壮太は悩んでいた。
「壮太君、俺と一緒に住まないか? 君の面倒は俺がみる」
そう自分に告げ、熱い眼差しを向けてきた要のことが忘れられないからだ。
高そうなカップに注がれた紅茶の見つめ、壮太はため息をつく。
「なんだよ。俺といるのがそんなに退屈か?」
すると、不機嫌そうな声が壮太にかけられた。壮太の目の前には、自分などかすんでしまうぐらい顔立ちの整った美しい青年がいる。
彼の名前は、石田守。石田財閥の御曹司でもちろん生まれながらのαだ。そして、壮太にとっての唯一無二の友といってもいい。
今の男子校は中学からのエスカレート式であり、壮太は彼とは中学時代から親交があった。自分を好機の目で見つめる周囲のαの同級生たちとは違い、守は壮太を対等な存在として扱ってくれた。
ここは石田家の屋敷の敷地内だ。
その敷地内にあるバラ園の隅にある東屋で、壮太と守はお茶をしている。
壮太は困惑することがある。
なぜ守のような、生まれながらのエリートが自分のようなΩを気にかけてくれるのか。
それがずっとわからずじまいなのだ。
「で、相談ってなんだよ。最近はバイト三昧で、俺の家にも来られなかったのに……」
守が心配そうに壮太を見つめてくる。
「あの、同棲しようって言われてて……」
「ふーん。同棲ねぇ……ええ! 相手誰だよ!」
壮太の言葉に、彼は驚く。
「実は、ある人から生活が大変なら一緒に暮らそうって誘われてるんだ。すっごくいい人だけど、さすがにそこまで世話にはなれないし。どうしていいのかわかんなくて……」
壮太は俯き、淡いオレンジ色が美しい水色の紅茶をじっと眺めた。
「その人、女だよな……」
「ううん。男の人。でも、変な人じゃないよ……」
そっと顔を上げ、壮太は守に告げる。すると守はつまらなそうな表情を浮かべ、壮太をじっと見つめてきた。
「俺とは一緒に暮らせないって即答したくせして、その人との同居については考えるんだな」
「だって、お前は親の世話になってるじゃないかよ。おじさんやおばさんに迷惑はかけられない」
「そうだけど……」
壮太にもっともなことを言われ、守は不機嫌そうに顔を逸らす。
「それに男って、そいつαじゃないだろうな?」
横目で壮太を見つめながら、守は尋ねる。
「ううん。その人はβ。しっかりしてて、凄く頼りになる人だから。初めはαかと思ったけど、違うって」
「ええ、俺。βに負けたのかよ……」
守は嫌悪感を露わにしたような表情を顔に浮かべ、壮太を見つめる。壮太は、そんな守を睨みつけていた。
「βだからなんだよ。少なくとも、俺たちと違ってきちんと親から独立はしてるし、俺はその人に助けてもらった恩もある。あんまり、酷いこと言わないで欲しい」
「ごめん。でも、βに負けた気分になるのはちょっと侵害かな……」
守は苦笑する。そんな彼の態度を見て、壮太は困惑していた。
守は本当にいいヤツだ。学校で孤立していた壮太と率先して仲良くなってくれたし、壮太を嫌がらせからも守ってくれる。
壮太をつけ狙っていた先輩たちが、学校内で壮太に近づかないのも財閥の御曹司である守の存在が大きいだろう。
彼に守られている実感はある。だから余計に、彼が無意識のうちに発する差別的な言動を悲しく思ってしまうのだ。
守が困惑したような表情を浮かべる。
「俺、また嫌なこと言っちゃった?」
「まあな」
彼に壮太は曖昧な微笑みを浮かべていた。
守とのやり取りはいつもこうだ。壮太が彼の言動を嫌だと思うと、守はそれを察して謝ってくる。
いつもその繰り返し。
でもそれは、守が壮太と対等に付き合いたいからこそしてくれる行為でもある。
彼のそんな行動が、壮太にとっては嬉しくもあり、また悩ましくもあった。
そんな壮太に、守は優しく微笑んでくれる。
「まあ、お前が頼れそうな人だと思うなら、頼ってみたらどうだ。お前のこと、先輩たちからも助けてくれた人なんだろう」
「うん。だから、俺のこともちゃんと面倒見てくれると思う」
壮太もまた、要のことを思い出して柔らかな微笑みを浮かべていた。週末には、また要と会って話し合いをするつもりだ
要もためにも、きちんと自分なりの意見を告げようと壮太は決意していた。
「あの人になら、頼っていいって俺も思えるんだ。なんでだろう。要さんってすっごく不思議な人だ」
笑みを深め、壮太は守に告げる。
「そっか、大人の男ってことか……」
悔しげに、守は壮太に吐き捨てる。壮太は、そんな守に苦笑を向けていた。
「お前って、やっぱり子供だよな。俺よりかは、頼りになるやつだけど」
守は壮太から視線を逸らして、言う。
「仕方ないだろ。俺たちはまだ子供なんだから。誰かを守ることなんて、許されない……」
「俺は、お前にいつも守られてるよ。ありがとう。守」
「そう言ってくれると、ちょっと救われるよ」
守は壮太に微笑む。
けれど、その微笑みが悲しげなことに壮太は気がつくことができなかった。