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ACT11

「うぅ‥‥もう、やだっ!」

 もう、この言葉を何回言ったんだろうか。すでに、私は、元のキャロルちゃんの姿に戻ってる。

 でも、こんな天気のいい日に、ベットの中。別に、ジェイレンの真似してる訳じゃなくって、起きようと思っても、起きれないんだから、しょうがない。

 気分はもう、最低‥‥。例えばね、寝起きで、急に頭にバケツをかぶせられて、そこをガシガシ棒で叩かれてるみたいな‥‥。もうやめてーって、叫びたいけど、そんな事したら、またズキッときそうでさ‥‥。

「‥‥うー‥‥死ぐぅ‥‥」

 =そう言うの、自業自得って言うんだよ= 

 リップなんて、もう、大嫌い。私がこんなにも苦しんでるのに、のんきにひなたぼっこなんかして‥‥。私も治ったら、朝からずっとそうしてやるって、決心したりする。

「‥‥ひゃ!」

 いきなり、べちゃーって、額の上に水で冷やしたタオルがのっけられた。

「ジェイレン、つ、冷たい!」

「二日酔いには、頭を冷やしておくもんだよ。ずっと寝てたくはないだろ?」

「‥‥‥」

 私は毛布を、鼻の上辺りまで上に引っ張った。ジェイレンはそんな私の姿を見て、勝ち誇った様な、ニッて、笑いを浮かべた。

 でも、私は気にしない。そんなふうにしてられるのも今のうち。ジェイレン、爺ちゃんの宿題はどうすんのかなぁ?

 口だけ、ニカリと笑って、その為に毛布で隠すという、自分の深謀遠慮に、満足。

「何か、食いたいものあっか?」

「‥‥ううん‥‥」

 ジェイレンは肩をすくめて出ていこうとした。

「‥‥あのね‥‥‥」

「あん?」

「‥‥あの後さ‥‥ジェイレンどうしたの?」

「‥‥どうって‥‥別に‥‥誰かのおかげで、夜会はとんでもない事になったからな。その後片付けだよ」 

「‥‥へ? あの女の人は?」

「‥ああ、とりあえず広間の外まで送ってったけど、どっか行っちゃったよ。何で?」

「べ、別に‥‥」

 私は、目まで、毛布を引き上げた。

「‥‥しかしさ、見直しただろ、俺も城だと、モテるんだぜ」

 ジェイレンは壁にもたれて、腕を組んでまたニヤニヤ笑ってる。

「‥‥そうかな‥‥ジェイレン、彼女に嫌われたんじゃないの?」

「‥‥いや‥‥あの後はさ‥‥どうゆう訳だか、皆、俺を避けてる感じでさ」

  ジェイレンは不思議そうに、上を見上げた。

「‥‥へえー」

 でも、それは不思議でも何でもない。私はなんて、とぼけるのがうまくなったんでしょうね。

 それを一言で、現すなら、クックック。

 私は、毛布から顔を出して、鏡台をチラッと見た。

 そして、脇から、手を出して、

「いえーい!」

 決めの言葉と、ブイサインを送った。

「‥‥‥何だよ、それ‥‥」

「べ、つ、に‥‥ジェイレン?‥‥」

「ん?」

「‥‥二日酔いが治ったらさ‥‥」

 治ったら‥‥‥‥どうし様か?

「‥‥宿題、代わりにやってあげようか?」

 リップは、呆れた様に、一声、にゃあって言った。

 今日もいい天気!





 一週間前から、私は悪戦苦闘の日々。そうなの、まさにその言葉、ぴったし。

 小遣い稼ぎの為に、街の酒場(酒場と言っても、ここはお酒が主じゃなくて、食事をしに来る人がほとんど)で働きはじめたんだけど、やっぱり馴れない事はするもんじゃないなって、今は少し後悔。

 うーん‥‥時給(時給ってのは、一時間の労働で支払われるお金の事。大体銅貨三枚位が、妥当な所かな‥‥)が高めだったのは、それなりの訳があったのよ。

 もう、無茶苦茶、忙しくってさ‥‥死にそ。

 =ほら、ぼーっとしてると駄目だよ‥‥=

「‥‥え! あ、うん」

 リップも私と一緒にここにいる。

 本当は、こういう場所には動物を入れちゃ駄目なんだって、最初は言われてたけどね。そこを何とかぁーって、目をうるうるさせたら、ここの店主のおじさんは、いいよって、言ってくれたの。こういう時って、かわいい女の子って超便利かもしんない。

「キャロルちゃん、お客さんに注文聞いてきてくれない」 

 フライパンから、ブワッて火があがった。

「‥‥ほうほう‥‥」

 見てると飽きない。ぼーっとしちゃうのもだから道理というもので‥‥。

「あ、はぁーい!」

 でも、私は店のおじさんには受けがいい。ここの主人はとても、人が良くって、例え私が、皿をまとめて十枚位、木っ端みじんにしても、眉毛をピクピクさせながら、全然、怒る様な事もなくって‥‥。だから、ごくたまに良心の呵責(何てかっくいい言葉)に苛まれる事があるのよ。‥‥ごめんね!

