それから数日後、壮太と要の姿は壮太のアパートにあった。
引越しのため、小林に掛け合って何とか日曜日に休暇をもらい要は壮太の引越しを手伝いに来たのだ。
といっても、壮太の私物はとても少ない。
調理に使うための最低限の台所用品に、洋服に、家電製品に学校用品。それらを段ボールに詰めて、要の家に持っていく準備をする。
要は車を持っていないし、免許もない。でも、引越しで運ぶ荷物はとても少ない。今回はそれらの荷物を配送会社に引き取ってもらい、郵送で要の家に送ることにした。
「要さんの家で行方不明にならないでくれよ。俺の私物たち……」
クリーニングに出したばかりの制服をそっと段ボールに詰めながら、壮太が祈るようにそう告げる。
「おいおい! それは心外だから! 一応、君が掃除してくれた時の状態はギリギリ保ってるよ。それじゃダメかい?」
「いや、ぎりぎり保ってるって、もう面影がないってことじゃないですか……」
普段着を今度は段ボールに詰めながら、壮太はカラーボックスに詰め込まれた参考書を詰め込む要に冷たい視線を送る。
「もう、そんな風に言わなくてもいいだろう」
要は悲しくなって壮太をじっと見つめていた。すると、壮太がニッコリと微笑む。
「大丈夫。ちゃんと再発見できるように俺が部屋をキレイにしますよ。だから、安心してください!」
「壮太君……」
壮太の言葉に、要はきゅんとしてしまう。
これから彼と一緒に住むのだ。そのことが現実味を帯びて来てなんだか感慨深かった。そしてふと、自分の持っているものが参考書ではなくアルバムであることに要は気がつく。
「これ、アルバム? 今どき珍しいね」
「ああ、母が好きでよく携帯の画像を写真にしてたんです。それで、ウチにはたくさんアルバムがあって……」
「本当だ。こんなに……」
みるとカラーボックスの中には、たくさんのアルバムが詰め込まれている。壮太は要に近づき、カラーボックスの傍にしゃがみ込んだ。
壮太はそっとアルバムの1つを引き出して、捲る。運動会の様子を撮った写真だろうか、そこには体育着姿で他の生徒たちと競技に挑む小学校の壮太が写っていた。
「仕事が大変なのに、いつも学校の行事には来てくれてました。それでイヤな思いをすることもあったのに……。母はずっと授業参観にも運動会にも来てくれた。本当に感謝してます」
壮太がアルバムのページをめくる。
そこには桜の花を背景に、真新しい制服に身を包んだ壮太とスーツ姿の葵の姿があった。葵はズボンを穿いている。
「これは、これから面接に行くためのスーツなんです。俺の入学式に合わせて、母も俺の進学費用を稼ぐために稼ぎのいい仕事に就いてくれて……」
そっと壮太の表情が曇る。
「大変な仕事だったんだね」
「製造業のきつい仕事でした。数ヶ月前まではそこにいたんですが……」
「それで、体を壊されてしまったんだ」
アルバムを閉じて、壮太は頷く。
「俺の進学費用を稼ぐために、昼夜を問わず働き詰めでした。そのせいで、体がボロボロになって精神的にも限界が近いって医者に言われたんです。傍にいたのに俺……気づいてあげられなかった」
壮太が泣きそうな顔になる。そんな壮太の手をぎゅっと要は握っていた。
「要さん」
「大丈夫。少し休めば葵さんも元気になるよ。君のことを何よりも大切に思っている人なんだから」
壮太の手を握りながら、要は彼に微笑む。
「はい。そのために、要さんにお世話になるんですからね」
「ああ、俺になんでも頼ってくれ。俺はそのために君の傍にいるんだ」
ぎゅっと壮太もまた要の手を握り返してくれる。
「行こう。俺たちの家に。今日から俺の部屋が君の居場所だよ」
「はい。ありがとうございます」
壮太の顔に花のような笑みが浮かぶ。その微笑みを要は何よりも愛しいと思ったのだ。
そっと要は壮太の手を放し、立ち上がる。
「さてと、しんみりするのはやめてテキパキと続きをしちゃおうか!」
「はい! そうしましょう!」
壮太もまた笑顔を浮かべ、立ち上がる。2人は再びカラーボックスの中にある荷物を段ボールに詰め始めた。
「でも、このアルバム邪魔ですよね。やっぱり、処分しちゃった方がいいかな」
壮太が、名残惜しげに手に持つアルバムを見つめている。そして、カラーボックスの上に飾られた写真にも彼は顔を向けていた。
そこには壮太の小さい頃から、高校に入学したころまでの写真が額に入れられ大切そうに並べられている。
「この写真は……」
「母が記念にって、なにかあるたびに飾ってくれた写真です。引っ越すときもなんだか処分できなくて……。アルバムも一緒ですね」
「持っていこうよ。大切なものなんでしょう?」
要は壮太に微笑みかける。だが、壮太は困惑した様子で要に問いかけた。
「邪魔にならないですか?」
「君のための部屋も用意してる。だから大丈夫だよ。君の部屋に飾ればいい」
「俺の部屋に……」
要の言葉に、壮太は額縁に入れられた写真を手に取り、じっとそれを見つめた。そこには生まれたばかりの壮太と壮太を抱きしめ微笑む葵が写っている。
「きっと、その方が葵さんも喜ぶよ」
ぽんと壮太の肩を叩き、要は彼に微笑んでいた。
「はい。ありがとうございます」
要の言葉に壮太は微笑む。そして壮太は大切そうにその額縁を新聞でくるみ、段ボールの中へと収めるのだった。