「うぅ‥‥もう、やだっ!」
もう、この言葉を何回言ったんだろうか。すでに、私は、元のキャロルちゃんの姿に戻ってる。
でも、こんな天気のいい日に、ベットの中。別に、ジェイレンの真似してる訳じゃなくって、起きようと思っても、起きれないんだから、しょうがない。
気分はもう、最低‥‥。例えばね、寝起きで、急に頭にバケツをかぶせられて、そこをガシガシ棒で叩かれてるみたいな‥‥。もうやめてーって、叫びたいけど、そんな事したら、またズキッときそうでさ‥‥。
「‥‥うー‥‥死ぐぅ‥‥」
=そう言うの、自業自得って言うんだよ=
リップなんて、もう、大嫌い。私がこんなにも苦しんでるのに、のんきにひなたぼっこなんかして‥‥。私も治ったら、朝からずっとそうしてやるって、決心したりする。
「‥‥ひゃ!」
いきなり、べちゃーって、額の上に水で冷やしたタオルがのっけられた。
「ジェイレン、つ、冷たい!」
「二日酔いには、頭を冷やしておくもんだよ。ずっと寝てたくはないだろ?」
「‥‥‥」
私は毛布を、鼻の上辺りまで上に引っ張った。ジェイレンはそんな私の姿を見て、勝ち誇った様な、ニッて、笑いを浮かべた。
でも、私は気にしない。そんなふうにしてられるのも今のうち。ジェイレン、爺ちゃんの宿題はどうすんのかなぁ?
口だけ、ニカリと笑って、その為に毛布で隠すという、自分の深謀遠慮に、満足。
「何か、食いたいものあっか?」
「‥‥ううん‥‥」
ジェイレンは肩をすくめて出ていこうとした。
「‥‥あのね‥‥‥」
「あん?」
「‥‥あの後さ‥‥ジェイレンどうしたの?」
「‥‥どうって‥‥別に‥‥誰かのおかげで、夜会はとんでもない事になったからな。その後片付けだよ」
「‥‥へ? あの女の人は?」
「‥ああ、とりあえず広間の外まで送ってったけど、どっか行っちゃったよ。何で?」
「べ、別に‥‥」
私は、目まで、毛布を引き上げた。
「‥‥しかしさ、見直しただろ、俺も城だと、モテるんだぜ」
ジェイレンは壁にもたれて、腕を組んでまたニヤニヤ笑ってる。
「‥‥そうかな‥‥ジェイレン、彼女に嫌われたんじゃないの?」
「‥‥いや‥‥あの後はさ‥‥どうゆう訳だか、皆、俺を避けてる感じでさ」
ジェイレンは不思議そうに、上を見上げた。
「‥‥へえー」
でも、それは不思議でも何でもない。私はなんて、とぼけるのがうまくなったんでしょうね。
それを一言で、現すなら、クックック。
私は、毛布から顔を出して、鏡台をチラッと見た。
そして、脇から、手を出して、
「いえーい!」
決めの言葉と、ブイサインを送った。
「‥‥‥何だよ、それ‥‥」
「べ、つ、に‥‥ジェイレン?‥‥」
「ん?」
「‥‥二日酔いが治ったらさ‥‥」
治ったら‥‥‥‥どうし様か?
「‥‥宿題、代わりにやってあげようか?」
リップは、呆れた様に、一声、にゃあって言った。
今日もいい天気!
一週間前から、私は悪戦苦闘の日々。そうなの、まさにその言葉、ぴったし。
小遣い稼ぎの為に、街の酒場(酒場と言っても、ここはお酒が主じゃなくて、食事をしに来る人がほとんど)で働きはじめたんだけど、やっぱり馴れない事はするもんじゃないなって、今は少し後悔。
うーん‥‥時給(時給ってのは、一時間の労働で支払われるお金の事。大体銅貨三枚位が、妥当な所かな‥‥)が高めだったのは、それなりの訳があったのよ。
もう、無茶苦茶、忙しくってさ‥‥死にそ。
=ほら、ぼーっとしてると駄目だよ‥‥=
「‥‥え! あ、うん」
リップも私と一緒にここにいる。
本当は、こういう場所には動物を入れちゃ駄目なんだって、最初は言われてたけどね。そこを何とかぁーって、目をうるうるさせたら、ここの店主のおじさんは、いいよって、言ってくれたの。こういう時って、かわいい女の子って超便利かもしんない。
「キャロルちゃん、お客さんに注文聞いてきてくれない」
フライパンから、ブワッて火があがった。
「‥‥ほうほう‥‥」
見てると飽きない。ぼーっとしちゃうのもだから道理というもので‥‥。
「あ、はぁーい!」
でも、私は店のおじさんには受けがいい。ここの主人はとても、人が良くって、例え私が、皿をまとめて十枚位、木っ端みじんにしても、眉毛をピクピクさせながら、全然、怒る様な事もなくって‥‥。だから、ごくたまに良心の呵責(何てかっくいい言葉)に苛まれる事があるのよ。‥‥ごめんね!
