で何とかなるぞ」
「え!」
私はピタッと動作を止めた。
「‥‥‥ほ、本当に?」
「もちろんじゃ。今まで、わしが嘘をついた事があったか?」
たった今、大嘘こいた事なんて、すっかり忘れちゃってる。私は、余計な事を言いかけた口を、おっとっとっと、閉ざした。
「しかしキャロル、そんな物を一体、何に使おうと言うのじゃ?」
「うん、ちょっとね‥‥」
城に行く、何て言ったら、爺ちゃんは何て言うだろうか。
やっぱり、反対するだろうな‥‥だから、何も言わない。沈黙は金なりってね‥‥。
「ふむ‥‥まあ、良い‥‥」
もったいぶって、ヒゲをこすりながら、爺ちゃんは、エヘンと、咳払いした。
「かの地、時の果ての主よ。今こそ、盟約にもとづいて、奇跡を具現さすべし!」
爺ちゃんが呪文を唱えて、手を前にかざすと、床の上に、霧に包まれた光る物が現れた。私は、ドキドキしながら、それがはっきりとした形になるのを待った。
「こ、これは!‥‥」
私の額から、汗が、ツと、流れる。
モワーンと、霧が晴れた後に、現れた物‥‥‥それは、予想とは反して、黒い物体。
「‥‥しかし、キャロルも妙な物を欲しがる‥‥‥」
「こ、こ、こんなの、いるかあぁ!」
「ぐあー‥‥な、なぜじゃあぁぁ!」
爺ちゃんは再び、空に消えて行った。
床の上には、あほー、あほー鳴いてる、カラスの靴。
あんまり、説明したくはないけど、おまるに似てる。靴のつま先にカラスの首が、ニョキッと生えてる。
「‥‥ううっ‥‥‥‥‥」
私はカラスを無視する事にしたのよ(カラスはね、本当に人を馬鹿にしてるのよ)。
もう、ガラスの靴はどうでもいいもん。
てっとり早く、ナルの家に行ってしまおう。
私は、顔を引き締める。
ナルの家に行く時は、気合いが必要だ。
いってしまった爺ちゃんの為にも(逝った訳ではない‥‥たぶん‥‥)失敗は許されない。
私は青空に誓った。