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ACT6


 しかしまあ、なんと‥‥‥。

「うえっぷ‥‥‥」

 こりゃたまらんって、私はむせかえる(たまらんって言ったって、別に喜んでる訳じゃなくて、とても耐えられんの方の意味)。

 ジェイレンの部屋は、これでもかって言う程、散らかって‥‥うーん、ピッタリの言葉が見つかんない。それでもあえて言うなら、魔窟‥‥‥。

 私は口を山賊の様な布で巻いて、パタパタとはたきをかけてたけど、出るのよ、ゴミ、ほこり、その他モロモロの形状不明な物体が‥‥。

 これはもう、ジェイレンがワザとゴミを家の中に持ち込んだとしか思えない。

 でもね、私にはこの足元に転がってる開き箱の類はどう見てもいらない物にしか見えないんだけど、そう言ったら、言ったで、んーまあ、とっといて‥なんて言ってくる(挙げ句に、無用の物をため込むのが男のロマンだとか言ってるし‥‥本当かな?)。床が見えない原因の一つはそれなのよ、それ。

 依然掃除してやった時から、三ヶ月。‥‥もしかしてそれから、一度も自分で掃除してない訳?‥‥信じらんない!

「‥‥がほげほ‥‥ジェイレン?」

「‥‥‥んん?」

 て、当の本人は、ベットに横になって、のほほんと寝てる。

「‥‥‥これ何?」

 私がはたきの先で、つまみ上げたのは、何かこう‥‥まったりとしてて、それでいて、しっとりしてる様な布の様な物‥‥とりあえず、物体には違いないけど‥‥る

「何って‥‥‥、俺のシャツだよ。他に何に見える?」

「‥‥んー‥‥私が聞きたいのは、元が何だったかって事じゃなくて‥‥」

 何をどうすれば、ここまで汚す事が出来るのかって事‥‥。

 いや、やっぱり聞くのはやめよう。

 その時リップが、にゃああって中に入って来た。

「お、ここに来るなんて珍しいな」

 そりゃそうだって、私は思わず、突っ込みを入れたくなる。リップは私に会いに来たのであって、ジェイレンにじゃない。

喉を撫でようとした、ジェイレンの手をすり抜けて、リップは私のとこに、近寄って来た。

=キャロル、何やってんの、こんな所で?=

「掃除じゃない。どうして?」

 窓を全開して、シーツをバシバシ叩きながら(このおっ、このおっ!‥という相の手‥‥いつの間にそこまで下品に‥‥)、私はリップにそう言った。

 そして案の定、むせる。

=‥‥僕が聞きたいのはそんな事じゃないよ。どうしてキャロルがジェイレンの部屋を掃除してるかって事だよ=

「‥‥‥うーん‥‥」

 私は、はたきを片手に持ったまま、一声唸って、上目使いに空を見上げた。

 真っ青な空に、ミルクを数適たらしてぼやっと滲んできたような霞んだ雲。

 これが昼になれば、モクモクとした夏の入道雲に変わって、夏だよねって、私は実感するんだ。

 雲を見てると飽きない。特に夏の雲は、コロコロ姿も、色も変わっちゃうし。

 でも、おかしな事にね、わあ、すごいすごい‥‥みたいな雲を見てると、その後、急に悲しくなったりする。変なのっていつもその理由を考えちゃって‥‥。

 柄にもなくこんな事を考えるのは、この部屋との比較のせいかな‥‥‥。

「‥‥頼むから、掃除してくれって言われたから‥‥」

=‥‥‥でも、キャロルがそんな事してやる言われは、ないと思うよ=

「でも、ジェイレン、具合が悪いって言ってたから‥‥しょうがないんじゃないかな‥ ‥」

=‥‥で、その呪文書の山は何?=

 リップはテーブル(ここまで綺麗にするのに苦労したんだよね)の上に積み上げられた動物魔法の理論がうんたらかんたら、長々と書かれた本と、ノートに前足を差した。

「ジェイレンたら、魔法の出来があんまり悪いもんで、爺ちゃんに書取させられるハメになっちゃて‥‥‥」

=‥‥‥でも、この字はキャロルの字だよ= 

さすがに、リップは鋭い。そもそも掃除なんてする事になったのは、ジェイレンにこの爺ちゃんの有り難い宿題を持ってくる為だったんだけど‥‥(爺ちゃんはいつもの様に、部屋に篭もって、何かまた作ってる。そんな金があるんだったら、もっと実利のある事に使ってほしいもんだ)

