「カ、カレー‥‥‥ね‥‥」
案外、楽かもしれない(カレーってのは、茶色のどろっとした辛い液体を、ライスの上にかけたもの。よくあんなもの食べる気になるもんだ)。これだったら、例え何人いたって、大釜で一気に煮ちゃえば、ちょちょいのちょいって‥‥。
「‥‥ふえ‥‥‥」
それはそれでしんどい。
でもまあ、ここは一つやってみましょうか‥‥。
「よっしゃあ!」
聞こえちゃったかなって、言ってから、そっと店の方を覗く。大丈夫、隊長らしき人がガハハ笑いしてる。
腕まくりするポーズをとって、私は取り掛かったの。
最初は、見よう見真似で、カレーのルーを(ルーってのは、どうやら、ライスにかけるカレーの本体の事を言うらしい)作り始めた。 調味料をなん種類か(カレー粉はすでにある)、パラパラ。香辛料をささっ‥‥それにお水と‥‥。
「‥‥ふー‥‥やれやれ‥‥」
どうやら、成功。しかしお肉を切らなきゃならないのは、辛い所。しかし、緊急の事だから、これもやっぱ、しゃーないね。
「おりゃ! あたたたたたた‥‥」
ズダダダダ‥って、勢いだけは凄く、肉を細切れにする。
「‥‥‥‥多少、ミンチになっちゃったけど、ま、いいか‥‥‥」
ザラザラと鍋の中に放り込む。トプンって、中に埋もれてった。
しかし、ジャガ芋ってどうやって入れたっけ?
何とかなるだろう‥‥なんて安易に考える‥‥。
それから待つ事、三十分(店長、今だ帰らず)。さすがに待ちあぐねた騎士さん達(さすがに騎士道精神! 私だったら、怒ってる)が、騒ぎ始めた。
「お、待っちどお!」
全員で十人、その人達の前に、皿を並べた。
「遅いよ、どうなってるんだ」
「すいませーん。何しろ、猫の手も借りたい程、忙しいもので‥‥」
どかっ!っと、中央に巨大な鍋を置いた。 私はそこに大きなスプーンを入れ、ぐっと中身をすくって、皿の上に盛る。
「むぅ‥‥‥」
その目の前の騎士さんの顔が、なぜか険しくなってる。
なんで? 私にしては自信作なのに、どっかまずかったかな?‥‥でも、食べてもいないのに‥‥。
「‥‥むふふふ‥‥‥」
私の愛想が足りないのかなって、思って、とりあえず笑ってみた。
覗いてる団長さんの額から、汗が一筋。
「‥‥これは‥‥カレーの様だが‥‥」
「はい、火竜亭自慢のスペシャルカレーです。通の方は、これを一気に食べるのが、これまた粋ってもんでして‥‥えへ‥‥」
「‥‥しかし、これはちょっと熱すぎるのでは‥‥‥」
隊長さんは真っ赤になったスプーン(鉄)を見て、顔をこわばらせてる。
「‥‥はあ、そんな事は‥‥‥」
何度も味見してみたから、それはないと思うけど‥‥。
私は鍋の中を覗いた。
グツグツ煮えてる。ボコッボコッと空気の泡が上に現れてて、今が食べ頃。
小皿に少し、すくって、飲んでみる。うん、丁度いいじゃない。味もまあ、悪くない。もしかして、店長のより、おいしいかも‥‥。でも、ひょっとして、私の味覚がおかしいのかな。よく言われてるし‥‥。そんな事、ないって、ずっと思ってたけど‥‥。
私は顔の上半分に、サッと黒い影り様な線が走る。
ずーん‥‥て感じで暗くなったわよ。
「‥‥そ、そうか、俺の気のせいだよな‥」
暗黒になった私を見て、何だか納得してもらえた様でさ。
「よし、じゃあ、ハース食べてみろ」
「は! わ、私がでありますか?」
ハースって呼ばれた人は、布でスプーンを巻き付けてから(失礼ね)、パクッて一口食べた。
「ぶおわっ!」
何か叫びながら、外に飛び出していっちゃた。
「‥‥あ、あの‥‥‥‥」
今度は騎士さん達の顔が暗黒になった。無言のこの間は何?
「うははは、なあ皆、もう腹一杯だよな!」
「お、おお!」
ズサッと一糸乱れず、騎士さん達は一斉に立ち上がった。
「え、あ、あれ‥‥‥?」
え、え、‥‥って私があたふたしてる間に、ザッザッと行進して、気づいたらもう店の中はも抜けの殻‥‥どうなってんの?
=作り損だね‥‥=
「‥‥‥‥う‥‥」
リップが私の足元をツンて、つついてる。これって超ショック。何で何でこうなっちゃうの?
