「‥‥ジェイレン、貴様‥‥誰のおかけでここで‥‥‥‥ぐおっ!」
ジェイレンたら、行動がいきなり。やれやれって、いつものやる気なさげな表情のまま、ジュリアスの頭に、酒瓶をぶつけた。
瓶は割れなかったけど、その分、凄く痛そうである。うぎゅうーと言う、正体不明な声を立てて、ジュリアスさんは倒れちゃって‥‥。
「‥‥‥全く、しょうがないな、こいつは‥‥」
ジェイレンは、ジュリアスさんをバルコニーまで引きづって、そこの椅子に乱暴に寝かせた。
「‥‥で、キャロル」
急に話を振られて、私は背筋がピンってなった。
「な、なーに?」
「何で、こんな所にいるんだ?‥‥しかも‥ ‥その‥‥何て言うか‥‥」
そこまで言って、ジェイレンは私から目を逸らして、照れた様に頭をかいてる。
「‥‥実は、カクカクシカジカ‥‥‥」
私は、事の顛末を説明しようと、難しい顔で、ジェイレンの耳にささやきかけたけど‥‥。
「‥‥‥あのよ、だから、それじゃ分かんないって‥‥」
ジェイレンは相変わらず、物分かりが悪い。私は、伸びてるジュリアスさんを無視して、人気のないバルコニーで、説明し直した。
「‥‥魔法でね‥‥そんな事も出来るんだな‥‥」
「‥‥ふふふ、私をあんまり子供扱いしない方がいいよーだ!」
べーって、顔をしかめて、舌なんか出してみる。
でも、ジェイレンはちょっと、笑っただけ。
「しかしよ、こんな夜会に、魔法使いなんかいないと思うぜ。
「‥‥‥‥そうかもね」
そんな気はしてた。
「その割には、楽しそうだな」
「‥‥そかな‥‥」
そう言えば、あんまり残念な気がしない。なぜなのかな?
「‥‥しかし、こいつがキャロルをねえ‥」
柵に手をかけて寄り掛かったまま、ジェイレンが後ろを向いたんで、条件反射で私も振り向いた。
こいつって言うのは、もちろんジュリアス王子。舌を出して完全に伸びてるけど、こんな事していいのかなぁ‥‥。
ま、いいかァ‥‥。
「どお、見直したでしょ?」
私はスカートの裾を持って、クルッて、一回転。膝の辺りまでフワッと持ち上がった。
「‥‥まあ、馬子にも衣装って言うからな」
「‥‥‥誰が、馬よ‥‥」
全く‥‥兄と違って、何て、口が悪い‥‥。
ふん!って、鼻を鳴らした。それから、空を見上げてみる。
今晩は綺麗な満月。結構、あの黄色い光、好きなんだ。
特に今は、見てると、頭がクラクラしてくる。これって、どらごんの特性だったかな?(違うってば!)。
どうしたのかなって、ほっぺに触ってみれば、やっぱりいつもと違う。
ね、どうして、どうして、こんなに顔が火照ってるの?
「‥キャロル‥‥あ、あのさ‥‥‥‥」
「‥‥‥?」
私が、んあ?って、視点を元にもどせば、ジェイレンが何か言いたげにしてる。いつも、スパッスパッと、言わなくてもいい事まで言ってくるのにさ、どうしたんだろう‥‥。
「‥‥あのさ‥‥せっかくだから、その‥‥‥お、踊らないか?」
「‥‥‥‥‥」
ジェイレンは、そこまで言って、暑い、暑いって感じで、手の平で、ぱたぱたと仰いで、横向いちゃってる。
「‥‥ほうほうほうほう‥‥」
何て言ってるけど、別にこれは鳩の真似してるんじゃなくて、ほう‥‥‥って言いながら、私はジェイレンの顔を正面に捕らえ様としてるだけ。つまり、のらりくらりと私の執拗な追撃を避けてるって訳よ。
「‥‥な、何だよ‥‥」
「ふーん‥‥ま、いいでしょ」
サッて腕を組んでね、ジェイレンを引っ張ったけど、久しぶりに、引っ張られたんじゃなくて、引っ張ったんだよね。
そんで、広間の真ん中の辺りまで引きずってくる。
緩やかな音楽に乗って、クルクル踊っているのは、誰も彼もが、絵に描いた様な、美男、美女揃いで‥‥‥え‥‥っと‥‥さて、私はどうしようか‥‥。
「えへへへへ‥‥ささ、帰ろ‥‥‥」
「ちょい、待てや!」
「ぐえっ」
えへって笑って、事無きを得ようとした私は、(つまり、そのまんま、廻れ右をして帰ろうという、遠大な計画‥‥)襟首を掴まれちゃってね、窒息しそうになったわよ。
「‥‥う、あう‥‥あ‥‥」
私は、掴まれて手足をバタバタさせてる。 気にも止めてなかったけど、今までずっと広間の隅で、音楽を鳴らしていた二十人位の楽団がいた様で(皆、肩から、チェックの模様の布を付けてて、同じ柄のベレー帽なんか被ってる)‥‥。
