要の家に帰宅しても、壮太は守との会話がずっと気になっていた。ベッドに横になり壮太は守とのやり取りを思い出す。
自分がふざけて要に抱きついたことが悪いことは理解している。でも守があれほどまでに壮太のことを拒絶してきたのは初めてだった。
自分を睨みつける守の冷たい眼を壮太はありありと思いだすことができる。そして、自分を拒絶する低い声。
「そうでもしないと、俺と距離感が保てないってことなのかな……」
じりじりと音を鳴らす蛍光灯の明りを見つめながら、壮太は呟く。でも、この前の自分は確実にうかつだった。守だって年頃のαだ。いくらしっかりしているとはいえ、何かあってからでは取り返しもつかない。
「でも、何もなくてよかった……」
そういって、壮太は起き上がる。
もうすぐ要が帰って来る。それまでに夕飯を準備しないといけない。それに、要に誕生日に何が欲しいのか訪ねなくても行けない。
「要さん。なにか、欲しいものあるかな」
要のことを考えながら、壮太は部屋を出ようとする。そしてドアノブを握ったとき、ふと不安になってそこから手を放した。
もし、守との間におこったような出来事が要のやりとりで起きてしまったら、要はどんな反応をするのだろう。要はそれでもなお、自分をここに置いてくれるだろうか。
「でも、要さんはβだし……」
思い直して、ドアを開ける。ドアの向こうに明りは灯っておらず、壮太は不安を覚えながらも廊下を歩きだした。
「今日も麺類でいいかな?」
要も塾の生徒たちのことに夢中で、自分のことは全然かまってくれない。ちょっとくらい仕返しに夕飯を手抜きしてもいいかなと少し思う。
「要さん名に出しても喜ぶし……」
要のことを思いそう呟く。
要はどんな夕飯でも喜んでくれる。弁当に夕食の残りを入れても文句も言わない。
それは、彼がそれだけ大人だということを示しているけれど、たまには文句の一つぐらい言って欲しいと思ってしまうこともある。
「そしたら、プレゼントだって簡単に用意できるのに」
もし、要がどんなものが欲しいのかすぐに行ってくれるような性格なら、壮太はすぐに要の欲しいものも準備できる。食べたいものやこうして欲しいという要望だってもっと行って欲しい。
それでも要は何も言わない。いつも、未成年である壮太が作った料理を美味しいと言ってくれるし、家事をしてもお礼も言ってくれる。
でも、壮太にしてみると、守のようにもう少し要にも本音を言ってもらいたい。
「今日はやっぱり、麺類やめよう……」
キッチンについて、壮太はそうぼやく。明かりをつけ、壮太はキッチンの中へと入っていった。
さんざん悩んで、結局壮太は帰って来た要にスパゲティナポリタンを出すことにした。理由は簡単で、冷蔵庫にはケチャップとソーセージ。そして少しの玉ねぎしか残ってなかったからだ。
そんな手抜きの夕飯でも要は美味しそうに食べてくれる。そんな要に、壮太は聴きたかったことを尋ねていた。
「あの……。誕生日に欲しい物とかあります。あと、食べたいものとか……」
すると美味しそうにスパゲティを食べていた要は、大きく目を見開いた。
「俺の誕生日をどうやって祝いたいのか考えててくれてるの?」
そうして顔に満面の笑みを浮かべてくれる。その笑みを見た途端、壮太はもの凄い罪悪感を覚えていた。また、大人の彼に気を使わせているのではないかと感じてしまったのだ。
「そうだな。壮太君が作ってくれるものなら何でもいいし、贈物は何でも嬉しいよ」
そして、要からは予想通りの言葉が帰って来る。
その言葉を聞いて、壮太はこう言っていた。
「違う。要さんが望むことを教えて欲しいんだ。何でもいいじゃなくて……」
「え、そうなの……」
壮太の言葉に、要はキョトンとした様子で目をぱちくりとさせた。そして、小難しい顔をして考えるそぶりを見せる。
「でもなぁ、大人になってから誕生日を祝ってもらえるなんて、本当に思っても見なかったし……」
照れ臭そうに笑う要を見て、壮太は考え込む。本当に要はそれでいいと本心から思っているらしい。でも、壮太としてはもう少し要にワガママになってもらいたいのが本音だ。
「あの、もうちょっと……」
「あ、電話……」
壮太が言葉をはっしかけたとき、机の上に置かれていた要のスマホが鳴った。要はすぐに通話に応じる。
「はい。武田です。あ、君か。大丈夫……」
夕飯の最中だというのに、要は席を外して廊下へと出てしまう。またこのパターンかと壮太はため息をついた。
おそらく電話の相手は、塾の生徒だろう。この前の女子のようなトラブルはないと思うが、30分ほど通話は続くなと壮太は思う。
「なんか、嫌な予感がする……」
廊下で電話をする要の声を聞きながら、壮太は苦笑するのだった。
「この調子で、誕生日の日も残業とかになりそうだな」
それは仕方ないと思いつつも、壮太はどこか寂しい思いにとりつかれる。要がなにをしようとそれは要の自由だ。でも、もう少しだけでいい共に過ごす時間が欲しいと壮太は思うのだった。