週明け。職場である塾のオフィスにやってきた要はデスクに座るなり、大きなため息を吐いていた。
「俺……自分より年下の男の子になに言ってたんだ……」
ぐったりと机に突っ伏し、要はまたもや盛大にため息をつく。そこに、長身で細身の男性がカップを持って近づいてきた。
「ほら、コーヒーでも飲んでリフレッシュしろ」
細長い眼に笑みを浮かべ、その人物は要に微笑みかける。
そっと自分の横に置かれたコーヒーを眺めながら、要は笑みを浮かべた。
「ありがとう。小林」
「いいってことよ……」
照れた様子で小林は、もう片方の手に持っていたコーヒーのカップに口をつける。要もまた、起き上がりコーヒーを口に含んでいた。
ほんのりと苦いコーヒーを味わっていると、気持ちが落ち着く。
「で、何があったんだ? その様子だと、まーた女と何かあったか?」
ニヤニヤしながら、小林は要に質問する。
「いや、いや男子高校生に同棲しようって提案しちゃって……」
「ぶっ!」
要の言葉を聞いて、彼は盛大に飲んでいたコーヒーを吹き出していた。
「いや、ちょっと待て! 女子高校生ならわかるけど、男子高校生⁉ お前って、ゲイだっけ?」
「いや、ファーストキスの相手は初恋のお前だぞ」
「そうだった。俺たち、そういうとこまで言った仲だった……」
要の冷静な言葉に、小林は納得した様子で返す。
「でも、倫理的にアレじゃないか。その子、どう考えても未成年だし、親御さんはなんて言ってるの? というか、学校とかちゃんと行ってるのか?」
「いや、親が入院中で今一人暮らししてるんだ、その子。それで、何とかしてあげたくて」
「なにその不憫な子? 国の福祉課は? その……支援とか色々と受けてないのか?」
「親がΩなんだ。その関係で、色々と援助は受けられてる。でも、それでも生活が苦しくて、バイトしながら学校に行ってるんだ。このままじゃ、進学も難しいかも」
「うわー、積んでるな色々と……。その子の周りの大人は何してるのよ?」
呆れた様子で、小林が呟く。
その言葉に、要は壮太のある言葉を思い出していた。
「ごめんなさい。ちょっと考えさせてください――」
昨日の夜、そういって壮太は要の提案に同意することはなかった。あたり前だ。他人と一緒に生活をしようと言われて、それをすんなりと受け入れられる人間は少ない。
もし要が壮太の立場だったら、本当に困り果ててしまう所だ。
でも、今の壮太は誰かを頼らないといけないところまで来ている。それでも、彼は差し伸べられた手を掴もうとはしない。
「頑張り屋さんなんだ。だから、誰かの頼りになるのが嫌なんだろうな」
「うわー、誰かさんに似てるなー。お前がほっとけない訳だ」
「やっぱりそう思うか?」
小林の言葉に、要は苦笑していた。
要もかつて、色々と大変だった時期がある。そのときにいつも傍にいてくれたのが、幼馴染の小林だった。
その関係で、彼とは恋愛関係すれすれのところまでいったことすらある。
「お前がいてくれたから俺は何とかなったけど、お前がいなかったらどうなってただろうな……」
悔しかった大学卒業直後の自分を思い出す。大きな挫折を味わった要の傍に、小林はいつも寄り添ってくれた。
だからこそ要にはわかる。今、壮太には寄り添ってくれる存在が必要なのだと。
「なあ、お前ってやっぱりαじゃないのか?」
小林が漏らした言葉に、要は不思議そうに首を傾げる。
「なんか、その男子高校生にも似たようなこと言われたよ。俺って、そんなにβに見えない?」
「まあ、そういう俺も、Ωぽいってよく言われるけどな。なんか、ゲイからしてみると俺ってネコみたいなタイプなんだって」
「じゃ、俺は?」
「タチ。ちなみに俺は抱かれる方で、お前は抱く方な」
「なんだよ、その隠語……」
「タチならタチでネコを可愛がってれってこと。その子、寄りかかる場所がないと持たないぞ。ボキッと折れてどうなるか分からなくなる」
「そうだな。だから、意地でも傍にいるつもりだよ」
小林の言葉に、要は苦笑していた。
「でも、その子と付き合うつもりはないよ。俺にとっては、弟みたいなもんだし」
「そうか? 相手にとっては、違うかもしれないぞ」
ニヤリと小林がイヤらしい笑みを浮かべる。その笑みを見て、要は壮太の潤んだ眼差しを思い出していた。
「でも、要さんだったらいいです。付き合う」
そういった壮太の姿を思い出してしまう。壮太の縋るような眼差しを受けて、要はどうしたらいいのか困惑することしかできなかった。
心のどこかで、それもいいかもしれないと思っていた自分がいるのだ。
要に、小林が真剣な眼差しを向けてくる。
「お前もさ、そのこの子のことどう思ってるか真剣に考えた方がいいぞ。一緒に住もうとしてるならなおさらな」
小林の言葉に、要は静かにうなずいていた。
「そうだな。お前のいうとおりだ。彼のためにもちゃんと、その辺は考えないと」
「そう。それでこそ、俺の元カレ候補ってもんだよ」
「なんだよ、元カレ候補って?」
ニヤリと笑う小林に、要は尋ねる。
「彼氏になり損ねた元彼氏候補って意味」
「あっそ!」
嬉しそうに告げる小林に、要は苦笑していた。