「‥な、ならば、自らの力をもって、それを証明してみせろ! その信念が真のものならば、私以上の魔法を見せる事が出来るはずだ」
「は、はいぃ?」
でも私の予想は大外れ。どうしてそういう結論になっちゃうのよ‥‥。
そん時、ごわあああん‥‥って、ドラが一回鳴った。
それはたぶん時間になったって事を知らせる合図。(事前の説明を良く聞いてなかったんで‥‥‥だから、たぶん)
またザワザワし始めた周りが、静かになった。
”これより、第一王子ジュリアスの提言による、第二王子ジェイレンの王族の妥当性を問う、神託試合を始める!”
そう言ったのは、ドラを叩いたへーしの人。
なんてまあ、声のでかい‥‥私には真似できそうもない‥‥爺ちゃんのこの大発明とやらが、ちゃんとしたもんだといいけど‥(また馬鹿なものだったら、許さないから!)。”‥‥‥ジュリアス王子の代理人として、大賢者ラミレス=グレイ!”
そう紹介された後、ラミレスが両手をあげると、わー!とか、おー!とかいう声がごっちゃに混ざった、わ゛ー!‥‥みたいな喚声があがった。
すると次はもしかしたら、もしかして‥‥。
「‥ぎくり‥‥」
また私の顔が暗黒に‥‥。
”‥‥‥‥ジェイレン王子の代理人として、動物術師、キャロル=ノエル!”
そう紹介された後、私は「‥‥へへ‥‥」って、顔を真っ赤にさせて、下を向きながら真似してへなへなと手を振った。すると、何ー!とか、おお!とかいう声が混ざった、ざわわ!‥‥みたいな喚声が‥‥。
「‥うぅ‥‥ジェイレンの馬鹿‥‥‥」
その馬鹿はどうしてるのかなって、探してみれば、ちゃっかりと正面の貴賓席に座ってる。私と目があうと、ほーい‥‥って感じで、手をあげてきた。
”‥‥それでは先行は‥‥賢者ラミレス!”
「‥‥ふぅ‥‥」
ほっとした様な、がっかりした様な‥‥いっそ、とっとと済ませてしまった方が良かったのかも。後で比べられても何だし‥‥。
私は、カサカサと隅に寄った。柱の影から、覗いて見る。
「‥‥それでは‥‥」
ラミレスの声は低くて、静かに話してるのに、良く通ってくる。これも魔法の一つかな‥‥?
「‥‥昔、一人の邪悪な魔法使いがこの国を支配していた。その者が倒される間際、使った魔法を見ていただく‥‥‥」
ラミレスは目を閉じて杖を空に掲げた。
辺りもしーんとしちゃてる。かく言う私も、ワクワクしながら、待ってた。
「‥‥‥あれ?」
何が、あれ?‥‥なのかってね、何もラミレスは呪文を詠唱してないのに、魔法を使った気配が伝わってきたからで‥‥。一流の魔法使いには、呪文なんかいらない様で‥‥。魔力の流れは、全部、空に行ってる。何だろと思って見上げてみたら、あんなに晴れてた空が、真っ黒な雲に覆われてた。(爺ちゃんの天気予想機だと、何て言ってくれるのかなって、すっごく下らない事を、思いだした)細い雲が、蛇みたいにとぐろを巻いてる状態になったら、その時ね‥‥観客席の方から悲鳴が聞こえてきたのよ。
「‥‥へ!」
雲の渦の真ん中から、何か出てくる。茶色の石‥‥岩‥‥‥と、言うより‥‥。
「ひえぇぇぇ!」
私はあたふたと、どっか安全で、隠れられる所を探したわよ。
隕石なんて言う可愛げのあるもんじゃないのよ、それが。‥‥お月様でも落っことしちゃったのかな‥‥でも、まさか‥‥いや、だから今はそんな事、言ってる場合じゃないってば‥‥。
ごごご‥‥って上下に揺れる地面に、私は頭を抱えてぎゅっと目をつぶってた。
「‥‥‥ん?」
その揺れがピタッと止まったんで、私はそおーっと、目を開けてみたの。
すると最初っから、嘘だったみたいに(嘘だったのかな?)、青空が広がってるじゃない!
