学校から帰宅し要の夕飯の支度を終えた後、壮太は要にLINEで守のうちに泊まることをメッセージで送っていた。
『守くんによろしくね』
そう書かれた返信を見て、なんだか壮太は複雑な気分になる。
「連絡ぐらい。くれてもいいのに……」
そういえば、このところ要の声もロクに聞いていないと思いだして、壮太はなんだか寂しい気分になった。
「いつもありがとう」
そう耳元で囁いてくれる要の優しい声が聞きたい。そして、優しい要の声を思い出して、壮太はますます寂しい気分になる。
「母さんが入院してても、こんな気持ちにならなかったのに……」
まるで、心の中に隙間が出来たみたいだと要は思った。
葵が入院していた頃は、自分の生活と将来のことを考えるので精いっぱいだった。でも今は、勉強をする余裕も、受験勉強について備えることも要のお陰でできている。
そう考えると、いかに要が自分にとって大きな存在なのかを壮太は思い知らされる。そう思っていた瞬間、スマホがけたたましくなった。
画面を見ると守るから電話がかかってきている。
「おい! いつになったら来るんだよ!」
慌てて通話に出ると、守が不機嫌そうにそう告げてきた。
「ごめん。もう19時になるもんな」
「さっさと来いよ。このまま待ってたら、明日になっちまう!」
「まさか、それまでにはお前の家に言ってるよ」
苦笑しながら、壮太は守ると会話を続ける。
「で、要さんの方は大丈夫だった?」
「うん。LINEでいいって。明日の朝は、お前のウチから学校に行こうと思うし」
「そっか。じゃあ、着替えも忘れずに持って行けよ」
「あ……すぐに行く」
「いや、迎えに行くから、ちょっと待っててくれ」
「え?」
守の言葉に、壮太はイヤな予感がして大声を発していた。
「なんだよ。俺が迎えに行っちゃダメか」
「いや、また運転手付きの車で俺を迎えに来たりしないよな……」
小学生の頃を思い出す。
守は、なかなか遊びに来てくれない壮太を家に招こうと、運転手付きの高級車で壮太の家に来たことがあったのだ。ぼろアポートに住んでいた葵と壮太はそのことに軽くパニックになった覚えがある。
しばらくのあいだは、近所でも噂になるし、アパート近くに住んでいるよく遊んでくれた子たちからはそのことでからかわれ散々な目に遭った。
「いや、行かないよ。俺が歩きで迎えに行くから……」
「ああ、もう危ないから1人で行くよ」
「でも、お前はΩだし……」
守の言葉に一瞬だけ、カチンとくる。 Ωだから、自分は他の人間より襲われやすいとでもいうのだろうか。それこそ心外だ。
「大丈夫。喧嘩強いから!」
壮太はわざと、強い口調で守に返していた。
「そうか……。気をつけて来いよ」
壮太の苛立ちを感じたのか、守は控えめにそう告げてくる。そして電話の通話を切ってきた。
はぁっと通話が切られたのを確認して、壮太はため息をつく。
「なに俺、守に当たってるんだろう……」
要がいないと、とても寂しい。その上、守にまで自分がΩであることを心配される始末だ。
「俺って、そんなに情けない男かよ……」
自分の存在に不甲斐なさを感じ、壮太はまたため息をつくのだった。
守の家にやって来た壮太は、守の部屋へと通された。
だが、守の家は財閥の屋敷らしく、とにかく部屋が広い。そして、調度品も一級品のものばかりだ。
「どうぞ、お茶でございます」
「ありがとうございます……」
ついでに、使用人だという人々が常に常駐していて、こうして守の部屋に通された壮太に紅茶を振舞ってくれる。この紅茶がとても美味しくて、壮太はいつもどのように入れているのか気になってしまうのだ。
「相変わらず、おちつかないな。お前の部屋」
「そうか?」
壮太の言葉に、椅子に座る守はキョトンとした様子で答える。
守の部屋は広い。壮太が住んでいたオンボロのアパートの一室がすっぽりと入ってしまうよう広さ。それを彼は、普通の大きさだと言い切る。
「デカいよ。貧乏人の俺には慣れない広さだ」
そういって壮太は苦笑する。すると、要は少し不機嫌そうに壮太に告げた。
「やっぱり、要さんと住んでる家の方が居心地いいか?」
守の言葉に壮太は困惑する。
「ちょっとなんだよそれ。なんかの意地悪か?」
「なんかさ、最近のお前と話してると、要さんのことしか出てこないからちょっとイラついてんの」
守の言葉にはなんとなくだがトゲげあった。それに壮太は混乱する。
「あの、それは……。俺が要さんと住んでるからで……」
「今は俺が傍にいるだろ……」
冷たく守の声が耳朶に響く。
そして守はそっと、壮太の顎を掬って来たのだ。じっと守の真摯な眼が、壮太に向けられる。
「守……」
「このまま、キスだってできるんだぞ。それがどういう意味かお前は分かるだろう?」
「守……」
じっと自分を見つめる守から、壮太は目が離せない。
「俺は本気だぞ……」
そんな壮太に守は真剣な声で告げるのだった。