「手が痛くて、ペンが持てないって言うから‥‥それで‥‥‥」

 私がそう言うと、リップは眉‥‥て言うか、目の上の長い毛の隙間にシワを寄せた。(一応、これは猫の困った表情。分かる人にしか分からない)

=‥‥馬鹿だな、ほら、見てみなよ‥=

「?」

 リップはピンク色した肉球を、ジェイレンの顔にビシッと向けた。

=‥‥ほら、あの血色良さそうな頬の色つや、何の悩みもなさそうな、顔‥‥=

「‥‥う、うぅーん‥‥‥‥‥」

 私は唸って、ジェイレンの顔をまじまじと見たの。

 リップの言ってる事を理解出来ないジェイレンは、眉を互い違いにするという奇妙な表情で応戦してきた。

 だから、睨めっ子してるんじゃないんだってばぁ‥‥。

 しかし、こうして見ると確かに‥‥。

 馬鹿なジェイレンは私の、深い意図も知らずに、ニッて笑って、馬鹿に拍車をかけてる。キラッと光る歯は、まさに、健康の証。

「うー‥‥‥そうかも、しんない」

=‥‥駄目だよキャロル。この前も騙されて、ため込んでた宿題をやらされたばかりじゃないか。それじゃ本人の為にならないよ=

「ん」

 あの時の事は忘れもしない。いきなり部屋に入ってきたジェイレンは、どかどかと宿題の本を床に落として、うむを言わさず私に押しつけちゃって‥‥。結局、徹夜だったっけ‥‥。

「わ、分かってる‥‥」

 いつも何かかにか、面倒な事を押しつけてきてさ‥‥。一応、「えーっ!」って、突っ込みを入れてはみるけど、全然効果が無くって‥。

 私は脇を締めてから、ムン!って、堅い信念を表情で表した。

 つまり、なめられちゃってるのが、原因で、そうさせない為にはどうしたらいいか‥。

「‥キャロル、さっきから、何話してんだ?」

「むう‥‥!」

 さらに私は、ほっぺをプッって膨らませて、怒ったフリして、凄味を利かせた。

「‥‥おっ!」

 ジェイレンが顔を曇らせたんで、私は、心の中で、やった!って、叫んでたんだけどね‥‥。

「‥‥‥キャロル‥‥どこか具合でも悪いの か?」

 ありゃりゃって、私はズッコける。

 がっかりした様な、ほっとした様な‥‥。やっぱり、かわいい女の子には無理な話。と、いう方向に考えが飛んで、少し表情が、ニンマリ‥‥。

「‥‥むふふふふ‥‥」

「‥‥うっ!」

 ジェイレンはズサッと後ろに引いた。

「‥‥やっぱりな‥‥前々から、おかしいとは思ってたが‥‥」

「?」

 額に当てられた手を、私はキョトンとした顔で見てたの。

 でも、すぐに、その意味が分かっちゃって。

「むむ!」

 今度は本気で怒ったわよ。

「‥‥まあ、いいさ。今日に始まった事じゃないからな‥‥」

 ジェイレンは肩をすくめて、また、ベットに寝ころんだ。

 アクビをして、寝返りをうったりしてる。もしかして、本格的に寝るつもり?

「‥‥てな訳で後、よろしく」

 手だけヌッと背中越しに伸ばしてきて、器用に、呪文書をクイ、クイ、と差す。

「‥‥しょうがないなぁ‥‥」

 私は拾おうとしたけど、

=キャロル!=

 リップに怒られて、慌ててその手を引っ込める。

 うーん、やっぱり私は甘いのかもしんない。

「‥‥だーめ! 宿題は自分でやってね! その手には乗らないからね、いーだ!」

 舌を出して、部屋を出て行こうとした時、

「‥‥‥ううっ‥‥キャロルは冷たい」

 取っ手を回そうとした手をピタッと止めた。

=キャロル、駄目だったら‥‥=

「‥‥‥‥‥‥」

 危ない、危ない‥‥。

 カチャッと開けた所で‥‥。

「ああ、何て俺は不幸なんだ。いつも、兄と比べられ、立場がなくなった俺が、やっと見つけた、この安息の地も、出来が悪くて追い出され様としてる‥‥。普段だったら、ちゃんとやれるのに、今日は用事があって俺には出来ないのに‥‥。最後の頼みの綱だったキャロルにも、見捨てられるなんて‥‥ああ、不幸だ‥‥」

