「俺だってαなんだ。その気になればお前をものにだってできる」
「え……」
守の言葉に、壮太はとっさに首輪で守られた自分の首筋をなでていた。目の前にいる守は、冷たい眼差しを壮太に向けてくるばかりだ。
「守……。ウソだろ……」
「さあ、ロックは外せなくても、唇は奪えるぞ……」
壮太に顔を近づけて、守はそう告げる。守の吐息が顔にかかって、壮太はそっと顔を顰めていた。
「ほら、俺のこと、意識してる。そういう事なんだよ…‥」
守の囁きに、壮太はびくりと体を震わせていた。
「ちょっと、守……」
「なあ、壮太。このまま俺のモノにならないか? 俺だったら、お前を守れる。無理矢理にだって、してやるよ……」
冷たい守の言葉に、ぞくりと壮太は体が粟立つのを感じる。けれど、それと同時に壮太はこうも思っていた。
「お前が、そんなことできるはずないだろ」
「壮太……」
壮太の言葉に、守が目を見開く。壮太は、そんな守をじっと見つめた。
「お前は、ずっと俺の傍にいてくれた。でも、俺を傷つけたことなんて1度もないよ。いいや、お前はそんなことできるやつじゃない」
壮太の言葉に、守は驚いたような表情を浮かべる。そして、はぁっと呆れた様子でため息をついたのだ。
「お前は本当にお人好し過ぎるよ。なんで、俺のことそんなに信頼できるんだ」
壮太の顎から手を放し、呆れた様子で守は尋ねてくる。
そんな守に壮太は告げた。その言葉に壮太は微笑む。
「お前はずっと俺のことを守ってくれたじゃん。それが、何よりの証拠だよ」
「なんだよ。それ……」
壮太の言葉に、守は照れ臭そうに頭をかく。そんな彼を見て、壮太も苦笑していた。
「いつだってお前は俺の味方。だから、要さんとの同居も許可してくれたんだろう」
「あれは、お前がそうに言わないと納得しなかったからだよ。まあ、要さんも信用できる人だとは思ってたけど……」
「思ってたけど……」
「お前を、悲しませるのはなんか違うと思う。そこが気に食わない」
再び守るは、ぷいっと顔を逸らして恥ずかしそうに壮太にそう告げる。壮太は、少し嬉しそうにはにかんで、守にこう告げていた。
「たしかにそれは言えてる。この前の女子のことだって、俺は許したわけじゃないし」
「だろ……」
「お前がいるのにあの人、なんでそんなにいろんな生徒の悩みばっかり聞きたがるんだよ」
「それは……」
守の言葉に、壮太は言葉を失う。
要が大変な思いをして、自分と同じような立場の人間を放っておけないのはなんとなくわかる。でも、壮太もまた何が要をそこまでさせるのかわからないでいた。
そして同時に、要に目をかけてもらえる塾の生徒たちが羨ましいのも確かだ。
「あの人には、あの人なりの苦労があるんだと思う」
「苦労ね……」
壮太の言葉に、守は呆れた様子でぼやく。そして彼は、そっと壮太から視線を逸らし窓の外を見つめた。
「子どもの俺にはまだわからないな。というか、αって、Ωやβと違って、かなり楽勝で人生を進めるんだろうな」
「守……」
壮太が呼んでも、守は遠く窓の外を見つめるばかりだ。
「αとβも違うけどさ、大人の子供の差もかなりあるんだろうな……」
「まあ、そうだけど……」
「だから俺は、認められないのかな?」
じっと不機嫌そうに、守が壮太を見つめてくる。そんな彼を見て、壮太は苦笑していた。
「お前、自分の家の家賃も払ったことないじゃん。あと、生活費も」
「それは、そうだけど……」
困惑する守に、壮太は続ける。
「ごめん。苦労してないヤツとは言わないけど、どうしても自分とは違う世界の人間だなとは思っちまう」
「そっか。でもそれ、仕方ないよな。俺は、母親も病気じゃないし、金にも困ってないし、父親もいるし……」
そっと守が俯く。
そんな守を見て、壮太は少しだけ心が痛むのを感じていた。親友であるはずの彼と、自分の違いを強く感じるようになったのはここ数年のことだ。
特に母の葵が病に倒れ、学校に行くのさえ困難になってから、壮太は守との関係に断絶のようなものを一方的に感じるようになっていた。
もし、守が同じ目に遭っても、彼の周囲は彼を助けてくれる人々が大勢いる。でも、壮太の場合はどうだろうか。見守ってくれている人々はいても、手を出せない大人が大多数だ。
要がお節介を焼いて自分と一緒に暮らしてくれなかったら、壮太は高校をやめることも考えていたかもしれない。
それほどまでに周囲の大人の助けは、未成年である自分たちにとって大切なものなのだ。
「お前も、要さんがいなかったら、今頃どうなってたか分からないしな。俺じゃ、どうしようもできなかった」
「でも、守は俺のために、色々と提案してくれたじゃないか」
「まあ、みんな親頼みだけど」
「まあ、それで色々と断ったけど……」
お互いに顔を見合わせ、2人は苦笑する。そして守は不意にこんなことを言ったのだ。
「早く、大人になりたいな。お前のこと、そうすれば守れるし……」
「守……」
「冗談だよ。好き勝手出来るから、早く大人になりたいだけ」
そういって守は笑う。でもその微笑みが、壮太にはなぜか悲しげに見たのだった。