平然と立ってるラミレスが、向こうにポツンと黒い点の様に見えた。
「‥‥皆さん、ご安心を!‥‥今のは全て幻‥‥只の幻影です!」
それを聞いた私は、やっぱり嘘だったんだ‥‥って、ほっとした。
上で見てる人達のパニックもおさまった様で、そうなるといよいよ‥‥。
「‥‥‥か、帰っちゃおかなあ‥‥」
なんて事を考えないでもない。‥‥でもさ、やっぱしさ‥‥やる時はやらないとさ‥‥。
「‥‥えぇっと‥‥‥」
どんな時も全力で‥‥だったかな‥‥。
私はラミレスの真似して、黙って目をつぶってみる。
不思議なもんで、こうしてみると人の話声って全然聞こえて来ないのね。
ヒューていう、風の音だけ‥‥‥。
瞼の裏に浮かんでくる景色は、土の地面じゃくて、地平線が丸く見える様な、見渡す限りの草原‥‥。風が吹くと、草の上に跡が広がって、風の通り道がはっきりと分かる。
その風が、私の黒のマントと、髪をなびかせた時、何だか知らないけど覚悟が決まってたんだ。
よっしゃあ!‥‥って、気合いを入れて目を開けた。
肩のピンを外すと、マントは風に乗って、あっと言う間に、青空に飲まれてった。
その瞬間、人々のざわめきが伝わってきて、さすがに私はちょっと恥ずかしくって‥‥。
裾にフリルが付いてる、真っ白なスカート‥‥それが二段重ねになってて、丈は大体、膝の辺りまでと、ちょっと短め。腰の所には前からでもはっきり見える、どでかい桃色のリボン、そしてこれは靴についてるちっちゃなリボンとお揃い(私の髪の色とも同じ)。両肩は出ていて、両手には同じく純白の手袋なんかしていたりする。
更に私は、持ってきた白のカチューシャを頭に付けた。それにも片側だけに肩までくっつく様なリボンがある。
実はこれ、ナルがこの日の為に作ってくれた特注品。私のサイズにぴったりなのは、お仕立て上がりだから、当たり前。
‥‥‥作ってくれた事には感謝してるけどさ‥‥。
「‥‥‥はは‥‥」
誰だって、王都中の人々(この闘技場って、五万人は入れた気が‥‥)の集まるこんな場所で、こんな格好させられれば、顔が真っ赤になると思うんだけど? しかも、フィールド上には私一人だけでさ‥‥。
「‥‥はは‥‥って、笑ってても仕方ない」
だから頑張らないとね‥‥。(一人でずっと笑ってると、本当に馬鹿みたいだし)
もそもそと、爺ちゃんの発明品を取り出す。 棒の上に拳位の大きさの球がくっついてる変な物体。この球の部分に何か喋ると、何倍にも声がでかくなる‥‥らしいという、実に怪しい代物‥‥。
棒に付いてるボタンを押してみた。
「‥‥‥うー‥‥」
とりあえず、爆発はしなかったけど、反応無し。何も話してないんだから、当然かな‥。
「あー、あー‥‥‥‥ただ今、テスト中‥‥ ぅわ!」
驚いたの何のって、そりゃあもう。私のかわいらしい声(舌足らずの声って、聞き様によっては可愛いと思わない?)が、上から降ってくるのよ!
だから、何人もの私が口を合わせて叫んでるみたいで、気色悪いんだなこれが。
でもまあ、全くの失敗作でもなかった様で‥‥。
「‥‥‥コホン‥‥」
だから、呪文の詠唱‥‥この場合はリップ達への合図もちゃんと伝わる訳。
両手で棒の部分をしっかりと握って、私は歌いだしたんだ‥‥‥。
わーたしは森の魔法使いィ
今日も青空、いい天気ィー
わーたしの心も、だから晴れ!
猫ちゃん、出てきて、お願いよ!
ランランラララ‥‥‥
ラララララ‥‥ハイ!
緊張してて、ちょっとばかり語尾が震えてたけど、アレンジしたと思えば、それで良きかな‥‥。
口をモゴモゴさせた後で、視線だけをあっちゃ、こっちゃに飛ばす‥‥‥リップ?
ウン万の人達はシーンとしてる。これで、猫達が答えてくれなかったら、私ってただの馬鹿?
三秒経っても、何も起こらない。「‥‥はは‥‥」ってだんだんうつ向いてきて、顔色が青から、黒‥‥赤に変わってったのが、自分で分かったわよ。
その時さ、私を暗黒の世界から救ってくれる、猫の鳴き声が聞こえて来た。
「リップぅ!」
私は大体の場所に見当を付けて、バババババ‥‥って手を振ったらさ。
またざわめき‥‥観客達は皆、後ろを向いてる。一番後ろの一番高い所‥‥‥。
猫達はそこにいた。
円状の闘技場の壁の上に、ズララッと猫達が現れた。
それって、もう感動ものよ!‥‥もちろん、私は最初っから、信じてたけどさ。(‥‥ほんのちょっとだけ、疑ったかもしれない‥‥ごめーんね!)
「ふふふふふ‥‥」
こうなれば百人‥‥百猫力(うーん、何か頼り無く聞こえるけど‥‥絶対あれは百匹より多いからいいか‥‥)。余裕の笑みを浮かべたりする。
わーたしは元気なキャロルちゃん
今日の私は、絶好調ぉー
いーまの私に、不可能無ーし!
猫ちゃん、一緒に歌いましょぉ!
ランランラララ‥‥‥
ラララララ‥‥ハイ!
