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ACT12

「カ、カレー‥‥‥ね‥‥」

 案外、楽かもしれない(カレーってのは、茶色のどろっとした辛い液体を、ライスの上にかけたもの。よくあんなもの食べる気になるもんだ)。これだったら、例え何人いたって、大釜で一気に煮ちゃえば、ちょちょいのちょいって‥‥。

「‥‥ふえ‥‥‥」

 それはそれでしんどい。

 でもまあ、ここは一つやってみましょうか‥‥。

「よっしゃあ!」

 聞こえちゃったかなって、言ってから、そっと店の方を覗く。大丈夫、隊長らしき人がガハハ笑いしてる。

 腕まくりするポーズをとって、私は取り掛かったの。

 最初は、見よう見真似で、カレーのルーを(ルーってのは、どうやら、ライスにかけるカレーの本体の事を言うらしい)作り始めた。 調味料をなん種類か(カレー粉はすでにある)、パラパラ。香辛料をささっ‥‥それにお水と‥‥。

「‥‥ふー‥‥やれやれ‥‥」

 どうやら、成功。しかしお肉を切らなきゃならないのは、辛い所。しかし、緊急の事だから、これもやっぱ、しゃーないね。

「おりゃ! あたたたたたた‥‥」

 ズダダダダ‥って、勢いだけは凄く、肉を細切れにする。

「‥‥‥‥多少、ミンチになっちゃったけど、ま、いいか‥‥‥」

 ザラザラと鍋の中に放り込む。トプンって、中に埋もれてった。

 しかし、ジャガ芋ってどうやって入れたっけ?

 何とかなるだろう‥‥なんて安易に考える‥‥。

 それから待つ事、三十分(店長、今だ帰らず)。さすがに待ちあぐねた騎士さん達(さすがに騎士道精神! 私だったら、怒ってる)が、騒ぎ始めた。

「お、待っちどお!」

 全員で十人、その人達の前に、皿を並べた。

「遅いよ、どうなってるんだ」

「すいませーん。何しろ、猫の手も借りたい程、忙しいもので‥‥」

 どかっ!っと、中央に巨大な鍋を置いた。 私はそこに大きなスプーンを入れ、ぐっと中身をすくって、皿の上に盛る。

「むぅ‥‥‥」

 その目の前の騎士さんの顔が、なぜか険しくなってる。

 なんで? 私にしては自信作なのに、どっかまずかったかな?‥‥でも、食べてもいないのに‥‥。

「‥‥むふふふ‥‥‥」

 私の愛想が足りないのかなって、思って、とりあえず笑ってみた。

 覗いてる団長さんの額から、汗が一筋。

「‥‥これは‥‥カレーの様だが‥‥」

「はい、火竜亭自慢のスペシャルカレーです。通の方は、これを一気に食べるのが、これまた粋ってもんでして‥‥えへ‥‥」

「‥‥しかし、これはちょっと熱すぎるのでは‥‥‥」

 隊長さんは真っ赤になったスプーン(鉄)を見て、顔をこわばらせてる。

「‥‥はあ、そんな事は‥‥‥」

 何度も味見してみたから、それはないと思うけど‥‥。

 私は鍋の中を覗いた。

 グツグツ煮えてる。ボコッボコッと空気の泡が上に現れてて、今が食べ頃。

 小皿に少し、すくって、飲んでみる。うん、丁度いいじゃない。味もまあ、悪くない。もしかして、店長のより、おいしいかも‥‥。でも、ひょっとして、私の味覚がおかしいのかな。よく言われてるし‥‥。そんな事、ないって、ずっと思ってたけど‥‥。

 私は顔の上半分に、サッと黒い影り様な線が走る。

 ずーん‥‥て感じで暗くなったわよ。

「‥‥そ、そうか、俺の気のせいだよな‥」

 暗黒になった私を見て、何だか納得してもらえた様でさ。

「よし、じゃあ、ハース食べてみろ」

「は! わ、私がでありますか?」

 ハースって呼ばれた人は、布でスプーンを巻き付けてから(失礼ね)、パクッて一口食べた。

「ぶおわっ!」

 何か叫びながら、外に飛び出していっちゃた。

「‥‥あ、あの‥‥‥‥」

 今度は騎士さん達の顔が暗黒になった。無言のこの間は何?

「うははは、なあ皆、もう腹一杯だよな!」

「お、おお!」

 ズサッと一糸乱れず、騎士さん達は一斉に立ち上がった。

「え、あ、あれ‥‥‥?」

 え、え、‥‥って私があたふたしてる間に、ザッザッと行進して、気づいたらもう店の中はも抜けの殻‥‥どうなってんの?

