拡声棒を口にもってくると、キャロルちゃんコールの声が大きくなったからさ。
‥‥もう、悪のりしちゃえ!
私は意味もなく、「えへへ」笑いを浮かべながら、ルージュの口紅を出して、サッと軽くぬった。
そして軽快なステップを刻んで‥‥。
わーたしは元気なキャロルちゃん!
強い子、明るい子、元気な子ぉー
‥‥例えばあなたが落ち込んでても‥
(んーと‥‥どしよ‥‥)
私がついてる、絶対、大丈夫ぅ!
おいおい、いつの間にそんなに偉く‥‥って、自分に突っ込みを入れたくなる程の、いい加減な呪文‥‥じゃなくて、歌詞なんで、楽団の人達、困ってるみたい。
私は棒を持ってる反対の手を上にあげて、人差し指を立てて、回した。
*ランランラララァ‥‥‥
‥‥‥キャロルに、おまかせ!‥‥
( *‥‥繰り返し )
ちょっと‥‥どころか、とんでもなく悪のりしちゃった後、私はペコリとお辞儀したけど、そん時、闘技場がわー!って沸き上がってさ、ドラが鳴ったのに気が付かなかった。
”そこまで!”
大声のへーしサンが、そう怒鳴ったんで、やっと静かになった。‥‥いよいよ、判定‥‥皆(猫サン達、鳥サン達、なぜか楽団の人達と、会場の訳の分かんない人達‥‥)、よく頑張ってくれたし‥‥駄目でも、後悔なんかしない。
「‥‥ふー‥‥」
私は、正面のジェイレン達のいる方に体を向けた。一人、そこで立ってるのが、国王陛下かな‥‥
”‥‥‥‥この度の試合、余は真に楽しく見 させてもらった。両者共に、名に恥じぬものであった”
「‥‥‥‥‥」
私は握りしめた手をフルフルと震わせて、見上げてる。とりあえず、お誉めの言葉は頂いた事だし、体裁を整えられたのね。‥‥しかし、名に恥じぬってさ‥‥私って別に有名じゃないんですけど‥‥。
遠くに見えるラミレスは、ただ立ってるだけで、何を考えてるのかさっぱりと分かんない。
”‥‥余は、両者に、優劣をつける事は出来 ぬ。どちらも、皆の者をアッと言わせるに足る魔法であった。この勝負、引き分けと いう事に‥‥‥”
「申しあげます、陛下‥‥‥」
いきなり、へーかの言葉を遮ったのは、ラミレス‥ジロッとこっちを睨んでるじゃない!私は、ほっぺに手を当てて、ひえー、って叫びそうだった。
「‥‥‥陛下、この試合は‥‥私の負けにございます‥‥」
「‥‥‥‥ひえー‥‥ぇぇ‥‥へ?」
私はラミレスの顔と、へーかの姿(こっからじゃ良く見えないけど)を、きょとんと、見遣った。
ラミレスが負けって‥‥それじゃ、私が勝ちって事?
「‥‥陛下、私の魔法は確かに驚愕させる事は出来ました。‥‥ですが、ほんの一瞬の間の事です。‥‥しかし、そのキャロルなる魔法使いは、一度かけた魔法の効力が、今だ続いております。そして、これからも、ここの何人かの人間の心を掴んで、離しはしないでしょう‥‥」
「‥‥あ、あのですね‥‥はは‥‥」
再び、注目の人になった私は、へらへらと笑った。
”‥‥そうか‥‥それでは賢者ラミレスの申し出により、勝者を動物術師、キャロル= ノエルとする!”