「‥‥‥はあ‥‥‥」
でも、失敗となればやる事は一つ、それは証拠隠滅!
だってこんなに材料無駄にした事を店長に知れた日には、私の時給が‥‥そして野望がぁ‥‥。
=‥‥すると次はこの騒ぎを目にした街の人達が‥‥=
「それはリップの冗談でしょう! 不吉な事言わないの!‥‥だ、誰も騒いでなんかなんかいないじゃない。やだなリップったら ‥‥あはは」
私は何も作ってない。ここには誰もこなかった‥‥。よしよし、何となくそんな気もしてきた。
「失礼‥‥」
「ひゃー!」
誰か店に入ってきた。低い男の人の声。私は驚きのあまり、一瞬、髪が逆立った。
「‥‥ここで食事が出来るかね?」
男の人‥‥には違いなかったけど、爺ちゃん位、歳取ってた。
長い白髪を後ろで束ねて、この陽気に、真っ黒なコートを羽織ってる。とにかく、変な人。
「はあ‥‥まあ‥‥でも時間がかかると思うんで、他を当たられた方が‥‥」
「‥‥そうか。だが他に客はおらん様だが、何か訳でも?」
「そ、そう言うんじゃなくて‥‥」
「ん?」
その人は、私が作った幻(そう、そんなもの最初からなかったのよ)のカレーに、怪訝な顔を向けた。
「それは?」
「えぇーと‥‥カレーに似た物体で‥‥実は 全く違うものかもしれないかも‥‥」
「何でもいい、急ぎの用がある。それでいい」
「‥‥はあ‥‥‥」
いいんだろうかって、私はあれこれ考えてみたけど、本人がそう言ってんだから、何があっても私のせいじゃない‥‥てな、見事な論理ですぐに解決。
「どおぞ」
私は何事もなかった様に、その人‥‥ええっと何て言ったらいいか‥‥そうそう、カラスみたいな人に、カレーを出したの。
それが驚いた事にね、その人、パクパク食べ始めたじゃない。やっぱり私の味覚は間違ってなかったんだって、ほっと一安心。
「何かな?」
私がじぃーっと見てたんで、カラスの人がそんな事を言ってきた。
「‥‥え、その‥‥どうですか?」
「‥‥うむ‥‥こんなものだろう‥‥自信がなかったのかな?」
途端に私の顔は口が、にたーって‥‥。
「いえいえ、当然の結果っすよ、えへへ‥‥」
「‥‥‥変わった娘だな」
静かに笑った顔は、歳の割りには素敵に見える。若い頃はどんなだったかなって想像してみたけど、やっぱり分かんない。そうなのよ、こんな変わってる人に、変わってるって言われる私って一体‥‥。
「不服そうな顔をしてるな? だが、私が変わってると言ったのは、例えばその髪だと か、外見の事をいってるのではない」
「‥‥す、すると、そのカレーはやっぱり」
「‥‥‥む、それはさておき‥‥‥‥」
カラスの老人は、タオルで額の汗を拭いてる。
「‥‥娘‥‥魔法を習っておるな。妙な魔法を自らにかけてもいる。」
「‥‥へ、どうしてそれを?」
「はっは、魔法使いは他人から見れば奇妙に見えるものだ。たぶん私の姿も妙に映っているのだろう」
「‥‥‥はあ‥‥まあ‥‥少し‥」
「ん? 遠慮のない娘だな。だが昨今珍しい良い子だ‥‥」
カラス爺さんは、私の頭のてっぺんをポコポコ叩き始めた。
「‥‥うっ‥‥あっ‥‥」
結局、私ってこういう運命なのかもしれない。もしかしてこの桃色の髪が誘ってんのかも‥‥。
「動物にかける類の魔法は、種類が少ない上に、魔法使いの数も多くはない。魔法使いとしてやっていくなら、それなりの苦労もあろうが、くじけてはならぬぞ。その前向きな所を大事にしていけば、今後、きっと大きな財産になる」
「は、はい!」
私は何だか感動しちゃって、背筋を伸ばしてそう答えた。
「‥‥うむ、良い子だ‥‥」
お爺さんは目を細めて立ち上がった。
そして、振り返りもしないで、外の白い日差しの中にスウッと溶けていった。
「‥‥魔法使いとして‥‥‥やっていくのかな‥‥‥‥‥」
今は、爺ちゃんの教えてもらった初歩的な魔法しか使えないけど‥‥でも私って才能あるみたいだから‥‥‥。
=キャロル、キャロルったら!=
リップが私のふくらはぎに、ヒタヒタと冷たい肉球をひっつけてる。
「‥‥何? 今すっごい悩んでるんだから」
=いいの? 今の人、お金払ってないよ=
「え! ああ⁈
私は口を押さえてバッて立った。急いで外に顔を出してみたけど、歩いてる人はだれもいない。
耳をすましても、どっかにとまって姿の見えない蝉の声と、たまに吹く風の音が聞こえるだけ。
=‥‥‥作り損だね、やっぱり=
リップは店の椅子の上で、丸くなって寝ちゃった。
「‥‥うぅ‥‥そんなぁ‥‥」
あああ‥‥でも、待てよって、私はそこでハタと考え直す。
どうせ捨てるつもりのものだったなら、別に食べられたって、構わないんじゃなーい?
