そりゃ、ま、嫌と言えば、嫌だけど、何しろ、兄方の代役は賢者として名高いラミレス様。駆け出しの魔法使いの私になんて、とてもじゃないけど、勝てる相手じゃない。それってずるいんじゃないかな。(勝負ってったって、別に戦う訳じゃなくて、魔力の優劣を競うんだけど、今度は私がすっぽんに‥‥)
「‥‥ま、キャロルなら何とかなる様な気が するんだよな。それに、駄目だったって、それなら納得出来るしさ」
「そ、そおなの? どおして?」
「‥‥キャロルなら、大丈夫、俺は信じてるぞ‥‥」
ぽん!て、肩に手を乗っけて、笑った。
「‥そ、‥‥そかな‥‥はは‥」
「それにさ、ラミレスに会えるんだからさ」
「そ、そうか!」
大賢者ラミレスだったら、私にかかった魔法を解いてくれる!
私はきゃーって、飛び上がった。
ジェイレンは横になったと思ったら、すぐに、くかーって、寝ちゃった。
おいおい、私はまだ何もいってないんだけど‥‥。
うーん‥‥いつもいつも、何かある度に、私を頼って来るのはやめてほしいものだ‥‥なんて、私はもう大先生気取り。不承の弟子を持つってこんな気分?
それはそうと、また私の部屋で寝て‥‥。
「よ‥‥っと」
ジェイレンの部屋まで、引きずって行こうとして、私は足を掴んだけど、ま、いいかって、どたっと離した。
良く寝てる。城の中って疲れるのかもしんない。
だから上に毛布をかけてあげた。頭もすっぽりとかぶせたんで、パッと見、死体みたいで、私は一人で、うぷぷって笑ってた。
いいでしょ。期待されたからには答ないとね。
何だか気分がいいんで、私は青空に向かって、やっほーって叫んだ。
「だーれだ!」
私は今度こそって、爺ちゃんの背後から可愛い孫らしく迫ったのよ。
しかし、やっぱり爺ちゃんは分かってない様でさ‥‥。
「おのれ、出おったな!」
爺ちゃんは老人とは思えない動きで、飛び下がった。
「私は化け物かい!」
ちょっと驚いた私は、ハアハアって、息を切らしながら怒った。
「‥‥‥なんじゃ、キャロルではないか、またしても丁度良い所に‥‥」
「‥‥‥‥う」
とてつも無くやーな予感。まさか、またしても金の無駄使いを‥‥。
「見ろ! これぞ世紀の大発明じゃ!」
爺ちゃんは背後に雷を伴った大仰な仕草で、一枚の紙の様な物を出した。
「‥‥‥こ、これは!‥‥」
私の後ろでも、雷鳴が轟いてたけどさ。
「‥‥クックック‥‥キャロル、聞いて驚く なよ。これは一瞬で傷口をふさいでしまうものじゃ」
「わっ!」
私はあまりの馬鹿馬鹿しさに、目の前に雷が落ちてひっくり返った。
「世間一般では、それをバンソウコウって言うのよ!」
何かと思えば‥‥。
「青い、青い、これはそれを更に強化改良したものじゃ」
「え? と言うと‥‥」
「見ろ!」
爺ちゃんはその強化新型バンソウコウとやらを、私の鼻先に突きつけた。
「これは従来の物より遥かに大きくなっておる。これさえあれば多少の怪我でも平気じゃ。はーっはっは!」
確かに大きい。傷口に当たる部分は手の平より面積が広い‥‥‥でもね‥‥。
「こーんな大怪我したら、こんな物、貼らないで、医者に行くわよ!」
「はっはっはっははは‥‥‥は!」
私が怒って拳をプルプル震わせてるのを見て、爺ちゃんは大笑いをやめた。
「‥‥そ、それで、な、何か用かな?」
「‥‥‥‥‥‥‥」
なんて変わり身の早い‥‥。何か信用出来ないな‥‥。
そんな事はおくびにも出さず、私は親切丁寧にあらましを説明した。
「‥‥‥なる程な‥‥」
いつの間にか、爺ちゃんは魔法使いの険しい顔になってる。うなずく姿にもそれなりに威厳が感じられるから、世の中不思議。
「じゃ、手伝ってくれるのね!」
と、期待を込めて‥‥。
「‥‥‥うむ」
爺ちゃんはゆっくりとうなずた。
これで安心。私は「ほへっ」って安堵のため息。
でも、次の瞬間、それははかない砂の城だったって事を思い知らされるハメに‥‥。
