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第9話 元彼氏候補の憂い

 週明け。職場である塾のオフィスにやってきた要はデスクに座るなり、大きなため息を吐いていた。

「俺……自分より年下の男の子になに言ってたんだ……」

 ぐったりと机に突っ伏し、要はまたもや盛大にため息をつく。そこに、長身で細身の男性がカップを持って近づいてきた。

「ほら、コーヒーでも飲んでリフレッシュしろ」

 細長い眼に笑みを浮かべ、その人物は要に微笑みかける。

 そっと自分の横に置かれたコーヒーを眺めながら、要は笑みを浮かべた。

「ありがとう。小林」

「いいってことよ……」

 照れた様子で小林は、もう片方の手に持っていたコーヒーのカップに口をつける。要もまた、起き上がりコーヒーを口に含んでいた。

 ほんのりと苦いコーヒーを味わっていると、気持ちが落ち着く。

「で、何があったんだ? その様子だと、まーた女と何かあったか?」

 ニヤニヤしながら、小林は要に質問する。

「いや、いや男子高校生に同棲しようって提案しちゃって……」

「ぶっ!」

 要の言葉を聞いて、彼は盛大に飲んでいたコーヒーを吹き出していた。

「いや、ちょっと待て! 女子高校生ならわかるけど、男子高校生⁉ お前って、ゲイだっけ?」

「いや、ファーストキスの相手は初恋のお前だぞ」

「そうだった。俺たち、そういうとこまで言った仲だった……」

 要の冷静な言葉に、小林は納得した様子で返す。

「でも、倫理的にアレじゃないか。その子、どう考えても未成年だし、親御さんはなんて言ってるの? というか、学校とかちゃんと行ってるのか?」

「いや、親が入院中で今一人暮らししてるんだ、その子。それで、何とかしてあげたくて」

「なにその不憫な子? 国の福祉課は? その……支援とか色々と受けてないのか?」

「親がΩなんだ。その関係で、色々と援助は受けられてる。でも、それでも生活が苦しくて、バイトしながら学校に行ってるんだ。このままじゃ、進学も難しいかも」

「うわー、積んでるな色々と……。その子の周りの大人は何してるのよ?」

 呆れた様子で、小林が呟く。

 その言葉に、要は壮太のある言葉を思い出していた。

「ごめんなさい。ちょっと考えさせてください――」

 昨日の夜、そういって壮太は要の提案に同意することはなかった。あたり前だ。他人と一緒に生活をしようと言われて、それをすんなりと受け入れられる人間は少ない。

 もし要が壮太の立場だったら、本当に困り果ててしまう所だ。

 でも、今の壮太は誰かを頼らないといけないところまで来ている。それでも、彼は差し伸べられた手を掴もうとはしない。

「頑張り屋さんなんだ。だから、誰かの頼りになるのが嫌なんだろうな」

「うわー、誰かさんに似てるなー。お前がほっとけない訳だ」

「やっぱりそう思うか?」

 小林の言葉に、要は苦笑していた。

 要もかつて、色々と大変だった時期がある。そのときにいつも傍にいてくれたのが、幼馴染の小林だった。

 その関係で、彼とは恋愛関係すれすれのところまでいったことすらある。

「お前がいてくれたから俺は何とかなったけど、お前がいなかったらどうなってただろうな……」

 悔しかった大学卒業直後の自分を思い出す。大きな挫折を味わった要の傍に、小林はいつも寄り添ってくれた。

 だからこそ要にはわかる。今、壮太には寄り添ってくれる存在が必要なのだと。

「なあ、お前ってやっぱりαじゃないのか?」

 小林が漏らした言葉に、要は不思議そうに首を傾げる。

「なんか、その男子高校生にも似たようなこと言われたよ。俺って、そんなにβに見えない?」

「まあ、そういう俺も、Ωぽいってよく言われるけどな。なんか、ゲイからしてみると俺ってネコみたいなタイプなんだって」

「じゃ、俺は?」

「タチ。ちなみに俺は抱かれる方で、お前は抱く方な」

「なんだよ、その隠語……」

「タチならタチでネコを可愛がってれってこと。その子、寄りかかる場所がないと持たないぞ。ボキッと折れてどうなるか分からなくなる」

「そうだな。だから、意地でも傍にいるつもりだよ」

 小林の言葉に、要は苦笑していた。

「でも、その子と付き合うつもりはないよ。俺にとっては、弟みたいなもんだし」

「そうか? 相手にとっては、違うかもしれないぞ」

 ニヤリと小林がイヤらしい笑みを浮かべる。その笑みを見て、要は壮太の潤んだ眼差しを思い出していた。

「でも、要さんだったらいいです。付き合う」

 そういった壮太の姿を思い出してしまう。壮太の縋るような眼差しを受けて、要はどうしたらいいのか困惑することしかできなかった。

心のどこかで、それもいいかもしれないと思っていた自分がいるのだ。

 要に、小林が真剣な眼差しを向けてくる。

「お前もさ、そのこの子のことどう思ってるか真剣に考えた方がいいぞ。一緒に住もうとしてるならなおさらな」

小林の言葉に、要は静かにうなずいていた。

「そうだな。お前のいうとおりだ。彼のためにもちゃんと、その辺は考えないと」

「そう。それでこそ、俺の元カレ候補ってもんだよ」

「なんだよ、元カレ候補って?」

 ニヤリと笑う小林に、要は尋ねる。

「彼氏になり損ねた元彼氏候補って意味」

「あっそ!」

嬉しそうに告げる小林に、要は苦笑していた。



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