へーかが宣言した瞬間、会場はまた、わーって、騒ぎ始めちゃってさ‥‥
「‥‥‥や‥‥やった‥‥はは‥」
私は騒ぎの中心、台風の目の中、一人で感激してた。
ラミレスに勝った‥‥つまり私にかけられた魔法を解いてくれるって訳で‥‥。ついでに、ジェイレンの地位も安泰になってさ‥‥さあさ、たっぷり感謝してよね、ジェイレン。とことこ近寄って来る猫が何匹か‥‥。あの模様は、リップと‥‥あれ、もう一匹は誰だったかな。
=キャロル、やったね!=
「リップ!」
ピョーンと飛び込んで来たリップを、受けとめて抱き上げた。
頬ずりすると、短めになった夏毛がチクチク当たって、これがまた、えも言われぬ‥‥。=アネさん!=
「‥‥へ?‥‥は、はいい!」
もしかして、私の事?
そう言ったのは、コルじゃなくて、もちろんリップでもない。
私のふくらはぎに体をこすり付けて、低い声で鳴いてたのは、前に見た事のある、眼帯した虎じま模様の猫だった。
「あの‥‥お名前は?」
しゃがんだけど‥‥この猫、あんまり頭を撫でる気にならない。
=あっしは、東の方から流れ猫、名前なんぞ 忘れちまいやした=
「‥‥はあ‥‥そうなんですか‥‥」
抱き上げてたリップを見たけど、笑ってるだけで、何も言ってくれない。
その変な猫、私の足に片足を乗っけてきてさ、
=‥‥あっしはアネさんの男気に惚れやした。 これからは、アネさんの手足となってお役に立ちたいと思いやす=
「‥‥‥えーっと‥‥ども‥‥‥」
誉められてる様な、馬鹿にされてる様な‥‥。
取りあえず、笑うしかない。
=それではさっそく‥‥=
「?」
虎じまの猫は、走ってっちゃった。私は、ふーって、ため息。つ、疲れた
「ん? リップ、何処に行くの?」
=やだなーこれからが本番じゃないか‥‥=
「え? 何、何?」
=だから、極悪非道の魔法使いをやっつけに 行くんだってば‥‥その為に皆、集まった 訳だし=
「え!」
私の顔から、サァーって、血の気が無くなった。
すっかり、忘れてた。
リップ達のやる気を出させる為、ラミレスの話を多少、誇張(って、言うかぁー、もう嘘に近いかな‥‥)して言ったんだった。
今までの経過から、ラミレスが悪人な訳ないのは良っく分かってるけど‥‥‥どうしよう‥‥。
「‥‥はは‥‥‥知ーらないっと!」
正直な所ね、長年の夢が叶いつつあるってのに、水をさされたくはなかったって事もあってさ‥‥。
しばらくして、リップ達が走ってった辺りから、砂ぼこりが上がってきた。
「‥‥ふー‥‥‥今日はいいお天気‥‥」
私は太陽に手をかざして、すっかり得意になってしまった、無意味な、えへへ笑いを浮かべたりしてる。
なんか、向こうから、叫び声らしきものが‥‥。
「‥‥‥なーんにも聞こえないもん‥‥」
そう、それで皆、幸せよねぇ。
私はポーっと、指をくわえて、客席からモクモクと立ち登る煙を見てたけどさ、その時、また新たな事件。
「そこの可憐な少女!」
「‥‥‥‥‥‥」
この声は‥‥と、言うより、こんな言い方をするのは一人しかいない。
振り向くと、すぐ後ろに息を切らしたジュリアス王子。黙ってただこうして見てると、まるで、神話の中で、姫を助ける勇者みたい。すると、その姫って、私かな?