「‥‥‥‥わしは遠くから暖かく見守ってるぞ。‥‥頑張りなさ‥‥どぐがっ!」
次の瞬間、爺ちゃんは遠くの空へと飛び立ってた。
「ハアハア‥‥‥」
一筋の真っ直な細い雲を残して、爺ちゃんはすぐに見えなくなった。
しかし毎度の事とは言え、爺ちゃんもよくやるもんだ(私のせいじゃないもん!)。
当てにした私が馬鹿だったのかも、やっぱ、一番頼りになるのは‥‥‥。
「リップ!」
私はゴミ箱の中まで、一生懸命探したわよ。
=‥‥何かある度に、僕に聞くのやめてくれないかな‥‥=
「‥‥‥うっ」
ジェイレンにいつか言おうと思ってた事を、逆に言われちゃった。私の場合、リップに言われると、何も言えなくなっちゃうのよね。 リップは居間の隅で丸くなってた。ゴミ箱の中にいる訳はないか‥‥。リップはその辺の猫とは違って上品なんだから。‥‥でもね、中にはさ、へへへ、俺、ゴミ箱の中が好きなんだよお‥‥、なーんて言う、とんでもない猫もいるらしいからね‥‥気を付けないと。もしリップがそんな所にいた日には、一日かけて石鹸でゴシゴシ洗ってやるもんね
いやいや、だから今はそんな事、言ってる場合じゃないってば。
「‥‥ま、まあ、そう言わずに、先生、そこを何とか‥‥」
私はリップの首を知らずに絞めてた様で‥‥。
=く、苦しい‥‥=
「あ、ご、ごめん!」
手を離したら、リップはドテッと倒れた。
=‥‥で? 今度は何をしたの?=
すっかり悟りを開いてるリップに、私は実はね‥‥って‥‥‥。
=また? そんなに魔法を解きたいの?=
「当たり前! だって元に戻れるし‥‥」
風が吹いて、モシャクシャになった前髪を、私は指先でサラッと、とかした。もちろん、この桃色の髪も普通に戻るって事で‥‥。
=ふーん‥‥=
最近、人間付いてるリップは、二本足で立って腕組みして考え込んでる‥‥。やだなーっては思うけど、今回は黙認(機嫌を損ねたら何だしさ)。
=‥‥それでキャロルは勝ちたいの?=
「‥‥勝つ? 私が? とんでもない!‥‥たださぁ、出て賢者に会えればいいだけで‥‥でも、あんまし、みっともないのもアレだしぃ‥‥」
=じゃ、ジェイレンは将来、王弟にはなれない訳だ=
ふーって、私は哀愁を漂わせて、窓の外を見つめてため息をつく。ただ、ここぞとばかり元気一杯の、入道雲ってのが、雰囲気じゃないけど‥‥。
「‥‥いいリップ、人はね、いくら頑張ったって、駄目なものもあるのよ‥‥」
=ジェイレン、かわいそ‥‥=
その点、いくら私でも気になってる。そんな大事な事、私なんかに任せちゃって、ジェイレンたら、何考えてんのかな‥‥。
「‥‥そりゃ‥‥出来るんならさ‥‥それにこした事はないけど‥‥でも大陸一の魔法 使いが相手じゃ‥‥はは‥‥」
=そうなの? じゃあ駄目だね=
リップは寝ようとしてる。尻尾を持ち上げて離すと、ヘタッて、下に落ちた。
「‥‥‥うっ‥‥‥‥‥」
この非常時に、何てのんきな‥‥でも、猫ってそういうもの何だけどさ‥‥。
ここは一つ、リップのやる気を起こさせねば‥‥。
何かいい方法がないかな?‥‥そうだ!
「‥‥リップ‥‥」
私は、寝てるリップの耳を持ち上げて小声でささやく。
「その大賢者はね、大の動物嫌いで有名でさ ‥‥。」
=‥‥‥‥‥‥=
リップの耳がピクッと動いた。私は反対側を向いて、クスクス笑い出す口を押さえる。
「その人はね、こと動物に関するものは全部嫌ってて、動物魔法を使う私が負けたら、とんでもない事に‥‥‥‥」
=‥‥も、もしかして、猫も嫌ってる?=
やっとリップは重い顔(いや、実際は軽いんすけどね‥‥)をあげてくれた。
=‥‥それはゆゆしき問題だな=
そう言って窓から、入ってきたのは、黒猫のコル。実に久しぶり。
「猫なんかもう、目の仇って感じ。‥‥いい、こんな話があるのよ‥‥」
また、私は勝手な事を言おうとしてる‥‥そんな予徴はあったけど、そこはそれ、やむなし!
