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ACT14

 ナルは、私をぼーっと見てて、心、ここに有らずって状態。

 何が彼女をそうさせたか‥‥考えられる事はただ一つ、また私に何、着せるか、勝手な妄想してるに違いない‥‥。毎回、毎回、着せ替え人形みたいに(みたい‥‥じゃなくて、そのものかな)される内に、もう好きにして‥‥ってまで思う様になっちゃってさ。それを通り越して、快感になってしまったらどうしようって、最近、真剣に悩んでる。

「さ、キャロル、私ん家においでよ」

 私のそんな思惑とは裏腹に、ナルは洋服の魔窟へと手を引いてった。

「えへへへへ‥‥‥」

 私はやけになって笑ってるけど、それでいいのかキャロル!って、自問自答。

 私にはまだ、勝負の全貌すら掴めてない。 でもね、たった一つ思う事がある。

 頑張らなきゃって‥‥‥。


 そして普段と変わりなく夕方になって、日が暮れて、そして当日になった。





「大丈夫かなぁ‥‥」

 その時になって、私はちょっと後悔。落ちつかなくって、控え室の中をキョロキョロ見渡す。

 ここは昔からある古い闘技場。室内には意味がない柱とか、いっぱいある。普段は使われてないらしくて、かびた様な臭いがどこからともなく、漂ってくる。上からはゴー‥‥とも、ガー‥‥ともつかない、大勢の人達の声。私の頭痛の種もそこにあってさ、観覧希望者は、誰でも自由に見れるって事になったら、なんと、王都の人のほとんどがつめかけちゃって‥‥‥。

 もしこんな所で大恥をかいちゃったら、そりゃあもう‥‥。

「うぅ‥‥‥ど、どうしよう‥‥ジェイレンの馬鹿‥‥」

 まさか、こんなものだなんて、一言も言ってなかった。更に、現国王が評決をくだすという、国家的、大イベント。

「ね、ね、リップ達、こんな人間の多い所で、大丈夫かな?」

 猫って大抵、人間を嫌ってるもんだし。

 私はナルの服を引っ張った。なんでここにいるかって言うと、やっぱり一人じゃ心細いし‥‥。近くで横になって、ンゴーと、寝てる爺ちゃんは最初から数に入れない。

「‥‥たぶん平気なんじゃない?」

 って、あっさりと言ってくれたけど。

「‥‥‥う‥‥‥」

 どうしてさ、私の周りって、たぶん‥‥とか、そんな曖昧な物言いをする人ばっかなんだろ‥‥。

 そう、大丈夫よね。もし駄目だったって、ラミレス様に会えれば、それでいい訳だし。

 ルールは至って簡単。つまり、魔法でデモンストレーションして、こんなに私の魔法は素晴らしいんですよー、みたいな事を、国王が認めた方が勝ち。

 でもさ、賢者ラミレスだったら、どんな魔法でも、ちょちょいのちょいって、使っちゃうだろうし、リップ達が当てにならないとなると、非常にやばいんでは‥‥。

「じゅ、十四歳の女の子だと、甘くしてくれないかな?」

 言ってみて、そりゃ絶対にないって、すぐに思った。

「ほらほら、お馬鹿な事言ってないで、そろそろ時間でしょ。支度は整った?」

「‥‥‥うぅ‥‥まあ‥‥うん」

 支度と言っても、特に持ち物は無い。

 首から下は、魔法使い様の真っ黒なロープ。これって、吸血鬼みたい(特に私は八重歯が目立っちゃって、シャレになんない)で嫌だったんだけど、爺ちゃんがだだこねる(それがさ、床に寝ころんで、足をバタバタさせて、着てくんなきゃやだい!って、叫ぶんだもの、はいはいって、聞くしかないと思わない?)んで、仕方なく着てる。この格好って、はたからみたら、とてつもなく変なんじゃないかなって、私はハハ‥‥っていつの間にかうつむいちゃったりする。

 黒のマントを付けた、桃色の髪の背のちっこい吸血鬼‥‥そんなの嫌!(ロープの下には、ナルに借りた服を着てるけど、これはこれでちょっと‥‥) 

「これ、見苦しいぞ、動物魔法の権威を壊す 真似はするでない」

 爺ちゃんは、起きたなと思ったら、また勝手な事を‥‥。だったら代わってよ!‥‥って、ナルも腕組んでうなづいてるし‥‥。もしかして二人とも遊んでない?