「私は、ジュリアス‥‥第一王子です。‥‥ 私は以前、あなたと良く似た女性を見て以 来、毎晩、夢に出て来ます。‥‥ですが‥ ‥ああ、どうしたらいいんだ‥‥あなたを 一目見た瞬間、私はあなたの虜になってし まいました‥‥」
「はあ‥‥」
この人も変わりない様で、大仰な言い回しなんかは、聞いてると、凄っごい恥ずかしい。ジュリアスは、頭を抱えてうづくまっちゃったけど、どうしたんだろう。
「‥‥‥あのォ‥‥」
「おお! いっそこの身を二つに裂く事が、出来たら、二人の女性を愛する事が出来るものを‥‥」
「‥‥ひえー‥‥」
ジュリアスは私の手に頬ずり何てしてきたけど、さすがにここまでされると、気恥ずかしいを通り越して、気色悪い。
「‥‥神よ! 我はどうしたら‥‥」
ピューって音が上から聞こえてきたんで、目だけ上を見ると、何やら、落下物‥‥。
「‥‥あ、あの‥‥そこにいるとですね‥‥」
「ああ!‥‥私は一体‥‥」
でも、ジュリアスは聞いちゃいない。
私が「上から‥‥」って、言った瞬間、ズーンて、ジュリアスの頭にそれは直撃して‥‥間に合わなかった様で‥‥。
私は、それでも一応、ピクピクしてるジュリアスの耳元に、屈んでから、「危ないですよォ」って最後まで言ってあげたの。
それ‥‥の正体は、巨大な木槌を持ったジェイレン‥‥でも、どっからそんな物を‥‥。
「‥‥ったくよ‥‥油断も隙もない、ゴキブリみたいな奴だな、どっから沸いてでたん だか‥‥」
ジェイレンは木槌をポイと放り投げると、パンパンと手をはたいた。
「‥‥ジェイレン‥‥どしたの?」
しばらく会ってない気がする。そんな事はないんだけど。
「何をのんきな事、言ってんだ。さっさと逃げるぞ!」
「‥‥へ?」
「へ‥‥じゃない、見ろ!」
ジェイレンは煙が舞い上がってる所を差したんで、そこを良っく見てみると、冊を乗り越えて下に降りてこようとする人達が見えた。
「何、どうしたの?」
「‥‥猫達が暴れてたんで混乱してたんだけどさ‥‥あのさ、キャロル‥‥ラミレスは ボロボロになって行っちまったぞ‥‥どうなってんだ?」
「‥‥え? 何処に?」
「さあ‥‥あいつは滅多に人前に姿を見せないからな‥‥それにあの様子だと、全治‥‥三ヶ月は下らない‥‥惨い‥‥ん、どうした?」
「‥‥‥‥‥‥‥」
私は呆然。それも当然。今度こそ、魔法が解けるって、そしたら、普通のかわいい女の子になれるって、超、期待してたのに!
今の心境を言葉で現すと‥‥。
「‥‥はァ‥‥ガラガラ、ドッシャン‥‥」
「?」
いい加減、聞き馴れてるジェイレンは肩をすくめただけ。
「キャロル様ぁ!」
意気消沈してる私の所に走って来たのは、あの‥‥ほら‥‥結局名前も知らないあの‥‥そうそう、えーへいの人。
「はあはあ‥‥キャロル様‥‥」
「‥‥はー‥‥はい?」
えーへいの人は肩で息を(‥‥と、言っても、肩から、スーハー呼吸してるんじゃなくって‥‥)してたんで、ハンカチを渡すと、何だか、大げさに喜んでる‥‥って、自分の懐にしまわないように。(この人ってこんな性格だったかなァ)
「キャロル様、ここは危険です。さあ、こちらへ!」
「‥‥おい、何だお前は!」
「こ、これはジェイレン様!」
ジェイレンに頭をパコンと、こずかれて、えーへいの人はおろおろしてる。
「い、いえ、ただ自分は、キャロル様の身の安全をと思いまして‥‥」
「ほう‥‥‥身の安全をね‥‥ちょっとこっち来な」
ジェイレンは顔をしかめながら、えーへいの人を、隅っちょに連れてった。で、二人でごにょごにょ話を始めてさ‥‥。
「?」
私は何、話してんのか分かんなかったから、近くに寄ってみたけど、ジェイレンたら、何考えてんのか、巧みにササッと避ける、避ける‥‥。
「もう! 何、二人で内緒話なんかして!」
「‥‥キ、キャロル様‥‥‥私は‥‥」
えーへいサンの顔が真っ青になってるけど、どうしたかな‥‥。
「ジェイレン、変な事言って、困らせたでしょ!」
「あー! キャロルはそいつの肩を持つ訳? 俺はいつも悪人かよ‥‥悲しいな‥‥」
泣いたフリなんかしてさ‥‥その手はもー食わないよーだ!