 白いエプロンも、キャップも板に付いてきたなって(カットリーワンピースの上に付けると、これがまた可愛くってグー! でも今日はティーシャツに、ショートパンツ)、やっと自信の様なものがふつふつと沸いてきてさ、これで私も、一回り成長したかなって思ったのよ。

 でも、事件は唐突に起こるもので‥‥。

「‥‥ちょっと用が出来たんで、留守番しててほしいんだけど」

「‥‥え? 一人でですか?」

「昼時を過ぎたからね、客は来ないと思うから、大丈夫だよ。‥‥何か弟がどっかで喧嘩してるらしくてさ‥‥」

「‥‥はあ‥‥」

 すでに、着替え始めてる今更、やだ!‥何て言えるだろうか。

「悪いね‥‥今度、礼はするからさ‥‥」

 おじさんはすぐにすっ飛んでった。

 残された私は呆然。確かに、夏の昼下がり。通りの石畳からユラユラと熱気が立ち登ってる中を、わざわざ歩く人もいないだろうけど(私には丁度いいけど)‥‥。

 それに、街中は暑いとうっとうしい。私ん家の森の辺りなんて、蝉の声さえ気にならなければ、もう、天国みたいなもん。木の間を通る風と、街を吹く風は、別ものなのかもしんない。

「ふわぁぁぁ‥‥」

 私は思わず、あくびが出る。働かなくても、お金がもらえるなんて、なんてラッキー。

 奥の部屋で寝てようかなって、伸びをした時、

 =そんなのんきに構えてていいの?=

「え、どうして?」

 リップはグルグルと顔を撫で回しながら、器用に鳴いてる。

 =こんな時に、誰か来たらどうするの?=

「大丈夫、大丈夫‥‥いつもだって、今の時間帯は滅多に来ないじゃない」

 =そうかな‥‥事なんて、どこで急変するか分かったもんじゃないよ=

「‥‥私を不安がらせようったって駄目、駄目。これからはね、器の大きい人間を目指してるんだから、ちょっとや、そっとの事じゃ動じないんだからさ‥‥」

 =ふーん‥‥じゃあさ、今、もし団体の客が来ても慌てない?=

「来ないもん、そんなの‥‥」

 返事がすでにうわの空‥‥。

 私の頭の中は、すでにこのお金を何に使うかあれこれ考えてて、それ所じゃあないのよね。

  あれも買いたい、これも、それも‥‥。

 私は、頭の中で色々やりくりしてみたけど、とても足りない。

 今日の事で、おじさん、時給を上げてくれないかな。

 =‥‥例えばさ、王城の騎士団に領内の別の 騎士団から、急な練習試合を申し込まれて、 試合の後、息統合した両者が、飯でも食ってくか‥‥何て事になってさ。そこに、目が付いたのは、たまたまこのお店で、それを見た街の人達も何だ、何だって次々と‥‥‥‥=

「‥‥むぅ、しつこいなぁ‥‥」

 たぶんリップは、夕べは寝すぎたんで、暇してる。

 しかし、何て不吉な想像するんだろ。

 んな訳ないって、って、私は余裕こいて笑ってたけど‥‥。

「あはははは‥‥‥‥さ、閉めるか‥‥」

 私はクルッて、身を翻して、閉店!の看板をさげようとした。

 =キャ、キャロル! 冗談だって、そんな事ある訳ないじゃない!=

「‥‥‥‥うー‥‥まあね‥‥」

 =二十年間、欠かさずやってきたのが、この お食事所”火竜亭”の自慢なんだって、い つもおじさん、言ってたじゃないか= 

「‥‥うぅ‥‥」

 嫌な店の名だ。でも、まあいいや。

「‥‥そだね」

 私は、機嫌を直してまた座ろうとした‥‥。 

 そん時‥‥。

 うわっははは‥‥‥って、笑いながら、入って来た男の人が一人‥‥二人‥‥三人‥‥たくさん!

「ひ、ひえぇぇ‥‥」

 私は、口を手でおさえながら、もんどり打ってたわよ。

「はっはっは‥‥やあ、この店、開いてんだろ?」

「‥‥‥え、まあ、その‥‥開いてるには、開いてたりするけど、それは見かけ上、そうであって、開いてればいいというものでは‥‥しどろ、もどろ‥‥」

「‥‥え?、何だって?」

 中で一番偉そうな人が、聞き返してきた。そうなの、鎧の様な物を皆、抱えてて‥‥もしかして城の騎士の皆さん?