=作り損だね‥‥=

「‥‥‥‥う‥‥」

 リップが私の足元をツンて、つついてる。これって超ショック。何で何でこうなっちゃうの?

「‥‥‥はあ‥‥‥」

 でも、失敗となればやる事は一つ、それは証拠隠滅!

 だってこんなに材料無駄にした事を店長に知れた日には、私の時給が‥‥そして野望がぁ‥‥。

=‥‥すると次はこの騒ぎを目にした街の人達が‥‥=

「それはリップの冗談でしょう! 不吉な事言わないの!‥‥だ、誰も騒いでなんかなんかいないじゃない。やだなリップったら ‥‥あはは」

 私は何も作ってない。ここには誰もこなかった‥‥。よしよし、何となくそんな気もしてきた。

「失礼‥‥」

「ひゃー!」

 誰か店に入ってきた。低い男の人の声。私は驚きのあまり、一瞬、髪が逆立った。

「‥‥ここで食事が出来るかね?」

 男の人‥‥には違いなかったけど、爺ちゃん位、歳取ってた。

 長い白髪を後ろで束ねて、この陽気に、真っ黒なコートを羽織ってる。とにかく、変な人。

「はあ‥‥まあ‥‥でも時間がかかると思うんで、他を当たられた方が‥‥」

「‥‥そうか。だが他に客はおらん様だが、何か訳でも?」

「そ、そう言うんじゃなくて‥‥」

「ん?」

 その人は、私が作った幻(そう、そんなもの最初からなかったのよ)のカレーに、怪訝な顔を向けた。

「それは?」

「えぇーと‥‥カレーに似た物体で‥‥実は 全く違うものかもしれないかも‥‥」

「何でもいい、急ぎの用がある。それでいい」

「‥‥はあ‥‥‥」

 いいんだろうかって、私はあれこれ考えてみたけど、本人がそう言ってんだから、何があっても私のせいじゃない‥‥てな、見事な論理ですぐに解決。

「どおぞ」

 私は何事もなかった様に、その人‥‥ええっと何て言ったらいいか‥‥そうそう、カラスみたいな人に、カレーを出したの。

 それが驚いた事にね、その人、パクパク食べ始めたじゃない。やっぱり私の味覚は間違ってなかったんだって、ほっと一安心。

「何かな?」

 私がじぃーっと見てたんで、カラスの人がそんな事を言ってきた。

「‥‥え、その‥‥どうですか?」

「‥‥うむ‥‥こんなものだろう‥‥自信がなかったのかな?」

 途端に私の顔は口が、にたーって‥‥。

「いえいえ、当然の結果っすよ、えへへ‥‥」

「‥‥‥変わった娘だな」

 静かに笑った顔は、歳の割りには素敵に見える。若い頃はどんなだったかなって想像してみたけど、やっぱり分かんない。そうなのよ、こんな変わってる人に、変わってるって言われる私って一体‥‥。

「不服そうな顔をしてるな? だが、私が変わってると言ったのは、例えばその髪だと か、外見の事をいってるのではない」

「‥‥す、すると、そのカレーはやっぱり」

「‥‥‥む、それはさておき‥‥‥‥」

 カラスの老人は、タオルで額の汗を拭いてる。

「‥‥娘‥‥魔法を習っておるな。妙な魔法を自らにかけてもいる。」

「‥‥へ、どうしてそれを?」

「はっは、魔法使いは他人から見れば奇妙に見えるものだ。たぶん私の姿も妙に映っているのだろう」

「‥‥‥はあ‥‥まあ‥‥少し‥」

「ん? 遠慮のない娘だな。だが昨今珍しい良い子だ‥‥」

 カラス爺さんは、私の頭のてっぺんをポコポコ叩き始めた。

「‥‥うっ‥‥あっ‥‥」

 結局、私ってこういう運命なのかもしれない。もしかしてこの桃色の髪が誘ってんのかも‥‥。

「動物にかける類の魔法は、種類が少ない上に、魔法使いの数も多くはない。魔法使いとしてやっていくなら、それなりの苦労もあろうが、くじけてはならぬぞ。その前向きな所を大事にしていけば、今後、きっと大きな財産になる」