べーって舌を出してから、いっ子、いっ子って、えーへいサンの頭を撫でた。
「‥‥うう‥‥相変わらず、キャロル様はお優しい‥‥」
えーへいサンは半分泣いてるじゃない。一体、何が彼をそこまで‥‥。
「‥‥分かりました、ジェイレン様、私は役目を果たします」
「‥‥‥うっ」
彼の目が燃えてる‥‥。私の手をギュッて握ってから、うおぉー!って土煙の中に走ってっちゃった。
「‥‥さ、今のうちだ、行くぞ!」
「へ? 彼は?」
ジェイレンは真顔で静かに頭を振った。
「‥‥彼は我々の盾となってくれる‥‥貴い犠牲を無駄にしてはならない‥‥」
言いながら胸の上で、十字をきってるし‥‥。
「‥‥‥‥‥」
ああ、もう、何が何だか‥‥。
「ねー、教えて! どうしちゃったの?」
「‥‥俺の方こそ、教えてほしいね、一体どんな魔法をかけたんだ?」
「え、魔法って? 私、何もやってないよ」
「‥‥そうだろうな」
ジェイレンは含み笑い。これって馬鹿にされてるみたいな気がして、やーねって、思うんだけど。
だからそんな時、私は、プイ!って横向くの。そしたらドドド‥‥って、こっちに走って来る人達が見えた。
「おっと、長居は無用だ!」
「あ、わ、わっ!」
急にジェイレンに手を引っ張られて、私はこけたままズリズリと‥‥もう、勘弁して!
「ちょ、ちょっと待って!」
「‥‥何やってんだ。奴らが来ちまう」
よっこらせって、体勢を立て直した時、頭の上を飛んでく人が‥‥‥まぎれもなく、あの人はえーへいの人
それを見て、ジェイレンは「チッ」って、舌打ちする。
「命にかえても通さないって言ってたのに‥‥役に立たん奴だ‥‥」
闘技場の外に消えて行く時、手を振ったけど、気が付いてないかも。
その時、根本的な問題に気が付いた。どうして、私は手を引かれて走ってるわけ?
「‥‥ジェ、ジェイレン‥‥別に逃げる必要はないんじゃない?」
「‥‥‥‥んー‥‥まあね‥‥‥」
「‥‥もう疲れちゃったし‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
それで止まってくれると思いきや、
「わ!」
とんでもない、今度は抱え上げられちゃった。
「‥‥ジェイレン‥‥‥どうしたの?‥‥」
間近に見て、始めてジェイレンが真剣なのが分かって‥‥ちょっと驚いた。
「‥‥俺もさ‥‥キャロルの魔法にかかってた様でさ‥‥」
「はいぃ? 何それ?」
また意味不明な事を言ってごまかそうとも、駄ー目! 私はジェイレンになんか魔法をかけてないんだから、そんな嘘には騙されないもんねぇ。
だって、私が最後に使ったのは魔法なんかじゃ‥‥。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
ジェイレンの足元に食らいつこうとジャンプした人を、ジェイレンは飛び跳ねてサッて避ける。それはいいけど、その度に落ちそうになって‥‥危ないったらもう!
「嘘だァ‥‥」
指で肩先をつつく。
「‥‥あのね、俺は嘘をついた事が無いのだけが取り柄でね」
「‥‥‥じゃ、取り柄が、無くなっちゃったじゃない‥‥」
「‥‥‥‥」
ちょっと、この沈黙って何?‥‥‥ やっぱ、嘘付きなんだァ‥‥
私はちょっと、はにかみながら、テヘッて舌を出して、
「ぐえぇ‥‥な、何だよ、キャロル」
「えへへへ‥‥」
笑って、ジェイレンの首を絞めたの。
ねェ、 ジェイレンも必要に思ってる?