「あれ?、お嬢ちゃん一人で留守番かい?」

 たはは、また子供扱いされちゃった。

「‥‥あの‥‥どちら様の団体で?」

「ん? 我々は王国の聖騎士団の者だが」

「‥‥‥あはは‥‥随分といらっしゃいますね?」

 七人、八人‥‥もう数えるの嫌に、なっちゃった。

 私はエプロンの前で手を合わせながら、モジモジと上目使いに見上げた。

「午前中に練習試合があってね、早く終わったのはいいんだが、この暑さで店が閉まってて、困ってたんだ」

「‥‥はあ‥‥」

 とりあえず、私はコップにお水を入れて出した。

 コトッて、置いた途端に、近くに座ってた人が、

「‥‥でも、さすが火竜亭。こんな時でもやってんだからな。」

 なんて、言ってきた。

「‥‥はあ‥‥‥その様で‥‥」

 で、私は全員に配り終わった事を確認してから、知恵者‥‥じゃなくて、知恵猫のリップに、一目散に聞きに行ったの‥‥。

「リ、リップ!、ね、どうしよう!」

 私がドカドカ足踏みして、困ったぁーって事をアピールしてるのに、リップはのんびりあくびなんかしてる。

 =だから、言ったじゃないか=

「‥‥リップが変な事言ってたから、本当になったんじゃない」

 =‥‥いやあ、偶然てあるもんだね=

 さらに追い打ちで、手をペロペロなめてる。

「‥‥悠長な事、言ってる場合じゃないんだ ってばぁ!」

 =と、言っても、僕は人間の食べ物なんて、知らないし‥‥=

「そ、そんな冷たい事、言わないでさ」

 私はリップに火竜亭のメニューの書いてある。紙を広げて見せた。

 =‥‥ふーん‥‥‥=

「どうにかなりそ?」

 =いや、さっぱり。だって、僕は字が読めないし‥‥=

 私は、ありゃ!って、前のめり。

 =‥‥‥じゃあさ、キャロルでも何とかなりそうな奴だけ残して、後は、材料がきれてるとか、適当な事言って、ごまかしちゃえば? うまく言えば、それだけで嫌になって帰っちゃうかもしれないよ=

「な、なるほど‥‥‥」

  この際は、どんな非情な手段を使ってでも、この危機を乗り越えなければならない。

 しかし、リップは相変わらずサエてる。感謝、感謝‥‥。

「えっとー‥‥‥」

 私はさっそく、上から順に消去していった。これも駄目、次のも駄目‥‥。その次も‥‥。

「あはは‥‥こりゃ、駄目だ‥‥」

 程なく、白地に黒のインクで書かれてた紙は、ほぼ真っ黒になってしまった。でも、全部じゃない。それに賭けるしかない。

 私は、その紙を持って、調理場から、騎士さん達のいる所まで、テテッて、走ってった。どぞ‥‥って、見せたけど‥‥。

「‥‥‥‥‥‥」

 一目見た瞬間、皆、黙りこくっちゃって‥‥。そんなに悩む程、種類は多くないんだけどな‥‥。(多くない所か、一個しかない)

「‥‥お嬢さん‥‥少々伺いますが、出来るのはこれだけですか?」

「はい、申し訳ありません、何しろこの猛暑ですので、朝に仕入れた材料が、わずか三時間で腐ってしまったものでぇ‥‥えへへ」

「‥‥むう、それなら、仕方がないか‥‥」

 騎士さん達全員、唸ってる、唸ってる。これだったら、他の店に行ったほうがいいんじゃなーい?、ね、そうしようよ(ごめんね、店長。でも二十年の間、積み重ねてきたものは守ったから、許してね)

「‥‥仕方ない、俺はこれでいい‥‥」

「へ?」

「じゃ、俺もこれ‥‥」

「‥あ‥‥え‥‥う‥‥」

 私はおたおたして人数を数えた。 何という、食への執念。騎士団、恐るべし‥‥。

 私はスタタタタっと、調理場に戻ると、リップの顔に迫った。

「か、帰らない、どうしよう?」

 =‥‥‥キャロル、たまには自分で考えてみたら? 僕は忙しいんだけど‥‥=

 猫にとって、日なたぼっこは大切な日課。それは良く知ってるけどね、でもでも‥‥。

=それってさ、キャロルでも、作れる奴なんでしょ? だったら何も問題はないよ= 

「‥‥‥それは‥‥そうだけどぉ‥‥」

 しかし、さすが騎士団の団結力は強いらしくて、頼んだものも一緒(当たり前か)。まあ、助かるんだけど‥‥。

 さあ、どうしよう。


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