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ACT10

「‥‥ジェイレン、貴様‥‥誰のおかけでここで‥‥‥‥ぐおっ!」

 ジェイレンたら、行動がいきなり。やれやれって、いつものやる気なさげな表情のまま、ジュリアスの頭に、酒瓶をぶつけた。

 瓶は割れなかったけど、その分、凄く痛そうである。うぎゅうーと言う、正体不明な声を立てて、ジュリアスさんは倒れちゃって‥‥。

「‥‥‥全く、しょうがないな、こいつは‥‥」

 ジェイレンは、ジュリアスさんをバルコニーまで引きづって、そこの椅子に乱暴に寝かせた。

「‥‥で、キャロル」

 急に話を振られて、私は背筋がピンってなった。

「な、なーに?」

「何で、こんな所にいるんだ?‥‥しかも‥ ‥その‥‥何て言うか‥‥」

 そこまで言って、ジェイレンは私から目を逸らして、照れた様に頭をかいてる。

「‥‥実は、カクカクシカジカ‥‥‥」

 私は、事の顛末を説明しようと、難しい顔で、ジェイレンの耳にささやきかけたけど‥‥。

「‥‥‥あのよ、だから、それじゃ分かんないって‥‥」

 ジェイレンは相変わらず、物分かりが悪い。私は、伸びてるジュリアスさんを無視して、人気のないバルコニーで、説明し直した。

「‥‥魔法でね‥‥そんな事も出来るんだな‥‥」

「‥‥ふふふ、私をあんまり子供扱いしない方がいいよーだ!」

 べーって、顔をしかめて、舌なんか出してみる。

 でも、ジェイレンはちょっと、笑っただけ。

「しかしよ、こんな夜会に、魔法使いなんかいないと思うぜ。

「‥‥‥‥そうかもね」

 そんな気はしてた。

「その割には、楽しそうだな」

「‥‥そかな‥‥」

 そう言えば、あんまり残念な気がしない。なぜなのかな?

「‥‥しかし、こいつがキャロルをねえ‥」 

 柵に手をかけて寄り掛かったまま、ジェイレンが後ろを向いたんで、条件反射で私も振り向いた。

 こいつって言うのは、もちろんジュリアス王子。舌を出して完全に伸びてるけど、こんな事していいのかなぁ‥‥。

 ま、いいかァ‥‥。

「どお、見直したでしょ?」

 私はスカートの裾を持って、クルッて、一回転。膝の辺りまでフワッと持ち上がった。

「‥‥まあ、馬子にも衣装って言うからな」

「‥‥‥誰が、馬よ‥‥」

 全く‥‥兄と違って、何て、口が悪い‥‥。 

 ふん!って、鼻を鳴らした。それから、空を見上げてみる。

 今晩は綺麗な満月。結構、あの黄色い光、好きなんだ。

 特に今は、見てると、頭がクラクラしてくる。これって、どらごんの特性だったかな?(違うってば!)。

 どうしたのかなって、ほっぺに触ってみれば、やっぱりいつもと違う。

 ね、どうして、どうして、こんなに顔が火照ってるの?

「‥キャロル‥‥あ、あのさ‥‥‥‥」

「‥‥‥?」

 私が、んあ?って、視点を元にもどせば、ジェイレンが何か言いたげにしてる。いつも、スパッスパッと、言わなくてもいい事まで言ってくるのにさ、どうしたんだろう‥‥。

「‥‥あのさ‥‥せっかくだから、その‥‥‥お、踊らないか?」

「‥‥‥‥‥」

 ジェイレンは、そこまで言って、暑い、暑いって感じで、手の平で、ぱたぱたと仰いで、横向いちゃってる。

「‥‥ほうほうほうほう‥‥」

 何て言ってるけど、別にこれは鳩の真似してるんじゃなくて、ほう‥‥‥って言いながら、私はジェイレンの顔を正面に捕らえ様としてるだけ。つまり、のらりくらりと私の執拗な追撃を避けてるって訳よ。

「‥‥な、何だよ‥‥」

「ふーん‥‥ま、いいでしょ」

 サッて腕を組んでね、ジェイレンを引っ張ったけど、久しぶりに、引っ張られたんじゃなくて、引っ張ったんだよね。

 そんで、広間の真ん中の辺りまで引きずってくる。

 緩やかな音楽に乗って、クルクル踊っているのは、誰も彼もが、絵に描いた様な、美男、美女揃いで‥‥‥え‥‥っと‥‥さて、私はどうしようか‥‥。

「えへへへへ‥‥ささ、帰ろ‥‥‥」

「ちょい、待てや!」

「ぐえっ」

 えへって笑って、事無きを得ようとした私は、(つまり、そのまんま、廻れ右をして帰ろうという、遠大な計画‥‥)襟首を掴まれちゃってね、窒息しそうになったわよ。

「‥‥う、あう‥‥あ‥‥」

 私は、掴まれて手足をバタバタさせてる。 気にも止めてなかったけど、今までずっと広間の隅で、音楽を鳴らしていた二十人位の楽団がいた様で(皆、肩から、チェックの模様の布を付けてて、同じ柄のベレー帽なんか被ってる)‥‥。