真ん中で立って、棒を振ってるヒゲのおじさんが、こっちに気づいたらしく、私と目があったら、笑い返してくれた(こういう人が素敵なおじさんて言うのかな)。
私は、こんちわって、手を閉じたり開いたりしながら、はは‥‥何て間抜けに笑ってたけど、そしたらね‥‥。
「‥‥‥あ、ありゃ?」
そのおじさんが、棒を高く上げて、サッと降ろした途端に、曲調が、ガラッと変わっちゃった。
「‥‥‥まいったな‥‥」
ジェイレンも狼狽してる。
それがバイオリンを主旋律にした、ゆったりとした曲で‥‥。
まさに、ムード満点! 真夏の夜の夜会は、雰囲気が、がらっと変わっちゃった。
「さ、立って、立って」
ジェイレンに言われるまま、私は広間のど真ん中を(よくよく考えてみれば冷や汗ものよね、ひえー‥‥私は、何て恐れ多い事を‥‥)、操り人形みたいにヒラヒラ踊らされる。「そう、そう、右足を次に、左に回して‥‥ お、うまいじゃん‥‥」
「‥‥‥はは‥‥‥‥」
ジェイレンは無神経で、もうその場に馴染んでるみたいだけど、私はもう、目の前が真っ白になっちゃってさ‥‥。頭もふらふらしてる。
右に、左に、景色が変わる中、ナルの驚いた顔もそこにあった様な‥‥。
「‥‥‥は!」
って、気づいた時には、ついさっきまで、こうこうと焚かれていた明かりが、薄暗くなるまで落とされてる。
そして、上の方から、真直な白い光が私達に当てられて‥‥。
「‥‥な、何なの‥‥?」
「‥‥うーん‥‥」
ジェイレンも唸ってる。
「これも、世の中の七不思議の一つって奴で、どうやら、キャロルが、今夜のダンスクイーンに選ばれた様だな。いつもだったら、兄貴のお気に入りがそうなるんだが」
「‥‥‥‥」
私はもう、顔が、目の色に負けない位、真っ赤。心臓が口から、うげって、飛び出しそうになってる。
「‥‥‥‥うげ‥‥‥」
「‥‥はあ、何?‥‥」
ジェイレンは口をモゴモゴさせてる私の顔を、ドアップで覗き込んできた。
こうして見ると、ジェイレンも案外‥‥。
「うげえぇぇぇ!」
「どあっー!」
ジェイレンは、至近距離からモロに食らって、後ろにのけぞった。
そして、ざわっという、また空気の変わった音が‥‥。
「し、しまった‥‥」
もしかして‥‥いや、もしかしなくても、これはアルコールをがぶ飲みしたせい。でも、よりによって、こんな時に‥‥。
「‥‥だあ、汚ねえなぁ!」
「‥うぅ‥‥だって‥‥‥」
私が第二発目を発射しそうな顔をしてたんで、ジェイレンは倒れたまま、蜘蛛の様にカサカサと後退した。
しかし、こんな時で良かったのかも‥‥辺りが、薄暗いのがもっけの幸い‥‥。
私も、ガサガサとゴキブリの様に隅に行こうとしたけど、上からの光が、私を追いかけて来るじゃない。
「ちょ、ちょっと、やめてよ!‥‥おえ」
側にいた人が、叫びながら離れてった。
このままでは、とんでもない事に‥‥。
「‥‥う?」
いつの間にか、広間の中は、騒然としてる。やはり、暗いってのは、人間の本能的恐怖をかき立てる様で、わめきながら走り回ってる人達が、あっちこっちでぶつかったりしてる音や、皿なんかが割れるけたたましい音が鳴り響いてる。
人間なんて、脆いもんだわ‥ふっ‥‥‥何て、余裕をこいてみたけど、騒ぎの原因は私にある様だし(しかし、私のゲロはそれ程のもんかぁ?)、そうも言ってられないのも事実。
ここは逃げの一手。さっさと帰って知らんぷりしてよ‥‥。
出口かなって思う方に、這いずって行くと‥‥。(頭の上を何か飛んでったり、ムニッという柔らかいものを、踏んづけたりして‥‥地獄の荒野って、こういうもんなの?)だんだん明かりがともってきた。
「あ、あれ?」
私って、こんなに方向音痴だったかなって、首をかしげる。
正面にはバルコニー。つまり、出口と反対だったって訳で‥‥。
「わっ!」
すでにゴミの山と化した、床の上から、ズボッと、誰かの顔が出てきた。
「‥‥あはは‥‥げ、元気そうですね‥‥」
ジュリアス王子の顔はいつ見てもりりしいんだけど‥‥。
「おお、戻って来てくれたのか、私の美しい人!」
「‥はは‥‥」
なんだかなぁ‥‥。
そん時、また別の見知った顔が上から降ってきて(もう、今日は並大抵の事じゃ、驚かないもんね)‥‥。
「いいから、お前は、寝てろ!」
バキッて、ジェイレンに酒瓶で殴られて、ジュリアスはまたゴミの山に埋もれた。