私は怪談を話す時の様な顔付きになる。
「‥‥ラミレスにはね、一人娘がいたの。その子は三つの雨の日、捨てられてた猫を拾ってきたんだけど、猫が嫌いだったラミレスは飼う事を許さなくてね‥‥‥」
=‥‥うう‥‥=
リップはそれだけ言っただけで、もう目を潤ませてる。
「‥‥その猫は事もあろに、ラミレスになついちゃってたのよ。猫はラミレスの家の前で、雨の中をずっと待ち続けて、とうとう ‥‥」
=‥‥あう‥‥‥=
リップとコルは前足で目をこすって泣いてる。ちょっとやりすぎたかな‥‥。
「もしもーし?」
そう思ったんで、私はおどけてベロベロバーをしたんだけど‥‥。
=ラミレス、許すまじ!=
「‥‥‥うっ」
リップの目の奥がメラメラと燃えてるじゃないですか。
私はタジッて、後ろにさがる。
=奴こそ、我らの敵!=
「あ‥‥あのですね、皆さーん‥‥」
=動物を馬鹿にした者には、それなりの報いを与えねば‥‥=
=絶対、キャロルに勝ってもらわないとね=
「‥‥な、何もそこまで‥‥あは、あは、はははははは‥‥」
何だか、私の知らない所で、話が進んでる。
=‥‥そういう事だったら、協力する。仲間に召集をかけてみるけど、たぶん喜んで力になってくれる=
いつも物静かなコルが立ち上がった(本当に)。
何か、とんでもない事に‥‥。
=と、言う訳で、すぐに始めよう。さ、手を出して=
「?」
私は言われるままに、手を猫達の前に置いた。
その上に、リップとコルの手がピトっと乗せられる。
=妥当ラミレス!=
「‥‥‥あうぅ‥‥‥」
私は一人で、唸ってた。
それからまた平穏な日々が返ってきた。
‥‥と、あってほしかったけど、それは私が希望を込めて、そう思いこんでいただけ。
だってさ、私がどう思ってたって、時間は過ぎてくもんだし‥‥。
最初はへへ‥‥って、笑ってた私も、さすがに顔が引き釣ってくる。
「‥‥へへ‥‥‥」
=へへ‥‥じゃないよ、ちゃんと聞いてるキャロル?=
「‥‥‥うん」
笑ってたけど、私の額からは、汗が一筋。
目の前にはモサモサと雲の様に猫達がいる。この近所に、これだけたくさん猫がいたんだって程。
白、黒、三毛猫、二色猫、その他諸々‥‥。尻尾の長いのとか、短いのとか‥‥あの黒い眼帯してる猫って、何猫なんだろ‥‥。
この近辺は完全に猫の森と化してる。家がこんなひなびた所にあって良かった。でなきゃ、近所にもし老人が住んでたら、うぎゃーって驚いて卒倒しちゃうかもしんない。爺ちゃん、今、外に出てこないでね。
一体、何万匹いるのかな。これ皆、コルの仲間?
「‥‥キャロル、ほら‥‥‥」
「‥‥う、うん‥」
ナル(なぜかナルもいるんだな。どうしてこの手の話に加わりたがるんだか‥‥)に背中をつつかれた私は、つまづきそうになりながらも、皆に良く見える様に、切り株の上に立った。
「え、えーっと‥‥‥」
じっと私の言葉を待つ猫達‥‥私もうぎゃーって、叫びたい。
世紀の対決(?)、そして作戦決行を明日に控えてる。ここまで来たら、後戻りは出来ないし、やるっきゃないか‥‥。
私は目を閉じて息を吸い込んで、親指を立てた手を青空に掲げ‥‥。
「レッツゴー!」
そう叫んだ瞬間、猫達は一斉に喚声をあげた(人間だったら、うおぉぉ!かな)。
猫のにゃーも、これだけ一杯いると、やっぱり、おー!って聞こえてくる。
私が両手を広げたら、猫達は鳴くのをやめて、明日の為に各自、散ってった。
信じらんない事に、ドドドって、地響きがするのよ。
「‥‥‥あはあはは‥‥何か凄いね‥‥」
土ぼこりの舞う中、私はナルに同意を求めた。