ハイ!って、私が歌い終わった直後、私の口調を真似て、一斉に鳴き始めた。
「‥‥へえ‥‥‥」
私は驚いて聞いてたけど、他の人間達はもっと驚いてる。貴賓席のジェイレンは‥‥やっぱしね‥‥あんまり大口を開けると、馬鹿丸出しだよーだ! でも、中央にいる国王を挟んで、反対側に座ってるジュリアスも似た様なものか‥‥。こうして見ると、似た者兄弟だな‥‥って私はクスッてね‥‥。
一匹一匹は、只の、にゃあーでも、それが重なり合うときちんとした歌に聞こえてくる。音階なんかも、きちっとしてるし、私が歌うよりよっぽどうまいじゃないかな?
感心なんかしてるけど、これだとやっぱり私の立場がないよね。ここは術師として、威厳をみせないとね!
「‥えーっと‥‥‥いた!」
探してたのは鳥さん、この際、カラス以外だったら何でもいい‥‥な、何と、鳩サンの群れじゃありませんか‥‥ラッキー! でも協力してくれるかな。
この際、オーバーアクションで何とか‥‥。 私は腰に手を当てて、右、左って、ステップを踏んでみた。うんうん、結構、この衣装に合ってる。このまま歌ってしまえ。
とーりサン、私のお願い聞いて
とっても、とっても困っててー
鳥サン、お願い、力を貸して!
鳥サン、一緒に踊りましょぉ!
ランランラララ‥‥‥
ラララララ‥‥ハイ!
真っ白な鳩さん達がバサバサと降りてきてくれた時は、歌いながら、やったー!って、飛び跳ねてた。
空に向かって棒をクルクル回すと、鳩サン達も闘技場の上を飛び回り始めてね、さっきの黒雲に当てつけてるみたい。
羽がヒラヒラ降ってきたりして、いいかもしんない。
「‥‥‥‥あ、あれれ?」
猫の大合唱に混じって、楽器の音がポツポツと入ってる‥‥これってどうして?
って、楽器を鳴らしてるに決まってるから‥‥。
「あ、あの時の‥‥‥」
雑多な色の混じり合った観客席の中、一カ所だけ、真っ黒で統一されてる場所があったんで、そこに目を凝らしてみれば、夜会で楽団を指揮してたおじさんと、その楽団。
おじさんは笑いながら、指揮棒を振ってる。やだ、それって、今の私の呪文‥‥‥曲なんか付けちゃってるけど、全部アドリブで言っただけで、よくぞそこまで‥‥。
何で急にはっきり聞こえる様になったかって言うと、それは爺ちゃんのせい。隣で、大発明(これだけは認めてあげる)の拡声棒を持ってる。
ヒューヒューって、口笛が飛んできたんで、私はハッとして、他の場所に視線を移した。
「‥‥‥へ、な、何なの!」
それ見て、思わず、あごがカクンて外れそうになった。
それがね、私が知らないうち(いや、人生って、本当に驚きの連続よね‥‥へへ)に、勝手に騒ぎが起こり始めてる様でさ‥‥‥。口笛吹いてる人は、一人や、二人じゃない感じ。あっちからもこっちからも聞こえてくる。
それだけならまだしも、色付きの紙テープなんか投げてる奴が。‥‥紙吹雪なんか作って来た人って誰なのよ?
”頑張って!”
そう叫んだ声の元は後ろ、意外に近い。
「‥‥えーっと‥‥って名前は分かんないけ ど‥‥えーへいサン」
頼むから、王国の旗振りながら、変な事、言わないでね。
”キャロルちゃーん!”
「‥‥‥ぬお‥‥」
今度は、正面の一団が、私の名前を大声で連呼してる。頭を抱えて、座り込んじゃっていいかな?
「‥‥‥う‥‥なんて事に‥‥‥ま、いいか ‥‥」
”キャロルちゃーん!”
「はは‥‥もう好きにして‥‥」
もう一度、聞こえた時、私は彼ら(なぜか全員、十代から、三十代までの男の人達)にニッコリ笑って、「はあーい!」って、手を振ってあげたの。
するとさ、そこの一帯が、わーって、異様に盛り上がっちゃって‥‥。ちょっと、ちょっと、何なのよ、それは!
楽団の演奏と、猫達の合唱‥‥それに合わせて空から、花びらが降ってくる。なぜかって?‥‥それは鳩サン達が口にくわえてきてくれたから‥‥。
白い花びらを乗せた風は私を中心にして、クルクルと舞い始めて‥‥そん時、なんかこう‥‥視線の様なものを感じたんで、?って顔で見渡してみたら、やっぱり私に集中してた。
「‥‥‥えへへへへ‥‥へ‥‥いえーい!」 照れ隠しにブイサインをすると、
”いえぇぇい”
観客席の人達まで真似しちゃって、もう何がなんだか‥‥。