「‥‥う‥‥その用事って本当なの?」

=‥‥もう‥‥‥キャロル‥‥=

「‥‥‥うん、でも、理由位、聞いても‥‥」 ジェイレンは壁を向いていた体を、ゴロンとこっちに向けた。

「本当だとも‥‥‥今晩、城で夜会が開かれるんだけど、俺も立場が立場なだけに、出ない訳にはいかないらしくてさ。」

「‥夜会‥‥それって‥‥‥」

 ジェイレンはさも、嫌そうに言ったけど、私は上を向いてうっとりしたの。

「キャロル? どしたん、ぼーっとしちゃって‥‥」

 目の前を、パッパッと、手をかざしてきたけど、私は姿勢を崩さない。

 すでに心ここに有らずって奴で‥‥。

 夜会‥‥舞踏会とも言うけど、それは女の子の憧れ。

 それなりの人しか出れないので、私は当然、見た事なんかないんだけどね、それでも友達の間で、何かにつけ話題になる。

 綺麗な女の人とか、ステキな男の人とかが、ゆったりとした音楽の下、輪になって踊ったりする(‥‥あくまで予想よ、予想)。

 そんな事は、本当に遠い夢物語だと、思っていたけど‥‥でも、そんな夜会に、あんなジェイレンが関わってるんだなって思うと、途端に、現実味をおびちゃって‥‥。

 そんなと、あんなの違いは天と地の差よりも大きい。

「!」

 それに、今、すごい事を思い付いた。

 ‥‥たくさんの人が、夜会に集まる。王国主催の夜会だったら、さぞ高名な魔法使いも呼ばれるに違いないじゃん!

 これは、凄く、とっても、またとないチャンス!

 元の姿に戻れる‥‥かも‥‥しれない。

 爺ちゃんの様な二流の魔法使いなら、不可能でも、そんな人達なら、可能なんじゃないかな‥‥って、淡い期待が‥‥。

「‥‥‥ジェイレン、私もそれに出たいんだ けど!」

 ジェイレンは、意外な‥‥て、言葉を、顔中に張り付けてた。

「‥‥‥あんなん、只、ヒマなだけだよ」

 あんな‥‥何て言ってるけど。

「‥‥‥ねえ‥‥‥」

「駄ぁー目!」

「どうしてもぉ?」

「駄目ったら、駄目!」

「けち!」

「‥‥‥あのな‥‥‥」

 ジェイレンは頭をかいて何か考え事してるけど、こんな仕草をしてる時は、なーんか、たくらんでる時だってのを、私はちゃーんと知ってる。

 たぶん‥‥じゃなくて、絶対、私を言いくるめ様としている。でも、聞く耳持たないもんね。

「夜会は、子供の行く所じゃないよ」

「ジェイレンだって、私とたいして歳は違わ ないでしょう!」

「‥‥ちっちっちっ‥‥」

 ジェイレンは指を立てて、舌を鳴らす。

「十六歳以下は子供。よろし?」

 ボールでもついてるみたいに、私の頭を叩いてるけど、ポワン、ポワンと音がして、頭は上下に動いちゃうんだけど‥‥。

「‥‥うー‥‥」

 爺ちゃんもだけど、これはやめてほしい。

「‥‥俺はかろじてその基準に達している。キャロルは達してない。‥‥つう訳で話しは終わりだ」

 ジェイレンは勝ち誇った様に、クックッと笑って、また横になった。

 実に悔しい‥‥んだけど、何も言い返せない。事実は変え様がないんだもの‥‥しょうがないのかな‥‥。

 でも、もうジェイレンの宿題なんかやってあげない。なんで私が、宿題をやってる間に、ジェイレンは‥‥‥。

「むっかー!」

 なんかすっごい頭にきた。

 私はガッと扉を開けた。古い造りの家は、振動でガタピシと怪しい音を立てて、実に恐い。

「‥‥あれ、俺の宿題は‥‥?」

「知らない!」

 性懲りもなく、そんな事を言ってきたジェイレンに、私ははたきを、投げつけた。 



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