白いエプロンも、キャップも板に付いてきたなって(カットリーワンピースの上に付けると、これがまた可愛くってグー! でも今日はティーシャツに、ショートパンツ)、やっと自信の様なものがふつふつと沸いてきてさ、これで私も、一回り成長したかなって思ったのよ。
でも、事件は唐突に起こるもので‥‥。
「‥‥ちょっと用が出来たんで、留守番しててほしいんだけど」
「‥‥え? 一人でですか?」
「昼時を過ぎたからね、客は来ないと思うから、大丈夫だよ。‥‥何か弟がどっかで喧嘩してるらしくてさ‥‥」
「‥‥はあ‥‥」
すでに、着替え始めてる今更、やだ!‥何て言えるだろうか。
「悪いね‥‥今度、礼はするからさ‥‥」
おじさんはすぐにすっ飛んでった。
残された私は呆然。確かに、夏の昼下がり。通りの石畳からユラユラと熱気が立ち登ってる中を、わざわざ歩く人もいないだろうけど(私には丁度いいけど)‥‥。
それに、街中は暑いとうっとうしい。私ん家の森の辺りなんて、蝉の声さえ気にならなければ、もう、天国みたいなもん。木の間を通る風と、街を吹く風は、別ものなのかもしんない。
「ふわぁぁぁ‥‥」
私は思わず、あくびが出る。働かなくても、お金がもらえるなんて、なんてラッキー。
奥の部屋で寝てようかなって、伸びをした時、
=そんなのんきに構えてていいの?=
「え、どうして?」
リップはグルグルと顔を撫で回しながら、器用に鳴いてる。
=こんな時に、誰か来たらどうするの?=
「大丈夫、大丈夫‥‥いつもだって、今の時間帯は滅多に来ないじゃない」
=そうかな‥‥事なんて、どこで急変するか分かったもんじゃないよ=
「‥‥私を不安がらせようったって駄目、駄目。これからはね、器の大きい人間を目指してるんだから、ちょっとや、そっとの事じゃ動じないんだからさ‥‥」
=ふーん‥‥じゃあさ、今、もし団体の客が来ても慌てない?=
「来ないもん、そんなの‥‥」
返事がすでにうわの空‥‥。
私の頭の中は、すでにこのお金を何に使うかあれこれ考えてて、それ所じゃあないのよね。
あれも買いたい、これも、それも‥‥。
私は、頭の中で色々やりくりしてみたけど、とても足りない。
今日の事で、おじさん、時給を上げてくれないかな。
=‥‥例えばさ、王城の騎士団に領内の別の 騎士団から、急な練習試合を申し込まれて、 試合の後、息統合した両者が、飯でも食ってくか‥‥何て事になってさ。そこに、目が付いたのは、たまたまこのお店で、それを見た街の人達も何だ、何だって次々と‥‥‥‥=
「‥‥むぅ、しつこいなぁ‥‥」
たぶんリップは、夕べは寝すぎたんで、暇してる。
しかし、何て不吉な想像するんだろ。
んな訳ないって、って、私は余裕こいて笑ってたけど‥‥。
「あはははは‥‥‥‥さ、閉めるか‥‥」
私はクルッて、身を翻して、閉店!の看板をさげようとした。
=キャ、キャロル! 冗談だって、そんな事ある訳ないじゃない!=
「‥‥‥‥うー‥‥まあね‥‥」
=二十年間、欠かさずやってきたのが、この お食事所”火竜亭”の自慢なんだって、い つもおじさん、言ってたじゃないか=
「‥‥うぅ‥‥」
嫌な店の名だ。でも、まあいいや。
「‥‥そだね」
私は、機嫌を直してまた座ろうとした‥‥。
そん時‥‥。
うわっははは‥‥‥って、笑いながら、入って来た男の人が一人‥‥二人‥‥三人‥‥たくさん!
「ひ、ひえぇぇ‥‥」
私は、口を手でおさえながら、もんどり打ってたわよ。
「はっはっは‥‥やあ、この店、開いてんだろ?」
「‥‥‥え、まあ、その‥‥開いてるには、開いてたりするけど、それは見かけ上、そうであって、開いてればいいというものでは‥‥しどろ、もどろ‥‥」
「‥‥え?、何だって?」
中で一番偉そうな人が、聞き返してきた。そうなの、鎧の様な物を皆、抱えてて‥‥もしかして城の騎士の皆さん?
