「ごめん。今日は仕事変ってやれない」
そう小林に言われ、要は大きく目を見開いていた。目の前には、気まずそうな表情をして両手を合わせる小林がいる。
今日は12月14日。要の誕生日だ。誕生日を祝ってくれる壮太のために、要は小林に残業を肩代わりしてもらうはずだった。
「えっと、どうしたの?」
「彼女が風邪拗らせちゃってさ。俺が面倒見てやらないと……」
「ああ、それで今日はコンビニ弁当だったのか」
「そう……。帰りに、夕飯も買ってやってやらないと……」
同居している女性のことを思っているのか、小林は不安そうな表情を浮かべる。そんな小林に文句を言う気になんてとてもじゃないができない。
「いいよ。少し遅くなっちゃうけど、何とか頑張る」
「すまない……」
苦笑すると小林がますます申し訳なさそうに、しょぼんとした顔をしてくる。
「俺の頼みなんかより、今は彼女さんの方が大切だろ? さっさと残業は終わらせて、すぐにかえるようにするよ」
「そっか、なら頼もしいや」
要の言葉に小林はホッとした様子で微笑む。だが、要は心中複雑だった。今日は壮太に早く帰れると言ってしまったらだ。
「要さんの好物作って待ってますね!」
嬉しそうにそういった壮太の顔が忘れられない。また、彼のそんな気持ちを裏切ってしまうと思うととても心が痛む。
「壮太君にはちょっぴり嫌われちゃうかも」
苦笑してそんな弱音を小林に吐いてみる。すると小林は苦笑して、こう言葉を返してくれた。
「それは少しあるかもな。本当にすまん」
「ああ……」
内心、小林には慰めてもらいたかったが、心配している返答が返って来てしまった。要は覚悟を決めて、言葉を返す。
「壮太君に謝るよ。もう、それしかない」
「本当にすまん……」
いつもは自信家に見える小林が、弱々しく見える。小林に悪いことを聞いてしまったと思いつつ、要は自分のスマホを手に取っていた。これから、壮太に連絡を取るためだ。
「もしもし、壮太君……」
そして要は、連絡が通じた壮太に謝罪の言葉を口にする。
「ああ、やっぱりですか……」
要から電話を受けた壮太は冷静にそう答えていた。いつもとお決まりのパターンで、たぶん今日も要は遅く帰って来るだろうと予想していたからだ。
「本当にごめん。この埋め合わせは、いつかするから!」
スマホの向こう側からは、要のすまなそうな声がする。
「仕方ないですよ。残業頑張ってください」
そんな要に壮太はそう返していた。本当だったら早く帰ってきて欲しい。だが、要の立場だとそれは難しいだろう。
だから明るく壮太はこう返す。
「俺のことは気にしなくていいですから、仕事の方に集中してくださいね」
「うん。俺の誕生日なのに本当にごめん……」
「いいですよ。いつものことですから……」
「うん。ごめん……」
最後はとげのある言葉になってしまった。それを反省しつつ、壮太は通話をやめる。
「はぁ……。できるなら、要さんと一緒に色々と作りたかったんだけどな」
そういって守はキッチンのシンクに並べた材料を見つめた。
その中には、守の家で焼かせてもらったスポンジケーキもあった。これにクリームを塗って要と一緒に好みのデコレーションもしようと思って色々と飾りつけのフルーツなども買って来た。
それも全部、ムダになりそうだ。
「俺が勝手に作って、全部食っちゃおうかな?」
スポンジケーキを見つめながら、壮太はそうぼやく。そして、予感通りになるのなら、こんなものを用意しなければよかったと後悔し始めるのだった。
「食べちゃおっか。全部……」
ぼそりと壮太は呟く。
そして、シンクに置かれたスポンジケーキに手を伸ばすのだった。
要が家に帰って来たのは、夜の9時過ぎだった。思った以上に残業が長引き、帰るのが遅くなってしまったのだ。壮太には事前に食事をとってほしいと連絡していたが、こんなに遅くなるとは思わなかった。
「もう、呆れて寝ちゃってるかも……」
そういって、要は自身のマンションへととぼとぼと歩き始める。そっとマンションを見上げると、冷たい風と共に雪が夜の闇にちらついているのが見えた。
「凄い。雪が祝福してくれてる」
その光景を見て、要は微笑む。そして、自分の部屋を見つめたとき大きく目を見開いたのだった。
「期待はしちゃってたけど、本当に君ってやつは……」
明かりがついている自分の部屋を見つめながら、要は苦笑していた。そして、要は自分の部屋へと一目散にかけていた。
「ただいま!」
要の声が聞こえて、壮太ははっと目を見開いていた。壮太はケーキや唐揚げが並べられたダイニングのテーブルの前に座っていた。壁にかけられた時計を見ると、時刻は9時を少し回ったところ。壮太は急いで、玄関へとかけていった。
「要さん……」
玄関にやって来ると、息を切らせた要が目の前に立っている。そして要は、玄関にやって来た壮太をぎゅっと抱きしめた。
「ちょ、要さん。なにしてるんですか!」
「壮太君。ちゃんとご飯食べた……」
「えっと、要さん待ってたから、まだですけど……」
「育ち盛りは、ちゃんと食べなきゃダメだよ」
じっと要が壮太の顔を覗き込んでくる。その顔には満面の笑みが浮かんでいた。そんな要を壮太もぎゅっと抱きしめ返す。
「ちょ、壮太君!」
「お返しです。俺、すっごく待たされたんですから!」
「壮太君」
「パーティーしましょう」
壮太が要の顔を覗き込んで微笑む。
「うん。そうだね」
その言葉に、要もまた微笑んでいた。