「そうだ、そうだよね、うん」
一点して、気分が良くなった。こんなに綺麗に食べてくれたんだから、かえって有り難かったのかもしれないしね。
「うりゃうりぁ!」
話は簡単。だったらもう、例の作戦を遂行するのみ。
「証拠隠滅ぅ!」
私はそう叫びながらね、残ったキャロルちゃん風、スペシャルカレー(皮を剥いただけでまるごと入れたイモがまた、グー)を、ザザッと捨ててた(お百姓さん、ごめんなさーい!)。
縁は異なもの‥‥なんて言葉があった気がするけど、それって結構、鋭い指摘かもしれないよ。
あの無銭飲食爺いに、再び会う事になるなんて、その時の私は考えもしてなかったんだから‥‥。
最近、静かだなって思ってたら、何の事はない、ジェイレンが里帰り(夏休みかな?)してるからなんだよね。
おかげで私は毎日、平穏な日々。この前の一件も店長は全然、気づいてなくって、特別にお金をもらっちゃってね。‥‥懐があったかいってのは、気分がいいもんだ。
部屋の中で、リップとゴロゴロ。ベットに寝そべって、フンフンと足を振りながら魔法書に目を通すのが日課の一つ。それから火竜亭にバイトに行って、帰りにナルの家に寄ったりする。‥‥そんな毎日だけど、私は楽しくやってた。
でもね、人生は驚きの連続。そんな調子でずっといく様なら、教会なんていらない訳だし、騎士団だってそう。
私のこのささやかな日々を壊すものは、またしても(?)ジェイレンが持ってきたのよ、全く‥‥。
「‥はいぃ?‥‥何でしか、そりは?」
ジェイレンが帰ってきたんで、「よっ、久しぶり!」とか、言おうと思ってたけど、私の部屋にドカドカ入って来て、いきなり妙な事を言い出した。‥‥んな訳で、私は聞き返したんだけど‥‥。
「‥‥物分かりの悪い奴だな、相変わらず」
ジェイレンはトランク(仮にも一国の王子なんだから、もう少し荷物があってもよさそうなんだけど‥‥)を放り無げて、床に腰を降ろした。
「‥‥だ、だってさ‥‥‥やっぱし‥‥」
私は両手の人差し指を突き立てて、ツクツクと、爪を突き合わせた。
頭がパニクるのも当然なんだってば、これがさ‥‥。
一言で言えば、ジェイレンが苦境に立たされてて、それを私に助けてほしいって事なんだけど、でもね、そんな単純な事なら、まあ、しゃーないなって、助けてやらないでもなかったんだけど。
なんかね、あの美形のお兄様に挑戦状を叩き付けられた、何て言ってる。本人は自覚が無いみたいだけど、あれだけポカポカ殴れば、そりゃ誰だって怒るよね。
魔法の勝負‥‥聞こえは格好いい‥‥。でも笑っちゃうのは代理人可って所。だったら勝負になんないんじゃないかって私なんかは思うけど、違うかな‥‥。
「そ、それでどうして、私の名前が出てくるのよ!」
指名‥‥ああ指名‥‥ジェイレンが言ったのはもう過去の事であって、どうしようもない事なの‥‥。
すると私の名前を国王に‥‥。ひえー‥‥もう冷や汗ダラダラ‥‥。
「‥‥いやぁ、つい言っちまったんだ。悪りぃな」
「本当に悪いよ!」
私がこんなに怒ってんのに、迫力が全く無いせいか、ジェイレンは涼しい顔してる。
「もう! せめて爺ちゃんにするべきじゃないの!」
「嫌だったら、いいよ。奴の不戦勝で、俺は王族じゃなくなるだけだ。ここで魔法使いの修行にでも励んでみるのも、悪く無いかな」
「‥‥またそんな軽く考えちゃって‥‥」
言っちゃあ何だけど、ジェイレンは魔法使いには向いてないんだけどね。