 真ん中で立って、棒を振ってるヒゲのおじさんが、こっちに気づいたらしく、私と目があったら、笑い返してくれた(こういう人が素敵なおじさんて言うのかな)。

 私は、こんちわって、手を閉じたり開いたりしながら、はは‥‥何て間抜けに笑ってたけど、そしたらね‥‥。

「‥‥‥あ、ありゃ?」

 そのおじさんが、棒を高く上げて、サッと降ろした途端に、曲調が、ガラッと変わっちゃった。

「‥‥‥まいったな‥‥」

 ジェイレンも狼狽してる。

 それがバイオリンを主旋律にした、ゆったりとした曲で‥‥。

 まさに、ムード満点! 真夏の夜の夜会は、雰囲気が、がらっと変わっちゃった。

「さ、立って、立って」

 ジェイレンに言われるまま、私は広間のど真ん中を(よくよく考えてみれば冷や汗ものよね、ひえー‥‥私は、何て恐れ多い事を‥‥)、操り人形みたいにヒラヒラ踊らされる。「そう、そう、右足を次に、左に回して‥‥ お、うまいじゃん‥‥」

「‥‥‥はは‥‥‥‥」

 ジェイレンは無神経で、もうその場に馴染んでるみたいだけど、私はもう、目の前が真っ白になっちゃってさ‥‥。頭もふらふらしてる。

 右に、左に、景色が変わる中、ナルの驚いた顔もそこにあった様な‥‥。

「‥‥‥は!」

 って、気づいた時には、ついさっきまで、こうこうと焚かれていた明かりが、薄暗くなるまで落とされてる。

 そして、上の方から、真直な白い光が私達に当てられて‥‥。

「‥‥な、何なの‥‥?」

「‥‥うーん‥‥」

 ジェイレンも唸ってる。

「これも、世の中の七不思議の一つって奴で、どうやら、キャロルが、今夜のダンスクイーンに選ばれた様だな。いつもだったら、兄貴のお気に入りがそうなるんだが」

「‥‥‥‥」

 私はもう、顔が、目の色に負けない位、真っ赤。心臓が口から、うげって、飛び出しそうになってる。

「‥‥‥‥うげ‥‥‥」

「‥‥はあ、何?‥‥」

 ジェイレンは口をモゴモゴさせてる私の顔を、ドアップで覗き込んできた。

 こうして見ると、ジェイレンも案外‥‥。

「うげえぇぇぇ!」

「どあっー!」

 ジェイレンは、至近距離からモロに食らって、後ろにのけぞった。

 そして、ざわっという、また空気の変わった音が‥‥。

「し、しまった‥‥」

 もしかして‥‥いや、もしかしなくても、これはアルコールをがぶ飲みしたせい。でも、よりによって、こんな時に‥‥。

「‥‥だあ、汚ねえなぁ!」

「‥うぅ‥‥だって‥‥‥」

 私が第二発目を発射しそうな顔をしてたんで、ジェイレンは倒れたまま、蜘蛛の様にカサカサと後退した。

 しかし、こんな時で良かったのかも‥‥辺りが、薄暗いのがもっけの幸い‥‥。

 私も、ガサガサとゴキブリの様に隅に行こうとしたけど、上からの光が、私を追いかけて来るじゃない。

「ちょ、ちょっと、やめてよ!‥‥おえ」

 側にいた人が、叫びながら離れてった。

 このままでは、とんでもない事に‥‥。

「‥‥う?」

 いつの間にか、広間の中は、騒然としてる。やはり、暗いってのは、人間の本能的恐怖をかき立てる様で、わめきながら走り回ってる人達が、あっちこっちでぶつかったりしてる音や、皿なんかが割れるけたたましい音が鳴り響いてる。

 人間なんて、脆いもんだわ‥ふっ‥‥‥何て、余裕をこいてみたけど、騒ぎの原因は私にある様だし(しかし、私のゲロはそれ程のもんかぁ?)、そうも言ってられないのも事実。

 ここは逃げの一手。さっさと帰って知らんぷりしてよ‥‥。

 出口かなって思う方に、這いずって行くと‥‥。(頭の上を何か飛んでったり、ムニッという柔らかいものを、踏んづけたりして‥‥地獄の荒野って、こういうもんなの?)だんだん明かりがともってきた。