だから、さっきからそんな事していいのかな‥‥。
「‥‥ジェイレン‥‥‥」
「‥ったく何なんだ。メチャクチャじゃないか‥‥‥」
「だって‥‥私のせいじゃないもん‥‥」
「あのなっ!」
そこに、ぐおーっ!とか言ってどっかのおじさんが殴りかかってきたけど、ジェイレンは振り向きもしないで、手をあげた。おじさんは勝手に頭をコーンって打って自爆。
「しゃーない、帰るか」
「え、帰るって‥‥ここがジェイレンのお家でしょ?」
「いやー‥‥ここはどうも落ちつけない。やっぱりあのボロ屋が一番だな」
「ボロ屋ねえ‥‥」
言い返せないんだな‥‥事実だし‥‥。
「‥‥‥‥ジェイレンってさ、お兄さんと仲良くないの?」
「そんな事ないさ、うまくやってるよ。兄貴はいずれ王になる身。俺は一人で勝手にやってるさ。波風を立てない様にね。こうして出たくもないこんな所まで来てるし」
「‥‥‥‥‥」
ぶん!‥‥何て音を立てて、何か飛んで来たんで、顔を伏せると、後ろの壁にべちゃっと元は、食い物らしき丸い物が‥‥。
「全く、いい加減にしてほしいよな。これじゃ、どこにも行けないじゃないか」
ジェイレンはテーブルを立てて、バリケードを作った。
「おえっ‥‥」
ジェイレンの顔を見てたら、また吐きそうになったけど、これって、さっきの事があったんで、そのせいかも‥‥。
「‥‥吐くんだったら、ここで吐いちまった方がいいかもよ‥‥これだけ散らかってる んだ、分かりゃしないよ」
「‥‥‥‥何か、今日は優しいんだ‥」
「あのね、俺様は、いつでもそうなの!」
「‥‥ふーん‥‥いつでもねぇ‥‥‥」
絶対、それは嘘と思うんだけどさ。‥‥でも、いつもっては言わないけど、たまにはそんな時があるのかも‥‥。ううん、もしかして、私の知らない、意外な一面があったのかも‥‥。
「しかしさ、ずっとその姿のまんまなのか?」
「‥‥たぶん、時間がたてば、自然に元に戻っちゃうと思うんだけど‥‥どうして?」
「‥‥‥いや‥‥別に‥‥」
私と目が会ったジェイレンは、わざとらしく、視線を逸らした。
「ね、どうして、どうして?」
何だか凄っごい興味ある。こうなったら、徹底追求しかない。
「だから、何でもないって」
「‥‥あ、そう!」
あまりにもそっけないんで、私の好奇心はヘナヘナとしぼんでいく。
口をとがらせて、黙っちゃった。
「‥‥‥ま、悪くないかな‥‥」
「え?」
目を離した隙に、またジェイレンは、ぼそっと呟いた。
「ねー、ねー、もう一回、言って!」
「何を?」
「むう!」
本当にすっとぼけた顔してたんで、私は、頬を膨らませた。
そんな折りも、折り。バリケードの中に、避難民が雪崩込んで来た。
「‥‥‥すみません‥‥」
結構、綺麗所のお姉さん(ここにいる人は皆、私より年上だからさ)。
その人は入って来るなり、場違いな、丁寧な、お辞儀をして、笑いかけてきた。
「誰かと思えば、ジェイレン王子じゃありませんか。」
「えっと‥‥誰だっけ。俺はどうも人の名前を覚えるのは苦手で‥‥。」
「‥‥お忘れですか? 小さい時、一緒に遊んだのに」
「あ、ああーもしかして‥‥」
私は、むかむかむかむかぁ‥‥しながら、隣で怒り目になりながらも、黙って聞いてたわよ。
まあ、怒る理由もないんだけど‥。
「ジェイレン様、ここは危ないですから、何処かに移りませんか?‥‥」
ちょっと‥お家に帰るんじゃなかったの? 私は、笑ってたけど、口の端がピクピクけいれんしてた。長い八重歯が、キラッと光ってる。
「あははは‥‥‥」
いい人には違いなさそうなんだけど、なんかむかついてしょーがなくって‥‥。
私はね、秘蔵のルージュの口紅を取り出してさ、自分の口にぐぐっと塗りたくって‥。 それから、ジェイレンに気づかれない様に、バフッ!って、背中に跡をくっつけたの。
うわぁ‥‥て程、くっきりと‥‥‥でも私、悪くなんかないもんね。
「‥‥じゃーね、ふん!」
私は、すたたって、そっから、飛び出した。気持ち悪いのはおさまってたんで、まともに走れる。
ナルの事をすっかり忘れて、馬車のある所まで走ってたんだけど、そこに行ったら、目が点。只のかぼちゃに戻ってる(踏んづけたの誰?)じゃないの。もう一度、魔法かけなおす気力もなくって、私はとぼとぼ歩いて帰った。
もう、散々!