「は、はい!」

 私は何だか感動しちゃって、背筋を伸ばしてそう答えた。

「‥‥うむ、良い子だ‥‥」

 お爺さんは目を細めて立ち上がった。

 そして、振り返りもしないで、外の白い日差しの中にスウッと溶けていった。

「‥‥魔法使いとして‥‥‥やっていくのかな‥‥‥‥‥」

 今は、爺ちゃんの教えてもらった初歩的な魔法しか使えないけど‥‥でも私って才能あるみたいだから‥‥‥。

=キャロル、キャロルったら!=

 リップが私のふくらはぎに、ヒタヒタと冷たい肉球をひっつけてる。

「‥‥何? 今すっごい悩んでるんだから」

=いいの? 今の人、お金払ってないよ=

「え! ああ⁈

 私は口を押さえてバッて立った。急いで外に顔を出してみたけど、歩いてる人はだれもいない。

 耳をすましても、どっかにとまって姿の見えない蝉の声と、たまに吹く風の音が聞こえるだけ。

=‥‥‥作り損だね、やっぱり=

 リップは店の椅子の上で、丸くなって寝ちゃった。

「‥‥うぅ‥‥そんなぁ‥‥」

 あああ‥‥でも、待てよって、私はそこでハタと考え直す。

 どうせ捨てるつもりのものだったなら、別に食べられたって、構わないんじゃなーい?

「そうだ、そうだよね、うん」

 一点して、気分が良くなった。こんなに綺麗に食べてくれたんだから、かえって有り難かったのかもしれないしね。

「うりゃうりぁ!」

 話は簡単。だったらもう、例の作戦を遂行するのみ。

「証拠隠滅ぅ!」

 私はそう叫びながらね、残ったキャロルちゃん風、スペシャルカレー(皮を剥いただけでまるごと入れたイモがまた、グー)を、ザザッと捨ててた(お百姓さん、ごめんなさーい!)。

 縁は異なもの‥‥なんて言葉があった気がするけど、それって結構、鋭い指摘かもしれないよ。

 あの無銭飲食爺いに、再び会う事になるなんて、その時の私は考えもしてなかったんだから‥‥。





 最近、静かだなって思ってたら、何の事はない、ジェイレンが里帰り(夏休みかな?)してるからなんだよね。

 おかげで私は毎日、平穏な日々。この前の一件も店長は全然、気づいてなくって、特別にお金をもらっちゃってね。‥‥懐があったかいってのは、気分がいいもんだ。

 部屋の中で、リップとゴロゴロ。ベットに寝そべって、フンフンと足を振りながら魔法書に目を通すのが日課の一つ。それから火竜亭にバイトに行って、帰りにナルの家に寄ったりする。‥‥そんな毎日だけど、私は楽しくやってた。

 でもね、人生は驚きの連続。そんな調子でずっといく様なら、教会なんていらない訳だし、騎士団だってそう。

 私のこのささやかな日々を壊すものは、またしても(?)ジェイレンが持ってきたのよ、全く‥‥。

「‥はいぃ?‥‥何でしか、そりは?」

 ジェイレンが帰ってきたんで、「よっ、久しぶり!」とか、言おうと思ってたけど、私の部屋にドカドカ入って来て、いきなり妙な事を言い出した。‥‥んな訳で、私は聞き返したんだけど‥‥。     

「‥‥物分かりの悪い奴だな、相変わらず」

 ジェイレンはトランク(仮にも一国の王子なんだから、もう少し荷物があってもよさそうなんだけど‥‥)を放り無げて、床に腰を降ろした。

「‥‥だ、だってさ‥‥‥やっぱし‥‥」

 私は両手の人差し指を突き立てて、ツクツクと、爪を突き合わせた。

 頭がパニクるのも当然なんだってば、これがさ‥‥。

 一言で言えば、ジェイレンが苦境に立たされてて、それを私に助けてほしいって事なんだけど、でもね、そんな単純な事なら、まあ、しゃーないなって、助けてやらないでもなかったんだけど。

 なんかね、あの美形のお兄様に挑戦状を叩き付けられた、何て言ってる。本人は自覚が無いみたいだけど、あれだけポカポカ殴れば、そりゃ誰だって怒るよね。

 魔法の勝負‥‥聞こえは格好いい‥‥。でも笑っちゃうのは代理人可って所。だったら勝負になんないんじゃないかって私なんかは思うけど、違うかな‥‥。

「そ、それでどうして、私の名前が出てくるのよ!」

 指名‥‥ああ指名‥‥ジェイレンが言ったのはもう過去の事であって、どうしようもない事なの‥‥。

すると私の名前を国王に‥‥。ひえー‥‥もう冷や汗ダラダラ‥‥。

「‥‥いやぁ、つい言っちまったんだ。悪りぃな」

「本当に悪いよ!」

 私がこんなに怒ってんのに、迫力が全く無いせいか、ジェイレンは涼しい顔してる。

「もう! せめて爺ちゃんにするべきじゃないの!」

「嫌だったら、いいよ。奴の不戦勝で、俺は王族じゃなくなるだけだ。ここで魔法使いの修行にでも励んでみるのも、悪く無いかな」

「‥‥またそんな軽く考えちゃって‥‥」

 言っちゃあ何だけど、ジェイレンは魔法使いには向いてないんだけどね。


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