 渋る私は、二人に両わきを掴まれて、ズルズルと床の上を引っ張られてく。

「うぅ‥‥‥」

 闘技場の廊下は夏なのに、ひんやりと冷たかった。

 しばらく行くと、でっかい真っ白な扉が遠くから見えた。えーへい‥‥でよかったっけ?‥‥とにかく、鎧を着て、槍をもってる人が、扉の番をしてたんで、私は、わわわって、慌てて立ったのよ。

 私は体裁を整えようと、「えへ」って笑いかけると、無表情だったそのえーへい人はちょっと驚いてた。

「‥‥あなたが、魔法使いのキャロル様ですか?」

「は、はい、魔法使いと言えばそう言えなくもないですけど‥‥何か?」

「‥‥‥‥‥‥」

 その人、目をおっきく開いて、更に驚いてる。そこまで変?

「‥‥し、失礼しました。その‥‥私の魔法 使いのイメージと、だいぶ違っていたものですから‥‥‥」

「‥‥はあ‥‥さようで‥‥」

 深く聞くのはやめよう。こらこら、後ろの二人、笑わない様に!

 えーへいの人は、そんな私達を見ながら、扉を開け始めた。

 二枚の石の扉には、剣が浮き彫りに彫られてる。

「‥‥‥‥くっ!」

 だから、見てて凄く重そう。私まで力んじゃって、両手を握って「うりゃあ」とか、相づちを打ってる。

「‥‥おかしいな‥‥ちょっとお待ちください」

「あ、手伝います!」

 私も負けじと、グッと、扉を押した。

「うりゃ、うりゃ!」

 確かに、こりゃ、重い‥‥って、言うより、ビクともしない様な気が‥‥‥あ、何か手ごたえの様なものが‥‥。

「あの、その様な事をなさっては‥‥」

「‥‥うおお‥‥だ、大丈夫‥‥」

 その内に、ズズッと音がして‥‥。でもね、聞こえてきた音は、メキッ!‥‥どーして?「キャ、キャロル!」

 ナルが叫んでる。でも、今一歩で開くから、ちょっと待ってね。

 メキ‥‥バキ!って、派手な音がしたと思ったら、急に抵抗も無くひらいちゃってさ。私はいつぞやの夜会の時と同じ様に、ドテッて、外に転がり出た。

「‥‥‥‥ひえ!」

 途端にワッっていう、周りを取り囲む人々の喚声。顔を上げてみれば、三百六十度、視界は全てスタンドに座ってる観客達の顔。あわわ‥‥って口を押さえながら、私は目にも止まらぬ早さで、中に戻った。

「どうしたのキャロル?」

「‥‥‥えーと、その、扉はどうなったかなって‥‥」

 頭をかきながら、下手な言い訳。

「す、すみませんでした」

 本当にすまなそうに、えーへいの人が言った。

「‥‥実は間貫がかかってた様で‥‥‥」

「!」

 知らずにへし折っちゃった私は、その場でひっくり返った。

「はは‥‥腐ってた様でその‥‥‥」

「いえ、いいんですよ、私の方こそ助かりました」

 えーへいの人の手に捕まって、よっこらせって、起き上がった。

「私は‥‥魔法使いと言うのは、もっと厳格で、恐ろしい人だとばっかり、思ってました‥‥‥ですが、キャロルさんは全くそんな事はありませんでした‥‥」

「‥‥‥はあ‥‥いえ、そんな‥‥」

 まだ若いらしく、ニキビの残る顔からすると、私とたいして歳はかわんないんじゃないかな。

 でも、改まってそんな事を言われると、ただ、ただ恐縮するだけで‥‥。

「頑張って下さい、私は応援してますので」

「いえ、こちらこそ、よろしく‥‥」

 私はペコッとお辞儀をすると、見かねたナルが、

「‥‥キャロル、もう‥‥何やってんのよ」

「え!、あ、うん」

 また引きずられる前に、私はさっさと扉を開けた。

「‥‥‥うー‥‥か、返ろっかなー‥‥」

 扉一枚と言っても、その差はこの場合、かなり大きい。

 ワーって言う、例のあの声が耳に飛び込んで来た瞬間、どうして私はこんな所にいるのかなって、疑問なんか沸いたりする。

 ずっと先に、私と同じ視点で立ってる人が見えた。たぶん、大賢者ラミレスその人。彼もまた魔法使いの黒いロープを着てる。

「あ‥‥あれ、あれ?」

 その黒い服に見覚えがある様な、ない様な‥‥。そして、あのシワだらけの顔は‥‥。

「ひえー!」

 私は本当に驚いたわよ。

 ラミレスは私に気付くと、微かに笑いかけてきた。

 音も無く、スウッと近寄って来た。でも、ちゃんと足は付いてるみたい。

「‥‥‥ほう、これはなんという巡り合わせか‥‥誰かと思えば、お前であったか!」

「はは‥‥ども‥‥」

 その人は紛れもなく火竜亭で無銭飲食をしたあのカラス爺い‥‥喜んでいいのか、悪いのか‥‥。すると私は、まずい手料理を大陸一の賢者に‥‥‥。怒ってはいない感じだけど‥‥。

