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第8話 思わぬ提案

 折り畳み机に向かい合って座る2人は、壮太の成績表を見つめ色々と話し合っていた。

「本当に、いいんですか。こんなことまでしてもらって……」

 困惑する壮太に要は、微笑んで告げる。

「俺が、何かしたいって思ったんだ。発言に責任はとらないと」

「要さん……」

 落ち着いた壮太は、自分の今の状況を要に色々と説明してくれた。そんな壮太に、要は何か力になれることないかと申し出てくれたのだ。

 その言葉を聞いて壮太が持ち出してきたのが、去年の成績表だった。

「にしても、これは厳しいね」

 壮太の成績表を見て、要は苦虫を噛み潰したような顔になる。

「去年の夏頃に母が倒れて、それから色々と大変でしたから……」

 壮太も力なく俯いてしまった。

 壮太の成績は、1学期ごろは中の上ぐらいの順位にあった。

 特に国語や社会系は得意らしく4、5の評価が並んでいる。数学はやや苦手なのか3だった。でも、英語の成績は5だし、体育に至っては特に優秀だと評価欄にコメントまであるぐらいだ。

 それが、2学期になってからは急降下。

 苦手だった数学は軒並み1か2の成績に転落し、得意である国語や社会も3か2の点数しか取れなくなっている。かろうじて英語だけは4の成績を保っている状態だった。

「今は生活のためにバイトもしてて、勉強する時間がなかなか取れないんです。でも、なんとか追いついてはいる感じなのかな……」

「それ前から気になってた。進学校なのに、バイトして平気なの?」

「先生たちが特別に許可してくれたんです」

「先生たちが……」

 その言葉に、要はふと違和感を覚える。

 今まで、壮太は周囲に医者になる夢を反対されていると嘆いていた。でも、バイトを許可した教師たちは、壮太のことを気にかけているようにしか思えない。

 壮太の周囲にいる大人たちは、もしかしたら壮太のことを想って医者になることを諦めろと言っているのではないか。要はそう思い始めていた。

「生活費はバイトで賄ってる感じなのかな? お母さんの入院費はどうやって工面してるんだい」

「それは、国のΩ保護政策の助成金で何とかなってます。俺たちΩは社会的に弱い地位にあるからって、いろんな支援が受けられるんですよ」

「なるほど……」

 国が困窮するΩのために様々な福祉政策を実施していることは要も知っている。その政策による助成金により、壮太の母親の入院代などはなんとかなっているようだ。

「でも、俺も働ける年齢ですからね。生活費の足しにって国からお金は貰ってますけど、それもほんの数万円です。そのお金だけじゃ、生活できなくて」

「君のお父さんは、君たち親子がそんな苦しい状態でも何もしないのか……」

「はい。頼れる親戚もいないし、今はこの生活が精一杯なんです。俺のことを経済的に助けたいって友人はいるけど、そいつもαで……」

 そう言って、壮太は暗い表情を作り俯く。

「友達でも、αには助られたくないってこと?」

「いいヤツですよ。あいつのお陰で、俺はαを憎まなくていい人生を送れたと思ってるぐらい俺のことをよく扱ってくれます。だから、余計に頼れないんです」

 壮太の言葉に、要は何も言えなかった。

 おそらく彼の周囲の大人たちは、彼が生活に困窮しているために医者になることを諦めるよう言っているのだ。

 そして、そんな壮太を助けようとしているαの友人もいる。彼の周囲の人々は、彼に救いの手を差し伸べようとしているのだ。

 なら、自分にできることは何だろうと要はじっと考えていた。

 そんな要を見つめながら、壮太は自嘲を浮かべる。

「今の状態だと、大学に行くのだって難しいですよね。それなのに医者になりたいだなんて、俺はなんて変なこと言ってるんだろう。守にまで迷惑かけて、バカみたいだ……」

「君は、バカなんかじゃないよ」

 そんな壮太に、要は凛とした声をかけてきた。

「え?」

「教えてくれないか。君は、どうして医者になりたい?」

 要の言葉に、壮太は真剣した様子で口を開く。

「笑われると思いますけど、俺みたいにΩであるせいで苦しんでる人を助けたいんです。今は何ともないけど、発情期になると本当に薬なしで生活できなくなる。でも、中にはその薬すら政府の援助を受けないと買えない人がたくさんいるんです。そんな人たちを、何とかしてあげたい……」

 語り終え、壮太はそっと目を伏せる。要は深く息を吐いて、壮太にこう告げていた。

「壮太君、俺と一緒に住まないか? 君の面倒は俺がみる」

「え?」

 要の言葉に、壮太は大きく目を見開く。そんな壮太の手を要は強く握りしめていた。

「君の周囲の人たちが、君のためを思って色々としてくれていることが話を聞いていてよく分かった。そして、君がその人たちの優しさに甘えずにここまで来たことも、とてもえらいことだと思う。でも、周囲の人に少しは甘えていいんじゃないかな」

「それは……」

「俺は君の力になりたいんだ」

 だが、要の提案に壮太は難色を示した。

あたりまえだ。数日前に知り合ったばかりの人物と一緒に同居する人間なんていない。

 でも、このときの要は本気だった。本気で、壮太のために何かしたいと心の底から思っていたのだ。

 困った様子の壮太に、要は力強い口調で続ける。

「君の面倒は、俺が責任を持ってちゃんとみる。だから、俺を頼って欲しい」

「要さん……」

 壮太は要に困惑した眼差しを送るばかりだ。そんな壮太を、要は真摯な眼で見つめ続けた。


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