「あ、あれ?」

 私って、こんなに方向音痴だったかなって、首をかしげる。

 正面にはバルコニー。つまり、出口と反対だったって訳で‥‥。

「わっ!」

 すでにゴミの山と化した、床の上から、ズボッと、誰かの顔が出てきた。

「‥‥あはは‥‥げ、元気そうですね‥‥」

 ジュリアス王子の顔はいつ見てもりりしいんだけど‥‥。

「おお、戻って来てくれたのか、私の美しい人!」

「‥はは‥‥」

 なんだかなぁ‥‥。

 そん時、また別の見知った顔が上から降ってきて(もう、今日は並大抵の事じゃ、驚かないもんね)‥‥。

「いいから、お前は、寝てろ!」

 バキッて、ジェイレンに酒瓶で殴られて、ジュリアスはまたゴミの山に埋もれた。

 だから、さっきからそんな事していいのかな‥‥。

「‥‥ジェイレン‥‥‥」

「‥ったく何なんだ。メチャクチャじゃないか‥‥‥」

「だって‥‥私のせいじゃないもん‥‥」

「あのなっ!」

 そこに、ぐおーっ!とか言ってどっかのおじさんが殴りかかってきたけど、ジェイレンは振り向きもしないで、手をあげた。おじさんは勝手に頭をコーンって打って自爆。

「しゃーない、帰るか」

「え、帰るって‥‥ここがジェイレンのお家でしょ?」

「いやー‥‥ここはどうも落ちつけない。やっぱりあのボロ屋が一番だな」

「ボロ屋ねえ‥‥」

 言い返せないんだな‥‥事実だし‥‥。

「‥‥‥‥ジェイレンってさ、お兄さんと仲良くないの?」

「そんな事ないさ、うまくやってるよ。兄貴はいずれ王になる身。俺は一人で勝手にやってるさ。波風を立てない様にね。こうして出たくもないこんな所まで来てるし」

「‥‥‥‥‥」

 ぶん!‥‥何て音を立てて、何か飛んで来たんで、顔を伏せると、後ろの壁にべちゃっと元は、食い物らしき丸い物が‥‥。

「全く、いい加減にしてほしいよな。これじゃ、どこにも行けないじゃないか」

 ジェイレンはテーブルを立てて、バリケードを作った。

「おえっ‥‥」

 ジェイレンの顔を見てたら、また吐きそうになったけど、これって、さっきの事があったんで、そのせいかも‥‥。

「‥‥吐くんだったら、ここで吐いちまった方がいいかもよ‥‥これだけ散らかってる んだ、分かりゃしないよ」

「‥‥‥‥何か、今日は優しいんだ‥」

「あのね、俺様は、いつでもそうなの!」

「‥‥ふーん‥‥いつでもねぇ‥‥‥」

 絶対、それは嘘と思うんだけどさ。‥‥でも、いつもっては言わないけど、たまにはそんな時があるのかも‥‥。ううん、もしかして、私の知らない、意外な一面があったのかも‥‥。

「しかしさ、ずっとその姿のまんまなのか?」

「‥‥たぶん、時間がたてば、自然に元に戻っちゃうと思うんだけど‥‥どうして?」

「‥‥‥いや‥‥別に‥‥」

 私と目が会ったジェイレンは、わざとらしく、視線を逸らした。

「ね、どうして、どうして?」

 何だか凄っごい興味ある。こうなったら、徹底追求しかない。

「だから、何でもないって」

「‥‥あ、そう!」

 あまりにもそっけないんで、私の好奇心はヘナヘナとしぼんでいく。

 口をとがらせて、黙っちゃった。

「‥‥‥ま、悪くないかな‥‥」

「え?」

 目を離した隙に、またジェイレンは、ぼそっと呟いた。

「ねー、ねー、もう一回、言って!」

「何を?」

「むう!」

 本当にすっとぼけた顔してたんで、私は、頬を膨らませた。

 そんな折りも、折り。バリケードの中に、避難民が雪崩込んで来た。

「‥‥‥すみません‥‥」

 結構、綺麗所のお姉さん(ここにいる人は皆、私より年上だからさ)。

 その人は入って来るなり、場違いな、丁寧な、お辞儀をして、笑いかけてきた。

「誰かと思えば、ジェイレン王子じゃありませんか。」

「えっと‥‥誰だっけ。俺はどうも人の名前を覚えるのは苦手で‥‥。」

「‥‥お忘れですか? 小さい時、一緒に遊んだのに」

「あ、ああーもしかして‥‥」

 私は、むかむかむかむかぁ‥‥しながら、隣で怒り目になりながらも、黙って聞いてたわよ。

 まあ、怒る理由もないんだけど‥。

「ジェイレン様、ここは危ないですから、何処かに移りませんか?‥‥」

 ちょっと‥お家に帰るんじゃなかったの? 私は、笑ってたけど、口の端がピクピクけいれんしてた。長い八重歯が、キラッと光ってる。

「あははは‥‥‥」

 いい人には違いなさそうなんだけど、なんかむかついてしょーがなくって‥‥。

 私はね、秘蔵のルージュの口紅を取り出してさ、自分の口にぐぐっと塗りたくって‥。 それから、ジェイレンに気づかれない様に、バフッ!って、背中に跡をくっつけたの。

 うわぁ‥‥て程、くっきりと‥‥‥でも私、悪くなんかないもんね。

「‥‥じゃーね、ふん!」

 私は、すたたって、そっから、飛び出した。気持ち悪いのはおさまってたんで、まともに走れる。

 ナルの事をすっかり忘れて、馬車のある所まで走ってたんだけど、そこに行ったら、目が点。只のかぼちゃに戻ってる(踏んづけたの誰?)じゃないの。もう一度、魔法かけなおす気力もなくって、私はとぼとぼ歩いて帰った。

 もう、散々!


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