「あれ?、お嬢ちゃん一人で留守番かい?」
たはは、また子供扱いされちゃった。
「‥‥あの‥‥どちら様の団体で?」
「ん? 我々は王国の聖騎士団の者だが」
「‥‥‥あはは‥‥随分といらっしゃいますね?」
七人、八人‥‥もう数えるの嫌に、なっちゃった。
私はエプロンの前で手を合わせながら、モジモジと上目使いに見上げた。
「午前中に練習試合があってね、早く終わったのはいいんだが、この暑さで店が閉まってて、困ってたんだ」
「‥‥はあ‥‥」
とりあえず、私はコップにお水を入れて出した。
コトッて、置いた途端に、近くに座ってた人が、
「‥‥でも、さすが火竜亭。こんな時でもやってんだからな。」
なんて、言ってきた。
「‥‥はあ‥‥‥その様で‥‥」
で、私は全員に配り終わった事を確認してから、知恵者‥‥じゃなくて、知恵猫のリップに、一目散に聞きに行ったの‥‥。
「リ、リップ!、ね、どうしよう!」
私がドカドカ足踏みして、困ったぁーって事をアピールしてるのに、リップはのんびりあくびなんかしてる。
=だから、言ったじゃないか=
「‥‥リップが変な事言ってたから、本当になったんじゃない」
=‥‥いやあ、偶然てあるもんだね=
さらに追い打ちで、手をペロペロなめてる。
「‥‥悠長な事、言ってる場合じゃないんだ ってばぁ!」
=と、言っても、僕は人間の食べ物なんて、知らないし‥‥=
「そ、そんな冷たい事、言わないでさ」
私はリップに火竜亭のメニューの書いてある。紙を広げて見せた。
=‥‥ふーん‥‥‥=
「どうにかなりそ?」
=いや、さっぱり。だって、僕は字が読めないし‥‥=
私は、ありゃ!って、前のめり。
=‥‥‥じゃあさ、キャロルでも何とかなりそうな奴だけ残して、後は、材料がきれてるとか、適当な事言って、ごまかしちゃえば? うまく言えば、それだけで嫌になって帰っちゃうかもしれないよ=
「な、なるほど‥‥‥」
この際は、どんな非情な手段を使ってでも、この危機を乗り越えなければならない。
しかし、リップは相変わらずサエてる。感謝、感謝‥‥。
「えっとー‥‥‥」
私はさっそく、上から順に消去していった。これも駄目、次のも駄目‥‥。その次も‥‥。
「あはは‥‥こりゃ、駄目だ‥‥」
程なく、白地に黒のインクで書かれてた紙は、ほぼ真っ黒になってしまった。でも、全部じゃない。それに賭けるしかない。
私は、その紙を持って、調理場から、騎士さん達のいる所まで、テテッて、走ってった。どぞ‥‥って、見せたけど‥‥。
「‥‥‥‥‥‥」
一目見た瞬間、皆、黙りこくっちゃって‥‥。そんなに悩む程、種類は多くないんだけどな‥‥。(多くない所か、一個しかない)
「‥‥お嬢さん‥‥少々伺いますが、出来るのはこれだけですか?」
「はい、申し訳ありません、何しろこの猛暑ですので、朝に仕入れた材料が、わずか三時間で腐ってしまったものでぇ‥‥えへへ」
「‥‥むう、それなら、仕方がないか‥‥」
騎士さん達全員、唸ってる、唸ってる。これだったら、他の店に行ったほうがいいんじゃなーい?、ね、そうしようよ(ごめんね、店長。でも二十年の間、積み重ねてきたものは守ったから、許してね)
「‥‥仕方ない、俺はこれでいい‥‥」
「へ?」
「じゃ、俺もこれ‥‥」
「‥あ‥‥え‥‥う‥‥」
私はおたおたして人数を数えた。 何という、食への執念。騎士団、恐るべし‥‥。
私はスタタタタっと、調理場に戻ると、リップの顔に迫った。
「か、帰らない、どうしよう?」
=‥‥‥キャロル、たまには自分で考えてみたら? 僕は忙しいんだけど‥‥=
猫にとって、日なたぼっこは大切な日課。それは良く知ってるけどね、でもでも‥‥。
=それってさ、キャロルでも、作れる奴なんでしょ? だったら何も問題はないよ=
「‥‥‥それは‥‥そうだけどぉ‥‥」
しかし、さすが騎士団の団結力は強いらしくて、頼んだものも一緒(当たり前か)。まあ、助かるんだけど‥‥。
さあ、どうしよう。