「どうかな、私に勝つ算段はしてきたか?」

「‥‥そ、そんな恐れ多い事は‥‥全然」

 私がそう言ったら、ラミレスの顔が少し険しくなった。

「何、全く、考え無しでいたのか? 店で会った時はもう少し知恵が回る娘だと思っていたが‥‥」  

「‥‥はあ、恐れ入ります‥‥」

 あのラミレスに誉められたのは嬉しいけど、そりゃあ、買いかぶりすぎってもので‥‥。

「‥‥私はその‥‥まだ魔法覚えたてのひよっ子で‥‥」

 言ってから、しまった!って思った。そんな素人に毛の生えた程度の奴が、どうしてここにいる‥‥って、言われたら、答ようがない。

  何か、フォローしないと‥‥。

「‥‥すみません、だから、その‥‥私は一生懸命やるだけです!」

「‥‥‥うむ」

 ラミレスはやっと顔を和ませてくれた。

「‥‥‥キャロルとか言ったな。やはりお前は良い子だ」

「じゃ、じゃあ、手加減してくれますか?」

「‥‥な、何だと!」

 媚びた様な私の声に、ラミレスは一瞬、怯んだかに見えたけど‥‥。

「‥‥‥いや‥‥そうはいかぬ。魔法使いの道には頂上というものはない。故に私も日々、精進せねばならぬ‥‥お前も甘えた気持ちは捨てる事だ。どの様な時も全力を出す‥‥それが基本だ」

「‥‥‥はい」

 しゅんとして私はうなずいた。大賢者ともあろう人が、そんな事を言うのは何か、意外な気がする。ラミレスだったら、どんな事も眉一つ動かさずに、魔法で片づけてしまうんじゃないかって、思ってた。

 大陸一の魔術師にも、不可能な事がある‥‥だったら、私にかけられた魔法はどうなのかな?

「あの‥‥一つ、お願いが‥‥その‥‥あつかましいって事は、良く、分かってるんですけど‥‥」

「‥‥何かな?」

「‥‥‥‥」

 私は「ふー」って、深呼吸して、少し間をおく。いつも、肝心な所で、あがってしまうので、その予防と対策の為‥‥。

「私の魔法を解いて下さい!」

 気が付けば、私は自分の胸に手を当てて、大声を出してた。

 ラミレスの目がスッと細くなる。

「‥‥‥キャロルよ、その決心はどの程度のものか!」

 そして、先に鳥の頭骸骨の付いた、魔法使い用の不気味な杖を、私の顔に向け、辺りにこだまする程の大声でそう言った。

 ざわついてた闘技場の観客達は黙りこくってしまった。

 静かになったせいで、実は風が強かったんだなって事に、気付いた。耳の中でピューピュー音がしてる。

 やたらと広い闘技場は、今は風だけのスタジアムになってた。

 その間もラミレスは、目をかっと見開いて、恐い顔で、私を睨み続けてる。

「‥‥は‥はは‥‥その‥‥‥」

「‥‥‥その程度のものか?」

 今度は優しく語りかけてくる。

 魔法使いって、得体が知れなくて、それで、恐いなって、良く分かった。

「‥‥時間はかかるかもしれぬが、私なら出来ぬでもない‥‥」

 そう‥‥ラミレスに出来ないんだったら、他の誰にも出来ないよね。だったら、これが最初で最後のチャンス!

「私は、絶対に、ぜーったいに、ちゃんとした姿になる!」

 言葉の最後の「なる!」が、三回位、こだまして、それが聞こえなくなったら、ヒューていう風が吹いてさ、また不気味な間が‥‥。

「‥‥なるほど‥‥」

 ラミレスは一度だけ微笑んで、また元の厳しい表情に戻った。ゴクンと息を飲んで、次に何を言ってくれるかなって、想像してみたりする。


 【予想】


 ラ‥‥なるほど、良く言った。その心意気に免じて、この場ですぐに元に戻してやろう

 キ‥‥ほ、本当ですか♪(かわいい声で)

 ラ‥‥うむ、私は嘘はつかぬ。‥‥たあ!

 キ‥‥わっ!(ぱって、姿が変わる)



 その時の姿を頭に思い浮かべて、私は握った両手を口に当てて、むふふって笑いながら、腰をくねらせた。

 ラミレスは「ぬ」とか言って、ちょっと引いちゃったけどね。


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