インソニアは、悪魔と聞いて不敵な笑みを浮かべるクオ・ヴァディスの態度を見て頼もしさを感じると共に強い罪悪感を覚えた。自分は悪魔を見て震えあがったというのに、この男はものともしない。これが英雄と凡人の差なのだろうか。英雄パルミーノに憧れていたのに、自分は彼の隣に釣り合うような人間ではなかったのだ。
「さすがですね……私は悪魔を見ただけで恐怖に負けて安全なところに逃げ、町の人達を見殺しにしてしまったのに」
俯き、苦しげに言うインソニアに対し、クオ・ヴァディスは努めて明るい声で慰めの言葉をかけた。
「何を言っているんだい、もし君が無謀にもブリテインの連中に立ち向かって命を落としていたら、町の被害も大して変わらないし私達もあの悪魔に身体を奪われていただろう。勝算もないのに戦うのは勇気とは言えないよ」
慰めの言葉ではあるが、クオ・ヴァディスの本心でもある。実際、あのまま戦っていれば悪魔の能力で自分は命運を絶たれていたと確信している。悪魔というものは、そこらのモンスターとはわけが違うのだ。
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強力な力を持つ
「ですが、私は妨害行動で敵の侵略を遅らせることもできたのに、ただ家族と知り合い数人を安全な場所へ逃がすことしかしませんでした。結果がどうあれ、最善を尽くさなかった私は犠牲になった多くの人達に顔向けできません」
「家族を守れたんだ! すげーじゃねえか」
自責の言葉を続けるインソニアだったが、ルドルフが称賛の声を上げた。大切な家族を見捨てて逃げることしかできなかった彼にとって彼女の行動は掛け値なしに素晴らしく感じられたのだ。
「そうだな。君が無理をして命を落としていたら、生き延びた家族や知り合いが悲しむだろう。救える人を救ったんだ。君は理想的な行動はできなかったかもしれないが胸を張っていいだけの成果をあげている。もう自分を卑下するのはやめなさい」
二人がかりでインソニアを落ち着かせ、過去の反省は終わりにして悪魔クレヴォーへの対策とロイを救う手立てを考えようという話になった。
「クレヴォーは人間の身体を奪い、その人物が
まずクオ・ヴァディスが述べた分析に、インソニアは納得の表情を浮かべて頷き、ルドルフは理屈が分からずに首を傾げた。
「なんでそれがクレヴォーが弱い理由になるんだ?」
「簡単なことだよ。悪魔は神と対立して地の底に封印されたモンスターだから、それが女神の技を自由に使えるというのは奇跡にも等しい秘技となる。
「それに、本体が強かったらわざわざ人間が使っている技なんか奪う必要がありませんからね」
クオ・ヴァディスの説明は論理的な推論だがルドルフにはいまいち伝わらない。だがインソニアの補足を聞いてすぐに納得できた。
「ああ、そっかあ!」
素直に膝を打つルドルフを微笑ましく見ながら、クオ・ヴァディスが話を続ける。
「悪魔は人間の問いに嘘を吐けない。とはいえ嘘にならない程度にこちらを混乱させるようなことを言ってくるだろう。大切なことは、何を聞いても絶対に断言しないことだけがそいつの弱点ということだ」
人間が召喚された悪魔と戦う時、一定のセオリーが存在する。
「とにかく冷静に問いかけを続けて、攻略の糸口を掴むまでは安易に戦闘をしないようにしなければならない。これが非常に難しいんだ、悪魔は人間の感情を逆撫でするのが好きだから。しかも今回はロイが人質になっている。ルドルフが感情的にならないというのは無理があるだろう」
「オイラは……うん、冷静になんかなれねえ。だから目の前が見えなくなっちまったらどうにか止めてくれよ、さっきの泥に沈めるやつとかで」
「分かりました。ルドルフさんの暴走を止める役目は私にお任せを」
どう考えてもクレヴォー退治は冷静なクオ・ヴァディスが適任だ。だがルドルフが同行し、問いかけも行わなくては有効な反応が得られない可能性が高い。クレヴォーにとって最も〝煽りがい〟のある人間はルドルフに他ならないからだ。
「よし、それじゃあ方針も決まったし悪魔退治に向かうとするか!」
クオ・ヴァディスが力強く言うと、ルドルフとインソニアもやる気に満ちた顔で立ち上がるのだった。